138. 証契士は今日も書類と戦う
またツムギが、面白いものを開発したらしい——。
その話をナギから聞いたのは、お守り袋と魔石スライスマシーンの商標登録をようやく終えた、その日の夕方だった。
次は、エドとジンが開発した「属性を変えられる盾」の登録申請。
その資料の山を前に、エリアス・ヴァンデールは静かにため息をついた。
——開発の速度が、早すぎる。
POTEN創舎の立ち上げ当初は、正直ここまでのことになるとは思っていなかった。
ツムギにだけ気を配っていれば、進行もある程度計算できる。そう考えていたのだ。
だが、現実はどうだ。
ハルは、どこからともなく希少素材をどんどん持ち帰り、
それを手にした職人たちは目を輝かせながら、まるで魔法のような技術を次々と生み出していく。
それはもう、“想定外”の連続だった。
「……もはや、創舎というより発明工房だな」
思わずこぼれた独り言に、ふっと笑ってしまう。
けれど彼の手は止まらない。
契約書の草案、適用法の整理、出願カテゴリの選定、流通管理と説明責任……。
ツムギたちがひらめきを形にするたび、エリアスには新たな“証明”と“防御”の仕事が生まれていた。
ずっと尊敬していた王宮魔導士のバルドさんも、今ではすっかり「寮を管理するおじいちゃん」の顔だ。
けれど、いざ開発会議ともなれば、少年のように目を輝かせては、誰よりも熱心に焚きつけ役を買って出てくる。
しかも、厄介なことにその知識と経験が“本物”だから始末が悪い。
ツムギやナギ、エドたちがふわっとした発想を出せば、すかさずバルドさんがそれを現実の技術に落とし込んでしまう。
最初は「常識的な方だ」と思っていた。
が、朱に交われば赤くなるというのか——いや、もしかすると、もともと“真っ赤”だったのかもしれない。
若い頃に王宮で“問題児”と呼ばれていたという噂も、今となっては妙に納得がいく。
……それにしても、POTEN創舎に集まるメンバーは、どうしてこうも一癖も二癖もあるのだろう。
ナギのように柔和で朗らかな笑顔を見せながら、鋭く市場のニーズを読み取る企画屋。
エドは寡黙で不器用に見えて、機材と対話するかのように微調整をこなし、時折ツムギと通じ合うような“謎の頷き”を交わしている。
リナは誰より現実的で、誰より大胆。ひらめきの瞬発力と、商会交渉の“ごり押し力”の切り替えがえげつない。
イリアに至っては、もはや情報戦と謀略の化身のような冷静さで、貴族層にすら臆せず立ち回っている。
ジンはというと、さすがはツムギの父親と言うべきか——
ツムギが“ゼロからアイデアを生み出す”タイプだとすれば、ジンは“そのアイデアを現実に落とし込む”職人肌の実装屋だ。
一見無口でおとなしく見えるが、ひとたび話が“仕組み”に及べば、誰より饒舌になる。
素材の特性、構造、効率、継続性……その手の中に蓄積された経験は、まさに“設計図を描かずに設計できる男”。
誰かの漠然とした願いや構想を聞けば、即座に具体案へと転換し、無駄なく、安全に、確実に形にしてしまう。
奇抜さよりも“機能美”。
静けさの裏にあるその精密な手腕は、ツムギとは真逆に見えて——
しかし、POTENのものづくりの中核を支える、もうひとつの“核”だった。
——そしてツムギだ。
あの子は、もはや何を思いつくのか予測できない。
自分が見ているものとはまったく違う景色を見ているようで、エリアスも時折、置いていかれるような気になることがある。
(……置いていかれてもいいんだが。開発速度だけは、もう少しスピードを落としてくれたら…… いや、それは甘えだな)
今日もまた、魔道具登録に使う法文書のフォーマットを、一つアップデートしなければならない。
嘆息しながら書類に目を落とす自分に、皆はいつも笑って言う。
「エリアスがいなかったら、POTEN創舎は総崩れだ」
冗談めかしていても、その言葉が、今の彼にとって——唯一、背を伸ばして机に向かえる理由だった。
書類の山に区切りをつけるように、エリアスはひとつ息を吐き、カップの中でぬるくなったお茶を口に含んだ。
「……で、今度は何ができあがったんだ?」
皮肉とも、興味ともつかない声で尋ねた先には、手帳を片手にニヤリと笑うリナの姿。
「今回も、なかなか手こずりそうやで〜。はい、これが噂の新作、“透輝の爪飾り”」
リナがにこにこと資料を差し出す。
その紙面には、きらめく液体と可愛らしいスプーンのイラスト——そして、さらりと書き添えられたメモの文字。
《バザール販売予定/高級ラインはサロン方式/医療用としても展開予定》
エリアスは、静かに——そして心の中では盛大に——頭を抱えた。
爪飾りはまだわかる。しかし、何故この小さなボトルを売るだけなのに、サロンや医療用まで必要なのだ……。
眉間に深い皺を刻みながら、手元の資料を眺めていると、リナの説明が続いた。
「始まりは、ハルくんが依頼で行った村のおじいさんにな、爪が割れてどうにもならんって人がおって。それをどうにかしてあげたいって、ツムギに相談してきてな。ほんなら補強する液がええんちゃうかって話になって、透輝液で試したらうまくいったんよ」
「……だから、医療用も、というわけか」
「せやね。ツムギ、安く届けたいって結構こだわっとるで。できるだけ早く、困ってる人に渡せたらって」
その言葉に、エリアスは一つ頷き、ふと疑問を口にした。
「……医療用の方は、うちで販売するとしても、破棄用の在庫なんてすぐに底をつくだろう? これは、職人ギルドで自由に使えるようにしておいた方がいいか?」
リナは少し考えてから、手元の資料に目を落としながら答えた。
「確かにな。それもアリやと思う。一応、うちで出すやつには品質保証としてロゴマーク入れるつもりやけど、種類があった方が選びやすいし、用途に応じて分けるんも悪くないな」
「爪飾りの方は……」
「こっちはな、少し希少性を出して、高級感持たせた方がええかなって思ってる。まずはバザールで様子見て、手がまわらんようになったら、一般公開してもええやろうし」
リナの言葉に、エリアスは「なるほど」と頷いた。現場の温度と数字の両方を掴んでいる彼女の判断は、やはり頼りになる。
「わかった。そのように、届出を作成しておく」
そう口にしながらも、エリアスの手が動かすのは、ただの申請書だけではない。
この製品を流通させることで起こりうるリスクや、誤使用によるトラブル、模倣品の懸念、使用者の誤解——想定できる限りの事象を何十通りも洗い出し、それをすべて潰すための文言や補足を、静かに、緻密に書き込んでいく。
膨大で、果てしない作業だ。だが。
この手が生み出す書類ひとつで、あの仲間たちの未来が、ほんの少しでも安全になるのなら——
自分にしかできないことで、あの無茶な創舎を、少しでも“守る”ことができるのなら——
これ以上のやりがいが、あるだろうか。
リナの報告を思い出しながら、そして新たに届いた資料を読み込みながら、エリアスはふたたび静かに、思考の深みへと沈んでいった。
次回は水曜日23時ごろまでに1話投稿します
おじいさんとハルのお話は、60話目あたりから出てきます。
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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