132. 透輝液の新たな使い方
ハルがダンジョン探索に出かけてから、少しだけ静かになったPOTENハウス。
作業机の前で筆を止めたツムギは、ふと視線を上げた。
リビングの壁に設置された魔導基盤には、緑の灯が静かに瞬いている。
「うん……あれを見れば、無事なのはわかるけど……やっぱり、ちょっと心配だよね」
「だよねぇ〜……」
ナギが、ツムギの隣でほわんとした声を漏らす。
「ハルくん、ダンジョン探索行っちゃったもんねぇ。ぽても、ちょっとさみしいみたい……」
ツムギの肩にちょこんと乗っていたぽてが、「ぽふ……」としょんぼりした声を出しながら、もぞもぞと丸くなる。
耳も、いつもより少しだけしゅんと垂れ気味だ。
魔導基盤に埋め込まれた《星灯の雫》が、やさしく光る。
今は、すべての表示が“緑”——正常を示している。
「……それでも、こうして見守れるのは、ありがたいことかもね」
ツムギの声は、どこか自分に言い聞かせるようにやさしく響いた。
そのとき、ふとナギの視線がツムギの手元にとまった。
「ねえ、ツムギ。それ、何してるの?」
ツムギは少し驚いたように目を瞬かせてから、自分の指先を見つめた。
薄く光を帯びた透輝液が、爪の上にさらりと塗られている。
「うん、これはね……このあいだ、ハルくんがギルドの依頼でお世話になった人が、爪が割れやすくて困ってるって話をしてて。それで、透輝液を薄く塗ったら補強になるんじゃないかなって思って、試してみてるの」
「へぇ〜……」
「ただ、むやみに使うと肌に合わなかったり、爪が荒れたりすることもあるかもしれないし。まずは自分で試してみないとね」
ツムギは、ちょっとだけ照れくさそうに微笑んだ。
「なるほどね〜、でも人体実験って……」
ナギがちょっと呆れたように、くすりと笑う。
「……そういえば、ハル、この間一泊させてもらったって言ってたよね? その人、よっぽどいい人だったんだね」
「うん。ハルくん、なんだかすごく嬉しそうに話してた」
ツムギの声にも、あたたかい響きがこもる。
「でもさ、自分で塗って確認って……ツムギ、研究熱心すぎるのも、ほどほどにね?」
ナギが肩をすくめると、ツムギは「えへへ……」と苦笑いを浮かべた。
属性発光器の淡い光が当てられ、透輝液がじんわりと硬化していく。
そのツムギの指先に、窓から差し込んだ陽の光が重なった。
キラリ——。
透輝液はまるで宝石のように、ほのかな煌めきを放ち、ツムギの爪先を美しく彩った。
「わっ……!」
ナギが思わず声を上げ、ツムギの手をぐいっとのぞきこむ。
「キラキラして、ほんと綺麗……!」
その目がだんだんと輝きはじめる。
「ねえ、これってさ! もし色をつけたり、模様を描いたりしたら……おしゃれにもなるよね!?」
「うん、たしかに——」
「しかも、水仕事とか手仕事してる人って、けっこう爪が割れたり傷んだりするじゃん? それを守れる上に、こんなに可愛いなんて……!」
ナギはすっかりテンションが上がり、ソファから立ち上がりそうな勢いで手を打った。
「……これ、色つけて塗ったりしたら、“透輝の爪飾り”みたいでめちゃくちゃ綺麗じゃない!? 水仕事にも使えるし、手仕事の人にすっごくいいかも! え、なにこれ、新商品!? 新技術!? ツムギ、これ……流行るよ!!」
勢いに押されてぽてまで「ぽふっ!(それだ!)」と跳ね、ツムギは思わず笑ってしまった。
——確かに、前世でもナギの言うような“ジェルネイル”というものがあった。
というか、あのときハルくんからおじいさんの話を聞いたとき、真っ先にそれが思い浮かんだから、透輝液を使ってみようと思ったのに……
肝心の“爪飾り”としての発想は、すっかり抜け落ちてたな……
前世では、ネイルはちょっとした趣味だった。
ニュアンスネイルに、落書きみたいなネイル。
あの小さな爪の中に、自分の「好き」をぎゅっと詰め込むのが、なんとも言えず楽しかった。
——もし、安全に使えることがはっきりしたら……
これは、誰かの毎日をちょっと楽しくする、ちいさな飾りにもなれるかもしれない。
ツムギはそっと目線を上げて、隣のナギに微笑みかけた。
「……うん、もし安全性がちゃんと確認できたら、これ……作ってみようかな。バザールに出してみるのもいいかも」
「いいじゃんいいじゃん、さっすがツムギ〜!そうこなくっちゃ!」
「私もやるー!一緒に作ろうよー!」
ぱっと目を輝かせたナギが、すぐに身を乗り出す。
「そうと決まれば……私も安全確認するーっ!」
勢いよく透輝液の小瓶を手に取ると、ナギはツムギの隣にちょこんと座り、自分の爪にちょん、と液を垂らしはじめた。
「うわ、キラキラしてる……! これは、塗ってる時点でテンション上がるやつだ〜!」
ぽてが「ぽふぅ〜!(きれい〜)」とうっとりとした声を漏らし、ツムギとナギの笑い声が、窓辺の光にふんわりと溶けていった。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
ハルとおじいさんのお話は下記小説の56話【討伐依頼の受注】あたりより始まります
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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