129. 作業部屋は今日もにぎやか
ナギとバルドが、それぞれ魔封じの板と魔導ワイヤーを持ってやってきた。
「早速、試してみましょう!」
ツムギが笑顔で板を広げると、バルドが頷きながら言った。
「うむ。案ずるより産むが易しじゃな。どれどれ、まずは並べてみるかの」
魔封じの板に、大小さまざまな魔石を仮置きしていく。
ツムギは、魔石同士の間隔を見ながら、魔導ワイヤーを一つの線で繋げていった。
「……これなら、魔力が通るかも」
——『魔力の流れ、確認。繋がり、良好』
魔導裁縫箱《先生》の文字が浮かび上がる。
「よかった!これならうまくいきそう」
先生の言葉に、ツムギはほっと息をついた。
「ツムギは、本当にいつも面白いことを思いつくのう」
バルドが感心したように言うと、ナギも、ぽてと並んで回路をのぞき込んだ。
ぽて「ぽてぇ!(ぴかぴかしてるー!)」
「ぐるぐるしてて、なんか楽しいね」
ナギが笑うと、バルドが腕を組みながら口を開いた。
「ふむ……これは、なんと呼ぶべきかのう」
「魔力の通る道を作って、魔法陣同士を繋げるものですから……“魔導回路”というのはどうでしょう?」
ツムギが思いついた名前を口にすると、バルドは目を細めて頷いた。
「うむ、良い名じゃ。魔力の流れが“ぐるぐる”と巡っておるようで、実にイメージしやすい」
「ぽてぽて!(さんせーい!)」
その後もみんなでわいわい話しながら仮組みをしていく。
魔導回路の仮組みが整い、テーブルの上には魔石とワイヤーがすっきりと並んでいた。
「うーん、うまく形にはなったけど……」
ツムギが図面と見比べながら、少し首をかしげた。
そのとき、バルドが魔導回路をじっと見つめながら、ぽつりと呟いた。
「ところで、これは……一本の線で繋がっとるようじゃがの。いざ作動した時、どうなるんじゃろうな」
ツムギが顔を上げる。
「えっ?」
「いやの……この繋ぎ方じゃと、バリア展開が“3回分”というより、“1回分の威力が3倍”になってしまうように見えるんじゃ」
『おやおや……たしかに、そういう挙動になる可能性があるのう』
先生も同意する。
「えっ……あっ……!」
ツムギも慌てて図面を見直し、目を丸くする。
「たしかに……この接続方法だと、“魔石を重ねて使う重ねがけ”と同じような状態になってる……!」
「なるほど!バリアがめちゃくちゃ強くなるのはありがたいけど、3回使える予定だったのが、1回どかーんで終わっちゃうってことかあ」
ナギが苦笑しながら、ぽてをなでる。
「メイン魔石の方で制御するのも一つの手だけど……それじゃまた設計が複雑になっちゃうなぁ」
ツムギは唇に指を当てながら考え込む。
——前世で、電力を扱う時、たしか繋ぎ方に違いがあったはず。
「直列つなぎ」と「並列つなぎ」……
「でしたら、こうしたらどうでしょうか?」
ツムギは急いでペンを取り、バリア用の魔石の配置を少しずらす。
3つの魔石が、それぞれ独立したルートで繋がるよう、回路図を描き直していく。
「バリアの部分を、真っ直ぐではなく並べて配置してみました。
それぞれが個別に魔力を受け取って、順番に起動する形にすれば——」
「……ふむ、なるほど。力が均等に“3分割”される構造か。
これなら、元の“3回展開”の仕様に近づくかもしれんのう」
バルドが感心したように頷く。
『良い案じゃよ。魔力の流れも、これなら詰まらずに済みそうじゃ』
先生も満足げに蓋をぴこぴこと上下させていた。
「ぽふー!(迷路みたいー!)」
「よーし、じゃあこの設計で、次は実際に組み立ててみよう!」
ツムギの声が弾むと、POTENの作業場が一気ににぎやかになった。
——そこからの動きは、早かった。
魔導ワイヤーを魔封じの板に接着するために選ばれたのは、
ハルが採ってきた琥珀色の晶樹液からツムギが作った、特別な透輝液。
「少し接着に不安がある部分もあるが……まあ、この透輝液なら、多少の不具合もなんとかなるじゃろう」
バルドのひとことが後押しとなり、ツムギたちはワイヤーを丁寧に張り巡らせていった。
ナギがワイヤーの長さを測り、ハルがワイヤーの端を支え、ぽては……その間をちょこちょこ走り回っていた。
「ぽふー!(あっちもこっちも線ぽてー!)」
やがて——魔封じの板をベースにした、“魔導回路板”が完成する。
続いて、受信用の“守り石”の制作へ。
メイン機からの命令を受け取り、身につけた本人に必要な魔法を届ける小さな魔石。
小さく、軽く、でもしっかりと動くように。
「かわいいけど賢い子にしたいよね〜」とナギが笑い、ハルが笑いながらに頷く。
そして、もうひとつ。POTENハウスに常設される“危険状態の自動通知用受信機”の設置も進められた。
こちらは星灯の雫を使用し、状態によって色を変える仕組みを実現。
赤、青、緑——そして何も光らない“静かな正常”の色。
「思ってたより……ちゃんと光るんだね」
ツムギの言葉に、採取してきたバルドとハルも嬉しそうに頷いた。
作業場には、カンカン、コトコト、とリズムよく響く工具の音。
「それちょっとずれたかも!」「はいはい〜持ってて〜!」なんて声が飛び交い、
ナギの笑い声と、ハルの真剣な返事が交差する。
そして、ぽてはその間をちょこちょこ走り回っては、時々ワイヤーに引っかかり、コロンと転がる。
「ぽふ〜〜!(せんがいっぱいぽて〜〜!!)」
「ちょっと〜ぽて、それ足でまたがないと!」
「ぽふっ!(まかせるぽて〜!)」
そんなやりとりに、思わず笑いがこぼれる。
魔石がひとつずつ並び、線がつながり、図面が現実になっていくたびに、
その場にいるみんなの顔が、どんどん明るくなっていく。
作業場に満ちるのは、魔力じゃない。
つくることを楽しむ心と、それを一緒に味わう仲間たちの笑顔だった。
そして、ぽての元気な「ぽふぽふ!」が、それにリズムを添える。
それはまるで——
魔法そのものが、音と色と笑いになって、場を包み込んでいるようだった。
次回は土曜日23時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 異世界で手仕事職人はじめました! 〜創術屋ツムギのスローライフ〜
https://ncode.syosetu.com/n3980kc/