125. 守りの魔法陣、再設計
翌朝、POTENハウスの工房に戻ってきたツムギは、いつもの作業台の前に立って、ふっと小さく息を吐いた。
「ただいまー!」
その声を聞きつけて、バルドが顔を出した。
「おお、戻ったかツムギ。ほほう……すっかり顔もよくなって復活したのう。ジンとノアと、よい時間を過ごせたんじゃな?」
「……うん、すごく」
ツムギは、しっかりとした足取りで工房の中に入り、大事そうに研究ノートを抱えていた。
肩の上には、張り切った様子のぽてが「ぽふー!」と跳ねている。
「それで昨日、いろいろ話してるうちに、ようやく“守りにしたい芯”が見えてきました。
魔法陣そのものの組み方まではまだだけど……その想いに合った形を、今日から考えたいんです」
ノートを開いて、ツムギはまっすぐに二人を見た。
「一緒に作ってもらっても、いいですか?」
バルドは腕を組んで、ふんふんと頷き、魔導裁縫箱の蓋にさらりと文字が浮かんだ。
『ツムギが復活してくれて良かったよ。さあ、張り切っていくよ!』
ノートを開いて、ツムギはまっすぐに二人を見た。
「昨日、父と母と、いろいろ話して……守るってどういうことなのか、自分なりに少しずつわかってきた気がします」
ツムギはノートを指でなぞりながら、小さく笑った。
「“全部を守る”って思いすぎると、それが重たくなって、かえって相手の自由を奪ってしまうかもしれないって。
だから、無理に全部詰め込むんじゃなくて……その人が“ありのままでいられる”ような、そんな魔法陣を考えたいなって」
バルドが深く頷き、魔導裁縫箱の蓋がふるふると震えて、『そうじゃ、そうじゃ』と文字を浮かべた。
「それで、まず最初に考えたいのがこれです」
ツムギはページの上段に目をやる。
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ツムギの研究ノート【メモ】
⚫︎感情を安定させる穏やかな加護
緊張や恐怖に飲み込まれず、自分の判断ができるようにする
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「やっぱり、どんな時でも、まず“冷静でいられること”が大事だと思うんです。
パニックの中での選択って、大抵うまくいかないことが多いから……」
「うむ、それは最初に据えるには良い“芯”じゃな」
バルドがそう言って、作業台の上に設計用の紙と道具を並べ始めた。
「じゃあ、ここから一緒に考えていこうかの。
“精神の安定”を魔法陣でどう表現するか……面白い挑戦じゃぞ」
バルドが腕を組みながら、図案用の紙を広げる。
「たとえばじゃが……“鎮静”の魔法陣を軸にするのはどうかのう? 乱れた心を落ち着かせる術式、古い文献にもいくつかあったはずじゃ」
「……それ、すごくいいと思います!」
ツムギの目が輝く。
「緊張や不安で呼吸が浅くなると、思考もどんどん狭くなってしまうから……“鎮静”の作用が入ると、落ち着いて物事が見られるかも」
魔導裁縫箱の蓋に、軽やかな筆跡で文字を浮かべた。
『……ただねえ、鎮静の魔法陣を使うのはいいけどね、効きすぎると――ほれ、あれじゃ。リラックスしすぎて寝てまうよ?』
「……あっ、なるほど」
ツムギは小さく首をかしげながら、手元のノートに“眠気注意”と書き足した。
「じゃあ、ちょっとだけ“緊張”の魔法陣も組み合わせてみるのはどうでしょう?
完全に力を抜くんじゃなくて、集中できるくらいの程よい緊張感を残す方向で」
「うむ、それがいい。緊張と鎮静を、対になって支え合う構造にする……これは美しいバランスが取れそうじゃ」
『それとな……精神に作用する魔法陣はね、ずーっと効かせておくと、かえって心が疲れてまうんじゃ。
ずっと肩を叩かれとるようなもんよ。気持ちはよくても、あとでどっと疲れがくる』
「……たしかに。魔力消費もあるし、ずっと作用し続けると、かえって疲れるかも」
ツムギはしばらく考えたあと、ぱっと顔を上げた。
「じゃあ、“集中したいときだけ”発動できるようにしてみるのはどうでしょう? 使用時間を1日30分までに限定すれば、魔力の節約にもなるし、身体への影響も抑えられると思います!」
『うんうん、そうじゃそうじゃ!
