011. ツムギとガルスの素材実験
ツムギとぽては、生地屋「ホビーナ」を後にし、町の通りを抜けて精錬屋へ向かっていた。
「ぽて、バッグの中のクッション、どう?」
「ぽぺっ!(ふわふわ!)」
ツムギは微笑みながら、カバンの中をそっと覗き込む。ぽてはすっかり気に入った様子で、ふわふわのクッションの上にちょこんと座っていた。小さな体をすり寄せるように丸め、目を細める姿はとても心地よさそうだ。
「ぽてにはぴったりだったね。ポシェットの補強素材の試作品として作ったけど、思ったよりいい感じかも」
「ぽぺ!(ぽて専用になりそう)」
「いやいや、ミストスライムウールはあくまで試作品だからね。ポシェットのための生地なんだから、ぽてが独り占めするのはなし!」
「ぽぺぇ……(じゃあもう一個作る)」
ツムギはクスクスと笑いながら、石畳の道を歩き続けた。
精錬屋が近づくにつれ、辺りには金属の焼ける匂いや、鉱石を砕く音が混じるようになった。ここは職人たちが行き交うエリアで、鍛冶屋や道具屋が並び、冒険者たちも装備の手入れや素材の取引に訪れる。
「さて、どんな素材が見つかるかな……」
ツムギが期待を込めて店の扉を押し開けると、店内には重厚な鉄の棚に整然と素材が並び、奥の作業場では炉の赤い光がゆらめいていた。
そしてカウンターの前には、小さな背中がちょこんと立っている。
「ハルくん?」
ツムギが思わず声をかけると、少年が振り向いた。
「……あっ、ツムギさん!」
そこには、手にいくつかの小さな袋を抱えたハルが立っていた。彼は少し驚いたような表情を浮かべた後、ほっとしたように微笑む。
「何してるの?」
「うん、拾ったものを売りにきたんだ」
ツムギが視線をカウンターに向けると、ガルスが腕を組みながらハルの持ってきた品物を検分していた。
「ふん……まあ、悪くねぇな。これは買い取ってやるが、こっちはダメだ」
「そっか……」
ハルは少し残念そうにしながらも、うなずいた。
ツムギはそんな二人の様子を見て、ぽてをバッグからそっと出した。
「そういえば、ハルくん。この生地、ちょっと試作してみたんだ」
「えっ、本当に!?」
ハルの目がキラキラと輝く。
ツムギはぽてのクッションを手に取り、ハルの前に差し出した。
ハルは感心したようにクッションを見つめ、そっと触れてみる。
「すごい……ふわふわなのに、しっかりしてる……」
「でしょ?ポシェットの素材に使えるか試すために、クッションにしてみたんだ。ミストスライムウールっていう素材を使ってるの」
「これが……スライムの力……?」
ハルは興味深そうにぽてのクッションを撫でながら、小さくつぶやいた。
「ぽぺ!(ふわふわの最高傑作!)」
ハルはそんなぽての様子を見て、小さく笑った。
「ぽて、すごく気に入ってるんだね」
「うん。でも、これはポシェットの壊れやすいものを入れるポケットに使う予定なんだ」
「えっ、本当に?」
ハルは驚いたように目を輝かせ、クッションをそっと撫でた。
「うん。ほら、ハルくん、ポシェットに色んなものを入れるでしょ? ふわふわで衝撃を和らげる素材があれば、大事なものを守れるかなって思って」
「……すごい! じゃあ、このクッションと同じやつがポシェットの中にできるってこと?」
「そういうこと!」
ツムギが得意げに頷くと、ハルはぱっと笑顔になった。
ぽても「ぽぺぺ!」と元気よく鳴きながら、クッションの上で小さく跳ねる。
ハルはしばらくクッションを眺めた後、ふと店主のガルスの方を見た。
「ガルスさん、ツムギさんって、いつもこのお店には何を探しにくるの?」
ガルスは腕を組みながらツムギを見やる。
「さてな。ツムギのことだから、また何か変わったもんを探しにきたんじゃねぇのか?」
「まあ、そんなところです」
ツムギは苦笑しながら、自分が探しているものについて話し始めた。
「実は、ポシェットのポケットに使える、強くて軽い素材を探してるの。ハルくんのポシェットが壊れちゃったから、もっと頑丈にしたいんだ」
「ほう……軽くて強い素材、ねぇ」
ガルスは顎に手を当て、考え込む。
「それなら、鍛冶屋で使う防具用の布ならあるが……あれは子どもには重すぎるな」
「そうなんです。だから、それに代わるような素材がないかなと思って」
