155. 新たな魔法陣への挑戦
「ふわっとした光を意識しすぎて……光の当たる位置か……」
バルドは腕を組み直し、長い鼻髭を揺らしながらぽつりと呟いた。
「わしにはそれは気がつけんかったな。光そのものの質ばかりに気を取られておったわ」
ツムギは慌てて首を振り、フォローを添える。
「そんな……私だって、ナギに言われなかったら気づきませんでしたよ。光が柔らかいからこそ安心してしまって……」
バルドは小さく笑い、肩を竦めた。
「綺麗に見せるための道具じゃからな。お化けになってしまっては元も子もないのう」
その言葉に、ナギは「ほんとだよね!」と笑いながら、再びツムギの顔の前に魔石をかざした。
「じゃあ、次はちょっと斜めから当ててみようか」
彼女は首を傾げて光を上下に揺らし、右から左からと試していく。ツムギは「ちょ、ちょっと眩しい……!」と目を細めながらもされるがままに顔を動かす。
「んー……」
ナギは何度も角度を変えては首を傾げ、やがてふっと真剣な表情になった。光に照らされたツムギの頬が、角度ごとに柔らかく色を変える。
そして、ぱっと顔を輝かせて頷いた。
「うん! やっぱり少し離して、範囲の広い光を顔全体に当てるのが一番綺麗に見えそう!」
その結論に、バルドは
「ふむ、光の角度で見え方がここまで変わるとは……」
と感心したように顎を撫でた。
「しかしのう……この魔法陣は、光の魔石の力を淡く引き出す仕組みじゃ。つまり“点”で光を生み出すのは得意じゃが、その場から光をふわりと浮かばせるとなると……どんな魔法陣を組み合わせたらいいかのう」
紙片を指で軽く弾きながら、眉間に深い皺を刻んだ。
「しかも透輝液の魔法陣パーツにするとなると、魔法陣は単純でないといかん。複雑になりすぎれば、加工が難しくて量産できんからのう」
その言葉に、ツムギは頷きながらも小さく唇を噛む。
「複雑な魔法陣にしてしまえば……きっと解決できそうな気はします。光を拡散させる陣式はいくつかありますもんね……」
ノートの余白にさらさらと簡易的な図を描き、光の広がりを示す線を引いてみせる。
「でも……できるだけ単純に、シンプルにとなると……難しいですよね……。無駄を削るのって、思ったよりも難しいです」
すると、そのやり取りを見守っていた魔導裁縫箱先生の蓋に、淡い光の文字がすうっと浮かび上がった。
《いかにシンプルに、そして美しく。無駄のない魔法陣を描けるか……それは、書き手の技量次第だよ》
ツムギはクスリと微笑み、姿勢を正す。まるで先生に励まされた生徒のように。
《さぁ、みんなで知恵を絞ろうか!答えは一つじゃないはずさ》
文字は消え、蓋がかすかに揺れて“さぁ始めるよ”と急かすように見えた。
「……よし!」ナギが両手をぱんと叩き、勢いよく声を上げる。
「じゃあ、光を広げるシンプルな方法を考えてみよう!範囲をどう広げるかって視点なら、素材や形でも工夫できるかもしれないし!」
その言葉にツムギも「そうだよね……!」と頷き、バルドは「面白くなってきたのう」と目を細める。
工房の空気は、次なる発明の予感に胸を高鳴らせ、さらに熱を帯びていった。
ツムギはノートの端にさらさらと小さな図を描きながら、ふと顔を上げる。
「……あ、そういえば。街灯の光って、夜道に合わせて角度を変えられるライト魔法の魔法陣があるじゃないですか」
瞳を輝かせながら言葉を続ける。
「もしあれみたいに……光の玉そのものの位置を、少しずつずらすことってできるんでしょうか?」
問いかけに、バルドは目を細め、長い鼻髭を撫でながら思案する。
「ふむ……街灯の魔法陣は確かに、光の角度を変える仕組みが組み込まれておるな。だがのう」
そこで紙片に描かれた魔法陣を指で軽く叩きながら、ゆっくり首を振った。
「この魔法陣は、ライト魔法そのものを使ってはおらん。光魔石から淡い光を“滲ませる”形じゃからな。角度を変えるというより、そもそも光の塊を作っておらんのじゃ」
ツムギは「あ……」と声を漏らす。すぐに苦笑を浮かべて、しかし諦めきれずに問い返した。
「じゃあ……やっぱり無理、ですか?」
「無理、とは言い切れん」
バルドはにやりと笑い、わずかに頬を赤らめる。
「もし、この淡い光そのものを移動させられたとしたら……応用の幅は計り知れんじゃろう。提灯の代わりに浮かせて歩くこともできるし、夜道の案内、あるいは装飾品にも使えるはずじゃ。考える価値はある」
その言葉に、ツムギの瞳がぱっと輝き、そしてまた曇る。
「……移動、ですか」
彼女はノートを開き、何度も書いては消した図を見つめた。
「私が言いたかったのは、“ずらす”……つまり、光の位置を少し変える程度のつもりだったんです。でも……移動となると……」
呟きながら、ペン先が宙をさまよう。
「なんだか、何かに引っかかってる気がするんですけど……うーん……思いつかない……」
横で聞いていたナギは、腕を組んで「移動かぁ」と呟き、じっとツムギの描いた図を覗き込む。彼女の表情は好奇心に満ちていたが、今は言葉を探しているように口をつぐんでいる。
すると、作業台の端でぽてが「ぽて……」と小さく鳴いた。
「ぽてまで悩んでる……」ツムギはくすっと笑い、ぽての頭を撫でる。
しかし、その笑みの奥には確かにひっかかりが残っていた。
“ずらす”と“移動”の違い。
ほんのわずかな言葉の差なのに、その先に新しい道が開けている気がしてならなかった。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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