134. あるもので、できること
「前に割合の実験をしたとき……」
ツムギが実験ノートをめくりながら、ページの端を指でなぞる。
「晶樹液10に対して、月影石の粉が3だったときが、ちょうどハチミツくらいの粘度だったんだよね。あれくらいが塗りやすくて、液も垂れなくてちょうどよかったと思う」
「なるほど〜、じゃあその割合だと……大スプーンと中スプーンかな? 混ぜてみようよ!」
数分後、光を受けてキラキラ輝く液体が、小さなガラス容器の中でゆっくりと混ざり合っていく。
「おっ、これはいい感じかも」
筆を取り、さらりと液をすくったリナが、爪の先に丁寧に塗り広げる。
「ハチミツよりちょいサラってしてるけど、筆に絡みやすくてコントロールしやすい。……これ、塗りやすいわ」
「ふふ、いいじゃない。仕上がりもなかなか綺麗よ」
イリアが満足そうに微笑みながら、光の加減を確かめるように容器を傾けた。
窓から差し込む日差しに、塗ったばかりの爪先がきらりと輝き、ぽてが「ぽふぅ〜……!(つめ、ぴかぴか〜)」とうっとりと声を漏らした。
「今って全部の指に塗ったやんな? ……あれ、思ったより量、多ない?」
リナが指を見ながら眉を上げる。
「これやと、十本塗るにはちょっと多すぎるかも。半分くらいでちょうどええんちゃう?」
ツムギも思わず「あ……ほんとだ」と手元を見て頷いた。
「うん、確かに。完成品は保存できないから、使う分だけ作るのがいいよね。もし足りなかったら、またすぐ作り足せばいいし……」
「せやな、それやったら小スプーン一杯分でもええかも」
リナはさらりとそう言い、次の実験を見据えるようにスプーンを手に取った。
するとふと、小スプーンの計量に使えるちょうどいい道具があっただろうか?と、ツムギが首をかしげる。
「……あれ? 月影石の粉、これだとすごく少量になるよね。ぴったり量れる秤、あったかな?」
「うーん、小さいやつ小さいやつ……!」
ナギが真剣な表情で指をトントンと唇に当てる。
「細かい魔導針とか扱う工具棚、あそこにあったかも!ちょっと見てくる〜!」
「ウチは工作用の薬さじのとこ見てくるわ!」
リナも椅子から軽やかに立ち上がり、気になる場所へと早足で向かっていった。
ツムギも「じゃあ私はバルド先生の棚のほう見てみるね!」と小走りで別の部屋へ。
そんなふうに、あっちへこっちへと「小さいもの探し」に奔走する三人を、イリアはティーカップを傾けながら、ふふっと微笑んで見守っていた。
「まったく、元気なこと。けれど……こうして何かを探してる姿って、いいものね」
ぽつりとこぼれたその独り言が、ほんの少し空気を和らげた次の瞬間——
「薬さじがいいんじゃない?」
ふと、ティーカップを置いたイリアが柔らかく口を開いた。
「ほら、お薬の瓶に付属してるような、小さなさじ。あれなら安価だし、大量にも売られてるはずよ。使い捨てにもできるし、洗えば再利用も可能でしょ?」
その一言に、部屋のあちこちから聞こえていたゴソゴソという物音が、ぴたりと止まった。
「……あっ、それや!」
リナが真っ先に反応し、バッと振り返る。
「それがあったか〜!盲点だったー!」
ナギも手を止めて笑いながらリビングに戻ってきた。
「なるほど……確かにそれなら、測る道具としてもちょうどいいし、手軽に始められそうだよね!」
ツムギも目を輝かせて頷きながら、ノートに“薬さじ案”を書き込んでいく。
「薬さじ、持ってきたでー!」
軽やかな声とともに、リナが手にした小さな薬さじをテーブルの中央に置いた。手のひらにすっぽり収まるその姿に、ツムギとナギもぱっと顔を明るくする。
「これ、ほんとにちょうどいい大きさだね!」
「しかも軽くて安そう!これなら“初めての透輝の爪飾りセット”とかにも入れられるよ!」
早速、ナギが用意していた材料を並べると、三人はわくわくした様子で準備を始めた。
「じゃあ、小スプーン一杯分の晶樹液に、薬さじ一杯分の月影石の粉ね」
「うん、前回より少しずつ試せるし、これで無駄も減らせるはず」
慎重に計って混ぜると、白く細やかな泡がふわりと立ち上がる。ツムギが筆を手に取り、さっと混ぜてからおもむろに振り返った。
「イリアさん、ちょっとだけ、手貸してくれる?」
「……私でいいの?」
微笑を浮かべたまま、イリアがそっと手を差し出す。彼女の指先に、ツムギは慎重に液を塗り広げていく。塗った瞬間、薬さじ分量の透輝液が、滑らかに爪の上に広がった。
「おお〜、これは……」
ナギが身を乗り出すようにしてのぞき込む。
「厚みもちょうどいいし、塗りやすさも完璧やな」
リナもスプーンをくるりと回しながら、にっこりと満足げ。
イリアは手元を見つめながら「ふふ、これは……確かに良いわね」とぽつりとつぶやき、それを聞いた三人は声を合わせて「よし、これでいこう!」と、まるで合図のように笑い合った。
「じゃあ次は、透輝液を混ぜる“お皿”かな?」
ナギが立ち上がりながら、次なる課題を口にする。
「薬さじで計れるなら、混ぜる容器もそれに合うサイズがいいよね。深すぎなくて、洗いやすいやつ……」
ナギが腕を組んで考え込もうとした、そのとき——
「はいっ! それなら、わたしにアイデアがあります!」
ぱっと顔を上げたツムギが、思いついたばかりのひらめきで声を弾ませる。
その目には、次の試作へ向けた光がもう、しっかりと灯っていた。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
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