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142. ツムギの小さな悩み

 その日も朝から、ツムギとナギは並んで作業机に向かい、透輝液の爪飾りの試作品作りに没頭していた。


 「ねえねえ、ツムギ、これすっごく綺麗だよー!」


 ナギがそう声を弾ませながら見せたのは、薄く板状に整えられた透輝液シートの上に、丁寧に塗られたカラーチャートだった。液の透明感の中に広がる微細な粒子が、光を受けてきらきらと瞬いている。


 「これは“夜空”をイメージしてみたの。紺色の色粉で空を、そして黄金に光るラメは星屑のつもり」


 ツムギがうっとりとした表情で、ラメのきらめきを目で追う。


 「わあ……ほんとに綺麗。夜空の中で星が流れてるみたいだね……!」


 そんなツムギの様子に、ナギも嬉しそうに頷きながら、さらなるカラーパターンを考えてはスケッチに描き込んでいく。


 「そういえば……お守り袋の方はどう?進んでる?」


 透輝液の筆をそっと置いて、ツムギがふと思い出したように尋ねる。


  ナギは「あー!」と天井を仰いで、少し苦笑いを浮かべた。


 「それがさー、なんかどんどん作りたいものが出てきちゃって、なかなか手が回らなくてさ!エリアスにも相談して、今はホビーナの従業員さんに手伝ってもらってるんだ」


 そう言って、近くに置いてあったメモ帳を手に取る。


 「もともとホビーナで出たハギレを使ってたから、店番の合間にちょこちょこ作りためてもらってて。みんな器用で、すごく丁寧に仕上げてくれるの!」


 「へえ〜! すごい、ナギ。ちゃんと周りにも頼ってるんだね」


 ツムギが目を細めて感心したように言うと、ナギはちょっと照れくさそうに笑ってから、肩をすくめた。


 「いやいや、頼らないと無理だよ〜。作りたいもの思いついちゃうとさ、どうしてもそっちに集中しちゃうし!」


 「……うん、それ、わかる。作りたい気持ちに火がつくと止まらなくて。研究し始めると、ついつい販売用の数が減っちゃうし……バランス、むずかしいよね」


 ツムギが静かに頷きながら、固まった透輝液の表面をそっと指で撫でる。


 「でもツムギの場合さ、ツムギが作ったものが欲しい!っていうお客さんもたくさんいるじゃない? だから、なおさら大変だと思うよ」


 そう言いながら、ナギは試作品のスケッチに新しい色のラメを描き足していく。


 「お願いできるところにはお願いして、なるべくツムギが自由に研究できる時間、確保できるといいよねー。そういうのが、いちばん“ツムギらしさ”出せるし!」


 ナギが屈託なく笑ってそう言ったあと、ツムギはほんの少し間をおいて、ふっと息をついた。


 「……私、ね。いろんなアイデアを考えるのは好きなんだけど、最近ちょっと思うことがあって」


 ツムギは手元の試作品に視線を落としながら、ゆっくりと続ける。


 「私って不器用だなあって……改めて気がついたんだ。完成度とか丁寧さとか、こだわってるつもりだったけど、ナギやエドたちが作るものを見ると、“もっと上があるんだな”って実感して」


 少し恥ずかしそうに笑うその横顔に、ナギは目を細める。


 「数も作れないし、作るだけなら、もしかしたら私がやるより、もっと素敵に仕上げてくれる人がいるかもしれないって思うようになってね。だから最近は……ナギみたいに、信頼して頼れる職人さんを見つけて、チームでモノづくりできたらなって」


 ぽてが「ぽふ?」と首を傾げて見上げ、ツムギの膝にちょこんと乗ってきた。


 ナギは、そんなツムギの言葉をじっと聞いていたが、ふっと柔らかく微笑んだ。


 「……うん、ツムギはさ、“作る”って言っても、手を動かすだけじゃないと思うよ」


 ツムギが、ぽてを撫でながら顔を上げると、ナギはまっすぐな瞳で言葉を続けた。


 「“こんなのあったらいいな”って思いつくこと。誰かのことを想像して、必要なものを形にしていくこと。それって、もう立派な“ものづくり”だよ。職人の手を借りたって、ツムギの作品には変わりないって、私は思う」


 その言葉に、ツムギは少し目を見開いて、それから小さく笑った。


 「……ありがとう、ナギ」


 ふたりの間に流れたそのあたたかな空気に、ぽてが「ぽふぅ〜」とうれしそうに喉を鳴らした。


 そのとき、POTENハウスのドアが軽やかに開き、朗らかな声が響く。


 「おーい、おやつの時間じゃぞー!」


 そう言いながら、エプロン姿のバルドが、いつものようにゆったりとした足取りでリビングへと戻っていった。


 「わーい!今日は何かな〜?」

 ナギがさっそく椅子から跳ねるように立ち上がると、ツムギの手をぐいっと引いた。


 「ツムギ、休憩も仕事のうちだよ! 行こ、行こ!」


 「うん、ありがとう……!」


 作業の手をそっと止め、ぽてを肩に乗せて、ふたりはバルドの後を追ってリビングへ。


 テーブルの上には、バルドお手製の焼き菓子と果実茶が並んでいた。どれも甘い香りに満ちていて、ぽても目を輝かせてぴょんぴょん跳ねている。


 しばらくたわいない話が続いた後、バルドがふと思い出したようにツムギに声をかける。


 「そうじゃ、ツムギ。前にお主が言っておったな、スライス魔石のネックレスに“ライト効果”をつけたいと」


 「はい……中々時間が取れなくて、まだ考えられてなくて……」


 「忙しそうじゃったからの。試しに、わしが簡易型の魔法陣を組んでみたんじゃ。あとで、一度見てみるか?」


 「えっ、本当ですか!? ありがとうございます、バルド先生! ぜひ、あとで見せてください!」


 うれしそうに笑うツムギの頬がほんのり紅くなり、ナギがそれを見て、ふふっと笑った。


 「ねえツムギ、もう気づいてる? ツムギのアイデアを形にしてくれる“応援隊”、ちゃんともう周りにいるじゃない!」


 「今のバルド先生の魔法陣もそうでしょ? あとはさ、ツムギの頭の中を再現してくれる、作り手を見つけたらいいんだよ!」


 「……ツムギの考えるアイデアは面白いからな」

 バルドが湯気の立つカップをテーブルに置きながら、ふっと笑う。

 「つい、形にしてみたくなるんじゃよ。職人ってのは、そういうもんじゃ」


 ナギが「でしょー!」と笑いながら頷き、ぽてが「ぽふぅ〜!(つくるひと!)」とくるくる跳ねて応えた。

次回は水曜日23時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です

⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜

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