102. 職人ギルドの依頼内容
4月12日
朝の光が差し込むPOTENハウスのリビングでは、ぽてがテーブルの上でころんと転がりながら、誰よりも早く朝ごはんの気配を察知していた。
奥のキッチンではバルドが鍋をかき混ぜながら、「今日は野菜ときのこの滋養スープじゃぞ〜」とご機嫌な声を響かせている。
ツムギがぽての頭を撫でながら、今日はのんびり……できるといいなぁなんて思っていた、その時だった。
「ツムギ、ちょっといいか?」
すでに書類を手にしたエリアスが、整った服装で現れる。目元は穏やかだが、どこか仕事モードの空気をまとっていた。
「職人ギルドから、君に依頼を頼みたいという連絡があった。内容はまだ聞いていないが、どうやら子ども向けのものらしい。リナも一緒にギルドまで足を運べるか?」
「えっ、私に……?」
ツムギは一瞬驚いたものの、すぐに表情を引き締めて頷いた。
「うん、もちろん。リナも行けそう?」
「行くに決まってるやん。赤字にならんか、ちゃんと確認しとかなな。ツムギがまた無茶しそうやし」
リナは早くも手帳を手にしてニヤリと笑う。
「ぽへ!!(おっけー!じゅんびするよ。)」
小さな体でぴょこっと跳ねながら、ぽてが元気よく答え、
「おうおう、職人ギルドからの依頼とは、なかなか立派じゃのう。ほら、腹が減っては戦ができんぞ。出かける前に、あったかいスープでも飲んでいけ」
エプロン姿のバルドが、鍋を火から下ろしながら声をかけた。
「やったー!バルドさんの朝スープ、すごく美味しいんだよね!」
ツムギが目を輝かせて椅子に座り、ぽても「ぽへ〜!(いいにおい〜!)」とふわふわと跳ねながらテーブルに寄ってくる。
「ん〜、やさしい味!ありがとう、バルドさん!」
リナも手帳を脇に置いて、スープを飲むと飲むと「これで今日もバッチリやな」と微笑んだ。
スプーンを置きながら、ツムギが静かに頷く。
「ごちそうさまでした。よし、行こうか!」
「ぽへっ!(いってきまーす!)」
玄関先でバルドに手を振るのに答えながら、ツムギたちはギルドへ向かって歩き出した。
街の空気は、どこかそわそわと浮き立っていた。来月に控えた年に一度の大きなお祭りを前に、人々は準備に追われ、あちらこちらで楽しげな声が上がっている。普段のバザールとは違い、このお祭りでは出し物や催し物も多数行われ、町中が華やかに彩られるのだ。
そのにぎわいの中心へと向かって、ツムギ、リナ、エリアス、そしてぽては足を進めていた。目指すは職人ギルド。
活気ある通りを抜け、ギルドの扉を開けた瞬間、木と金属の香りが混ざった空気が鼻をくすぐる。中では職人たちが行き交い、道具の音や打ち合わせの声が飛び交っていた
エリアスが迷いなく受付に歩み寄ると、対応した女性がすぐに微笑み、軽く会釈をした。
「ご足労いただきありがとうございます。どうぞ、こちらの部屋へ」
彼女に案内されたのは、落ち着いた雰囲気の会議室のような一室。
室内にはすでにお茶が用意されており、外の喧騒とは対照的に、静かな空気が漂っていた。
ツムギは思わず背筋を正す。
この空間に満ちる空気が、いよいよ「創舎としての仕事」が始まるのだと告げているようで、自然と気持ちが引き締まった。
「改めまして、今回はお越しいただきありがとうございます」
受付の女性が柔らかく微笑み、手元の書類をそっとめくる。
「今回ご相談したいのは、来月行われる年に一度のお祭りに合わせた特別企画です。職人ギルドとして、子どもたちに贈る、お守り袋の制作をお願いできないかと考えておりまして——」
彼女の言葉に、ツムギの耳がぴくりと動いた。“お守り袋”という響きに、ふと、ハルの大切にしているポシェットが脳裏に浮かぶ。
「例年、職人ギルドの職人たちで手分けして作っていたのですが……どうしても毎年、似たようなアイテムばかりになってしまっていて」
受付の女性は少し申し訳なさそうに目を伏せた。
