表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/136

123. 祈りと呪い

 少しずつ、言葉を選ぶように、ツムギは話しはじめた。


 「実はね、今、“守りの魔法陣”を作ってるんだ。大事な人たちを守るための……特別で、強くて、完璧に守れる、“守りの魔法陣”を」


 少しずつ、言葉を選ぶように、ツムギは話しはじめた。


 ジンもノアも、何も言わず、静かに耳を傾けてくれている。


 「最初はね、“全部”守りたかったの。魔物の攻撃も、病気も、不安も、悪意も……その人が何かに傷つくことがないように、ぜんぶ、全部……魔法陣に詰め込もうとしてた」


 ツムギの声は小さく、でも言葉の奥には熱があった。


 「でも、うまくいかなくて……魔法が重なりすぎて、発動すらできなくて……それでも、“どれも削れない”って思って、どうしていいかわからなくなったの」


 そっとカップを置きながら、ツムギは小さく息を吐いた。


 「バルド先生は、“自分の足で立てるように支えること”が、本当の守りかもしれないって言ってくれて……魔導裁縫箱先生も、“守りが檻になっちゃいけない”って。でも、私には……まだ、うまくわからなくて」


 ぽてがツムギの膝の上で丸くなりながら、小さく跳ねた。


 「ぽふ……(だいじょぶ)」


 ——でも、どうしても、納得しきれない。


 ツムギは紅茶の表面に揺れる光を見つめながら、心の中でそっと思った。


 日本では、こんな風に誰かを守らなきゃって考えたこと、なかった。

 突然魔物に襲われたり、毒にやられたり、迷宮で行方不明になったり……そんなこと、なかったから。

 何かを“守る”って、もっと遠くて、もっと抽象的なことだった。


 でも、この世界では違う。傷つくことも、命を失うことも、本当に、すぐ目の前にある。


 だから私は……たとえ“やりすぎ”って言われたって、守りすぎて、ちょうどいいと思ってる。


 その言葉は、胸の奥にずっと棲みついている想いだった。けれど、誰にも話したことのない記憶とつながっているから——声にはしなかった。


 「……私、思うの。

 この世界って、本当に命が簡単に奪われてしまうから……“守りすぎるくらい”で、ちょうどいいのかもしれないって」


 ジンが、カップを置いて、ゆっくりと頷いた。


 「……そうか」


 その言葉には、否定も肯定もなく、ただツムギの想いを受け止めようとする静かな重みがあった。


 ノアは、優しく微笑みながら、そっとツムギの手を取った。


 「ツムギが、そう思ってることが、ちゃんと伝わってきたよ。

 大丈夫。ゆっくりでいいんだよ。守るって、きっと、一つだけの形じゃないもの」


ジンが、静かにカップを置いた。


 「……お父さんはな」


 その声は、いつものように穏やかで、でも少しだけ、迷いのようなものを含んでいた。


 「ツムギが、危ない薬品を扱ったり、妙に目立つアイテムを作ったりするたびに……正直、怖いと思うこともある。何かの拍子に巻き込まれやしないか、誰かに目をつけられたりしないかって……ずっと心配してる」


 ツムギは、少しだけ目を見開いた。

 ジンがそんなふうに言うのは、滅多になかったからだ。


 「本当はな、薬品なんて使わせたくない。火薬系の実験も、魔物素材の精製も……全部、安全なことだけしててくれたら、どれだけ気が楽かって思うこともある。

 目立つような、きらびやかなアイテムだって、本当はあんまり作ってほしくないんだ。……目を引けば、それだけ狙われやすくなる」


 語るたびに、ジンの手がゆっくりと組まれ、膝の上で静かに力が入った。


 「少しでも危ない目に遭ってほしくない。……それが、親ってもんなんだと思う」


 ツムギは、黙ってその言葉を聞いていた。


 「だけどな」


 ジンは、ゆっくりと視線をツムギに戻した。


 「危ないからって、全部を取り上げてしまったら……ツムギは、何もできなくなってしまうだろう。

 薬品を使えなくなって、新しい発見を諦めて、アイテム作りも誰かの許可を待つようになって……そんなの、ツムギじゃない」


 少し間をおいて、ジンは続けた。


 「自分で考えなくなって、選べなくなって……きっと、笑わなくなっていく。

 守りたいと思ってるのに、それで“幸せじゃない状態”にしてしまったら……本末転倒だよな」


 その言葉に、ツムギの胸の奥で何かが、やわらかく震えた。

ジンの言葉に、ツムギは目を伏せた。


 ぽてが膝の上で、ふにゃりと丸くなる。

 手のひらほどのその小さな背を、ツムギはそっと撫でながら、自分の胸の奥を見つめ直す。


 ——そうか。


 守ろうという気持ちが、強すぎたんだ。


 誰かが傷つかないように。

 怖い思いをしないように。

 悲しまずに済むように。


 その気持ち自体は、きっと間違っていなかった。

 でも、自分が“正しい”と信じるあまりに、

 相手の自由や選択までも、無意識に奪ってしまっていたのかもしれない。


 それってまるで……呪いみたいじゃないか。

次回は水曜23時時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です


⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜

https://ncode.syosetu.com/N0693KH/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