010. 新たな生地を探しに 02
ツムギは、ぽてのクッションをバッグに入れたまま、町のメイン通りを歩いていた。
目指すのは、生地屋 「ホビーナ」。
ナギの家族が経営するこの店は、職人向けの実用的な生地から、おしゃれな布地まで幅広く扱っており、町の人々に親しまれている。ツムギも、布や糸が必要なときはここに来ることが多かった。
今日の目的は、ポシェットの補強に適した生地を探すこと。
「ぽぺぺ……(どんな布があるかな)」
バッグの中からぽてが顔を出し、ふわふわと揺れながらツムギの歩みに合わせるように上下に動く。
「ナギのことだから、またいろいろおすすめしてくれそうだね」
ぽてはこくこくと小さく動きながら、「ぽぺ!」と同意した。
やがて、ホビーナの店先が見えてきた。外からでも色とりどりの布が並ぶのが見え、鮮やかな生地が風に揺れている。お店の奥からは、織機のかすかな音が聞こえていた。
ツムギは木製の引き戸をそっと開ける。
「こんにちはー」
「はーい、いらっしゃいませ──って、ツムギじゃない!」
店内にいたナギが、すぐにツムギに気づいて顔を上げた。相変わらず丸いレンズのメガネをかけた彼女は、三つ編みをくるりと背中に回しながら、カウンターの奥から歩いてくる。
「久しぶり!元気してた?」
「うん、元気だよ。ナギも相変わらず忙しそうだね」
「まあねー、生地の仕入れが終わったと思ったら、新しい染めの試作を頼まれたりさ。お父さんもお母さんもどんどん新しいことを始めるから、こっちはてんてこまいよ」
ナギはそう言いながら、手元の布を整理し、ツムギの方へ向き直る。
「それで今日は何の用?まさか、ただのおしゃべりじゃないでしょ?」
「ふふ、まあね。ちょっと探してる生地があるんだ」
ツムギがカバンからノートを取り出そうとしたその時、ナギが「あ、それよりも!」と突然手を叩いた。
「ぽて、いるでしょ?」
バッグの隙間から顔を出したぽてに、ナギはニッコリと笑い、ポケットから何かを取り出した。
「じゃーん!今回の新作、ぽて専用ミニ蝶ネクタイ!」
そう言いながら、ナギは鮮やかなリボンをぽての首元にそっと結びつける。
ぽては一瞬固まり、それからじわじわと微妙な顔になった。
「ん?今回はバッチリ可愛く仕上がったと思うんだけどなぁ。どう?」
ナギは期待に満ちた目でぽてを見つめるが、ぽてはわずかに首をかしげたあと、ちょんちょんとリボンをつついた。
「ぽぺ……ぽぺぺ。(うーん、もう少し小さい方がいいかも)」
ツムギは苦笑しながら、ぽてのリボンを指でつまみ、サイズを確認する。
「ぽては小さいから、ちょっと大きすぎるのかもね。でも、色は似合ってるよ」
「うーん、そうかー……でもぽてって、意外とこだわり強いのねぇ」
ナギは腕を組んで考え込みながら、ぽての表情をじっと観察した。
すると突然、「ねぇ、ツムギ」といたずらっぽい笑顔でツムギの方を向く。
「ぽてってさ、そろそろ普通にしゃべり出すんじゃない?だって今の顔!完全に『サイズが合わないなぁ』って考えてる表情だったじゃん!」
「ぽぺっ!?(そ、そうかな?)」
ぽてが大きく揺れて全力で否定するように見える。
「ほらー!もうこれ、話してるようなもんじゃん!」
ナギは楽しそうに笑い、ツムギも思わず笑ってしまう。
「確かに、ぽては表情豊かだからね。でも、言葉をしゃべることはないと思うよ?」
「今は、ね?」
ナギは含みを持たせたようにニヤリと笑う。
ツムギは「そんなことあるわけないでしょ」と笑いながら首を振ったが、ふと、ぽての琥珀色の瞳を見つめた。
(……もし、いつか本当に話し始めたら、どんなことを言うんだろう?)
