126. 7:3のやさしさ
ツムギはノートをめくり、次の項目に目を落とした。
ツムギの研究ノート【メモ】(抜粋)
⚫︎時間稼ぎの空間保護
敵と遭遇した時に時間稼ぎになる展開型バリア
「次に入れたいのはこれです。
戦うのが目的じゃなくても、相手の動きを止めたり、考えるための時間を稼げたらいいなと思って」
「うむ、それなら時間制限はあるが、すでにあるのう。展開型の結界術――たしかあれは……」
バルドは記憶を探るように眉をひそめ、ぽんと手を打った。
「たとえば、30分の鎮静効果を組み込むのであれば、その時間だけ結界を張れるようにしておけば、
その間に退避なり、対抗策なり、考える時間が稼げるという寸法じゃな?」
「そうですね、逃げるにしても何か判断するにしても、時間がなければ……」
ツムギが頷いたそのとき、魔導裁縫箱の蓋に文字があらわれた。
『展開型バリアは、たしか10分が限度だったはずじゃ。
三つ組み込めば……合計30分。なかなか骨が折れそうじゃが、魔石を使い切り型にして、入れ替え式にすれば、不可能ではなさそうじゃよ』
「それ、いいと思います」
ツムギはペンを手に取り、素早くノートに書き込みはじめた。
「バリアを使うような場面って、そうそう多くはないと思うんです。
だからこそ、いざという時に“考える時間”をもらえるのは、とても大きくて……
魔石を使い切りにして、その都度入れ替えられるようにすれば、継続性も確保できます」
「いけそうじゃな」
バルドが満足げに頷き、作業台の上の素材箱を軽く指で弾いた。
「まだ何か、考えとることがあるんなら、遠慮せずに出してみい」
ツムギは、少し間を置いてから口を開いた。
「……もう一つ、入れたいなと思っているのが、“思い出を保存できる仕組み”なんです。
辛いときに、楽しかった記憶をふっと思い出せるような……そんな魔法があったら、心が折れずにすむかもしれなくて」
バルドが腕を組みながら、目を細める。
「ほう……それもまた、いい視点じゃな」
『ふふ、ツムギらしいのう。やさしい魔法じゃよ、それは』
「ただ……それに関しては、まだ“こうすればできる”って形にはできてなくて……」
バルドがゆっくりと頷き、記憶を探るようにぽつりとつぶやいた。
「わしは見たことはないが……“印写石”とかいう素材を使った術式で、
そういった記録魔法があったという話を聞いたことはあるぞ。
たしか、どこかの古いダンジョンの調査記録にあった気がするが……どこだったかな……」
バルドは顎に手を当てて考え込む。
「素材自体もめったに出ないらしいしのう。今度、どのダンジョンだったか調べてみるよ。
今は、無理に入れ込まず、一旦保留にしておいた方がよさそうじゃな」
「……はい! そうします!」
ツムギは素直に頷き、ノートの端に「思い出記録魔法:保留」と小さくメモを書き込んだ。
ぽてがその文字をじーっと見つめて、「ぽふ〜(あとでやるぽて〜)」とごろんと転がる。
「ふぅ……大体、仕様は固まってきたかな?」
ツムギは深呼吸をひとつして、ノートをめくり直した。
バルドや先生と話し合いながら詰めてきた要素を、ひとつずつ丁寧にまとめていく。
ツムギの研究ノート【守りの魔法陣・仕様まとめ】
⸻
◆ 感情を安定させる穏やかな加護
・緊張や恐怖に飲み込まれず、自分の判断ができるようにする
・“鎮静+軽い緊張”の魔法陣を組み合わせ、24時間で最大30分のみ使用可
・精神に負担をかけないよう、短時間発動+使用者制限を設計
⸻
◆ 危険状態の自動通知
・心臓の鼓動が急激に高まり心臓が耐えきれなくなる、または鼓動が弱くなり停止の兆候が見られた場合、POTENハウスのメイン機械に情報を送信
・メイン機械は状態に応じて色で通知
緑=正常/青=遅すぎ/赤=速すぎ/無反応=非活性
