114. 職人ギルドへの納品
朝の陽ざしが差し込むキッチンでは、ふわりと甘いパンの香りが漂っていた。
バルドが用意した朝ごはんは、焼きたてのパンにとろけるスクランブルエッグ、香ばしいベーコンと、彩り豊かなサラダ。奥のテーブルには、ミルクティーと野菜たっぷりのスープが湯気を立てている。
「さあ、たっぷり食べてから出発じゃぞ。納品は体力勝負じゃからのう!」
「はい!いただきます!」
ツムギが元気に返事をし、ナギとエドも笑顔でパンを頬張る。その隣で、ハルはちょこんと座るぽての頭を優しくひとなでしながら、ツムギを見上げて言った。
「ツムギお姉ちゃん、納品がんばってね!」
「ありがとう、ハルくん。少しでも怪我したらすぐにポーション飲んでね?」
「へへ、大丈夫だよー!」
そう言って、ハルはぱたぱたと学院へと駆けていった。
やがて食器を片付け終え、エリアスが腕時計を確認しながらツムギに声をかける。
「では、そろそろ出ようか。リナも準備できてるはずだ」
「うん、行ってきます!」
「ぽへー!(出陣ー!)」
ぽても朝ごはんの残りのスコーンを咥えながら、気合十分にツムギの肩に跳び乗った。
エドは作業場の前で手を振り、ナギは生地を触りながらにっこりと笑う。
「いってらっしゃーい!ギルドの人たち、きっとびっくりするよ!」
POTENハウスの玄関先。
ツムギ、リナ、エリアス、そしてぽて。
4人は軽やかな足取りで門をくぐり、暖かな光の中へと歩き出した。
——《POTEN創舎》、初めての正式納品。
その第一歩が、今まさに始まろうとしていた。
職人ギルドの前に立つと、石造りの建物の重厚な扉が目の前にそびえていた。
その扉をくぐった瞬間、ツムギの胸に少し緊張が走る。
受付には、あの時と同じ、柔らかな雰囲気を纏った女性が座っていた。彼女はエリアスの姿を認めると、すぐに丁寧なお辞儀を返してくれる。
「いらっしゃいませ。《POTEN創舎》の皆さまですね。お待ちしておりました」
「はい、納品に参りました」
エリアスが静かに応じると、受付の女性は軽く頷き、手元の冊子を閉じて立ち上がる。
「では、応接室へご案内いたします。納品の確認と、契約内容の最終確認も兼ねておりますので」
そう言って案内されたのは、あの日と同じ応接室だった。陽光がやわらかく差し込む窓辺のテーブルに、お茶の香りがほのかに漂っている。
「それでは、さっそく内容の確認をさせていただきますね」
ツムギ、エリアス、リナ、そしてぽてが席につくと、テーブルの上には、すでに準備された納品確認用の書類が置かれていた。
ツムギは、カバンから守り石とお守り袋の入った箱をそっと取り出す。
カチリ、と小さな音を立てて蓋が開く。
中には、色とりどりの守り石と、それぞれ違った表情を持つお守り袋が、整然と並んでいた。
箱の中を見た受付の女性は、目を瞬き、思わず小さく声を漏らした。
「まぁ……なんて素敵なお守り袋……」
そっと手袋をはめ、ひとつを取り出す。光の角度によって柄の透け具合が変わるパッチワークの布、その中心に覗く淡く光る守り石。その繊細な美しさに、思わず息をのんだようだった。
「こんなにも一つひとつ表情が違って……あっ、これ、ぽてさんに似ていませんか?」
ぽての柄に似たお守り袋を手にした彼女が笑顔を向けると、テーブルの上でちょこんと座っていたぽてが誇らしげに胸を張った。
「ぽへ!(それ、きっと大人気!)」
思わずツムギもくすっと笑ってしまう。
「全部で百個分、種類がかぶらないように詰めました。守り石には簡易な守りの魔法陣が施してあって、身に危険が迫ったときに、ほんのりと光る仕掛けになっています。
布も、すべて防水加工済みです。お祭りの日がもし雨でも、安心して渡せます」
ツムギの説明に、受付の女性は何度も頷いていた。
「すばらしい……これは、子どもたちもきっと喜びます。本当に、ありがとうございました」
箱の中を丁寧に確認していた受付の女性は、守り袋を一つ手に取り、ふと眉をひそめるようにして言った。
