165. 真実を見つめる目
「……私は、まず相手の話を聞きたい」
ツムギは胸の前で両手をぎゅっと重ね、言葉を選ぶように続けた。
「“どうやらこうらしい”とか、“きっとこうだろう”っていう噂や想像じゃなくて……。どうしてそんなことをしたのか、本人の口から直接聞きたいんです」
視線を落としながらも、声には揺るぎない思いが宿っていた。
「相手の言い分を聞かないままじゃ、結局、噂や憶測でしか判断できない。そうしたら、本当のことは何ひとつ見えてこないと思って……」
ツムギの言葉が静かに落ちると、部屋の空気が一層澄み渡るように感じられた。
しばし沈黙を置き、ジンが腕を組んだまま低く口を開く。
「……ツムギ。その確認作業、本当に必要なのか?」
その瞳は真っ直ぐで、どこか心配そうでもあった。
「世の中には、余計な口出しやら嫌がらせやら、腐るほどある。いちいち全てに応じていたら、おまえの身が持たんぞ」
ジンは息を吐き、天板に手を軽く置いた。
「時には受け流すことも大事だ。真っ向から相手をするばかりが正義じゃない。……無駄に刃を抜けば、こっちが疲れるだけだからな」
重みのある声が落ち、リビングの空気が再び深く沈んだ。ツムギは唇を噛み、ジンの言葉の意味を胸の奥で確かめるように黙り込んだ。
しばしの沈黙のあと、ツムギがぽつりと口を開く。
「……ねえ、お父さん。私たちは、本当に“一方的な被害者”なのかな?」
ジンの眉がわずかに動いた。
「そりゃあ、さっきのエドの話を聞いて思うところはある。……だが今回の件に限っていえば、被害者と言っていいんじゃないのか」
ツムギは小さく首を振り、視線を落としたまま続ける。
「……じゃあ、その前は?」
その一言に、リビングの空気が凍りついたように静まった。
思いもよらぬ視点に、皆がはっと目を見開く。
ツムギは両手をぎゅっと重ねながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「物事には原因があると思うの。何かを作るとき、もし失敗したら必ず原因があるでしょ? 私たちはいつもそれを調べて、解決してきた……」
顔を上げ、皆を見渡す。
「それと同じで。今回も、根本的な原因を理解しなければ、また同じことが起こってしまうと思うの」
静かな声は、けれど揺るぎない芯を持って響いた。
「もしも私たちに本当に落ち度がなかったなら、“よかったね”で済む話。でも……もし無意識のうちに加害者になっていたとしたら――その責任は、私たちが負わなきゃいけないと思う」
最後の言葉を口にする時、ツムギの声はかすかに震えていた。
「……私たちが知らないうちに誰かを傷つけていたのだとしたら……それが、一番怖いなって」
リビングに再び静寂が落ちる。誰もすぐに言葉を返せず、ただツムギの真っ直ぐな想いが胸に沈んでいった。
やがて、バルドがゆったりと顎髭を撫で、目尻を細めながら口を開いた。
「……つまりツムギは、ひとつの答えに飛びつくのではなく、いろんな角度から問題を見つめたい、そういうことじゃな?」
その声音は、まるで孫の成長を喜ぶ祖父のように穏やかで、優しさに満ちていた。
ツムギの胸に張りつめていた緊張がふっと解ける。小さく息を吐き、にこりと笑みを浮かべてうなずいた。
「……はい、バルド先生。その通りなんです」
その返事に、バルドは満足げに目を細め、頷きを返した。
すると、エドがぱんっと手を叩き、にやりと笑う。
「なるほどねぇ。僕だったら正直、“やられたらやり返してやる!”って思っちゃうけど……うん、ツムギの言う通りだな」
軽やかな口調のまま、指先でカップをくるくる回しながら続ける。
「そのときはスッキリした気になっても、後で思い返すと絶対イヤな後味が残るんだよね。しかも周りから見たら、“どっちもどっちじゃん”って見えたりするし。『仕返ししすぎじゃない?』って言われても困るでしょ?」
エドは肩をすくめて、明るく笑った。
「それよりもさ、まず相手の言い分をちゃんと聞いて、それから次の行動を決める。そっちの方がずっと健全だし、後悔しないと思うな」
その言葉に、ツムギは思わず小さく笑みを返した。
エリアスが指先でカップの縁をなぞりながら、静かに口を開く。
「……確かに、ジンさんの言う通りだ。挑発にいちいち反応していては、同じ場所に引きずり込まれるだけだと思う。そんなのは望ましくない」
少し目を伏せてから、ゆっくりと言葉を続ける。
「でも、今回エドが調べてくれたことで、私たち自身も反省すべき点があるかもしれないと気づけた。それを確かめることが、同じことを繰り返さないための手がかりになるかもしれない」
穏やかにまとめるような口調に、皆は静かに頷いた。
その空気の中、リナが身を乗り出して口を開いた。
「再発防止策! それは絶対必要やな」
きっぱり言い切ったあとで、少し言いにくそうに目をそらしながら続ける。
「……それになぁ。ちょっと近頃、やっかみも多くてな。商売がやりにくかったんよ」
「リナ! そんなこと、私に何も言ってなかったじゃない! 言ってよー!」
ツムギが思わず身を乗り出す。
リナは頭をぽりぽりとかきながら、照れ笑いを浮かべた。
「ごめんごめん。いやぁ……横から突かれて仕事がやりにくいなんて、弱音っぽいやん? かっこ悪くて言えなかったんよ」
冗談めかしたその口ぶりに、ツムギは「もう!」と頬をふくらませる。
けれど次の瞬間、リナの表情がすっと真面目な色に変わった。
「……それになぁ」
重みを帯びた声音に、場の空気がまた引き締まっていった。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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