140. 職人ギルドで素材探し
そのころ、陽射しがやわらかく差し込む職人ギルドの資料室では、ツムギとナギが並んで棚を眺めていた。
透輝の爪飾りに使えそうな色粉や内包物を探すために、今日はふたりでギルドを訪れていたのだ。
並んだ小瓶や袋には、それぞれ素材名や価格、用途の記されたラベルが丁寧に貼られており、資料棚には分厚い図鑑もずらりと並んでいる。
「わぁ、やっぱここすごいね〜! 色粉だけでもこの量……全部見てたら日が暮れそう!」
ナギが目を輝かせながら、興味津々に小瓶の列を指でたどる。
「でも、透輝液に混ぜるってなると、やっぱり肌に触れても安全なものじゃないと……」
ツムギは図鑑を開きながら、“人体への影響”という注記を探して慎重にページをめくっていく。
透輝の爪飾りを「可愛い」だけでなく、「安心して使える」ものにしたいという思いが、彼女の中でしっかりと根を張っていた。
「この粉って、どうかな? 自然な青みで、光の角度でちょっときらめくみたい」
「おお、いいね! それ、絶対きれいだと思う!」
ぽてが、「ぽふぅ〜!(きらきら〜)」とうっとりと反応し、ふたりは思わずくすくすと笑い合う。
「ねえツムギ、この星屑が入ってるみたいな石知ってた? これ、砕いて内包物として使ったら絶対可愛いって! しかもこの価格、良心的やで……!」
「うん、それ、光に当てたらキラキラしてきれいかも!」
どちらからともなくスケッチ帳が開かれ、鉛筆が走る。
静かな資料室の中、ふたりの“次の試作”は、もうすでに始まりかけていた。
——と、その時。
カララ……と静かに開くドアの音に、ツムギとナギはふと顔を上げた。
資料室の入口から、一人の女性が姿を見せる。年の頃は二十代半ばほどだろうか。柔らかく整えられた髪を後ろでゆるく束ね、装いは素朴ながらも清潔感があり、どこか親しみやすい雰囲気をまとっている。
目元には穏やかな笑みが浮かび、誰にでも気軽に声をかけそうな空気をまとっていた。冒険者とも商人ともつかないその佇まいは、資料室という静かな空間の中で、むしろ自然に溶け込んで見えた。
彼女は中に入ると、何気ない様子で部屋をぐるりと見回す。
その視線が一瞬、ツムギとナギの方をちらりととらえ——それから何事もなかったかのように、棚のファイルに目を落とした。
(……あれ、ちょっと声大きかったかな?)
ナギが小さく首をかしげたが、相手は何かを探すふうに資料棚のラベルを眺めるだけで、特に話しかけてくる様子はない。
ギルドの資料室は開放されており、登録された職人であれば誰でも自由に出入りできる場所だ。こうした来訪者があるのは珍しいことではない。
だからツムギたちも、軽く視線を交わしただけで気に留めず、時折ふたりで意見を交わしながら、黙々と作業を進めていた。
——ふと、視線を感じて、ツムギがそっと顔を上げ、振り返る。
そこには、資料棚の前に立っていたはずの女性が、いつの間にかツムギたちのすぐ後ろまで来ていた。棚に手をかけるでもなく、じっと、何かを見つめるような眼差しで、ふたりの作業を眺めている。
「ごめんなさい、驚かせちゃったかしら?」
彼女は柔らかく微笑みながら、すこし身を引いた。
「さっきからすごく真剣にお話ししてたから、つい気になっちゃって。何か探してるんですか? よかったら、一緒に探しましょうか?」
ナギが一瞬、目をぱちくりとさせたあと、ツムギの方をちらりと見て、ゆるく首をかしげた。
「えっと……ありがとうございます、でも、大丈夫ですよ」
ツムギが戸惑いながらも微笑を返す。
「この爪に塗っているのが、透輝液っていう素材を使った試作品で、その装飾に合いそうな粉とか、内包物とかを探してて……ちょっとマニアックなことなんです」
「へえ、透輝液……きれいな爪ね」
女性は興味深そうに資料棚の方へ視線を戻しながら、肩越しにふわりと笑った。
「よかったら、どんなふうに使うのか、教えてもらってもいいですか?」
ナギはにっこりと笑って、相手の目をまっすぐに見た。
「まだ完成には遠いんですけどね。うちの創舎、ちょっと変わったものばっかり作ってて。こういうとこで素材探しするの、すごく楽しくて……つい、ちょっとにぎやかになっちゃってて。うるさかったら、ごめんなさい」
「なるほど……面白そう」
女性の声はあくまで柔らかく、好奇心に満ちていた。
それからの彼女は、次々と質問を投げかけてきた。
「その透輝液って……以前からある透輝液と一緒なんですか?」
「どうやって爪に塗るんです?筆?それとも指で?」
「固めるって言ってましたけど……そんなに上手く固まるものなんですか?」
テンポよく重ねられる問いに、ナギとツムギは顔を見合わせながら、できる限り丁寧に答えていった。
「今のところ、液の性質は変えてないので、基本的な使い方は前と同じです」
「塗るのは筆が多いですけど、用途によっては指でも……あ、でも肌荒れしないかの確認はまだ途中で……」
「爪から流れないように、粘度は調整しているので、大丈夫ですよ」
女性は「へえ〜」と素直に感心したようにうなずき、話を楽しんでいるような笑顔を浮かべた。
その表情に、ツムギの気持ちも自然とほぐれていく。
「新しい素材の話って、やっぱり気になりますよね! わかります、その感じ!」
思わず笑顔がこぼれて、手にしていた試作ノートを抱えなおす。
「透輝液って、まだ分かってないことも多いんですけど、だからこそ、こうやって少しずつ試していくのがすごく楽しくて。粘度の変化とか、混ぜる順番でも仕上がりが違うんですよ〜!」
楽しそうに語るツムギの横で、ナギも「でた、素材トークに火がついた」とくすっと笑いながら、スケッチ帳を広げて見せる。
そんなふたりの様子を横目に見ながら、ぽては、珍しく微妙な顔をして、ツムギの肩の上でじっと沈黙していた。
次回は水曜日23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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