113. お守り袋の完成
それからの日々は、まるで時間が加速したようだった。
それぞれが、夢中で“ものづくり”に向き合い、目の前の作業に没頭していった。
エドとジンは早速、魔石のスライスに取りかかる。
火属性の刃をもつスライス機は絶好調で、割れやすいはずの魔石も次々と綺麗にカットされ、必要な数の守り石の“芯”が、確実に形になっていく。
一方で、ぽてとバルド、そしてツムギとハルは、並んで透輝液の魔法陣パーツを丁寧に作り続けた。
透明な液体に小さな魔法陣が形づくられていくたび、ぽてが気泡を抜き、ハルの風魔法で小さな気泡も整えられ、仕上げはツムギの細やかな手で固められていく。
「よし、今日のもいい感じ……!」
そんな声があちこちで響く、穏やかな活気に満ちた作業場だった。
ナギのお守り袋も、改良が重ねられていた。
中心に透ける防水布を集め、柄や質感を絶妙に組み合わせたパッチワーク。袋の中に守り石をそっと入れると、布越しに淡く光る魔法陣がふわりと浮かび上がる。
まるで、ちいさな魔法の世界をそのまま閉じ込めたような——
どこか物語の中から飛び出してきたかのような、美しくて心躍る仕上がりだった。
ものづくりチームが日々、守り石の仕上げや袋の縫製に汗を流していたその裏で——
イリア、エリアス、リナの経営チームは、“売るため”の準備に追われていた。
新たに完成した「魔石スライスマシーン」や「魔法陣モールド」は、これまでにない技術だ。
商標登録の準備をはじめ、職人ギルドや登録管理局との調整、素材流通の申請など、やるべきことは山ほどある。
「特許もそうだけど、これはもう“流通管理”の問題にも関わってくるわね」
イリアは資料をめくりながら、淡々と処理を進める。
「……正式登録を通すには、細部の設計書も必要になる。エドには明日、また細かいヒアリングをお願いするか」
エリアスは書類を重ねる横で、静かに次の行動を思案していた。
「うち、こういうの嫌いやないけど、量がえぐいな……。さすがに紅茶だけじゃ頭回らへんわ」
リナは片手に甘い菓子をつまみながら、見慣れぬ書類の山に挑んでいた。
その忙しさは、ある意味、職人チームを上回っていたかもしれない。
POTENの新しい“看板商品”を世に出すための、静かなる戦いが、裏では進行していたのだった。
それぞれの作業は着実に進み、仕上がった守り石とお守り袋は、次第に数を増していった。
ツムギは、完成したひとつをそっと手に取り、布越しに光る魔法陣を見つめる。
——きっと、誰かの“守り”になる。
そんな確信が、胸の奥でじんわりと広がっていった。
その様子を、ふと見守っていたリナがつぶやく。
「……めっちゃ綺麗やな、これ……」
思わずぽてがぴょこりと飛び跳ねる。
「ぽへ!(でしょー!)」
ナギも隣で袋の縫い目を確認しながら、ふふっと笑う。
「最初は予算の壁しか見えなかったけど、なんか、ちゃんと“届けたいもの”になった気がするね」
ジンは出来上がった守り石を手に取り、光をかざして眺める。
「ほう……こりゃあ、もう工芸品みたいなもんだな」
「ほんと美しいですよね。……って、見惚れてる場合じゃないですよ。ジンさん」
エドが冗談めかして言いながら、残りの材料のチェックを始める。
——それから数日が過ぎた。
創舎では、朝から晩まで“守り石”と“お守り袋”の制作が続けられ、POTENハウスはまるで小さな工房のように活気づいていた。
日ごとに出来上がるパーツや袋が並び、仲間たちの動きは手慣れたものになっていく。
*****
そして、納期まで残り一週間となったある日。
全員が揃い、最終確認のための打ち合わせが開かれた。
エリアスが帳簿を確認しながら、静かに口を開く。
「さて……これで準備が整った。いよいよ、納品だな」
並べられた完成品を前に、メンバーたちは思わず息をのんだ。
透明感のある“守り石”は、透輝液のパーツがしっかりと魔石に馴染み、淡く光を宿している。
色とりどりのお守り袋は、どれも丁寧に仕立てられていて、中心に透けた防水布が組み込まれたナギのデザインが、魔法陣の輝きを優しく包み込んでいた。
「ナギの袋、めっちゃかわいいし、守り石との組み合わせもばっちりやなあ。これは絶対、子どもたち喜ぶわ」
リナがひとつひとつ袋を手に取りながら言うと、ナギは嬉しそうに微笑んだ。
「エドのスライスも完璧だったよ。あれがなかったら、こんな綺麗な守り石にはならなかった」
ツムギがそっと声をかけると、エドは少し照れたように頷く。
「パーツも気泡ひとつなく、よう仕上がっとる。ぽて、ハル、ようやったのう。感謝しとるぞ」
バルドがふたりに向かって大きく頷けば、
「ぽへー!(おまかせあれ!)」
「へへっ、任務完了!」
そんなやりとりの中、ツムギがふと視線を向けた。
「それと、エリアスさん、リナさん、イリアさん……本当にありがとうございます。みんながものを作ることに集中できたのは、経営チームが支えてくれたからです」
「うんうん。納品の準備とか契約のこととか、私にはさっぱりだったし……ほんと助かったよ、ありがとね!」
ナギも素直に礼を述べる。
リナは照れくさそうに肩をすくめたが、エリアスは帳簿を閉じながら、静かに口を開いた。
「こちらこそ感謝している。……とはいえ、我々の仕事はここからが本番だな。まずは納品して、きちんと価値を伝える。作られたものの力が最大限に届くように——」
イリアがふっと微笑み、ぽてが「ぽへー(がんばれー)」とひと声あげると、場がふわりとあたたかい空気に包まれた。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
https://ncode.syosetu.com/N0693KH/