その言葉を聞いて、ハルが何かを思い出したように目を輝かせた。
「……ねえ、ガルスさん!」
「なんだ、小僧」
「風紡草って、風魔法と相性がいいんだよね?」
「……まあな。風の流れを感じる性質があるから、魔法で軽量化を付与できるかもしれん」
「だったら、ポシェットの素材を風紡草と組み合わせたら、軽くできるんじゃない?」
ハルの言葉に、ツムギとガルスは顔を見合わせた。
「……確かに、それはあり得るな」
ガルスは腕を組みながら、興味深げにうなずいた。
「ただし、実験してみなきゃ分からねぇ。風紡草自体は繊細な素材だが、うまく加工すれば強度を保ちつつ、軽量化できる可能性はある」
「やってみる価値はありそうですね……!」
ツムギは風紡草を見つめながら、期待に胸を膨らませた。
「ガルスさん、風紡草を加工する方法、何か思いつきますか?」
ガルスはじっと風紡草を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「……ちょうどいい方法があるかもしれねぇな」
そう言いながら、大きな棚の上から古びた木箱を取り出し、カウンターにドンと置く。
「この中に入ってるもんを使えば、風紡草を強化しつつ、加工しやすくなるかもしれん」
ツムギとハルは興味津々で箱の中を覗き込む。中には、金属粉のようなものが入った小さな瓶や、細かな繊維が束になったもの、見たことのない色合いの鉱石などが整然と並んでいた。
「魔鉱粉ってやつだ。魔力を含んだ鉱石を細かく砕いた粉で、魔道具の補強や特殊な加工に使われることが多い」
ガルスはその中の一瓶を取り出し、瓶越しに光にかざして見せた。
「こいつを極薄にした風紡草の繊維と混ぜ込んで素材となる布と加工すれば、軽量化だけじゃなく、適度な強度も持たせることができるはずだ。ただし……」
ガルスはツムギをじっと見つめる。
「素材そのものの特性を大きく変えちまう可能性がある。お前さんが求めてる ‘風のように軽くて丈夫な生地’ になるかどうかは、やってみなきゃ分からねぇぞ」
「……でも、やってみたいです!」
ツムギは力強く頷いた。
「元々、風紡草自体がハルくんの大切なものだったし、それを活かしてポシェットにできたら素敵だなって思うんです」
ハルはツムギの言葉に驚いたような顔をした後、小さく微笑んだ。
「……うん、僕も、すごくいいと思う!」
ガルスはそんな二人の様子を見て、口の端をわずかに上げると、瓶の蓋を軽く開けた。
「じゃあ決まりだな。風紡草と魔鉱粉の融合――精錬、試してみるか?」
ガルスは手際よく作業台の上を片付けると、ツムギとハルに向かって言った。
「よし、片っ端から生地を試してみるか。お前さん、持ってきてるんだろ?」
「はい!」
ツムギはバッグの中から、精錬のために用意した生地を取り出した。獣甲布をはじめ、いくつかの異なる素材が丁寧に束ねられていた。
「獣甲布は防具にも使われるほどの強度があるけど、そのままだと重すぎてポシェットには向かないんです。これを軽くして、なおかつ丈夫にできれば……」
「ふん。なら、風紡草と魔鉱粉を合わせた精錬がピッタリかもしれねぇな」
ガルスは獣甲布を手に取り、その質感を確かめるように指で撫でた。
「まずはこいつから試してみる。お前さんたちはそこで見てな」
ツムギとハルがカウンターの隅に移動すると、ガルスは作業台の上に獣甲布を広げ、風紡草と魔鉱粉を慎重に配置した。
「これからやるのは、魔鉱粉を生地に練り込んで、風紡草の魔力と融合させる精錬だ。火加減と圧力を間違えれば、生地が使い物にならなくなる」
ガルスが重厚な手袋をはめ、炉の奥から熱した鉄板を取り出す。ゆらめく熱気が店の中に広がった。
「風紡草を獣甲布の表面に敷き詰め、魔鉱粉をまんべんなく振りかける。そして、じっくりと熱を加えて、素材同士を馴染ませる……」
火花が散る中、ガルスは慎重に作業を進めた。炉の温度を調整しながら、風紡草と獣甲布の融合を促すように圧力を加える。
しばらくすると、獣甲布の表面がふわりと光を放ち、風紡草の繊維が溶け込むように馴染んでいく。
「おぉ……!」
ツムギは目を輝かせながら、その変化をじっと見つめた。
「この反応……成功か?」
