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012. ガルスの親心

2月19日1回目の投稿です

 ハルは新しい生地を嬉しそうに眺めながら、ツムギに向き直った。


「ツムギさん、今日はありがとう!」


「ううん、こっちこそ。ハルくんの風紡草のおかげで、すごくいい生地ができたよ!」


「えへへ……」


 ハルは少し照れくさそうに笑いながら、バッグを肩に掛け直した。


「えっと……僕、今日はこのあと、ちょっと用事があるから、先に行くね。でも、またツムギさんの工房に行ってもいい?」


「もちろん! 修理が終わったら連絡するし、いつでも遊びにおいで」


「あと、ツムギさん」


 扉へ向かいかけたハルが、ふと立ち止まり、ツムギの方を振り返った。


「ポシェット、直してくれてありがとう」


 その言葉は、とても素直でまっすぐだった。ツムギは微笑み、そっと頷いた。


「ううん、こちらこそ。大切にしてきたポシェットを託してくれてありがとう。絶対に、もっと丈夫にして返すからね」


 ハルは少し頬を染めながら、嬉しそうに微笑むと、また「じゃあね!」と手を振って、軽やかに外へと走っていった。


 ぽても「ぽぺっ!」と元気に鳴きながら、小さく跳ねてハルを見送る。


 扉の向こうにハルの姿が消えた後、ガルスがふぅっと息をつき、カウンターを片付けながらぼそりと呟いた。


「……あいつ、嬉しそうだったな」


 ツムギはその言葉に少し驚いて、ガルスの方を見た。


「お前さんが、あいつのポシェットを本気で直してやるって言ったからだろうよ。あいつにとっちゃ、あのポシェットはただの鞄じゃねぇ」


 ガルスはしばらく黙っていたが、やがてカウンターの奥にある棚から、古びた木箱を取り出した。


「……あいつの親父さんがな、素材を一つ一つ集めて母親が作った鞄なんだよ」


「素材?」


「そうだ。ただの冒険者なら、そんなことはしねぇ。けど、あいつの親父さんは違った」


 ガルスは木箱の蓋を開け、ツムギに中を見せた。そこには、古びた小さなメモ帳が入っていた。


「これは……?」


「ハルの親父さんが、旅の途中で拾った素材の記録を残したものだ」


 ツムギはそっとメモ帳を手に取り、ぱらりとページをめくる。そこには、さまざまな素材の特徴や、どこで見つけたのかが細かく書かれていた。


「……すごい」


「な? あいつはただの冒険者じゃなくて、道具や素材にも興味を持ってたんだ。だから、あのポシェットも、適当なもんじゃねぇ」


 ガルスは腕を組み、じっとツムギを見つめる。


「俺の勘だが、あのポシェットには、何か特別な仕掛けがある気がする。お前さんなら、それを見つけられるかもしれねぇな」


 ツムギは、ハルのポシェットを思い浮かべながら、ゆっくりと息を吸った。


「……私、ちゃんと修繕しながら、確かめてみます」


 ガルスは満足そうに頷くと、再び木箱を棚に戻した。


「ま、期待してるぜ。何かわかったら、また知らせてくれよ」


「はい!」


 ツムギは力強く頷きながら、ポシェットの修繕が、ただの修理ではなくなったことを実感していた。


 ガルスはカウンターを軽く拭きながら、ふとツムギを見た。


「……そういや、お前さん、ハルと仲良くしてくれてるみてぇだな」


 ツムギは少し驚いたように目を瞬かせた。


「はい、ハルくんはすごく頑張り屋さんで、話してると楽しいし……。それに、大切なポシェットを任せてもらえたのも嬉しいから」


「そうか」


 ガルスはしばらくツムギの顔をじっと見ていたが、やがて少しだけ口の端を上げた。


「……ありがとな。ハルのこと、気にかけてくれてるだろ。アイツ、家じゃあんまり甘えられねぇからな」


