136. アイデアの源
ふいに真っ直ぐ向けられたその問いに、イリアは少しだけ目を見開き——
ふふっと、意味ありげに微笑んだ。
「まさか、あなたにそんなふうに言われるなんて思わなかったわ。ツムギ、あなたの発想力は、他の誰とも違うものよ」
その言葉に、ツムギの胸が少しだけ痛んだ。
(……私のアイデアなんて、前世があるからこそのもの。たまたま知っていただけ。何一つ、自分で生み出したものなんてないのに……)
唇をきゅっと結び、ツムギは視線を伏せた。
「いえ、私のは……なんというか、“思い出す”みたいな感じで。新しく考えついたもの、じゃないんです。全部、どこかにあったものばかりで……」
声は小さく、どこか申し訳なさそうだった。
その横顔を、イリアは静かに見つめていた。
「私はそうは思わないけれど……あなたがそう思うなら、まあ、いいわ」
イリアの声音はいつものように穏やかで、けれどその奥には、確かな芯の強さがあった。
「仮につむぎの言う通りだとしてもね。いい? 私だって、そうなのよ」
ツムギが顔を上げると、イリアは柔らかく微笑んだまま、まっすぐに言葉を続けた。
「私が今こうして何かを思いつけるのは、経験や知識の積み重ねがあるから。たくさんの人に出会い、話を聞き、本を読み、失敗をしてきたからよ。
それらはすべて“もともと誰かが作ったもの”だわ。私たちが今できるのは、それらを結びつけて形にすることくらい」
「……形にすること」
「ええ。0から1を生み出すなんて、そうそうできることじゃないわ。それこそ、神さまの仕事よ。私たちにできるのは、1から2、2から3に広げていくこと」
イリアはティーカップをひとくち飲み、視線をツムギに戻した。
「だけど、そうやって広げた“枝葉”が、ある日ぽろりと、全く新しい果実になるかもしれない。私はそう信じているわ。
あなたはとても真摯よ。試して、工夫して、失敗して、またやってみる。その姿勢がある限り、大丈夫。あなたは、必ず届くわ」
言葉はやさしく、でも凛としていて——
ツムギの胸の奥に、すとんと灯がともったような気がした。
ふいに、イリアがもう一度、ゆっくりと口を開いた。
「いい? ツムギ。成功したことばかりに価値があると思ってはダメよ」
その声はどこまでも穏やかで、けれど、静かな確信を帯びていた。
「むしろね、“失敗した”“自分はダメだ”って思った、そんな瞬間こそが……後になって、“あのときのおかげで”って思える日を連れてきてくれるの。
今はまだ、見えなくてもね」
ツムギは目を伏せたまま、でも、その言葉の一つひとつを心の奥に刻むように聴いていた。
「だから、焦らなくていいの。遠回りだって思っても、試したこと、悩んだこと……あなたが今やっていることは、何一つとして、無駄なことなんてないのよ」
優しい笑みをたたえたままのイリアの瞳が、静かにツムギを見つめていた。
ツムギは、そっと小さくうなずいた。
その空気をやわらげるように、リナが明るい声を上げた。
「せやで〜! うちなんてな、昔、発注ミスって一桁多く頼んだことあんねん!」
「えっ、一桁……!? って、ええっ、それ結構やばくないですか!?」
ツムギが思わず顔を上げると、リナは苦笑いしながら、手をひらひらと振った。
「せやねん……そのときは“10”のつもりが“100”でな。仕入れ先には怒られるわ、保管場所は足らんわで、そりゃあ落ち込んだわ〜」
「でも、それで学んだんよ。それからはな、発注のときはダブルチェックするクセがついてん。
ほんで後にな、もっとでかい発注任された時に“1000”って打とうとして、“10000”ってなってたの、気ぃつけたんよ!」
ぽてが「ぽふっ!?(けたがちがう!?)」と驚いたように跳ね、ナギが吹き出す。
「それ、気づかんかったら本当にやばいやつじゃん……!」
「ほんまやで。あのとき“10→100”で凹んどいて、よかったわ〜って、後からなって思ったもん」
ツムギは驚きながらも、くすっと笑った。リナの明るさが、そのまま光になって胸の中をあたためてくれるようだった。
「……そういえば、そんなこともあったわね」
イリアが思い出したように微笑む。
「あのとき、在庫置き場が臨時でパンパンになって、倉庫の管理人ががぶつくさ言ってたのを思い出したわ」
「言うてた言うてた〜! “通路が狭いっ!”とか、“これはイリアさんからの試練か!?”とか叫んどったわ! いや〜、懐かしいな〜」
ふわっと笑いが広がり、ツムギの心もふっと軽くなった気がした。
「……失敗しても、“成功に少し近づいただけ”って思えたら……なんだか、毎日が楽しくなりそうですね」
そっとこぼれたツムギの言葉に、ぽてがぴょんっと跳ねた。
「ぽふー!ぽふぽふっ!(それだー!それだそれー!)」
全身で賛成を表すようにくるくる回るぽてに、みんながくすっと笑う。
「それ、いいなぁ〜!」
ナギが頷きながら、肩に手を当てて伸びをひとつ。
「楽しいが一番! 真剣に楽しんで仕事ができるって、めっちゃ贅沢やし、POTEN創舎ってほんま最高やわ〜!」
「あら、いいこと言うわね」
イリアがやさしくティーカップを傾けながら微笑み、リナも「ほんまやな」と頷いた。
こうして、午後の陽だまりのようにあたたかく、賑やかなひとときが、ゆっくりと流れていった。
次回は水曜日23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
https://ncode.syosetu.com/N0693KH/