154. バルド製ライトの魔法陣
そのとき、作業台の端に置かれていた魔導裁縫箱の蓋が、かすかに光を帯びる。
やがて淡い輝きが線となり、ゆっくりと文字が浮かび上がった。
《おやおや、そんな楽しそうなことに、私を忘れないでおくれ》
ぽてが「ぽふっ?」と首を傾げると、ツムギはクスリと笑みをこぼす。
「もちろんです、先生。今日もよろしくお願いしますね」
文字は消え、代わりに蓋の表面が軽く揺れた。まるで満足そうに頷いているかのようだった。
「ふむ、ではわしの用意した魔法陣を見てもらおうかな」
バルドが懐から小さな紙を取り出し、机の上に広げる。その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
「こぢんまりと書いておいたんじゃ。これを光の魔石に重ねれば、とりあえずの試作品にはなるはずじゃ。……魔導裁縫箱先生はツムギがいないと口をきけぬからのう。反応が楽しみでな」
「わぁ、ありがとうございます! じゃあ、早速やってみましょう!」
ツムギは嬉しそうに紙を受け取り、机に並んでいた薄くスライスされた光魔石のひとつを手に取る。慎重にその上へ魔法陣を重ねた瞬間、すうっと石が光を帯び、ふわりと柔らかな光が工房に広がった。
「すごい……!」ツムギの目がぱっと輝く。「バルド先生! これ、とってもいいです!」
その隣でナギも身を乗り出して光を確かめる。
「すごいなぁ。普通のライトの光って、一直線に突き刺さるみたいに強いじゃない。でもこれは……ほら、まるで霧を通したみたいに広がって、顔が柔らかく見える。肌が明るく映えて、きれいに見えそう!」
ぽてが「ぽふぅ……!」とまぶしそうに目を細める。
その光景を見届けるように、魔導裁縫箱の蓋に文字が浮かんだ。
《これはまた……見事な調整だね。ライトの魔法でここまで柔らかな光を出すとは、至難の業だよ。さすがだねえ》
「……そうじゃろう?」
バルドは鼻髭を揺らしながら胸を張る。ほんのり頬を赤らめ、子どものように得意げな笑顔を浮かべていた。
「……実はのう、これはライトの魔法を使っておらんのじゃ」
バルドはゆっくりと顎髭を撫でながら、ツムギたちを見回す。その目はいつになく誇らしげだ。
「えっ、そうなんですか?」ツムギが思わず身を乗り出す。
「うむ。これは光魔石そのものの力を、極々細く……まるで糸を紡ぐように、淡く淡く出力させるタイプの魔法陣じゃ。だから“光を走らせる”のではなく、“光をそっとにじませる”形になる」
バルドは指先で光の広がりをなぞるように示しながら、得意そうに説明を続けた。
ナギは目を丸くして、光を浴びながら頷いた。
「なるほど……だから眩しくないんだ。ほんのり照らすみたいで、見ていて落ち着くんだ!」
ぽては小さな手をぱたぱたさせながら「ぽふぅ〜……」とうっとりしている。
魔導裁縫箱の蓋にも新たな文字が浮かび上がった。
《確かに、これは光魔石にしかできない技術だね。だが、制約があるからこそ得られる味わい深さがある。……温かみ、というのはまさにその通りだ》
「そうじゃ、そうじゃ」
バルドは満足げに頷き、さらに胸を張る。
「つける魔石は光の魔石に限定されてしまうのが難点じゃが……その代わり、こうして“ほんのり光って温かみのある仕上がり”になる。わしとしては、そこが一番の狙いじゃった」
ツムギは光に照らされた自分の手のひらをキラキラと見つめ、ふわりと笑った。
「……バルド先生らしい発想で、さすがです。実用的で、それでいて優しいです」
ツムギは感動を隠せないまま、両手を差し出し、柔らかな光を浴び続けていた。掌に乗せた光魔石がふわりと淡く光り、その温かさが心にまで染み込んでいくようだった。ツムギは夢中で、何度も角度を変えて光の揺らぎを見つめていた。
その様子を横で眺めていたナギが、ふと吹き出す。
「ツムギー! 上から魔石じーっと覗き込んでるからさ、下から光が当たって……なんかお化けみたいになってるよ!」
「えっ!?」ツムギは慌てて顔を上げる。頬が赤くなり、恥ずかしそうに唇を尖らせた。
「やだもう、ナギったら……バルド先生の魔法陣がすごすぎて、じっくり見てただけなのにー!」
そう言いながらもツムギははっと気づいたように目を瞬かせ、改めてバルドに向き直った。
「……バルド先生。この光るタイプの魔法陣魔石って、用途を考えると……ネックレスになりますよね?」
「うむ、そうじゃのう」
バルドは鼻髭を揺らしながら顎に手を当てた。
「顔に光が当たる位置にないと意味がないからな。マントどめやネックレスに下げるのが一番じゃろう。ほかに考えられるのは……子どもの遊ぶおもちゃに仕込んで光る剣にするとか、夜道を歩く時に杖や荷物の先につけて足元を照らすとか、そういう使い道もあるじゃろうな。じゃが実用性を考えると、やはり首元で光る“ネックレス型”が一番使いやすい」
「なるほど……」ツムギは自分の手元を見下ろしながら、言葉を漏らした。
「でも……ネックレスにすると下から光が当たることになりますよね。ってことは……今の私みたいに……」
彼女の頬に、再び下からの光が照らされる。思わず真剣な表情になったが、その顔がまた“お化け”じみて見えてしまい、ナギが笑いながらすぐに食いついた。
「確かにそのままじゃ、顔ライトとしてはあんまり役立たないかも! 光の位置、もうちょっと上げないとだよね」
ナギは首に手を当てて、吊るす位置をあれこれ想像している。その明るい声に、ツムギも「そうだよね……」と苦笑を返した。
ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
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