表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/168

122. 久しぶりの帰省

 魔導列車に揺られながら、ツムギはぼんやりと窓の外を眺めていた。


 春の終わりを告げる風が、遠くの木々を揺らしている。

 光の軌跡でできたレールの先を見つめながら、心の奥から、次々と言葉が湧き上がってくる。


 ——全てのことから、守りたいと思うことの、何がいけないのだろう。


 誰だって、一度はそう思ったことがあるはずだ。

 大切な人には、いつも笑っていてほしい。

 苦しむところなんて、見たくない。

 全部を包み込んであげられたら……どれほど安心だろう。


 バルドは言っていた。

 「自分の足で立てるように支えることが、ほんとうの“守り”かもしれん」と。


 ……でも、それで倒れて、命を落としたら?

 支えるだけでは届かないことだって、あるのではないか。


 全部の魔法を一つに込めるのが無理なら、三つでも、五つでもいい。

 それぞれを貼り付けて、重ねて、何重にも守ってしまえばいいのではないか。


 ——過保護? 構わない。


 前の世界では、確かに手を出しすぎるのは「やりすぎ」だったかもしれない。

 でも、今のこの世界では、死はすぐそばにある。

 “ちょうどいい”なんて、そんな曖昧な加減で守れるはずがない。


 ——過保護すぎるくらいで、ちょうどいい。


 ツムギは、そう思っていた。

 そう、信じていた。


 けれど。

 バルドの言葉が、魔導裁縫箱先生の言葉が、まだ胸の奥に残っている。


 静かに、じんわりと、問いかけ続けてくる。


 魔導列車の終点、カムニアの町に降り立ったとき、ツムギはまだその答えを見つけられていなかった。


 いつもより少し冷たい風が、ツムギの頬をかすめる。

 町の空気は変わらないのに、心だけが少しだけ違って感じられる。


 石畳を歩く足取りは自然と実家の方向へ向かい、木々の影が揺れる道を越えるころ、肩のあたりで「ぽふ……」という小さな声が聞こえた。


 「……ぽて?」


 鞄の中から身を乗り出したぽてが、ツムギの顔をじっと見上げていた。

 ふに、と丸い手でツムギのほっぺを軽くつつく。


 「……うん。大丈夫だよ。ちょっとだけ、考えすぎてただけ」


 そう言いながらも、胸の奥はまだ少し重たかった。

 でも——その温もりに背中を押されるように、ツムギは家の前に立つ。


 木の扉は、見慣れたままの色をしていた。

 取っ手に手をかけると、かすかな軋みとともに、懐かしい香りがふわりと鼻をくすぐる。


 「……ただいま」


 小さな声で、扉の内側へ言葉を投げた。


 「ごめんね。急に帰ってきて」


 その声には、ほんの少しだけ、泣きそうな気配が混ざっていた。


 扉の奥から、パタパタと足音が近づいてきた。

 そして、次の瞬間——ぱたん!と勢いよく扉が開いた。


 「何言ってるの、ツムギ!」


 目の前には、両手を腰に当てて仁王立ちするノアの姿。


 「ツムギから魔導通信機で連絡が来たとき、すっごく嬉しかったのよ! 最近なかなか帰ってこないから、寂しかったんだからー!」


 勢いよく抱きしめられて、ツムギは思わず小さく笑った。


 「……ただいま、お母さん」


 「おかえり、ツムギ」


 やわらかく背中を撫でるノアの手に、少しだけこわばっていた心がほどけていく。


 その後ろから、ジンがのんびりと顔を出した。


 「ノアが張り切って、料理をたくさん作ってたぞ。……全部、魔物料理だけどな」


 「ふふっ……相変わらずなんだから」


 ツムギが笑いながら靴を脱いでいると、ぽてがポシェットから顔をひょこっと出した。


「ぽ、ぽてぇ……?(おなかいたくならない?)」


 その小声に、ノアがくすくす笑って手招きした。


 「大丈夫よ、ぽてちゃん。ぽて用にちょっと味を薄めたスープもあるから、安心して食べてね」


 「ぽふーー!!(たべるー!!)」


 安心したのか、ぽては跳ねるようにツムギの肩を降り、キッチンの方へ転がっていった。


 「……あ、ぽて! ちゃんとお皿出してからだよー!」


 その後ろ姿を見ながら、ツムギの顔にようやく、自然な笑みが戻った。


 夕食は、いつものようににぎやかで、あたたかかった。

 ツムギが知らない間に増えていた料理のレパートリーは、どれも手が込んでいて、ジン特製の創術鍋の効果もあってか、魔物素材とは思えないほど美味しかった。

 ぽても満足そうに「ぽふ〜…!」と何度もおかわりを繰り返し、そのたびにノアがにこにこと皿を差し出していた。


 その後も、最近あった町の出来事や、ノアが仕入れた珍しい布の話、ジンが直したばかりの古い機織り機の調子など、たわいもない話が笑い声と一緒にテーブルを包み込んでいった。


 やがて食器が片づけられ、デザートの素朴な焼き果実と一緒に、湯気の立つ紅茶が出される。

 ジンがそのカップを手に取り、一口すすると、ふと視線をツムギに向けた。


 「……それで。どうしたんだ?」


 やわらかいけれど、逃げ道を作らない問いだった。


 隣では、ノアもカップを手にしたまま、少し心配そうにツムギを見つめている。


 「ツムギ。悩んでる顔してたから……」


 ツムギは、紅茶の香りをふうと吹きながら、小さくうなずいた。


 「……うん、ちょっとだけ。今、考えてることがあって」


 ぽてがそっと足元からよじ登ってきて、ツムギの膝の上にちょこんと座る。


 「実はね、今、守りの魔法陣を作ってるんだ。大事な人たちを守るための……特別で、強くて、完璧に守れる、“守りの魔法陣”を」


 少しずつ、言葉を選ぶように、ツムギは話しはじめた。

次回は土曜日の23時までに1話投稿します


同じ世界のお話です


⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜

https://ncode.syosetu.com/N0693KH/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