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121. 強力な守りの魔法陣

 ページをめくった先に、ツムギはそっとペンを走らせた。


 「みんなを、何から守りたいのか?」


 その問いをノートに書いただけで、胸の奥がわずかにざわめいた。


 ——まずは、思いつくままに書き出してみよう。そう思い、ペンを走らせていった。


 誰かが傷つくこと。

 突然の事故や、思わぬ怪我。

 恐ろしい魔物や、迷宮の罠。

 無理なお願いに巻き込まれること。

 知らない誰かの悪意。

 重い病気にかかること。

 小さな不安。


 ——とりあえず、思いつくのはこれくらい。


 ツムギはそっと息を吐いて、ノートのページをめくった。今度は、それぞれに対する「守り方」を考える番だ。


 バルドと魔導裁縫箱の先生に相談しながら、ひとつひとつ、思いつく限りの魔法陣の候補を書き出していく。


 「“重ねる守り”……これは基本のバリア陣。重ね掛けできるから、衝撃に強いです」

 『回復の陣式も入れなきゃならんね。“強化再生術式”、これは術者の魔力量次第で持続効果がある』

 「“悪意探知”と“空間転移”も入れたいんです……できれば、避けるより先に察知できるように……」


 ノートの余白が、次第に埋まっていく。

 ツムギのペン先は止まることなく、先生が浮かべる魔法陣の模様を一つひとつ書き写し、バルドはツムギの横で静かにページをめくる。


 「ふむ……ツムギ。これは、全部を……一つの魔法陣に、組み込むつもりか?」


 バルドの問いかけに、ツムギはペンを握ったまま顔を上げた。


 「……はい。できることなら、全部……考えうる全ての危険から、守ってあげたいんです」


 その声は小さかったが、込められた想いは強かった。

 だが——


 『ツムギ。あんたの気持ちはわかるけど、これは……ちと、詰め込みすぎだよ』


 魔導裁縫箱の蓋がぷるぷると震えて、蓋の内側に『精霊転位式──起動条件複雑すぎ』と文字が浮かぶ。


 「でも……どれも削れないんです。あれも、これも、全部……誰かが困ったときに、役に立つかもしれないじゃないですか」


 ノートを見返すと、並んだ術式はすでに十を超え、属性も複雑に絡み合い、魔力の許容量はとうに現実的な範囲を超えていた。


 どう組み合わせても、どれかが過剰になり、どれかがうまく発動できない。


 「……どうしても、ひとつに収まらない……」


 その声は、ふと、押し殺すように小さくなった。


 ぽてがノートの上で「ぽふ……」と首をかしげる。

 その仕草が、ツムギの心の隙間に優しく入り込んでくる。


 削れない。けれど、このままでは、届かない。


 ノートの前で、ツムギはそっと、手を止めた。


 しん、とした空気の中で、バルドが静かに腕を組んだ。


 「ツムギよ。……全部を守りたい、その気持ちは、よう分かる」


 ゆっくりとした口調には、どこか懐かしさすら滲んでいた。

 彼もまた、かつて同じように、何かを、誰かを守ろうとしたことがあるのだろうか。


 「じゃがの。世の中のすべてから誰かを守ることは……ある意味、“その人の生き方”ごと守ってしまうことにもなりかねん」


 ツムギが顔を上げた。


 「え……?」


 『バルドの言うとおりだよ、ツムギ。あんたの魔法陣は、確かに完璧に近い。でもの……それじゃ“守り”が“檻”になってしまうかもしれん』


 魔導裁縫箱の先生が、そっと蓋に文字を浮かべる。

 『守ることと、閉じ込めることは、紙一重なんだよ』


 「でも……私……」


 何かを言いかけて、ツムギは言葉に詰まった。


 「ぽふ……」

 ぽてが、ノートの上をとことこと歩き、小さな丸い手で“悪意探知”と書かれた文字の上をぺしぺしと叩いた。


 「……うん。ぽても、全部は難しいって言ってるのかな」


 ツムギは、ノートを見つめたままぽつりと呟いた。


 バルドはその横顔を見ながら、深く、あたたかい声で語りかけた。


 「大切なのはの、ツムギ。……“全部守る”ことじゃない。

 “その人が、自分の足で立てるように支える”ことじゃ。

 たとえ転んでも、立ち上がれる力を、心に灯してやることが……ほんとうの“守り”かもしれんのう」


 『魔法陣はの、願いを写すものだよ。強さだけを描いても、心がこもらん。

 あんたの“守りたい”は、きっともっとあったかいもののはずだ』


 ——静かな沈黙が、ぽとりと落ちて、

 ツムギの胸の奥に、優しく広がっていく。


 心を通して、魔法は生まれる。

 その言葉の意味が、今、少しだけわかった気がした。


  ツムギがそっとノートを閉じると、ぽてが小さくあくびをした。


 それを見たバルドが、ふと目を細めて呟くように言った。


 「……久しぶりに、ジンやノアに会いに帰ってみるのはどうじゃ?」


 ツムギは、驚いたようにバルドを見上げた。


 「……お父さんと、お母さんに?」


 「うむ。無理にとは言わんがの。

  ツムギ、おぬしはいつも、まっすぐに前を見て進んでおる。……だからこそ、ときどき、“後ろ”も振り返ってみるといい」


 『あんたの“守りたい”は、どこから生まれたんだろうね。原点をたどるって、大事なことだよ』


 魔導裁縫箱の先生も、いつになく穏やかな筆致で文字を浮かべる。


 ツムギはノートを膝の上に乗せたまま、ぽての柔らかな背を撫でた。


 「……うん。行ってみようかな。ちょっとだけ、帰ってみたくなった」


 その言葉に、ぽてがうれしそうに小さく跳ねた。


 ぽて「ぽぺー!」


 やわらかな決意が、春の芽のように、ツムギの胸の奥で静かに芽吹いていた。

次回は水曜日23時時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です


⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜

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