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013. ポシェットに込められた願い

2月19日2回目の投稿です

 工房に朝の活気が満ちる


 工房の扉を開けると、朝のひんやりした空気が入り込み、木材や革の落ち着いた香りが広がった。


 ツムギはさっそくエプロンをつけ、作業台の整理を始める。すでに工房の奥では、ジンが黙々と木材を削っていた。


「ん~~、やっぱり朝の工房の匂いはいいね!」

「毎日嗅いでるのに、よく飽きねぇな」


 ジンは笑いながら、手を止めずにカンナを滑らせる。


「だって、今日もいろんなものが生まれ変わるって思うと、わくわくするんだもん」

「はいはい、そうやってまた張り切りすぎて、昼ご飯食べ忘れんなよ」


「うっ……」

 思い当たる節がありすぎて、ツムギは言葉に詰まる。


「ほんとに気をつけろよ、お前が集中しすぎるとぽても一緒に忘れるんだからな」

「ぽぺぺ?」


 話を振られたぽては、ツムギの肩の上で首をかしげる。


「ぽてのせいじゃないよ! ただ、私が食べるのを忘れてただけで……」

「それを言ってんだよ」


 ジンが肩をすくめると、ちょうど工房の鈴がチリンと鳴った。


「おはよう! 今日は頼みがあってな!」


 扉の向こうから、陽気な声が響く。入ってきたのは近所の商人で、その後ろには木製の椅子を抱えた青年が続いていた。


「お、これはまた年季の入った椅子だな」


 ジンは椅子を軽く揺らし、すぐに状態を確認する。


「脚がガタついてるし、座面の板も割れかけてるな。まあ、直すのは問題ねぇが……」


「助かるよ。これ、祖父の代から使ってる椅子でね。壊れちゃったらどうしようかと思ってたんだ」


「なるほどな。なら、しっかり直してやらねぇとな」


 ツムギはそのやり取りを見ながら、改めて思う。

(やっぱり、お父さんはただ直してるだけじゃない。その人にとっての大切なものを、ちゃんと次へ繋げてるんだ……)


 工房には、毎日いろんな人が訪れる。壊れたものを持ち込む人、何かを新しく作ってほしいと頼む人――。でも、どの依頼にも共通するのは「そのものを大事にしたい」という気持ちだった。


 ツムギは作業台に置いたハルのポシェットを見つめる。


(これはただの修理じゃない。ハルくんがずっと大切にしてきたものだから、もっと丈夫で、もっといい形にしないと)


 そんなツムギの様子を見て、ジンがにやりと笑う。


「ツムギ、今日はお前が受けた依頼もあるんだろ? しっかりやりな」


 ツムギは改めて気を引き締め、ポシェットを手に取る。


「よし、がんばるぞ!」

「ぽぺぺ!」


 作業台にポシェットを広げ、ツムギはじっくりとそれを観察した。


「うーん、こうして見ると、結構使い込まれてるなあ……」


 布の表面には長年の使用によるくすみがあり、ところどころに薄くなった部分や小さなほつれが見える。特に、金具が古び、布の強度が落ちているのがわかった。


ぽてがふわふわと跳ねながら、ポシェットの上にちょこんと乗る。


「ぽぺ?」


「そうだね、ぽて。これはきっと、ずっと大事に使われてきたんだろうなあ」


 ツムギはそっとポシェットを裏返し、縫い目の状態を確認する。何度も補修された形跡があり、少し歪な縫い目がいくつも重なっていた。誰かが手縫いで直したのだろう。


「……お母さんが直してあげてたのかな?」


 ハルの家の状況を思い出しながら、ツムギは針目をなぞる。大切なものだからこそ、何度も直して使い続けたのだろう。


(なるべくなら、元のままの形を残して修理したい)