 ツムギは、ハルがポシェットをぎゅっと抱えていた姿を思い出した。


「……お母さんのこと、ですか?」


 ガルスは頷くと、静かにカウンターの隅に置かれた木箱を指でなぞった。


「ああ。あいつの母親な、数年前までは目が悪くなかったんだ。けど、ある日を境に少しずつ視力が落ちていってな」


「治せないんですか?」


「……完全には無理かもしれねぇが、進行を遅らせる薬はある。けど、結構高いんだよ」


 ツムギは、ハルがこのお店に拾い物を売りに来る理由を改めて思い出し、胸が締め付けられるような気持ちになった。


「だから、ハルくんは素材を集めて、それを売って……」


「そういうこった。アイツなりに、家族を支えようと頑張ってるんだよ」


 ガルスは腕を組みながら、大きく息を吐いた。


「俺もできる範囲でアイツの拾ってきたもんを高めに買ってやってるが……まぁ、それでも十分とは言えねぇ」


 ツムギはぎゅっと拳を握った。


(私にできることって、なんだろう……?)


 ハルのポシェットを直すだけじゃない。もっと、彼やその家族のためにできることはないだろうか――。


 そんなことを考えていると、ぽてが「ぽぺっ?」とツムギの肩に乗り、小さく首を傾げた。


 その時、ふと視線を移した先に、カウンターの端に並べられた小さな瓶や不思議な形の石が目に入った。


「……あれ?」


 ツムギは思わず近づき、興味津々で並べられたアイテムを見つめる。


「なんだ、気になるもんでもあったか?」


 ガルスが顔を上げると、ツムギは指をさした。


「この……ちょっと透き通った石、なんですか?」


「おお、それか。それは月影石げっこうせきってやつだ。夜になると、月明かりを吸収してほんのり光るんだよ」


「わぁ……月影石大きいのは初めて見た……!」


 ツムギが手に取ると、ほんのりとした冷たさが伝わってくる。


 ぽても興味津々で「ぽぺぺ!」と飛び跳ねながら、ツムギの手元を覗き込んだ。


「ぽて、この石、好き?」


「ぽぺ!(ほしい!)」


 ツムギはくすっと笑って、もう一度ガルスを見た。


「これ、買っていってもいいですか?」


「おうよ。ちょうどお前さんくらいの職人なら、小物作りに使えるかもしれねぇしな」


 ツムギは頷きながら、さらにもう一つ目に留まったものを手に取った。


「こっちの瓶の中の粉は?」


「それは霧花粉むかふんっていってな、水に混ぜるとしっとりした霧みたいなもんになるんだ。乾燥を防ぐのに使える」


「へぇ! これ、布を加工する時にも使えそう……!」


 ツムギはそれも一緒に購入することにした。


「じゃあ、この月影石と霧花粉、それからポシェット用の生地の代金……全部でいくらになりますか?」


 ガルスは計算し、ツムギに金額を伝えた。ツムギはすぐに財布からお金を出し、しっかりと受け取ったアイテムをバッグにしまう。


「ありがとうございます! それと……」


 ツムギは少しだけ表情を引き締め、ガルスの目を真っ直ぐに見た。


「ハルくんのこと、教えてくれてありがとうございました。私、できる限りハルくんを助けたいです」


 ガルスはその言葉に少し目を細め、静かに頷いた。


「……あまり気負うなよ。お前さんはお前さんにできることをすりゃいい」


「はい!」


 ツムギは力強く返事をし、ぽてをバッグに入れ直して店の扉を開いた。


「それじゃあ、また来ます!」


「おう、気をつけてな」


 ツムギは最後にガルスへと笑顔を向け、店を後にした。外へ出ると、ほんのりと冷たい風が頬をかすめる。


「さぁ、ポシェットの修繕……頑張らないとね!」


 ぽても「ぽぺぺ!」と元気よく鳴き、ツムギは足を踏み出した。

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