112. イリアの相談事
ごめんなさい。寝落ちしてしまっていました。
「……みんな、ちょっと相談したいことがあるの」
その声音に自然と視線が集まる。
「さっきの“守り石”の宝石カットバージョン、あれを——来月のPOTENの納品に使ってもらえないかしら。できれば、魔法陣も守りのものだけじゃなくて、いくつか違う効果のものがあると、より魅力が出ると思うの」
ツムギはすぐに頷き、ぱっと顔を明るくする。
「魔法陣さえ描ければ、いけると思います! アタッチメントのサイズに合わせて作ります!」
「うむ、ツムギ。この際じゃ、いろんな魔法陣の省略法──一緒に考えてみるとしようかのう!」
隣でバルドが楽しげに腕を組むと、ツムギはワクワクを抑えきれない表情で、
「はいっ!どんな魔法陣がいいですかね?」
と元気よく返事しながら、ツムギの頭の中はもう妄想でいっぱいだった。
ネックレスに使う魔法陣……。前世でよく使っていた“盛れるアプリ”をふと思い出し、ライト効果のある魔法陣なんて喜ばれるかも!と、思わず口元が緩む。
そのニヤニヤ顔を見たぽてとエリアスは、同時に顔を見合わせた。
「ぽへぇ……(あの顔は……しでかし前の顔……)」
「あの顔をするときは、大体ロクなことを考えてないんだよな……」
2人は同時にぶるりと震え、警戒モード全開の視線をツムギに向けた。
……そんな空気に全く気がつくことなく、ツムギはまだニヤニヤと思索の世界に浸っていたが——
「それと、もうひとつ」
場の空気を軽く引き戻すように、イリアがふたたび口を開いた。
「ギミックチームには、そろそろ“コレクションケース”もお願いしたいのよ。お客様がもうそろそろ痺れを切らしてしまっていてね。蓋のアタッチメントはあのままで、できれば中はもっと使いやすく、仕切りの位置や数も調整できるようにしたいわ」
その言葉に、エドがすぐに反応する。
「了解です! じゃあ、リナさんも一緒に、後で大きさや仕切りの数なんかの打ち合わせをしましょう。ジンさんも、細工の調整で相談したいことがあるので、ぜひお願いします!」
「おお、わかった! 面白くなってきたな!」
ジンが楽しげに頷くと、エドも嬉しそうに小さく拳を握った。
「それから、ナギは、コレクションケースの内側を担当してもらってもいいかしら?」
イリアが柔らかな声でそう尋ねると、ナギは少し驚いたように目を瞬かせた。
「きっとナギなら、センスのいい素敵なものができると思うの」
その言葉に、ナギの表情がぱっと明るくなる。
「そ、それってつまり……内側のデザイン、自由にしていいってこと……?」
目が輝き始めたのを見て、ぽてが一歩、距離を取る。
「ぽ、ぽてぇ……(また何か始まる……)」
「……お守り袋みたいに、いろんな生地を使ってパッチワークしてカバーにして……中には、ふわふわでクッション性のあるミストスライムウールを入れて……あ、ちょっと待って!」
そう言うなり、ナギは席を立ち、どこからともなく取り出したスケッチブックとペンを手に、テーブルに向かってかりかりと描き始めた。
アイデアが次々と形になっていく線の勢いは止まらず、まるでナギの頭の中の“可愛い”が、直接紙の上にあふれ出しているかのようだった。
アイデアの熱に浮かされるように、ナギは夢中でスケッチブックを走らせていたが、ふと手を止めて顔を上げた。
「……イリアさん、ところで予算ってどれくらい?」
急に現実的な問いを口にしたナギに、その場が一瞬だけ静まる。
イリアは、静かに微笑んだまま、ティーカップをそっと置くと——
「天井なしでどうぞ」
「えっ」
「どんなに高い素材を使ってもかまわないわ。今回は“特別なもの”をお願いしたいの」
その言葉に、ナギは目をぱちくりとさせた後、ふるえるように頷いた。
「……やる気しか湧いてこないんですけど」
ぽては、テーブルの端でそっとつぶやく。
「ぽてぇ……(ナギが暴走モードに入った……)」
ナギの暴走モードにぽてが警戒を強めているその横で、ハルはふと手を挙げた。
「ねえ、ツムギお姉ちゃん。透輝液、もう在庫少ないでしょ? 数日中に、取りに行ってこようか?」
「えっ、本当? 助かる! 透輝液、最近は職人ギルドでも買えるようになったんだけど……やっぱり、ハルくんが取ってきてくれたのが、一番品質がいいんだよね」
ツムギがぱっと笑顔を向けると、ハルは嬉しそうに胸を張った。
「あとさ……透輝液のパーツ作るときは、絶対呼んでね! ぽてと一緒に気泡抜き、また頑張るから!」
「ぽへっ!(てつだうぞー!)」と、ぽても跳ねながら同意した。
そんな中紅茶を口に運びながら、イリアがふと声をかけた。
「リナ、エリアス。日を改めて、私と少し打ち合わせの時間を取ってもらえるかしら?」
その声音はいつも通り穏やかだが、どこか言葉の選び方に慎重さが感じられる。
「……少し込み入った話になると思うから、落ち着いて話せる時間をもらえると助かるわ」
リナとエリアスは、互いに一瞬視線を交わすと、深くうなずいた。
「了解。時間は私が調整しておきます」
「……わかった。そういう話なら、場所もちゃんと選ばんとね」
二人は多くを尋ねずとも、イリアの意図をすぐに察したようだった。
イリアはそれを見て、静かに満足げな笑みを浮かべた。
その夜のPOTENハウスは、久しぶりにメンバー全員が集まり、静かながらも熱気に満ちていた。
紅茶を片手に、素材の組み合わせを語る声。
布の色味や質感に夢中でペンを走らせる手。
魔法陣の簡略化について、ああでもないこうでもないと頭を突き合わせる姿。
“作りたい”があふれる時間は、気がつけば夜更けになっていた。
けれど誰も、席を立とうとはしなかった——
こんな夜が、もうしばらく続いてくれたらいいのにと、誰もが心のどこかで思いながら。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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