「……あの、少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ツムギとリナが顔を上げると、彼女はどこか戸惑いが混じったような表情で続けた。
「これ、本当に……予算の範囲内で制作されたのですか? この数の魔石、それに一つ一つ異なるデザインの袋、加工された守り石……材料費だけでもかなりの額になるかと……もしかして、ご負担をおかけしていないか、心配で……」
ツムギが口を開こうとしたとき、先にエリアスが静かに微笑んで答えた。
「大丈夫です。うちには優秀な素材採取係がいましてね。魔石はすべて、その“係”が自らの手で採ってきてくれたものです。おかげで、材料費はほとんどかかっていません」
「素材採取……?」
女性がぽかんとする横で、リナがくすっと笑って言葉を継いだ。
「うちのハルって子でね。ちっちゃいけど、ちゃんとギルド登録してる冒険者なんよ。素材集め、ほんまに頼りになるんやから!」
「……そ、そうなんですね……でも、それだけ手間がかかっていたら、今度は工賃が……」
女性がさらに心配そうに視線を向けると、今度はツムギが一歩前に出て、笑顔で胸を張った。
「そこも大丈夫です! うちには、頼もしい職人たちが揃ってますから。手間をかけながらも、ちゃんと予算内に収められるよう、みんなで工夫しました」
「そういうことです。安心して、受け取ってください」
エリアスも書類にサインを入れながら、静かに頷いた。
受付の女性はしばらく目を瞬かせていたが、やがて頬を緩め、深く頭を下げた。
「……本当に、ありがとうございました」
守り袋の箱を一つひとつ丁寧に確認し、チェックリストに印を入れていく受付の女性。その表情は最初から最後まで、やわらかな驚きと感動に満ちていた。
「……どれも本当に素敵ですね。柄も全部違っていて、好きなものを選べるのも楽しいですし、魔石の属性もさまざまで……もしかしたら、自分の属性と合うお守り袋を選んだ子には、効果が強く出るかもしれませんね」
彼女はふわりと微笑みながら、心からの声で続けた。
「POTENさんにお願いして、本当に良かったです。きっとお祭り当日、子どもたちの笑顔でいっぱいになりますね」
ひと通りの確認を終えると、受付の女性はそっと手を合わせ、深々と頭を下げた。
「この度は本当にありがとうございました。POTENの皆さんのお力添えがあって、きっと今年のお祭りは特別なものになります。子どもたちの手に渡るのが楽しみです」
「こちらこそ、楽しいお仕事をありがとうございました。また、なんかあったら、うちに声かけてくださいね」
リナがにっこりと笑って返し、エリアスも「……ええ。あとは、お祭りの日に、子どもたちの笑顔が見られることを願うばかりですね」と帳簿を閉じる。
ツムギも、ほんのり紅潮した頬でぺこりとお辞儀をした。
「喜んでもらえて、よかった……!」
やりきった達成感が、三人の表情にじんわりと広がっていく。
ギルドの建物を後にして、外に出ると、まぶしい日差しと、風に揺れる旗が彼らを出迎えた。
「やりきったって感じ、するなあ」
リナが両腕を伸ばしてぐっと背筋を伸ばす。
ぽてはどや顔でふんすと鼻を鳴らした。
「ぽへぇ!(完璧だったね!)」
その声に、三人と一匹はふっと笑い合いながら、POTENハウスへと歩き出した——。
——後日、お祭りで手に入れたお守り袋を大切に身につけていた子どもが、落馬や荷馬車との接触といった思わぬ事故から無傷で助かったり、怪我の治りが早まったり、風邪ひとつひかなくなったりと、ささやかながらも不思議な変化が現れはじめる。
POTENの守り袋が、子どもたちの“ほんとうのお守り”になったことが噂になるのは——
もう少し、未来のお話。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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