106. ジンとエドの受難
「よし、それじゃあ、さっそく二人は試作するんやな」
リナは手をパンッと叩くと、作業場の奥にある事務机へと向かい、帳簿と見積もりの束を広げ始めた。「うちは事務作業してるから、無理はせんようにね」と背中越しに声をかけてくれる。
「ぽへ!(了解!)」
ぽてが敬礼するようにちょこんと跳ねると、ツムギとバルドも、それぞれの道具を手に取った。
金属板は、前にエドが試作用に持ってきてくれた、魔力伝導性の高い柔らかめの素材。うまくいけば、これに魔法陣を彫って、型として使えるはずだ。
「まずは線のバランスを整えて、試し彫りじゃな。深さは……このくらいかの」
バルドが専用の彫刻用具を手にし、慎重に板へと線を入れていく。ツムギも横でノートを確認しながら、補助の道具を構える。
しかし——
「うーん……やっぱり、細かすぎるかな……」
ツムギが覗き込んだ先では、彫りたい線が、潰れてしまっていた。
「一定の深さで綺麗に彫るには、もう少し細かい彫刻針が要るかもしれん。この魔法陣は曲線が多いから、定規もあまり使えんしのう」
「ぽてぇ……(むずかしそう……)」
ぽてが金属板を覗き込み、しゅん、と肩を落とす。
何度か試してみるものの、線の幅がバラついてしまったり、深さが均一にならなかったり、どうしても“型”としては使えそうにない。
「魔法陣自体は、簡略化してるはずなんだけどな……それでも、板に彫るには細かすぎるのかも」
ツムギが苦笑いしながら、そっと彫りかけの金属板を机に置くと、バルドも腕を組んで唸った。
「うむ……素材としては適しとるが、わしらだけでは手が足りんのぅ。やはり——」
と、そのとき、バルドとツムギの目がそっと合う。
次の瞬間、二人が声を揃えてつぶやいた。
「「ジン・お父さんとエドに——」」
続けて、ぽてがぴょんと跳ねる。
「ぽへっ!(相談しよう!)」
【ジンとエド視点】
POTENハウスで新しい試みが始まっていたその頃——
ジンとエドは、ジンの工房で魔石と格闘していた。
すでに夜は明けていたが、それに気づく様子もなく、ふたりは黙々と作業に没頭している。
「……やっぱりこの向きだと砕けるな」
エドがルーペ越しに小さな破片を眺めながら、悔しげに息を吐いた。眉をしかめながら、スライスに失敗した魔石の破片を手に取る。並べられた小さな欠片たちは、いずれも形が不揃いで、魔法陣を刻むには向いていなかった。
「ふむ。やはり魔石には割れやすい方向があるな。力を入れる場所と角度を間違えると、粉々だ」
ジンもまた、失敗の記録をメモに書き留めていた。何十枚目かの図面と試算表が、机の端に積まれている。
「形や大きさがバラバラでも良ければ、ハンマーひとつで何とかなるんだが……」
「でも、あの子が言う“大体形の揃った平たい魔石”って条件じゃ、それは無理ですよね……」
二人が肩を落としかけたその時——
——《ジン、エド!ちょっと願いたいことがあるんじゃが……》
バルドの声が魔導通信機から弾けるように響いた。
「お、なんだなんだ。……はいはい、こちらジン工房!」
ジンが慣れた手つきで応答すると、続いてぽての「ぽへ!(相談しよう!)」という元気な声が飛び込み、その後すぐに、ツムギの弾んだ声が届いた。
——《金属板に魔法陣を刻んで、透輝液のパーツを量産したいの!でも彫りが細かすぎて、私たちだけじゃ難しくて……お父さん、エド、助けてくれる?》
一瞬の静寂。そして——
「……よし、よくわからんが、面白そうだな。作ってみるか!」
ジンの口元が自然に緩む。隣で聞いていたエドも、表情を引き締めながら静かに頷いた。
「明日、二人でPOTENハウスに行く。手を貸すよ。着いたら詳しく聞かせてくれ」
ツムギの「さすがお父さんとエド!明日待ってるねー」という明るい声を聞きながら、ジンは魔導通信機のスイッチを切った。
工房に、静けさが戻る。
しばらくの沈黙の後、二人はふと顔を見合わせた。
「……何を作りたいのか、正直よく分からなかったが……また、無理難題が増えた気がするな」
「ですね……」
二人揃って、苦笑い。
「ツムギはさ……お父さんなら、できるって信じ切ってるからな。あの顔を見たら、断れるわけないんだよ」
「わかります。僕もあの顔を見たら、“できない”なんて言えないですし」
ジンが肩をすくめ、エドが小さく笑う。
そしてふたりは、視線をそっと、魔石と金属板へ戻した。
「……今日も徹夜の予感だな」
「はい、たぶん、明日もですね」
けれどその背中には、不思議な温かさが灯っていた。
*
その日の夜、ジンの工房では、命運を懸けた“魔石との仁義なき戦い”が繰り広げられていた。
「なあエド……今、朝か? 夜か?」
「時計が魔力切れで止まってるんで、もう“時間”って概念がありませんね」
魔石スライス用の刃はすでに7本が犠牲となり、工房の床には「惜しかった魔石の欠片」がタイルのように散らばっている。どうしても、サイズを揃えて綺麗にスライス、というところで粉砕されてしまう。
「あー……もう……いっそ、魔石なんて溶かして、小さく固めたらいいんですよ……」
フラフラになったエドが半笑いでつぶやいたその瞬間。
「……まてよ」
ジンがピタリと手を止め、目を細める。
「溶かすのは無理でも……高温なら、割れる方向を無視して削れるかもしれん」
そう言ってジンは即座に火の魔石とナイフを取り出し、炉で刃を加熱。じゅうじゅうと音を立てながら、熱された刃を魔石にそっと当てる。
——シャァァァ……
驚くほど静かに、滑らかに削れる魔石。粉々にならない!まるでバターを切っているような手応え。
「ジンさん、それ……天才のやつです!」
「……やっと終わりが見えてきたな……」
そこからはもうノンストップだった。
火の魔石によって温度調整が可能な刃。安定した角度でスライスできる台座。微調整できる押さえ機構。試作に試作を重ねて、ついに完成したのは——
《POTEN特製・魔石スライスマシーン初号機》。
「うん……たぶんツムギは“ちょっと形を揃えられたらいいなー”くらいだったんだろうけど……」
「はい、完全に業務用ですねこれ……」
二人はぐったりと座り込みながらも、達成感に包まれていた。
「……にしても、ツムギはホント、無理難題をサラッと言うよな」
「“お父さんならできるよねっ!”って笑顔つきですからね。あれ、無敵です」
そして視線をそっと、静かにスライスの試作をしまくった魔石の欠片たちへ向ける。
「……さて、明け方か。あと数時間でPOTENハウスに行くことになってたな」
「そうでしたね……明日にしてもらいます?」
「いや。あの声を聞いたら、行かないわけにはいかないだろう……」
「……はは、了解です。覚悟、決めますか」
ふたりの職人は、またひとつ戦いを乗り越え、朝を迎えようとしていた。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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⚫︎ハルの素材収集冒険記・序章 出会いの工房
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