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【第1章完結】異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜  作者: 花村しずく
2-04透輝の爪飾り

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151. 氷の証契士、反撃開始

 それから数日——エリアスは静かに、しかし着実に証契ギルドへ提出する書類を仕上げていった。

 机の上には、厚く積み上がった紙の山。その中身は、ツムギたちから詳細な工程を聞き取り、偽物の爪飾りの製法に潜む矛盾を一つひとつ丁寧に洗い出し、「なぜ爪飾りとして機能しないのか」を第三者の視点から明確に示した資料だった。

 ページ数にして五十枚を超えるその書類は、凍てつくような怒りを内包しながらも、一切の感情を排した精緻な構成で、ただ静かにそこに佇んでいた。


 その冷ややかさを察してか、POTENの面々は、廊下ですれ違うたびにひそひそと——

 「……あの書類の山、なんか冷気出してない?」

 「氷魔石でできてるんじゃないかって思うよな」

と、半ば冗談混じりに噂していた。


 ぽてはというと、その山の横を通るたびに「ぽふぅ……(さむい……)」と小さく震え、ツムギはツムギで、これから始まる“経営勉強会”の光景を想像しては顔色を青くしていた。


 「……まあ、そういうところ、俺も全然教えてこなかったからな」

 ジンは苦笑いを浮かべながら、肩をすくめる。

 「最低限は覚えておくのも、職人のマナーじゃな」

 バルドは湯飲みを片手に、どこか達観したような口ぶりで頷く。


 普段は冷静なイリアも、今回の一件を聞いて小さく息をついた。

 「……エリアスは、絶対に怒らせない方がいいわね」

 隣のリナが、口の端を上げて頷く。

 「ほんまやね。あ、そういや——ツムギ、今回の危機管理の件で、エリアスから経営の勉強会受けることになったんやって」

 「……それは、なかなかハードね」

 イリアの苦笑に、リナは肩をすくめて続けた。

 「でもまあ、経営の話やったら、うちもちょっと興味あるし。ツムギ一人で受けさすんも気の毒やから、一緒に参加しよかなって思てる」

 「……ふふ、それなら少しは心強いかもね」

 イリアの口元にも、わずかに柔らかな笑みが浮かんだ。


 その場の空気を壊さぬよう、エドは静かに視線を落とす。だが、心の奥では別の思考が動き出していた。

 (……これは、確実に裏があるな)

 その直感は、長年の経験と、そして自分の生まれによる察する勘から来ていた。


 ——誰にも知られぬよう、少し調べてみるか。

そう心に決めると、表情ひとつ変えぬまま、淡々と持ち場へ戻っていった。


 こうして、爪飾りを巡る騒動は、静かに次の局面へと進み始めていた——。



 ***



 エリアスは机の上に積まれた分厚い書類の束を、一枚も取り落とさぬよう丁寧に革の鞄へ収めると、肩紐を掛け直しながら立ち上がった。

 「……じゃあ、行ってきます」

 その声音には、軽やかさと確かな決意が同居していた。


 玄関まで見送りに来たのは、バルド、ツムギ、エド、そしてぽて。

 バルドは腕を組み、頼もしげに頷く。

 「エリアスなら大丈夫じゃ。何かあったとしても、また皆で考えればええ」

 その言葉にツムギは、ぎゅっと両手を握りしめてうつむき、か細く呟いた。

 「……私のせいで、ごめんなさい……」

 隣でぽても、ちょこんと頭を下げて「ぽふぅ……(ごめんね……)」と小さく鳴く。


 エリアスは二人の姿を見て、ふっと口元を緩めた。

 「なかなか歯応えのある、面白い案件だったよ。それに、ツムギが自分で突破口を見つけたじゃないか」

 そのまま軽く肩をすくめ、いたずらっぽく目を細める。

 「……これが終わったら、勉強会のテキストを作るから、楽しみにしてて」


 「ひ、ひぃ……はいっ! 善処します……」

 ツムギは怯えたように返事をしつつ、無理に笑顔を作って見送った。ぽても「ぽふっ(がんばれ……)」と小声で励ます。


 ドアが閉まり、足音が外へと遠ざかっていく。

 その直後、エドが何かを思い立ったように玄関を飛び出した。

 「エリアス!」

 振り返ったエリアスに、真剣な眼差しを向ける。

 「少しでもおかしなことがあったら、すぐに僕に教えて。前は役に立てなかったけど、今度は一緒に対策を考えるから」


 エリアスは一瞬目を細め、それから穏やかに微笑んだ。

 「……エド、ありがとう。頼りにしてるよ」

 短い言葉に、確かな信頼が込められていた。


 「僕にとっても、大事な場所だから」

 エドは、いつになく真剣な眼差しで続ける。

 「誰かに壊されそうになったら、黙ってなんていられない」


  エリアスは静かに頷き、再び歩き出す。その足取りは、証契ギルドへ向けて迷いなく進んでいった。


 街のざわめきを抜け、磨き込まれた扉を押し開けると、ひんやりとした空気と静かな筆音が迎える。奥の受付カウンターには、黒髪をきちんと後ろにまとめた男性が座っており、書類から視線を上げた。


 「透輝液の爪飾りの件で、資料を提出させてください」

 エリアスがまっすぐに切り出すと、男性の表情がぱっと明るくなった。


 「ああ、POTEN創舎の方ですね。先日、透輝液の爪飾りについて、他の申請と内容が重複していた件でしょうか?」

 「……はい。その件で、先に提出された方の申請内容なのですが、数値や工程に不自然な点が多く見られます。お手数ですが、こちらで確認していただければ」


 そう言って、エリアスは肩に提げた鞄から、きっちりと束ねられた書類の山を取り出した。紙が積み重なった音が、静かな受付に重く響く。ざっと見ても五十枚以上──理路整然と並ぶ数値と工程表、矛盾点ごとの付箋、そして補足の参考資料まで揃っている。


 受付の男性は、その書類の厚みに思わず目を瞬かせ、わずかに口元を引きつらせた。

 「……ええと、これは……かなり……」


 しかしすぐに態度を整え、少し困ったように笑みを浮かべる。

 「あっ、その件でしたら──もう大丈夫ですよ」


 エリアスは一瞬、耳を疑った。

 「……大丈夫、とは?」


 「相手側の商標登録は、すでに取り下げられました。正式に、申請は白紙になっています」


 「……取り下げられた?」

 エリアスは、眉をわずかに寄せながら、穏やかな声で問い返す。

 「どういう経緯なのか、詳しくお聞きしてもよろしいですか」


 「……それが、少し妙な話でして」


 エリアスの視線を受けた受付の男性は、なぜか一瞬だけ言葉を飲み込み──ゆっくりと口を開いた。

申し訳ありません。忙しい時期に入ってしまいました。

その為、更新頻度を少し下げさせて頂きます。


ツムギの物語は水曜日と土曜日、ハルの物語は月曜日と金曜日の23時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です

⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜

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⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜

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