110. 進捗確認
そして——
一週間後。
「皆、今日はありがとう。進捗の共有を始めようか」
エリアスの静かな合図が部屋の空気を整える。
POTENハウスの共有スペースには、メンバー全員が揃っていた。テーブルには、加工された魔石と試作品の数々が整然と並び、ナギが丁寧に仕立てたお守り袋も、その中に混ざっていた。
魔石はそれぞれ、エメラルドカットで面取りされ、透輝液によって表面をなめらかに保護され魔法陣のパーツが取り付けられている。隣には、未加工の状態を残したサンプルも並べられ、比較と検討ができるように工夫されていた。
ツムギは、手元のノートに目を落とすと、思わず口元がほころんだ。
——すごい。こんなにもたくさんの試作品が並んでる……!
胸の奥がふわっと熱くなる。この一週間で、自分たちがやってきたことが、こうして形になって目の前にある。その事実が嬉しくてたまらなかった。
ノートをそっと閉じると、ツムギは目を輝かせながら、仲間たちの顔を順番に見渡した。
期待と少しの緊張、そして次に進む高揚感が胸いっぱいに広がっていく。
「では、まずは守り石の確認から始めようか」
エリアスが帳面を開きながら声をかけると、ツムギは勢いよく頷いた。
「はい!えっと……最初は、魔石一つ一つに魔法陣を描き込もうと思ってたんですけど、それだと数が多すぎてどうしても採算があわなくて。それで、お父さんとエドに相談して……型を作って、透輝液で魔法陣のパーツを量産する方法に切り替えました」
ツムギは机の上に試作品を並べながら、魔石に透輝液のパーツを重ねた小さな護符を指し示した。
「魔石と組み合わせたら、ちゃんと魔法陣が作動して……小さな守りの効果が発動するようになりました。この方法なら、大量に作ることもできるし、同じ品質で安定して仕上がるんです」
説明を聞いていたナギが、少し照れくさそうに頬を掻いた。
「ツムギ、ほんまにすごいなぁ……。うち、前にちょっと厳しいこと言ったやん? でも、それもちゃんとクリアして、こんなに手間を工夫して……さすがやわ。ようやったな!」
その言葉に、ツムギはほっとしたように微笑んだ。
「これ、他のアイテムにも応用できるかもしれんな……」
とナギが呟けば、
「確かに、似たようなやり方は以前にもあったけど、ここまで精度と再現性を両立してるものは少ない。場合によっては、商標登録ができるかもしれない。後で確認しておくよ」
と、エリアスは書類のメモ欄にさらさらとペンを走らせる。
「ふふ……なら、もう一工夫して、きちんと“商品”にしていくのもいいかもしれないわね。たとえば、アタッチメントと組み合わせたらどうかしら」
と、イリアが静かに提案すると——
「それ、ちょうど用意してたんだ」
エドが声を上げ、作業鞄の中から、小さな黒箱を取り出す。ぱかりと開くと、中には小さなネックレスタイプのアタッチメントが収められていた。
「ツムギに頼まれてたやつ。試作だけど、これなら魔法陣のパーツをちょうどはめ込めるようにしてあるよ」
「早速つけてみようよ!」
ハルが目を輝かせながら言うと、ツムギは頷きながら、エメラルドカットされた魔石に、透輝液の魔法陣パーツを丁寧に貼り付け、そっとアタッチメントに装着した。
カチリ、と軽やかな音。
次の瞬間、守り石が柔らかな光を放ち、その中心で魔法陣がふわりと輝く。カットされた魔石の面が光を反射し、まるで星屑を閉じ込めたかのような美しさだった。
その場にいた全員が、思わず息を呑む。
誰もが、言葉を失っていた。
そんな静寂の中で——
「……少し、いいかしら?」
イリアが軽く咳払いをして、目を細めながら一歩前に出た。
「これ、とても綺麗で素晴らしいわ。本当に、よくできていると思う。でも……これはもう、“宝飾品”ね。子どもに配るようなものではないわ。予算から考えても、明らかにやりすぎよ」
イリアの言葉に、ツムギは少し肩をすくめかけたが——
「だからこそ、これを“売り物”にしたらどうかしら?」
視線をツムギに向けたまま、イリアは静かに続けた。
「子ども用のお守り袋は、ちゃんと予算に合ったスライス魔石+透輝液パーツの方で進めて。この宝石みたいなタイプは、POTENの新製品として、ブランドラインに乗せる価値があるわ」
「それは……たしかに、そうやな」
リナも頷く。手帳を開いてざっと数字を走らせた後、ため息交じりに言葉を続けた。
「魔石は、ハルがええのをたくさん取ってきてくれたから、原価としてはほとんどかかってへん。ほんま助かってるで、ハル」
そう言って、リナはちらりとハルに視線を向け、笑みを見せた。
「けどな……手間と仕上がりの美しさを考えたら、これを子ども向けにばら撒くんは、さすがにぜいたくすぎるわ。これはもう、ちゃんと値段つけて売るべきやと思う」
「僕も同意見だ」
エリアスもまた頷く。帳簿を静かに閉じながら、淡々とした口調で言った。
「この品質なら、単価をしっかりつけた上で、限定品として扱うべきだ。記念品や贈答用にも展開できる。ギルドへの納品の品とは、明確に区別すべきだな」
ツムギは、ほっとしたように笑って頷いた——自分の“作りたい”に、こんなふうにみんなが向き合ってくれることが、ただただ嬉しくて、心強く思えた。
その傍らで、ハルはぽてを膝の上にちょこんと乗せ、得意げに胸を張っていた。ぽても安心したように、ふにゃりと身を預けている。
「やるじゃん、ハル! さすがPOTENの素材担当!」
ナギがぐりぐりと頭を撫でると、すぐ隣ではバルドも大きな手でくしゃくしゃと髪をかき回した。
「うむうむ。おぬしが持ち帰ってきた宝が、こんな立派な守り石になるとはのう!」
ハルはくすぐったそうに笑いながら、それでも誇らしげにニコニコと笑っていた。
「じゃあ次は、ナギのお守り袋の紹介といこうか」
エリアスが軽く手を叩くと、ツムギの隣でひと息ついていたナギが、少し緊張した様子で立ち上がった。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
https://ncode.syosetu.com/N0693KH/
⚫︎ハルの素材収集冒険記・序章 出会いの工房
https://ncode.syosetu.com/N4259KI/




