108. 金型とハルの帰還
「これ、金属板をそのまま彫ろうとするから難しいんだと思うんだよな」とエドが指先で試作品の線をなぞりながら言った。
「うむ。確かに金属の型を作るなら、砂型を使った鋳造の方がずっと楽じゃ。……ジン、おぬしの得意分野じゃろう?」
ジンは軽く顎をさすりながら頷く。
「金属を流し込んで形を作る“砂型鋳造”ってやつだな。金型を作るのに向いてる。表面もきれいに出せるし、深さも調整できる。ただし、まずは“原型”が必要だがな」
「原型……」
ツムギはその言葉を聞いて、ふと前世の記憶がよみがえる。そういえば、前世でも砂を使って型を取る方法があった。油粘土やプラスチックなどで原型を作り、指輪などの金属部分を作る方法だ。
——ああ、なんで思いつかなかったんだろう。そうか、“原型”を作ればいいんだ!
「そうだ、透輝液は粘度を調整すれば、粘土みたいに成形できるはず。晶樹液と月影石の配合を調整して……。それで原型を作って、鋳物砂で型を取れば!」
目を輝かせてそう口にしたツムギに、ジンとエドは顔を見合わせ、笑みを浮かべる。
「やっぱり、そう来ると思ったよ」
「よし、じゃあまずは透輝液の粘土から試してみるか」
すぐに材料が机の上へと並べられた。晶樹液の透明なとろみ、そこに少量ずつ混ぜられていく月影石の粉。ツムギは目を細め、配合の割合を慎重に調整していく。
「このくらい……かな?」
混ぜ合わせた液体は、やがて淡く光をたたえながら、ぷにっとした粘土のような質感へと変わっていく。
前世でレジン細工に夢中だった記憶が、自然と手の動きに現れる。細いへらを使い、柔らかい透輝液をなめらかに整えていくツムギの作業は、静かで、そしてとても早かった。
「ほんと、慣れてるな……」とエドがぽつりとつぶやき、ジンも感心したように頷いた。
「うん、これでOK。あとは——」
ツムギが取り出した小型の属性発光器が、光属性のやわらかな光を放つ。
照らされた透輝液は、わずか数十秒でしっかりと硬化し、淡い透明感を保ったまま、美しい魔法陣の原型となって姿を現した。
「おお……ちょうどいい高さと深さだな」
「これなら型も取りやすそうだ」
ジンとエドが慎重に原型を受け取り、次の作業に取りかかる。
金属の型を作るための特別な砂——鋳物砂が、木箱の中へと敷き詰められていく。原型を押し込み、形を写し取り、上下に分けた型枠が慎重に組み上げられた。
「……よし、型、完成」
続けて、ジンが溶かした金属をゆっくりと流し込む。高温の音が小さく鳴り、鋳型に魔法陣の線が走るたび、ぽては息をのんで作業を見守っていた。
しばらくして、型が冷えたのを確認し、そっと取り外す。
「おお……出た!」
「おお〜! ちゃんと線が出てる……!」
仕上げにエドが細かいバリ取りを行い、磨きながら微調整を施していく。
丁寧に仕上げられた魔法陣の金属板は、光を受けて、静かに輝いていた。
完成した金属製の魔法陣プレートを前に、ツムギは小さく深呼吸をした。
「よし、じゃあ……これを使って、モールドを作ってみよう!」
机の上に広げられたのは、ぷるりとした弾型液。弾力と柔軟性を持つ不思議な素材で、時間をかけることで硬化し、精密な型取りが可能になる。
ジンが型枠を用意し、エドが慎重に金型を配置。ツムギが弾型液を丁寧に流し込んでいく。透明な液体が魔法陣の線をゆっくりと包み込み、その表情をなぞるように型をとっていく。
「これで……明日には、固まってるはず。上手くいけば、透輝液で一気に複製できる!」
ぽてがツムギの肩の上で、ぴょこっと跳ねた。
「ぽへっ!(わくわく!)」
ツムギは小さく笑い、そっと型を布で覆う。
「……楽しみだね、明日が」
ちょうどそのとき、奥のキッチンから声が響いた。
「おーい、ちょっと休憩じゃ!お茶を入れたぞ〜!」
バルドがエプロン姿で、両手に湯気の立つポットと、焼きたての焼菓子を抱えてやってきた。
「今日は特製じゃ。甘さ控えめのナッツ入りクッキーと、りんごのケーキもあるぞ」
「わあ〜! いい香り……!」
「ありがとうございます、師匠」
「ぽへぇ……(しあわせの香り……)」
作業場に広がる香ばしく甘い香りに、みんなの表情がほころんでいく。
コップに注がれた温かいお茶の湯気がふわりと上がり、ひとときの安らぎが空間を包み込んだ——そのときだった。
「ただいまー!」
元気な声とともに、扉が勢いよく開かれた。そこに立っていたのは、すっかり冒険者の装いになったハルだった。
短めの剣と、小さな盾、動きやすい軽装の防具。小柄な体には少し大きく見えるその姿に、場の空気が一瞬止まった。
「……ハルくん!?」
「お、おぉう……!?」