ガルスはそっと獣甲布を持ち上げ、指で軽く叩いた。
ガルスは獣甲布の仕上がりを慎重に確認した。手に取って軽く振ると、元の獣甲布に比べてはるかに軽くなっていることが分かる。しかし――
「ふん、悪くねぇな。軽くはなったが……強度は3割ほど落ちちまったな」
ツムギはその言葉に少し驚いた。
「じゃあ、防具には使えない……?」
「そうだな。元の獣甲布ほどの耐久性はなくなった。だが、その分軽くなったことで、日常生活向けのアイテムには応用できるかもしれねぇ」
ガルスは軽く手のひらに叩きつけ、感触を確かめながら続ける。
「例えば、丈夫なカバンの素材にしたり、靴底の補強に使ったり……そういう方向なら実用的だな」
ツムギはその言葉を聞きながら、すでに頭の中でポシェットの形を思い浮かべていた。
「3割ほど強度が落ちたとしても、ポシェットのポケットとしては十分な強度があるなら、これは使えますね!」
ハルも、できた生地をじっと見つめながら、嬉しそうに小さく頷いた。
ツムギは、そんなハルをみて、嬉しそうに微笑んだ。
「うん! きっと、これならポシェットの強化にもぴったりの素材になるよ」
「さて、次の生地を試すぞ」
ガルスが取り上げたのは、ナギの店で購入した、目の粗い布だった。
「こいつは……ただの布に見えるが、うまく使えば消臭効果を持たせることができるかもしれねぇ」
ツムギは少し首を傾げた。
「もともと消臭効果があるわけじゃないんですか?」
「いや、生地自体にはそんな効果はねぇ。だが、風紡草の魔力と組み合わせれば、風魔法によって臭いを飛ばす効果を付与することができるはずだ」
「えっ、それってつまり……?」
ハルが興味津々で聞くと、ガルスはゆっくりと説明を続けた。
「目の粗い生地に風紡草の魔力を融合させることで、微細な気流を作り出し、布の中にこもる臭いを外へ流し出すんだ」
「すごい……!」
ツムギは思わず生地を手に取り、指で軽くすり合わせた。
「確かに、この布なら風が通りやすそうですね」
「だがな、この加工は一歩間違えると、単なるボロ布になっちまうから、ちぃーと難しいな」
ツムギが驚いた表情を見せる中、ガルスは手際よく魔鉱粉と風紡草を配置し、精錬を始めた。
炎の強さを調整しながら、風紡草の魔力を繊維にしっかりと浸透させていく。しかし、途中でガルスの表情が少し険しくなった。
「……くそ、やっぱりな」
彼が慎重に取り上げた布の一部は、風紡草の魔力を吸収しすぎて、繊維がもろくなってしまっていた。
「うーん、これは失敗ですね……」
ツムギはガルスの手元を見て、小さくため息をついた。
「やっぱり、布自体の耐久性が低すぎると、魔力に耐えられなくなるのかも……」
「ま、全部がうまくいくわけじゃねぇさ」
ガルスは淡々と言いながら、別の布の精錬を試みる。今回は風紡草の量を調整し、魔鉱粉を多めに混ぜることで、魔力の負担を抑えながら融合させた。
しばらくすると――
「……今度はいい感じに仕上がったな」
ツムギが恐る恐る手に取ると、たしかに繊維がしっかりしている。それでいて、風を通す感触はそのままだ。
「この布、なんだか……ほんのり涼しい?」
「そうだな。風魔法がうまく繊維に組み込まれたことで、布の中の空気が自然と流れるようになったんだ」
「すごい! じゃあ、この生地を使えば、蒸れやすい袋とか、暑い時期の服にも応用できそうですね!」
「そうだな。ただ、魔力を込めすぎるとさっきみたいに繊維がもろくなる。強度とのバランスを考えながら作る必要があるな」
「でも、成功した生地ができただけでもすごいことですよ!」
ツムギは嬉しそうに布を抱きしめた。
「さて、今回成功したのは二つ。強度が3割落ちたが軽量化された獣甲布と、風魔法の力で消臭効果を持たせた布。どっちもポシェットに活かせそうだな」
ハルも楽しそうにツムギとぽてを見ながら頷いた。
「なんだか、すごくいいポシェットになりそう!」
「うん、絶対にいいものにするよ!」
ツムギは二種類の生地を大切に抱えながら、色々な想像を膨らませていた。
読んでくださりありがとうございます。
こちらのエピソードは改稿しました。
この改稿は、表現や改行などを変更するもので、物語の流れ自体を変更するものではありませんので、安心して続きをお読みください