 ツムギは改めてポシェット全体を確認し、修理が必要な箇所を考えた。


⚫︎交換しなければいけない部分

・紐の付け根 → ほぼ擦り切れているため、新しい布で補強する必要がある。

・留め具の部分 → 金具が錆びて動きが悪いので、新しくしなければならない。


● そのまま使えそうな部分

・本体の布 → 多少のくすみや汚れはあるが、丈夫な布なので洗えばまだ使える。

・内側の布 → 少しほつれはあるものの、補修すればそのまま使用可能。


「うん、まずはしっかり汚れを落とそう!」


 ツムギはポシェットを丁寧に分解し、洗浄できる部分とできない部分を仕分ける。


「この布は水洗いしても大丈夫そうだね。あとは……この金具部分は錆がひどいなぁ。これは交換かな」


 ツムギが考えていると、ぽてが作業台の端に置いていた布の上でゴロンと転がった。


「ぽぺぺ?」


「え? あ、ぽて、ちょっとどいてね。これ、洗うから」


 ツムギは洗面用の桶にぬるま湯を張り、ポシェットの布部分をそっと浸ける。手で優しく押し洗いしながら、長年の汚れを落としていく。水に触れるたび、ポシェットが少しずつ鮮やかな色を取り戻していくようだった。


「うん、いい感じ!」


 水が少しずつ濁っていくのを見ながら、ツムギはしっかりと布を洗い続けた。


 洗った布を風通しのいい場所に広げ、ツムギは丁寧にしわを伸ばしていった。しっかりと水を吸った布は少し重く、陽の光を浴びてしっとりと輝いている。


 ぽてが興味津々にふわふわと布の上を漂いながら、ぽんっと軽く押してみる。ツムギはそれを微笑ましく見守りながら、洗った布を手に取った。


 汚れはだいぶ落ちたし、元の色も思ったよりきれいに残ってる。……あとは乾くのを待ってから補修していけばいいかな


 そう思いながら布の端を確認していた時、ツムギの手がふと止まった。


 布の端の方に、見たことのない縫い方が施されている部分があった。ほかの縫い目とは違い、糸の通し方が独特で、規則的な編み目のようになっている。


 これ……普通の縫い目じゃない気がする……


 ツムギは指でそっとなぞりながら、思わず首をかしげた。今まで見たことのある縫い方とは違う。機織りのような繊細さを持ちながら、どこか冒険者が使うような頑丈な縫い方にも見える。


 ツムギは布を手に持ち、縫い方について聞く為に、作業中のジンのもとへ向かった。


 ジンは大きな木材の加工を終え、作業台の上で細かな調整をしているところだった。


「お父さん、この縫い目、見てみて」


 ジンは手を止めて、ツムギが差し出した布を受け取る。じっくりと目を凝らしながら、指で縫い目を確かめた。


「ほう……これは面白いな」


「やっぱり、普通の縫い方じゃないよね?」


 ジンは軽く頷きながら、布を裏返してもう一度確認する。


「これは冒険者向けの補強縫いだな。普通の縫い方とは違って、いざというときにほどけやすく、でも普段はしっかり耐久性を持たせるようになってる。戦闘や緊急時に、道具を素早く取り出せる工夫の一つだ。たぶん、ハルの父親が仕込んだものだろうな。こういう技術を知ってるのは、長く旅をしてる冒険者が多いからな」