短い時間だけ使えるようにすれば、身体にも魔力にもやさしくてすむわい。
さ、よっしゃ。図案、描いてみよかの!』
バルドがくっくっ、と笑いながら、設計用のペンを構えた。
——が、紙の上にペン先を落とす前に、ふと手を止める。
「……待てよツムギ。設計するのはよいが、まずは全体の仕様を出し切ってからの方が、魔法陣としてのバランスは取りやすいぞ」
「えっ?」
「いきなり描き始めると、あとから入れたい要素が出てきたときに、収まりきらなくなることがあるからのう。構造の“芯”がずれてしもうたら、かえって非効率じゃ」
「……あっ、なるほど。たしかに!」
ツムギは研究ノートを開き直し、ぽてが「ぽふー!」と勢いよくページの端を押さえる。
「じゃあ、次の仕様も決めていきます!」
ツムギの研究ノート【メモ】(抜粋)
⚫︎いつでも相談できる仕組みの確保
どんな空間にいても孤立を防ぐための通信系の補助や仲間に危険な状態を知らせる仕組み
「“相談”の部分は、魔導通信機があるから、とりあえずそれで補えますかね?」
「うむ。あれは信頼性も高いしの。不具合があったときに備えて補助陣を入れるのもええが、それはあとで様子を見てからでもよいじゃろ」
「でも、“危険を知らせる仕組み”は絶対に入れたいです。何かあってからじゃ遅いし……」
「ふむ、聞いたことのない魔法陣になるのう……」
バルドが顎をさすって頭をひねる。
「ぽふ〜……(むずかしそうぽて〜)」
ツムギは、少しだけ目を伏せて考え込み——そして、ふっと顔を上げた。
(そうだ。前の世界で……)
心の奥に浮かんだのは、病院の静かな病室。
ベッドの隣で、ピッ、ピッ、と規則的に鳴っていたあの音。
心拍や酸素濃度、呼吸が乱れると、すぐに知らせてくれる仕組み。
「心臓の鼓動が急に速くなりすぎたり、逆に遅すぎたりしたときに反応して、
POTENハウスに情報を送るような……そんな魔法、作れないでしょうか?」
「おぉ、それはおもしろいのう!」
バルドがパッと顔を上げて、すぐに新しい紙を引き寄せた。
『ふむふむ……ちと風変わりな案じゃが、ええのう。それ、だれかの命を助ける仕掛けになりそうじゃよ』
「ぽふぽふ!(さすがつむぎ、てんさいー!)」
「例えばですけど……守り石自体では、心臓の鼓動回数に心臓が耐えきれなくなる、もしくは心臓の鼓動が弱くなり止まりそうになった時だけ、
POTENハウスのメイン機械に情報を送るようにしてみたらどうでしょうか。
判断は機械側に任せて、その状態を色で表示するんです」
ツムギはノートにさらさらとペンを走らせながら続ける。
「——安全なときは“緑”、鼓動が遅すぎると“青”、速すぎると“赤”。
そして何も検知されない状態のときは、“なし”で光らなくする、とか……」
「おお、それはいい案じゃ!」
バルドが身を乗り出し、目を輝かせた。
「そうすれば、守り石を持ち歩く側には最低限の魔力しか要らんしのう。
POTENハウスに置く側の機械には余裕があるから、あとからでもどんどんカスタマイズできる」
『色で知らせるのはわかりやすくてええのう!』
「ぽてて?(ぽてのもある?)」
肩の上でぽてがくるくる跳ねながら、目をきらきらさせる。
ツムギはふふっと笑って、ぽての頭をやさしく撫でた。
「心臓の音があるかは……ちょっと、わからないけど。
でも、ぽてにも必要だよね。落ち着いたら、一緒に研究してみようか」
「ぽふっ!(けんきゅー!)」
工房に並ぶ図面とノートの間を、やさしい声と笑い声が満たしていく。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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