141. 新しい素材との出会い
その後も、女性は資料棚の前で足を止めては、いくつかの瓶を手に取り、「この素材って、どういうふうに使うんですか?」と興味深そうに尋ねてきた。
「たとえばこの粉は、透輝液に混ぜると発色が柔らかくなって、繊細な色合いにできるんです。反対にこの石粉は、光を反射させるタイプで……」
ツムギが楽しそうに答えるたび、女性は「へえ〜、すごいわね」「それ、流石のアイデアね」と、感心したように声をあげた。どこか嬉しそうに相槌を打ち、ツムギとナギの言葉に丁寧に耳を傾けるその姿は、ごく自然で人懐っこい。
話が一段落すると、女性は軽く手を合わせるようにして微笑んだ。
「……そろそろ私は失礼するわね。いろいろ教えてくれてありがとう。さすが、POTEN創舎さん。どんなふうに商品になるのか、楽しみにしてるわ」
そう言い残し、女性は軽やかに部屋を後にした。
部屋が静けさを取り戻したころ、ナギがぽつりと呟いた。
「……ねえ、私たち、POTEN創舎って名乗ったっけ?」
ぽてがツムギの肩の上で、ぶるりと体を震わせた。
「えっ……言ったような、言ってないような……?」
ツムギは少し首をかしげながらも、どこかもやもやとした違和感を拭えずにいた。
「……まあまあ、それはそれとして!」
ナギが軽く手を叩いて、空気を切り替えるように声を上げる。
「そろそろさ、いくつか候補決めちゃおうよ。素材、めっちゃたくさん見つけたし!」
「うん、そうだね……けっこう良さそうなの多くて、悩んじゃうよね」
ツムギも、スケッチ帳を見返しながら同意する。ページの端にはいくつもの候補が、メモと共に並んでいた。
そのとき——
「ぽふっ!」
ぽてがふいにツムギの肩から跳び降り、棚の間をぴょんぴょんと跳ねながら、くるくると素材の瓶のまわりを回り出す。
どうやら、さっきまでの緊張がようやく解けたらしい。
「おっ、ぽてのおすすめ?」
ナギが目を細めて笑いながら、ぽての止まった場所に歩み寄る。そこには、淡い金のきらめきを持つ鉱石の粉と、虹色の内包物が封じられた小瓶が並んでいた。
「わあ、これ……透輝液に混ぜたら、きっとすごく綺麗になるよ……」
ツムギがうっとりと目を輝かせて、ぽてのそばにしゃがみ込む。
「じゃあさ、色味の系統でグループ分けして、何種類かバリエーション考えてみよっか!」
ナギの声に、ぽても「ぽふっ!」と賛成の跳ねを一つ。
——静かな資料室の中、二人(と一匹)の選定会議が、賑やかに再び幕を開けた。
あれこれと吟味を重ねたあと、それぞれが気に入った素材をいくつか選び出す。ぽても自分で見つけた瓶の前をくるくる回って、これだと言わんばかりにツムギを見上げていた。
「ぽてのセレクトも入れとこっか」
「うん、どれもすてきだし、後で実験で比べてみよう」
そうして、素材棚から選び出した瓶のラベル名をノートにしっかりとメモし終えると、三人は静かに立ち上がり、資料室をあとにした。
向かったのは、職人ギルドの受付カウンター。
「こんにちは、素材の在庫をお聞きしたくて」とツムギが声をかけ、ナギがメモを差し出すと、受付の女性は慣れた手つきで確認作業を始めた。
「はい、すべて在庫ございますよ」
「やった〜!」とナギが笑顔で小さくガッツポーズを決め、ぽても「ぽふっ!(よかったー)」と小さく跳ねた。
支払いについては、エリアスから聞いていた通り、POTEN創舎の名前で処理してもらう。
こうしておくと、ギルド側が収支を毎月まとめて精算してくれる仕組みになっている。差額は、後日POTEN創舎に振り込まれる。
職人たちは、それぞれ登録済みの「登録名」で買い物をすることで、ある意味“ツケ払い”のような形で、必要な素材を手に入れることができる。
「それでは、こちらで処理しておきますね。今月分に追加しておきます」
受付の女性が手際よく対応しながら、ふと顔を上げて笑った。
「……そういえば、お守り袋の件、いまだに問い合わせがあるんですよ。来年のお祭りも、ぜひお願いしますね」
「えっ、ほんとですか!? 嬉しいです!もちろん、また宜しくお願いします」
ツムギがホクホク顔で答えると、ナギも「また、みんなとワイワイ作りたいね〜」と頬を緩めた。
受付の女性に丁寧にお礼を告げると、三人はギルドをあとにし、外の陽射しの中へと足を踏み出した。
通りに出たツムギたちは、ちょっとした寄り道をして、露店で冷たい果実ジュースを買い、歩きながらちびちびと飲み始めた。ぽてには、小さな袋に入れられた生の果物が用意してもらったらしく、うれしそうにぽふぽふとほおばっている。
「ねえねえナギ、色粉ってさ、上手く混ざったら新しい色、作れたりするかな?」
ツムギが目を輝かせて聞くと、ナギはジュースを飲みながら、にこっと笑って応えた。
「うん、たぶんいけると思うよ!でも均一に混ぜるのはちょっとむずかしいかも……ああ、こんなときハルがいたらなあ。風魔法でぐるぐるーって、あっという間に混ぜてくれたのに」
ふざけるように、手で“ぐるぐる”のジェスチャーをしてみせるナギ。
ツムギはふっと笑ったあと、ふと少し寂しげに視線を落とす。
「……ハルくん、全然連絡ないけど大丈夫かな。魔導通信機も繋がらないし……なんだか、いないとちょっと、POTENハウスが静かだよね」
「ぽてぇ……」
ぽても、肩の上でしょんぼりと首を垂らし、切なげな声を漏らした。
「ダンジョンによっては通信が届かないらしいし、多分大丈夫だと思うけど……」
ナギがそう言いながら歩を進める。
「バルドさん、この間、間違えてハルの特製ジュース作って放心してたよ。クセで……っていいながら」
思い出して、くすっと笑うナギに、ツムギも自然と頬をゆるめた。
「……帰ったら、生命装置、確認してみようか」
ぽてが「ぽふっ」と頷いたように跳ねる。
そうして三人は、陽だまりの帰り道を歩きながら、POTENハウスへと向かった。
そして、いつものようにリビングに入り、整然と並んだ小さな魔導ランプを見上げる。
全員の色が、きちんと“緑”に灯っていた。
次回は土曜日23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
https://ncode.syosetu.com/N0693KH/