 ツムギは縫い目をじっと見つめる。これまで単なる修理だと思っていたポシェットには、こんな工夫がされていたなんて。


「すごい……これ、ちゃんと意味があって縫われてるんだね」


「そうだな。それに、何か隠されてる可能性もある」


 ジンは縫い目をなぞりながら、少しだけ考え込むような表情をした。


「こういう仕掛け縫いは、ただ補強するだけじゃなく、重要なものを隠すために使われることもあるんだ」


 ツムギは思わず、ごくりと息を飲む。


「……ってことは、このポシェットの中に、何かあるってこと?」


 ジンは笑って肩をすくめた。


「それはお前が確かめてみるといいさ」


 次の日、ツムギは改めて布を見つめた。乾いて綺麗になったポシェットの布地に、隠された何か。


「よし……慎重に、解いてみよう!」


 ツムギは作業台に布を広げ、針と糸を準備した。


「この縫い方……解いちゃうと元に戻せなくなるかもしれないから、ちゃんとメモを取りながら進めないと」


 ぽてはクッションの上で丸まりながら、「ぽぺ~……」と寝息を立てている。しばらくは起きそうにない。


 ツムギは紙とペンを手に取り、縫い目の構造をスケッチしながら作業を進めた。


 まず、この糸の流れが……こうなってて、ここの結びが補強になってる。なるほど……すごい……


 慎重に糸をほどきながら、ひと針ずつメモを取る。


 なるほど、冒険者向けの縫い方って、こうなってるんだ……普通の縫い方と全然違う


 ときどきジンにも見てもらいながら、ツムギは慎重に糸を引いていく。すると、ほどくごとに布の裏側に隠されていたものが、少しずつ姿を現してきた。


「ん? これ……」


 ツムギは指を止めた。そこには、小さな布袋がしっかりと縫い込まれていた。


「お父さん、これ……ポシェットの中に、何か入ってる」


「ほう……やっぱり何か仕込まれてたか」


 ジンは腕を組んで布袋を見つめる。ツムギは慎重に袋を開くと、中から小さな石が転がり出てきた。


「えっ……これは?」


 それは掌に収まるほどの滑らかな石だった。光の加減でうっすらと淡い輝きを放ち、表面には不思議な模様が刻まれている。まるで、魔法陣のような形だ。


「まさか……これは、お守り?」


 ジンが手に取り、しばらくじっと観察する。


「この刻印……ああ、間違いねぇ。これは護符の一種だ」


「護符?」


「身を守るための魔法が込められてる石だな。冒険者の間では、お守り代わりに持ってるやつもいる」


 ツムギは驚いて、改めて石を見つめる。


「じゃあ、これ……ハルくんのお父さんが仕込んだもの?」


「そうだろうな。家族を守るために、何かを願ってこのポシェットに仕込んだんだろう」


 ツムギはお守りの石をそっと握りしめた。


 その時、作業台の端で小さく揺れる気配がした。

 寝ていたぽてが、ふわっとクッションの上で身を起こし、じっとツムギの手元を見つめている。


「ぽて、起きたの?」


「ぽぺぺ……!」


 ぽてはいつものふわふわした動きではなく、まるで何かを感じ取ったような表情でお守りの石をじっと見つめていた。


「ぽぺぺ……ぽぺ……?」


 ツムギもジンも、ぽての反応に驚いて顔を見合わせる。


「ぽてが、こんなふうにじっとするなんて……」


「この石、ただの護符じゃないのかもしれねぇな」


 ツムギはごくりと息をのみ、そっと守り石を掌の上に転がした。

……今はどうすることもできないし、とりあえず大切に保管しておこう


 ツムギは慎重に小さな布袋へ石を戻し、傷つかないように柔らかい布で包む。それを工房の棚の引き出しにそっとしまった。


「これでよし。後でハルくんにも話してみよう」


 深呼吸をして気持ちを落ち着けると、ツムギは改めてポシェットの布を手に取った。


「さて、いよいよ修繕開始だね!」


「ぽぺ!」


 ぽてが元気よく跳ねる。気持ちを切り替えたツムギは、作業台にポシェットの布を広げ、修繕の手順を整理した。


修繕計画

・布の補修 → 擦り切れた部分を補強し、縫い直す

・紐の付け根の補強 → 耐久性を上げるため、補強布を追加

・留め具の交換 → 錆びた金具を新しいものに交換

・ポケットの改良 → 新しく作った衝撃吸収の生地を使い、ハルのための特別なポケットを作る


 まずは布の補修から始めよう!とツムギは思い、糸と針を手に取り、ポシェットの傷んだ部分にそっと触れる。


 このポシェットが、これからもっとハルくんにとって大切なものになるように……心を込めて直していこう



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