131. リュカとイヤーカフ
今日は、リュカに《護りの魔回路式イヤーカフ》を渡す特別な日。
ツムギは、午前中にエリアスと一緒に別件の打ち合わせに出ていたため、少し遅れてPOTENハウスに到着した。
その間、ハル、リュカ、エド、ジンの男子チームとナギは、先に集まって装備の打ち合わせをしていたらしい。
「いや〜、なんかね、炎の剣がどうとか、属性つきの弓矢がどうとか……」
テーブルについたツムギに、ナギがちょっと呆れたように笑いながら報告してくれた。
「正直、カッコいいのかどうか、よくわかんなかったけど……男子組がすっごい目キラキラさせてて、なんかおもしろかったよ〜」
その話を聞いていたぽてが、ツムギの肩からぴょんと飛び降りて、ハルの膝の上にちょこんと移動する。
そして、リュカとハルの会話に目を輝かせながら、思いきりうんうんと頷きはじめた。
「……ぽては、完全に“そっち側”だねぇ」
ツムギが苦笑すると、場のあちこちから「わかる〜」「ぽふぽふしながらキラキラしてるよね!」と笑いが起こった。
ひとしきり笑いが落ち着いた頃、ツムギはそっと膝の上の小箱を開いた。
中には、丁寧に仕上げられたイヤーカフが一つ。どこか心を落ち着かせるような不思議な佇まいを持っていた。
「リュカくん、これ……このあいだ話してた“護りの魔回路式イヤーカフ”、できたんだ」
ツムギが、そっとそれを手に取って差し出す。
リュカは一瞬きょとんとしたが、すぐに目を見開き、ゆっくりと手を伸ばした。
「……これが、守り石……」
「うん。ちょっとこの形からは守り石とは思えないよね。これは“受け石”って呼んでるんだけど、小さくても本体の魔回路とつながっててね。
普段はポケットや鞄に入れて持ち運ぶ“本体”が、命令文の魔法陣やいろんな機能を管理してて、このイヤーカフがその信号を受け取ってくれるの」
ツムギの説明に、リュカはまじまじとイヤーカフを見つめた。
繊細な装飾の中に宿る、小さな魔法たちの気配を感じ取ったのか、ふっと頬を緩める。
「……ありがとうございます。すごく……嬉しいです」
そばで聞いていたハルが、「それ、すごいでしょ? 俺も同じのもらったんだ!」と誇らしげに笑い、ぽてが「ぽふー!(まもりのやつ!)」とリュカの肩に乗ろうとぴょんと跳ねる。
「似合うと思うよ。耳につけてみる?」
ナギがにこにこしながら促すと、リュカは少し照れくさそうに頷き、静かにイヤーカフを耳に装着した。
ぱちり、と小さな音がして、魔導の気配がふっとなじむ。
「……なんか、ちょっと安心するかも」
リュカが小さく呟いたその声に、場の空気がふわりとやわらかくなった。
「ねぇねぇ、リュカくん、見て見て!」
ナギがぱっと立ち上がり、POTENハウスの壁際を指さす。
「ほら、あそこ。壁についてるあの装置、今のリュカくんの状態を送ってくれてるんだよ〜!」
指差した先には、淡く光る半透明の結晶板——《星灯の雫》を素材に使った信号受信装置が取り付けられていた。
その表面には、緑色の光がいくつか、穏やかにまたたいている。
「これ、全部が緑ってことは……今はぜんぶ正常、ってことなんだ」
「へぇ……」
リュカが目を丸くして、じっと見つめる。
「もしね、すっごく心拍が上がりすぎたり、逆に弱くなったりすると、色が赤とか青に変わるの。
連絡が取れなくても、どこかで倒れてても、これを見れば“今どうなってるか”がわかるようになってるんだって」
ナギの言葉に、ハルが「それって、すごく便利だよね」と頷き、
ぽても「ぽふぅ……(ぴかぴかのあんぜんしんごう〜)」とご機嫌に跳ねていた。
みんなの視線が、装着したイヤーカフと、緑色に光る受信装置に集まる中——
ツムギはそっと、リュカの方へ顔を向けて微笑んだ。
「これからもね、使ってみて『ここを変えたいな』とか、『もっとこうだったら便利かも』って思うことがあったら、どんどん教えてほしいの。
必要に応じて、どんどん使いやすく改良していくつもりだから……楽しみにしててね!」
その声には、自信と優しさ、そしてものづくりへの真っ直ぐな想いがにじんでいた。
「はい……よろしくお願いします」
リュカもまた、少しだけ口元を緩めながら、しっかりと頷いた。
雑談の流れで、ふとジンがカップを置きながらリュカに声をかけた。
「そういえば、最近はどうだ? 調子は」
少し驚いたように目を瞬かせたリュカだったが、すぐに柔らかく微笑んで答える。
「学院が早く終わった日や休みの日は、依頼を受けたり、講習に出たりして……少しずつ、冒険者としての活動にも慣れてきました」
「おお、それは頼もしいのう」
バルドがにっこりと目を細め、リュカもそれに軽く頭を下げた。
「ただ……最近、パーティーに誘われることが増えてきてしまって……」
「へえ、人気者だ〜!」とナギがからかうように笑うと、リュカは少し照れたように頬をかいた。
「嬉しいんですけど、時々ちょっと強引な人もいて……。断るのがうまくできなくて、どうしようかと。贅沢な悩みなんですけどね……」
「あるある〜! 誘ってくれるのは嬉しいけど、なんか断りづらい時ってあるよね」とハルも頷いていた。
そんな和やかな会話の輪の中、リュカの言葉に場が一瞬ふわりと揺れた。
ツムギやナギ、ハルはそのまま「それって大変だね」「断る練習しよっか」などと和やかに声をかけていたが——
その様子を見ていたリナとエリアス、ジン、バルドの四人は、そっと目配せを交わした。
(……やっぱり、来てるか)
(思っていたスピードより、ちょっと早いな。気をつけた方がよさそうだ)
(この間の話、現実味を帯びてきたな)
視線が交錯しただけで、伝わる意思があった。
少し離れた場所で立っていたリナが、声を落としてエリアスに小さく呟く。
「……この雰囲気、ほっとくとロクなことにならんかも。イリアさんの読み、当たってたんやない?」
「前の情報よりしつこくなってるみたいだな……念の為調べておこう」
声は小さく、口調はごく自然だが、その眼差しは鋭く、すでに次の一手を見据えていた。
ハルやリュカには気づかれぬように。
子どもたちの穏やかな時間を壊さぬように。
経営陣と大人たちは、水面下で静かに動き始めていた。
次は水曜日の23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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