そんなことを考えながら、ツムギは改めてナギに向き直った。
「それでね、今日はポシェットに使う生地を探してて……」
ツムギはポシェットの話を、かいつまんでナギに話す。
「なるほどね。そういうのなら、いい生地があるかも。ちょっと待ってて!」
ナギはさっと店の奥へ走っていった。ツムギはぽてと顔を見合わせる。
「やっぱり、ナギに頼んで正解だったね」
「ぽぺ……(でも、リボンは改良希望)」
ツムギはクスッと笑いながら、ナギが店の奥へ走っていったのを見送ると、ふとカバンの中を覗き込んだ。
「ぽて、ちょっと休憩する?」
ぽては嬉しそうにぴょんっと飛び跳ねると、カバンの中からふわりと飛び出し、ツムギが取り出したクッションの上にちょこんと座った。
「ふふ、気に入ってくれてるみたいだね」
ぽてのために作ったばかりのミストスライムウールのクッションは、ふわふわで、触れるとほんのり温かい。ぽてはそこに丸まると、満足げに目を細めた。
「ぽぺぺ……(最高)」
ツムギはクッションを軽く撫でながら、ナギが持ってくる生地のことを考えた。
補強用のポケットには、丈夫な生地が必要。でも、子どもが使うポシェットだから、あまり重すぎても扱いにくい。
そうこう考えているうちに、店の奥からナギの元気な声が響いた。
「お待たせー!ツムギにぴったりな生地、どっさり持ってきたよ!」
ナギは両腕に何種類もの布を抱えて戻ってきた。テーブルの上に並べると、鮮やかなものから落ち着いた色のものまで、さまざまな生地が広がる。
「すごいね……」
「でしょ?補強に向いてそうなものを厳選したんだけど……まずはこのあたりから!」
ナギは一番手前にあった、しっかりとした厚手の生地を持ち上げる。
「これは魔獣の毛を織り込んだ強化布!めっちゃ丈夫で防水性もあるし、耐久性バツグン!」
「……うん、でも、ちょっとゴワゴワしすぎかも」
ツムギが生地を触ると、しっかりしているどころか硬すぎて、折りたたむのも大変そうだった。
「そっかー。じゃあこっちは?」
ナギが次に出したのは、光沢のあるなめらかな布。
「シルクスティールっていってね、軽くて丈夫!でも……ちょっとお高いけど」
ナギは指で数字を示し、ツムギの目が大きくなる。
「うん、高いね。これはポシェットの補強には向かないかな……」
「じゃあこれは?」
今度はしっかりした布地ながら、少し伸縮性のある生地だった。
「これは獣革の繊維を加工したやつ!衝撃吸収性もあって、ある程度の形状保持もできる!」
「いいかも……でも、ちょっと重いかな?」
ナギは腕を組んで考えながら、次々と生地を紹介してくれたが、どれも一長一短。
この布は強度はあるけど加工しづらいし……
これは軽いけど、水に弱い……
この辺の生地は厚みがありすぎて縫製が大変そう
ツムギは実際に触りながら、ひとつずつ検討したが、なかなか「これだ!」という生地が見つからない。
ぽてはクッションの上で小さく丸まりながら、生地の山をじっと見つめていた。
「ぽぺ……(どうしようか)」
ツムギはナギと顔を見合わせ、並べられた生地を眺めながら、少し考え込んだ。
どれも良さそうではあるけれど、ポシェットのポケットとして使うには決め手に欠ける。
「うーん……なかなかピッタリのものって難しいね」
「まあねー、ポケット用となると、軽さと強度のバランスが大事だからね」
ナギが顎に指を当てて考えていると、ふとツムギの視線が店の端に置かれたワゴンへと向いた。
「ねぇ、あそこにあるのはどうかな?」
ツムギが指さしたのは、ハギレコーナー。
生地を裁断した際に出た余り布がまとめて売られている場所だった。色とりどりの布が無造作に積まれていて、中にはツムギが今まで見たことのない素材も混ざっている。
「ああ、あれね!試作とか、小物作りにはピッタリで、少しずついろんな種類を試したい人にはちょうどいいんだよね」
ナギはぽんっと手を打ち、ツムギをワゴンの前へと促した。
「ほら、ツムギみたいに新しいものを試してみたい人にピッタリでしょ?まとめて買えばお買い得だし、ちょっと実験してみるにはちょうどいいんじゃない?」
「なるほど……」
ツムギはワゴンを覗き込みながら、いくつかの布を手に取った。手触りのいいもの、軽くて丈夫そうなもの、少しゴワつくもの。いろんな種類の生地が混ざっていて、それぞれに特徴があった。
その中で、一枚、目を引く生地があった。
「これ……」
ツムギが手に取ったのは、黒みがかった深いグレーの布。見た目は普通の厚手の生地のように見えるが、指で押してみると意外にも柔軟性があり、しっかりとした弾力がある。そして、光の加減でほんのりと鈍い光沢を帯びるのが特徴的だった。
「おお、それは**獣甲布**だね!」
ナギが興味深そうに覗き込む。
「魔物の甲殻の繊維を混ぜて作られてる布で、防御力が高くてめちゃくちゃ頑丈。でもね、そのぶん重いのが難点なのよ」
「……お父さんも言ってたけど、やっぱり重いかぁ」
ツムギは生地を持ち上げ、手のひらで重さを感じながら少し考え込んだ。たしかに、ポケットの補強には向いているかもしれない。
でも、子どもが持つポシェットに使うには、やはり重すぎるかもしれない。
「どうする?試しに買ってみる?」
ナギがニヤリと笑いながらツムギを見る。
「うん、せっかくだし、ちょっと試してみたいな。他の生地と比べてみるのもいいし」
ツムギはコクリと頷き、獣甲布をはじめ、いくつかの生地を選んでワゴンから取り出した。
「お、いいねー!じゃあ、お買い得価格でまとめておくよ!」
ナギがさっとレジへ向かいながら、ツムギは改めて獣甲布を見つめる。
(やっぱりちょっと重いけど……何か工夫すれば、使いやすくできるかも?)
そんな考えを巡らせながら、ツムギはぽてをちらりと見る。
ぽてのクッションの上で丸まる様子を横目に、ツムギは新しい素材を試す期待に胸を膨らませていた。
読んでくださりありがとうございます。
こちらのエピソードは改稿しました。
この改稿は、表現や改行などを変更するもので、物語の流れ自体を変更するものではありませんので、安心して続きをお読みください