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107. ツムギのおねだり

 POTENハウスの朝。扉が開いた瞬間、ふらりと現れたのは、明らかに寝不足なジンとエドだった。


 「お、お父さん! エド! もしかして、徹夜したの!?」


 ツムギの驚きの声に、ぽても「ぽてぇ……(うわぁ……また徹夜してる……)」と呟くように跳ねた。


 「いやぁ、気づいたら夜が明けてたんだよ……」

 「スライス角度と温度の調整に手こずりまして……でも、ちゃんとできましたよ」


 ジンとエドは、どこか誇らしげに木箱をひとつ持ち上げ、テーブルにそっと置いた。


 「見てくれ!これが、POTEN特製・魔石スライスマシーン初号機!」


 ジンがそっと、磨かれた魔石のひとつを機械にセットする。横に立ったエドが、スイッチを入れた。


 刃が、静かに赤く光りながら動き出す。魔石に触れた瞬間、シャリ……という柔らかな音が工房に響いた。


 「わっ……」


 ツムギが思わず声を上げる。割れることも、砕けることもなく、魔石がまるで薄い果実の皮のように、滑らかにスライスされていく。


 カットされた一片が、小さなトレイに落ちた。その断面は見事に平らで、端も美しく整っていた。


 「これで、あの硬くて割れやすい魔石を、平たく、同じ大きさにスライスできるんや……」


 リナがぽつりと呟いた声には、驚きと感動が滲んでいた。


 ジンは、次の魔石をセットしながら補足する。


 「この機械は、刃の高さを微調整できる。厚さは0.5ミリ刻みで変えられるようにしてある。ツムギの言ってた『ちょうどいい厚み』ってやつにも、対応できるようにな」


 「あと温度も調整できるから、切るだけじゃなくて、最後は磨くこともできるようにしてます。表面をツルツルにして、仕上げの手間を減らせるはずです」


 「ぽてぇ……!(これ、もはや職人のロマン……!)」


 ぽてはスライスされた魔石を見つめたまま、小さく跳ねて感嘆の声を漏らした。


 リナが目を丸くする。


 「うそやろ……! まさか、こんな機械を数日で作り上げたん……?!」


 ツムギの瞳がきらきらと輝く。

 「すごい! さすがお父さんとエド!」


 ぽては二人の顔をじっと見つめ、「ぽてぇ……(ぜったい寝てないやつ……)」と心配げに呟いた。


 そんな中、イリアスがそっと前に出る。

 「……これは、早急に商標登録が必要だな」


 その言葉とともに、すぐさまカバンから書類を取り出し、契約用の紙と筆記具を広げて書き始める。


 さすが、仕事のできる男、エリアスである。


 「この機械、魔石だけじゃなくて、ほかの加工品にも応用できるかもしれへん……。ちょっと一枚、借りるわ」


 リナはスライスされた魔石のひとつを手に取ると、にやりと笑って小走りに扉の方へ向かう。


 「ちょっとイリアさんのとこ、行ってくる!」


 こうして、POTEN創舎の朝は、またひとつの発明と共に、慌ただしくも活気に満ちながら始まりを告げる……


 「それで、何を手伝えばいいんだ?」

 ジンが椅子に腰を下ろしながら、落ち着いた声で問う。


 ツムギは「えっとね」と頷き、テーブルに置かれた紙の試作品や設計図を示しながら、ここまでの経緯をかいつまんで説明した。

 お祭り用のお守り袋に護符を入れること、その護符に魔法陣を入れたいこと、そして手書きでは手間がかかりすぎるため、透輝液で複製する方法を模索していること——。


 話を聞いたエドとジンは顔を見合わせ、静かに頷く。


 「なるほどな」

 「つまり、透輝液で魔法陣のパーツを量産するために、魔法陣のモールドが欲しい。そのモールドを作るために、元になる魔法陣を刻んだ金属板が必要ってわけか」

 「そういうこと!」とツムギは力強く頷いた。


 「で、なるべくはっきりと線を出したいから、溝は深いほうがいいんだけど……」

 ツムギは自分の失敗作の金属板を差し出しながら、少し困った顔をする。

 「深さが一定にならなかったり、そもそもうまく彫れなかったりで、線が歪んじゃって……。細かすぎるのかなあって思ってる」


 「でも、これでもギリギリまで省略してるから……もうどこも削れなくて」

 ツムギは少しだけ不安げな笑みを浮かべながら、指先で紙の試作品をなぞった。

 「それでもやっぱり、この魔法陣を使いたいって思ったの。エドとお父さんなら、きっとできるんじゃないかって……思って」


 その言葉に、バルドが「ふむ」と頷くと、にやりと口元を緩めた。


 「おぬしは昔から細かい作業が得意だだったし、エドも手先の器用さなら誰にも負けん。ふたり揃えば、お茶の子さいさいよの!」


 「師匠、それハードル上がってませんかね……」

 ジンが苦笑を漏らしつつ、魔法陣に視線を落とす。


 その横でエドも同じく魔法陣をじっと見つめ——

 二人の視線が、ふと重なった。


 (……これ、やっぱり不可能寄りのやつだよな)

 (ツムギの「いける」基準、毎回バグってるんだよな……)

 (俺たちがやるしかないんだけどな……)

 (……だよな……)


 声を出さずとも、表情だけで通じ合う無言の会話。

 一瞬だけ肩が落ちたが——


 「……よし、やるか」

 「やるしかないですよね」


 ふたりは同時に姿勢を正し、顔つきを引き締めると、揃ってツムギの方を見た。


 「任せておけ、ツムギ」

 「うん、精度も仕上がりもばっちりのやつ、作るよ」


 全力で頼られているツムギ本人は満面の笑顔で「ありがとうー!」と感謝していたが、

 周囲の仲間たちはというと、苦笑いを浮かべていた。

 (……毎回これなんだよなぁ)という空気が、どこかに漂う。


 ぽてはというと、ぽふっと小さく跳ねてから、ぼそりと一言。

 「ぽてぇ……(おふたりとも、ご武運を……)」


 エドは小さく頷きながら、ツムギの試作品に目を向けた。

 その目はもう、試すべき手順を頭の中で組み立て始めている職人のものだった。



明日も23時時ごろまでに1話投稿します


同じ世界のお話です


⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜

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⚫︎ハルの素材収集冒険記・序章 出会いの工房

https://ncode.syosetu.com/N4259KI/

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