123. 祈りと呪い
少しずつ、言葉を選ぶように、ツムギは話しはじめた。
「実はね、今、“守りの魔法陣”を作ってるんだ。大事な人たちを守るための……特別で、強くて、完璧に守れる、“守りの魔法陣”を」
少しずつ、言葉を選ぶように、ツムギは話しはじめた。
ジンもノアも、何も言わず、静かに耳を傾けてくれている。
「最初はね、“全部”守りたかったの。魔物の攻撃も、病気も、不安も、悪意も……その人が何かに傷つくことがないように、ぜんぶ、全部……魔法陣に詰め込もうとしてた」
ツムギの声は小さく、でも言葉の奥には熱があった。
「でも、うまくいかなくて……魔法が重なりすぎて、発動すらできなくて……それでも、“どれも削れない”って思って、どうしていいかわからなくなったの」
そっとカップを置きながら、ツムギは小さく息を吐いた。
「バルド先生は、“自分の足で立てるように支えること”が、本当の守りかもしれないって言ってくれて……魔導裁縫箱先生も、“守りが檻になっちゃいけない”って。でも、私には……まだ、うまくわからなくて」
ぽてがツムギの膝の上で丸くなりながら、小さく跳ねた。
「ぽふ……(だいじょぶ)」
——でも、どうしても、納得しきれない。
ツムギは紅茶の表面に揺れる光を見つめながら、心の中でそっと思った。
日本では、こんな風に誰かを守らなきゃって考えたこと、なかった。
突然魔物に襲われたり、毒にやられたり、迷宮で行方不明になったり……そんなこと、なかったから。
何かを“守る”って、もっと遠くて、もっと抽象的なことだった。
でも、この世界では違う。傷つくことも、命を失うことも、本当に、すぐ目の前にある。
だから私は……たとえ“やりすぎ”って言われたって、守りすぎて、ちょうどいいと思ってる。
その言葉は、胸の奥にずっと棲みついている想いだった。けれど、誰にも話したことのない記憶とつながっているから——声にはしなかった。
「……私、思うの。
この世界って、本当に命が簡単に奪われてしまうから……“守りすぎるくらい”で、ちょうどいいのかもしれないって」
ジンが、カップを置いて、ゆっくりと頷いた。
「……そうか」
その言葉には、否定も肯定もなく、ただツムギの想いを受け止めようとする静かな重みがあった。
ノアは、優しく微笑みながら、そっとツムギの手を取った。
「ツムギが、そう思ってることが、ちゃんと伝わってきたよ。
大丈夫。ゆっくりでいいんだよ。守るって、きっと、一つだけの形じゃないもの」
ジンが、静かにカップを置いた。
「……お父さんはな」
その声は、いつものように穏やかで、でも少しだけ、迷いのようなものを含んでいた。
「ツムギが、危ない薬品を扱ったり、妙に目立つアイテムを作ったりするたびに……正直、怖いと思うこともある。何かの拍子に巻き込まれやしないか、誰かに目をつけられたりしないかって……ずっと心配してる」
ツムギは、少しだけ目を見開いた。
ジンがそんなふうに言うのは、滅多になかったからだ。
「本当はな、薬品なんて使わせたくない。火薬系の実験も、魔物素材の精製も……全部、安全なことだけしててくれたら、どれだけ気が楽かって思うこともある。
目立つような、きらびやかなアイテムだって、本当はあんまり作ってほしくないんだ。……目を引けば、それだけ狙われやすくなる」
語るたびに、ジンの手がゆっくりと組まれ、膝の上で静かに力が入った。
「少しでも危ない目に遭ってほしくない。……それが、親ってもんなんだと思う」
ツムギは、黙ってその言葉を聞いていた。
「だけどな」
ジンは、ゆっくりと視線をツムギに戻した。
「危ないからって、全部を取り上げてしまったら……ツムギは、何もできなくなってしまうだろう。
薬品を使えなくなって、新しい発見を諦めて、アイテム作りも誰かの許可を待つようになって……そんなの、ツムギじゃない」
少し間をおいて、ジンは続けた。
「自分で考えなくなって、選べなくなって……きっと、笑わなくなっていく。
守りたいと思ってるのに、それで“幸せじゃない状態”にしてしまったら……本末転倒だよな」
その言葉に、ツムギの胸の奥で何かが、やわらかく震えた。
ジンの言葉に、ツムギは目を伏せた。
ぽてが膝の上で、ふにゃりと丸くなる。
手のひらほどのその小さな背を、ツムギはそっと撫でながら、自分の胸の奥を見つめ直す。
——そうか。
守ろうという気持ちが、強すぎたんだ。
誰かが傷つかないように。
怖い思いをしないように。
悲しまずに済むように。
その気持ち自体は、きっと間違っていなかった。
でも、自分が“正しい”と信じるあまりに、
相手の自由や選択までも、無意識に奪ってしまっていたのかもしれない。
それってまるで……呪いみたいじゃないか。
次回は水曜23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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