・守り石側は最低限の魔力消費に抑え、カスタマイズはメイン機にて対応
⸻
◆ 時間稼ぎの空間保護
・敵や脅威に遭遇した際、一定範囲に展開型バリアを張る
・バリアは1回あたり10分、3回分の“使い切り魔石”で最大30分確保
・使用後は魔石交換式とし、継続利用可能に
⸻
◆ 思い出を保存する機能(保留)
・心を支える記憶の投影・記録魔法を検討中
・参考素材:印写石/入手と術式は未確認
・ダンジョン調査記録より素材入手経路をバルドが調査予定
⸻
「……よし!」
ツムギはペンを置いて、大きく頷いた。
「ここまでまとまったら、あとは設計を本格的に始められますね!」
「うむ、いい案じゃ。土台がしっかりしておれば、形にするのも難しくはない」
バルドが満足げに言いながら、設計用紙の山を並べ始めた。
『ようやったねぇツムギ。これだけの仕組み、ようまとめたもんじゃ』
「ぽてー!(さあやるぞ!)」
「さて……問題は、これをどう魔法陣に組み込むかじゃな」
バルドがペンを手に取り、最初の用紙をすっと引き寄せた。
「ひとつひとつの魔法陣は、既存の術式を流用すれば、基本的には再現可能じゃ。
じゃが、それを複合して組み合わせるとなると……ちとややこしくなるのう」
『うんうん、合わせ方を間違えると、魔力の流れがぶつかってね。
術式同士が喧嘩して、最悪“ぜんぶ発動せん”ってこともあるんじゃ』
「まずは、それぞれの魔法陣を個別に描いてみます。
昨日はまだイメージだけだったので、実際に描いて試すのは今日がはじめてです!」
ツムギが設計用紙を手に取り、丁寧に整えながら深呼吸をひとつ。
「じゃあ……まずは、“感情を安定させる加護”から。
“鎮静”と“軽い緊張”の魔法陣を組み合わせてみて……うまくいくといいんですが」
バルドが頷き、ぽんと手を打つ。
「鎮静過多で眠くならんよう、気をつけるのじゃぞ。
わしの記憶じゃ、過去にも眠る結界を作ったやつがおっての、使った本人が寝てしもうた」
『その割合、見極めが大事じゃよ。5:5くらいから調整していって、丁度いい具合を探すのじゃ。鎮静多め、緊張すこーし、ぐらいがのう』
「はい!そのバランスで描いてみますね」
3人が設計用紙を囲み、頭を突き合わせて線を描いていく。
ぽてはその隣で、ちゃっかり自分用の紙を広げて「ぽての魔法じん」とぐるぐる落書きしていた。
最初に描いたのは、鎮静5:緊張5のバランス。
魔力の流れは安定しているものの、ツムギが試しに触れてみると、どこか心が浮ついてしまうような感覚があった。
「うーん……整ってはいるけど、なんだか頭がそわそわして、焦ってしまう感じです」
「じゃあ、鎮静をもうちょい増やしてみようかの。8:2でどうじゃ?」
次に描いた構成では、心は落ち着くものの、少し体に重さが残る。
緊張成分が減ったぶん、集中力が散りやすくなっていた。
『ん〜、惜しいのう。もうちょいだけ緊張を足してみたらどうじゃ?』
「じゃあ、鎮静7:緊張3で……」
ツムギが魔法陣の線を丁寧に引き直し、魔力の流れを調整していく。
構造がまとまった瞬間、ふっと空気が変わった。
「……これだ」
魔法陣に手をかざすと、すっと心が落ち着き、同時に頭が冴えていくような感覚。
重すぎず、軽すぎず。
迷いを見つめる余裕と、選ぶ勇気が、同時にそこにある。
「鎮静7、緊張3……このバランスがいちばん“自分らしく考えられる”気がします」
「うむ、よい仕上がりじゃな。魔力の巡りも素直じゃし、変なひずみもない」
『うんうん、これなら他の魔法陣とも合わせやすそうじゃよ』
「ぽふぽふ!(さんせい!)」
次回は、水曜23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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