122. 久しぶりの帰省
魔導列車に揺られながら、ツムギはぼんやりと窓の外を眺めていた。
春の終わりを告げる風が、遠くの木々を揺らしている。
光の軌跡でできたレールの先を見つめながら、心の奥から、次々と言葉が湧き上がってくる。
——全てのことから、守りたいと思うことの、何がいけないのだろう。
誰だって、一度はそう思ったことがあるはずだ。
大切な人には、いつも笑っていてほしい。
苦しむところなんて、見たくない。
全部を包み込んであげられたら……どれほど安心だろう。
バルドは言っていた。
「自分の足で立てるように支えることが、ほんとうの“守り”かもしれん」と。
……でも、それで倒れて、命を落としたら?
支えるだけでは届かないことだって、あるのではないか。
全部の魔法を一つに込めるのが無理なら、三つでも、五つでもいい。
それぞれを貼り付けて、重ねて、何重にも守ってしまえばいいのではないか。
——過保護? 構わない。
前の世界では、確かに手を出しすぎるのは「やりすぎ」だったかもしれない。
でも、今のこの世界では、死はすぐそばにある。
“ちょうどいい”なんて、そんな曖昧な加減で守れるはずがない。
——過保護すぎるくらいで、ちょうどいい。
ツムギは、そう思っていた。
そう、信じていた。
けれど。
バルドの言葉が、魔導裁縫箱先生の言葉が、まだ胸の奥に残っている。
静かに、じんわりと、問いかけ続けてくる。
魔導列車の終点、カムニアの町に降り立ったとき、ツムギはまだその答えを見つけられていなかった。
いつもより少し冷たい風が、ツムギの頬をかすめる。
町の空気は変わらないのに、心だけが少しだけ違って感じられる。
石畳を歩く足取りは自然と実家の方向へ向かい、木々の影が揺れる道を越えるころ、肩のあたりで「ぽふ……」という小さな声が聞こえた。
「……ぽて?」
鞄の中から身を乗り出したぽてが、ツムギの顔をじっと見上げていた。
ふに、と丸い手でツムギのほっぺを軽くつつく。
「……うん。大丈夫だよ。ちょっとだけ、考えすぎてただけ」
そう言いながらも、胸の奥はまだ少し重たかった。
でも——その温もりに背中を押されるように、ツムギは家の前に立つ。
木の扉は、見慣れたままの色をしていた。
取っ手に手をかけると、かすかな軋みとともに、懐かしい香りがふわりと鼻をくすぐる。
「……ただいま」
小さな声で、扉の内側へ言葉を投げた。
「ごめんね。急に帰ってきて」
その声には、ほんの少しだけ、泣きそうな気配が混ざっていた。
扉の奥から、パタパタと足音が近づいてきた。
そして、次の瞬間——ぱたん!と勢いよく扉が開いた。
「何言ってるの、ツムギ!」
目の前には、両手を腰に当てて仁王立ちするノアの姿。
「ツムギから魔導通信機で連絡が来たとき、すっごく嬉しかったのよ! 最近なかなか帰ってこないから、寂しかったんだからー!」
勢いよく抱きしめられて、ツムギは思わず小さく笑った。
「……ただいま、お母さん」
「おかえり、ツムギ」
やわらかく背中を撫でるノアの手に、少しだけこわばっていた心がほどけていく。
その後ろから、ジンがのんびりと顔を出した。
「ノアが張り切って、料理をたくさん作ってたぞ。……全部、魔物料理だけどな」
「ふふっ……相変わらずなんだから」
ツムギが笑いながら靴を脱いでいると、ぽてがポシェットから顔をひょこっと出した。
「ぽ、ぽてぇ……?(おなかいたくならない?)」
その小声に、ノアがくすくす笑って手招きした。
「大丈夫よ、ぽてちゃん。ぽて用にちょっと味を薄めたスープもあるから、安心して食べてね」
「ぽふーー!!(たべるー!!)」
安心したのか、ぽては跳ねるようにツムギの肩を降り、キッチンの方へ転がっていった。
「……あ、ぽて! ちゃんとお皿出してからだよー!」
その後ろ姿を見ながら、ツムギの顔にようやく、自然な笑みが戻った。
夕食は、いつものようににぎやかで、あたたかかった。
ツムギが知らない間に増えていた料理のレパートリーは、どれも手が込んでいて、ジン特製の創術鍋の効果もあってか、魔物素材とは思えないほど美味しかった。
ぽても満足そうに「ぽふ〜…!」と何度もおかわりを繰り返し、そのたびにノアがにこにこと皿を差し出していた。
その後も、最近あった町の出来事や、ノアが仕入れた珍しい布の話、ジンが直したばかりの古い機織り機の調子など、たわいもない話が笑い声と一緒にテーブルを包み込んでいった。
やがて食器が片づけられ、デザートの素朴な焼き果実と一緒に、湯気の立つ紅茶が出される。
ジンがそのカップを手に取り、一口すすると、ふと視線をツムギに向けた。
「……それで。どうしたんだ?」
やわらかいけれど、逃げ道を作らない問いだった。
隣では、ノアもカップを手にしたまま、少し心配そうにツムギを見つめている。
「ツムギ。悩んでる顔してたから……」
ツムギは、紅茶の香りをふうと吹きながら、小さくうなずいた。
「……うん、ちょっとだけ。今、考えてることがあって」
ぽてがそっと足元からよじ登ってきて、ツムギの膝の上にちょこんと座る。
「実はね、今、守りの魔法陣を作ってるんだ。大事な人たちを守るための……特別で、強くて、完璧に守れる、“守りの魔法陣”を」
少しずつ、言葉を選ぶように、ツムギは話しはじめた。
次回は土曜日の23時までに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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