「ぽへぇ……(誰!?って思った……)」
ハルはにっこり笑うと、ポシェットに手を伸ばした。ポシェットの口がふわりと光ったかと思うと、次々と色とりどりの魔石がテーブルの上に現れはじめた。
「魔石、とってきたよ! 使えそうなやつ、たくさん見つけたんだ!」
青、緑、紫、赤、透明……さまざまな色と形の魔石が、どんどんテーブルに積み上がっていく。次第にぽての足元を埋め尽くし、ぽてはぴょんぴょんと避けながら転がっていった。
「ほ、ほほう……こ、これはまた……見事な……いや、量が……」
バルドが思わず眉をひそめ、ハルの顔をのぞき込む。
「……おぬし、まさかこれ、一人で全部集めたのか? 大丈夫なのか? どこか痛むところは……?」
「ううん、大丈夫。ちょっと擦り傷くらいで—— 友達が一人手伝ってくれたし……」
「ちょっとの傷でも、立派な傷じゃ!」
バルドがすぐさま部屋からポーションに取りにいき、栓を抜いてハルの口元へ。
「えっ、でも、もう平気だよ……って、うわっ!」
その瞬間、ぽてがぽふっと飛び上がり、ぴたっとハルの肩に乗る。
その目はじっとハルを見つめ、涙が出そうなほど真剣だった。
「ぽへ……(はぁ〜……よかった……ほんとに、もう……)」
「ぽてぇ……(こんなになるまで無茶して……!)」
「ぽへっ!(観念して飲んで……)」
と、そのままバルドのポーション投入を補助。ハルは成すすべなくゴクリと飲み干した。
「ハルくん、大丈夫!? 私……無理させちゃったんじゃ……!」
ツムギが駆け寄って、ハルの腕や顔を心配そうに見つめる。
「ちがうよ! 行くって決めたのは僕だし、友達と行ったからすごく楽しかったよ!」
「……ハルくん本当にありがとう。魔石は本当に助かったよ?でも、がんばりすぎて倒れたら……お友達も大丈夫かな……」
ジンもそっと近寄って、ハルの全身をチェックしながら静かに声をかける。
「お前さんの気持ちは分かったが、無茶は禁物だ。なにより——」
「仲間を心配させたら、だめだろ?」
エドとエリアスが交互にそう言って、ハルの頭をぽんぽんと撫でた。
「……うん。ごめん。そんなに心配されるとは思わなくて……心配してくれてありがとう……」
ハルの声は、ぽつりと呟くように小さかったが、その顔には、子どもらしいあたたかな笑顔が浮かんでいた。
ハルの話によると、数日小さなダンジョンに友達と潜り、偶然にも魔石が多く眠る“魔石溜まり”にたどり着いたのだという。
その内容を、ハルはちょっと得意げに話していたが、ツムギをはじめその場にいた全員の顔が一気に強張ったのは言うまでもない。
「ダンジョンって、あの、モンスターがでるダンジョンか……?」
ツムギの表情が青ざめ、ぽては震えるようにハルに飛びついていた。
「ぽてぇっ!(もう!ぽてもいっしょに行くのに……!)」
心配する声が重なる中、自然と空気はある方向へと流れていった。
“ハルを守るための装備や道具を、今すぐ用意しなければならない”と、全員が無言で理解していたのだ。
「とりあえずの装備は、わしと一緒に買いに行こう。今あるものの中で、できるだけ良いやつを選ぶぞ」
バルドがそう言えば、
「予算のことは私が引き受ける。装備費用は、特別会計として計上しておくから、遠慮なく必要なものを揃えてくれ」
とエリアスがすでに帳簿を開いていた。
「じゃあ、もちろん装備品もですが、道具の方も僕たちで考えます。野営用のギミックも、あると役立つかもしれないですし」
とエドが頷き、隣でジンも「使いやすくて軽いやつをな」と腕を組んだ。
ツムギは、ハルを守るための魔法陣について、バルドと再び意見を交わし始める。
誰が言い出したわけでもなかったけれど——
ハルが無事に帰ってきたことへの安堵と、今後も安全に帰ってきてほしいという願いが、全員の心に同時に芽生えていたのだ。
* * *
……それでも、どうしても心配が拭えなかったPOTENの面々は、後日“初心者用”だというダンジョンに、どんな道具や装備が必要か確認するという名目で半分無理やり同行したのだった。
「危ないことはしていないか」
「ちゃんとポーション持ってるか?」
「休憩取ってるか?」
「ご飯食べてるか?」
あまりの過保護ぶりに、最終的にはハルから「さすがに心配しすぎだってー!」と、ちょっぴり拗ねられてしまったのだった——。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
https://ncode.syosetu.com/N0693KH/
⚫︎ハルの素材収集冒険記・序章 出会いの工房
https://ncode.syosetu.com/N4259KI/




