145. 救世主リナ
ツムギは近ごろ、いくつもの作業を並行して進める日々を送っている。
透輝液の最終調整をしながら、保護力は十分か、色粉や内包物との相性はどうか……ひとつひとつ試しては、記録し、試作し、また試す。
その合間にお守り袋もバルドや魔導裁縫箱先生の協力を仰ぎ、魔法陣を色々と試し、魔力流通の妨げにならない構造についても助言をもらった。
ナギはその間、ラベルや説明書き、パッケージデザインの案を幾つも描き上げ、作業の合間にはぽてが完成したサンプルに“使いやすさチェック”と称してちょんちょんと触れては、楽しげに反応していた。
何日か、昼と夜をまたぐようにして作業が続いたが、ツムギの目は澄んでいた。
まずは“飾り”ではなく“守るもの”としての爪飾り。特別な装飾はつけずに、B級品の透輝液を使い、最低限の保護効果だけを持たせた安価な“爪補強コート”を仕上げていく。
派手さはない。けれど、手仕事に従事する人や、怪我を抱えた誰かの日常に、そっと寄り添うものにしたい。そう願って、ツムギは最後の一滴まで、丁寧に瓶へと詰めた。
「よしっ……!」
ツムギが小さく息を吐き、手元のセットをそっと見つめる。
薬包紙にふんわり包まれた月影石の粉。小さなガラス瓶に詰めた晶樹液。そして、使いやすさを考えて選んだ、細く滑らかな木製のスティック——爪補強コートの“基本セット”が、ようやく形になった。
飾り気はない。でも、それでいい。派手ではない分だけ、誰かの手の中に、ささやかに寄り添っていけたら——ツムギはそんな想いを胸に、瓶のふたをそっと閉めた。
そのちょうどタイミングで、玄関の扉が軽やかに開く音がした。
「ただいま〜。あっつい〜……、冷たいもん食べたいー」
リナだった。腕まくりをしたままの商人服姿で、頬にはほんのり汗がにじんでいる。靴を脱ぎながら、いつもの調子で声をかけてくるその気配に、ツムギはほっと笑顔を浮かべた。
「おかえりなさい、リナ! ちょうど今、完成したよ—!」
ツムギはうれしそうに声を弾ませながら、作業台の上に並べていた小さなセットを指さした。
「あと、これ。頼まれてた爪コートのレシピ。まとめておいたよ」
そう言って、手書きのレシピメモも差し出す。
「ツムギ、ありがとうな! これでばっちりや!」
受け取ったリナはぱっと明るく笑い、完成品のセットを手に取ってじっくりと見つめる。
「うん、シンプルやけど、清潔感あって機能的。よく考えて作られてるのが伝わってくるわ。ええ感じ!」
そして、ひと呼吸置いてから、リナは少し悪戯っぽく笑った。
「実はな。このセット、職人ギルドに丸っと製作お願いしてきたんよ」
「えええっ!? ど、どういうこと!?」
「リナ、それ初耳!」
ツムギとナギが声を揃えて驚くと、リナは手をひらひらと振りながら、続けた。
「いや〜、ほら、ツムギもナギもさ。最近めっちゃいろんな試作とか新作とか作ってるやん? もう正直、手ぇ足らんやろと思ってな」
「う、まあ……そうかも」
「そうなんだよね……わかってるけど、なかなか任せられなくて」
ナギとツムギが苦笑する中、リナは少し得意げに言った。
「せやけど、今回は衛生用品やし、安全性って大事やん? だからね、薬扱うプロに任せるのが一番やと思って、薬師に頼まれへんかって職人ギルドに交渉してきたんよ」
「薬師さん……!」
「それなら、確かに安心かも!」
ふたりの表情がぱっと明るくなる。
「しかもな、簡単な作業やし、薬師始めたての人にとっては練習になるんやって。向こうも“ちょうどええ”って言うてたわ」
「リナ、ほんとにすごい……! じゃあ職人ギルドに頼むとして、晶樹液のB級品、POTENの分だけじゃ足りなくなるよね? それは、どうやって集めようか?」
「そこもちゃんと、ギルドで買い取ってもらえるようにしてきたで! 材料調達も製作も流通も、ぜ〜んぶギルドで完結や!」
「リナ、仕事できすぎ……」と、ナギが思わず肩をすくめる。
「まあ、取り分はちょっと減るけどな。でも、うちら何もしなくても売れた分だけマージン入ってくるし、悪くないでしょ?」
リナはウィンクしながら指で“ちゃりん”のジェスチャーをしてみせた。
「悪くないどころか、最高だよーっ!」
ツムギが声を弾ませて、ぱあっと顔を明るく輝かせた。
「リナ、ほんとにありがとう。すごいよ、このシステム……!」
「でしょでしょ?」
リナは肩をすくめながらも、ちょっと誇らしげに笑った。
「いや〜、正直さ……これ以上作業増えたら、もう無理かもって思ってたとこだったからね!」
ナギはソファにごろんと転がりながら、大げさにため息をつくと、すっと上体を起こして、リナに向かって手を合わせた。
「リナ様が天使にしか見えない……ありがたや〜……」
「ぽふぅ〜……(てんし〜)」
ツムギの肩にちょこんと乗ったぽても、つられるようにちょこんと頭を下げ、小さな手(?)を合わせて拝み始めた。
その仕草がまた絶妙に可愛らしく、ツムギもつい吹き出してしまう。
「ふふっ、ぽてまで……もうリナ、なんだか私達の救世主みたいだね」
ツムギはくすくすと笑いながら、楽しそうに肩をすくめた。笑顔には、心からの感謝と安堵がにじんでいる。
「救世主? やだなぁ、そんな大層なもんじゃないって」
そう言いながらも、リナの頬は少し赤くなり、どこか誇らしげに笑った。
「ま、そう言われるのも悪くないけどな!」
「ほんとよー!リナ様〜!」
ナギが茶化すように手を振ると、ぽても「ぽふ〜♪(めがみさま〜)」と、よくわかっていないままぴょこぴょこと跳ねる。
「はいはい、ありがとさん。そんじゃ、女神さまはちょっくらエリアスのとこ行ってくるわ!」
そう言い残して、リナはぱたぱたと軽やかに立ち上がり、背中越しに手をひらひら振って部屋を出ていった。
その後ろ姿を、ツムギとナギとぽてが見送りながら、三人(と一匹)の空間には、温かな笑いとやわらかな余韻が、そっと残っていた。
次回は土曜日23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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