105. 作業工賃の壁
「見て見て、リナ! お守り袋用の魔法陣、できたよ!」
リナはツムギの差し出す試作品を受け取り、じっと見つめた。
精緻にして洗練された線。無駄をそぎ落とし、それでも効果を持たせた守りの魔法陣——その完成度に、リナは小さく息を呑む。
「……すごいな。よう、ここまで」
バルドも満足げに頷き、魔導裁縫箱の蓋には『上出来じゃな』という文字が浮かんでいる。ぽても「ぽへー!(すっごい!)」とテーブルの上で跳ね回った。
だが、そんな空気の中で、リナがふと渋い顔をした。
「ツムギ、この魔法陣……もちろん、めちゃくちゃ良いと思うで。でもな、ちょっと確認させて?」
「うん? なに?」
「これって、どうやって刻むん?」
「魔導ペンで私が一つずつ描くの。魔法陣は簡略化して、できるだけ描きやすいようにしたよ!」
ツムギは得意げに胸を張る。
「……一つ描くのに、どれくらいかかるん?」
「うーんと、慣れたら……30分くらいでいけると思う!」
「おお、それは早い方じゃな。普通は一枚に数時間かかるものじゃからのう」
バルドが感心したように頷いた。
だが、リナはさらに眉をひそめ、少し深く息を吸った。
「ツムギ、材料費だけやなくて、工賃のことも考えなあかんよ。今回の材料費は一つ500ルク、報酬は全部で30万ルク。つまり、一個あたりの報酬は3000ルク。それに、ツムギ一人だけで作ってるわけじゃない。うちやエド、ナギ、みんなの手が入ってるやろ?」
ツムギは目を瞬かせ、黙ってリナを見つめる。
「30分かけて一つ刻んだら、それだけで赤字になってしまう。今回は、記念品やし、ボランティアのつもりでもええかもしれん。でもな、それが続いたら……ツムギ自身も、創舎も潰れてまう」
静かながらも真剣な眼差しで、リナは言葉を続けた。
「うちは、ツムギが潰れるのも、創舎がなくなるのも、絶対に嫌や。だからこそ、一緒に考えたいねん。ちゃんと、続けていけるように」
リナの声には、静かな決意が込められていた。数字の話になるときっぱりと切り込む彼女だが、その奥にはちゃんとツムギを想うあたたかな気持ちがある。ツムギは、それをちゃんと受け取って、こくんと頷いた。
そのやりとりを、バルドは黙って見つめていた。
(厳しいことも、ちゃんと言えるんじゃな……あの子は)
まだ若くて、夢にまっすぐで、だからこそつまずきやすい。けれどリナは、ただ出来ないというのではなく、支えようとしていた。そしてツムギはツムギで、理想と現実のはざまで、それでもなんとか良いものを作ろうと、必死に考えている。
——まったく、眩しいわい。
口元を緩めながら、バルドは小さく笑った。若者たちのまっすぐな姿に、胸の奥があたたかくなる。
可愛いのう。ほんに、どの子もよう頑張っとる。どうにかして、この手で支えてやれたら——。
「じゃあ、削減案について、みんなで考えてみるとするか」
そう言って椅子を引いたバルドの目は、いつもより少し柔らかく笑っていた。
バルドのひと言で、リビングは再び作戦会議の空気に包まれる。リナとツムギ、そしてぽてを含めた四人は、メモや試作品を広げながら、現実的なコスト削減策を模索していた。
「材料を削るってなると、防水布の質を落とすか、魔石をもっと小さくするしかないよなあ……」
「それが出来れば1番なんだが、小さくしたら、魔法陣がもっと描きづらくなるし、これ以上の魔法陣省略は、機能に問題がでてくるじゃろうから、難しいのう……」
「魔法陣を早く描ければいいんやけど、ツムギもそれは難しいやろうし、かといって、魔導裁縫箱先生に描いてもらうこともできないしな……」
バルドもリナも、代案を出しながらも「こっちを立てれば、あっちが立たず」といった様子で頭を抱える。
「……契約書の時のスタンプみたいに、ポンってハンコでも押せればええんやけどなあ」
ふとリナが漏らしたその言葉に、バルドが「ああ、それは確かに便利じゃな」と頷いた。
「でも今回は紙じゃないからのう……。いっそ、魔石の代わりに紙にしてしまうか?」
「でも、魔法陣は魔石を使わず紙に刻むと、効果に使用期限ができてしまいますよね?」
「……そうなんじゃよな。うーむ……」
三人の間に、再び静かな沈黙が落ちる。
——けれど、その時。
ツムギの脳裏に、ふと浮かんだ光景があった。
(前世で……繊細な模様のレジンパーツを作るために、花弁の筋まで再現できるシリコンモールドがあった。あの方法なら、魔法陣も再現できるんじゃ……?)
「……あのっ、ひとつ、試してみたいことがあるんです!」
ツムギが顔を上げると、バルドとリナがそちらに注目する。
「魔法陣を、木材か柔らかめの金属に彫って、それを“型”にして弾型液を流し込めば、スタンプのように“魔法陣の型”が作れると思います。その型を使って、透輝液を固めれば……もしかしたら、一度にたくさん、同じ魔法陣のパーツが作れるかもしれません!」
しばしの沈黙ののち——
「それはいけるかもしれん!!」
バルドが身を乗り出し、目を輝かせた。
「柔らかい金属なら、加工も難しくないはずじゃ。確か、素材部屋に使えそうな板が……!」
すでにバルドは動き出す勢いだ。リナも「それやったら、量産の可能性あるで……!」と興奮している。
「えっと、それで……透輝液で作ったパーツを魔石に貼り付ける形にすれば、魔石由来の魔力と組み合わさって、使用期限もなくせますか?」
ツムギの問いに、バルドはしばし考え込んだあと、にっこりと笑った。
「やってみんと分からんが……魔導通信機は魔石を透輝液に埋め込んだだけで反応したし、できる可能性は高い!やってみよう!」
「ぽへー!(おおーっ!)」
ぽても、机の上でぴょこぴょこと跳ねていた。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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⚫︎ハルの素材収集冒険記・序章 出会いの工房
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