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【第1章完結】異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜  作者: 花村しずく
2-04透輝の爪飾り

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148. 査定士チームの発足

 その空気の中で、ふとナギが顔を上げる。


 「ねえ、ツムギ……ちょっと思い出したんだけどさ」


 ツムギが不安げに目を向けると、ナギは少し眉をひそめながら言葉を継いだ。


 「この前、職人ギルドの素材倉庫でさ。あたしたち、爪飾りに使えそうな素材探してたじゃん?」


 「うん……うん、あの日」


 「その時にいた女の人。覚えてる? 話しかけてきて、素材のこととか、使い方とか、やたら聞いてきた人」


 ツムギは一瞬目を見開き、すぐに頷いた。


 「……覚えてる。えっと、えっと……“同じ職人です”って言ってたけど、透輝液のことは、あんまり詳しくなかった気がする。『それ何が入ってるんですか?』とか、『どれくらいの割合で混ぜるんですか?』とか……すごく基本的なこと、何度も聞かれた」


 ナギも頷く。


 「そうそう。ちょっと違和感あったんだよね。なんか、“勉強してる途中”っていうより、“探ってる”って感じでさ」


 「まさか……」


 ツムギの声が少し震える。


 ぽてが、ふたりの膝の間でもぞもぞと動きながら、「ぽふぅ〜……(あのひと、やだ……)」としょんぼりした声を漏らした。


 バルドは静かにそのやりとりを聞いていたが、やがて口を開いた。


 「ふむ……名を偽って入り込むやつ、昔からおらんことはない。だが……それが本当に今回の件に関係しているのか、調べる価値はありそうじゃな」


 バルドの重い言葉に、一同の空気がさらに引き締まる中——エリアスが静かに口を開いた。


 「……誰がやったかは、後からいくらでも調べられる。仮にこちらに落ち度があったとしても、調べた上で反省すればいい」


 彼は目の前の書類にそっと手を添えると、声の調子をほんの少しだけ強めた。


 「けれど、今やるべきことは、“この登録証”と“仕様書”を徹底的に読み込んで、何かしらの“ほころび”を見つけ出すことだ」


 ナギが、ごく自然に姿勢を正す。ぽても「ぽふっ」と膨らみながら、小さく頷いた。


 「これは、ただの紙じゃない。提出された以上、正式な記録になる。逆にいえば、こちらが正当な異議を申し立てるなら、この中に論拠が必要なんだ」


 そして、皆の視線をゆっくりと見渡しながら、柔らかく微笑んだ。


 「職人にしか分からない違和感があるかもしれないし、法の抜け道を知る証契士だからこそ見える綻びもある。全員で読み込んで、突破口を探すんだ」


 少しだけ、茶目っ気を込めて付け加える。


 「まるで……真贋を見極める《査定士チーム》って感じだな。面白いだろ?」


 ツムギが、小さく「うん」と頷き、ナギも「それ、ちょっとワクワクしてきたかも!」と目を輝かせた。


 そして、ぽてが両前足で床をちょんちょんと叩きながら、勢いよく「ぽふぅ〜!(しらべるぞー!)」と張り切った声を上げた。


  それを見ていたバルドが、ふっと目を細めて笑みを浮かべ、静かに頷いた。


 「……それでこそ、POTEN創舎じゃな」


 彼の低く落ち着いた声が、リビングの空気に深く染み込む。


 「歯を食いしばってやるべき時もある。だがの、極限の緊張は、時に判断を曇らせ、手元を狂わせる」


 机の端にあった書類を一枚手に取りながら、続ける。


 「こういう時こそ、競うように、楽しみながらやるのが一番よい。集中力も増すし、互いの強みも生きる。……さすがエリアスじゃ。よう導いてくれたわ」


 その声には、若き仲間たちを信頼しているという揺るがぬ温かさがあった。


  「……じゃあ、わしはもう歳じゃしのう。ツムギのお守りでも使って、集中力を底上げしておくか」


 そう言いながら、バルドは懐からそっと取り出した「護りの魔回路式イヤーカフ」に指先を添え、魔力を流す。


 「え〜!バルドさん、それ名案! 私も使っちゃお〜っと!」


 ナギが手を挙げながら同じイヤーカフに手を伸ばす。耳に装着すると同時に、ふわりと淡く光った。


 「これで私もエリアスくらい頭良くなれたりして〜♪」


 その言葉に、ツムギは小さく息をつきながら、やや呆れたように笑った。


 「ナギ……これは“冷静になれる”機能だから……さすがに本人以上の能力は出せないよ?」


 「え〜? ちょっとくらい、なれたっていいじゃ〜ん?」


 そんなナギの無邪気な笑顔を見て、ツムギも「もう……」と頬を緩める。


 その隣では、何も言わずにそっとイヤーカフに触れ、バレないように魔力を流しているエリアスの姿があった。光が淡く灯るのを確認し、彼は何事もなかったかのように静かに書類へ視線を戻した。


 その後、ぽてを含めたPOTEN創舎の仲間たちは、頭を抱えたり肩を寄せ合ったりしながら、一つ一つ書類に目を通していった。


 「ねー、ツムギ。これさ、あの時“透輝液に微光羽片を混ぜてみたら”って試したやつじゃない? 最後濁ってドロドロになったやつ〜」


 ナギが楽しそうに笑いながら指をさす。


 「もう……せめてちゃんと実験してから登録して欲しかったよね。あんな状態で商品にするなんて……。もし完成度高かったら、まだ納得できたかもしれないのに……」


 ツムギは軽くため息をつきながらも、肩をすくめて笑った。


 「うむ。これはまるで“にわか”の仕事じゃな……成分と効果の整合がまったく取れとらん」


 バルドも書類を指でとんとんと叩き、渋い顔をして首を振る。


 ぽてはというと、あちこちに散らばったレシピ案をせっせと運んだり、気になるページに前足でちょんちょんと触れたりと、自分なりに調査に加わっているようだった。


 「……とはいえ、確実に異議を唱えられるほどのミスもないな……」


 エリアスがページをめくりながらつぶやいたときだった。


 「……ん?」


 ツムギが、不意に手元の書類に目を留めた。


 一枚の紙に記された“とある製造手順”——その一文に、小さな違和感を感じる。


 (……この工程、どうしてこう記載したんだろう? これじゃあ、商品ににならないはずだけど)


 何気ないその疑問が、彼女の中でゆっくりと、しかし確実に、ある“仮説”へと育ち始めていた——。

次回は水曜日23時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です

⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜

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