「そこで今年は、いま話題の透輝液やアタッチメントで人気を集めている、POTENさんに、“いつもとはちょっと違う”特別なお守り袋を一括でお願いできないかと考えておりまして。もちろん、報酬や素材費の補助もご用意しています」
「今回お願いしたい数は——百個。無料で子どもたちに配るものですので、材料費として一つあたり500ルク、全体で5万ルクの予算をご用意しています。それとは別に、制作費として30万ルクの報酬をお支払いする予定です」
受付の女性が丁寧に説明を続けると、エリアスがすぐに数字を頭の中で弾き出す。
「……ひとつあたりの材料費500ルク。完成品の質と工数によるが、創術を絡めた特別仕様となると、やや厳しいかもしれないな」
「せやけど、見た目を似た感じにして大量生産にしたら、ギリいけるかもしれへん」
リナもすぐに手帳を開き、計算を書き出しながら小さく頷く。
エリアスは、求められている水準を把握しておく必要があると考え、受付の女性に視線を向ける。
「実際にどのようなものを想定されているのか、前回のお守り袋のサンプルなどがあれば見せていただけますか?」
「はい、こちらになります」
受付の女性が、丁寧に包まれた布袋を手渡してくれる。開いてみると、手のひらほどの小さな袋の中に、香りのよい乾燥ハーブがふんわりと詰められていた。
「……これはこれで十分素敵ですね」
エリアスが率直に言うと、リナも頷きながら袋の質感を確かめる。
「確かに、これやったら500ルクで十分な材料費やな……」
二人が安心したように顔を見合わせた瞬間、ふと隣に目をやると——
「お守り袋……うん、中にはハルくんのお父さんの作った守り石みたいなものを入れて……少しだけでも、守りの効果が込められたら素敵かも」
ツムギは目を輝かせながらぽてを見つめる。
「防水の布を使えば、汚れにも強くなるよね。ねえ、ぽて、どう思う?」
「ぽへ……(すでに受ける気やな……)」
ぽてが呟くように転がりながらも、ぽふぽふと跳ねてツムギの肩に乗った。
「……もう妄想始まってるな」
エリアスが苦笑いを浮かべ、リナとそっと目を合わせた。
「いいもんはできそうやけど……また予算との戦いやな」
リナもため息交じりに言いながら、それでもどこか楽しそうにツムギを見つめていた。
その様子に、エリアスが小さく肩をすくめて言う。
「……ご覧の通り、代表がすでにやる気満々ですので。POTEN創舎として、今回のご依頼、お受けいたします」
「えっ、受けて頂けるんですか!? 難しいかなと思っていたので、とても有難いです!」
受付の女性はぱっと顔を明るくしたが、すぐに少し困ったように首をかしげる。
「でもあの……ツムギさんのその、お守り袋のアイデア、すごく素敵なんですけど、あれだけ詰め込んで予算の方は大丈夫でしょうか……?」
「大丈夫やないけど、大丈夫にするしかないんよなあ……」
リナが苦笑いしながら手帳に視線を落とすと、エリアスも深く頷いた。
「こうなった代表は、もう止まりませんからね。我々で調整案を詰めて、予算内に収めます」
「ぽへっ(おまかせあれ〜)」
ぽても胸を張るようにぴょこっと跳ねてみせた。
その後、エリアスと受付の女性の間で契約書の内容が淡々と整えられていく。交渉の細かなやりとりや、契約文の調整、費用の内訳に至るまで、二人のやりとりはまるで台本でもあるかのようにスムーズだった。
ツムギはその様子を、出されたお茶を飲みながら見つめ、静かに胸をなでおろす。
自分はただ、求められた場所で、いいものを作るだけでいいのだ。自分の“作りたい”を信じ、支えてくれる仲間がいる——なんと心強いことか。本当にありがたい。
そんな風に考えていると、名前を呼ばれ、最後に契約書へサインを入れる。
それだけで依頼は正式に、POTEN創舎へと託された。
明日も23時時ごろまでに1話投稿します
同じ世界のお話です
⚫︎ 僕だけ戦う素材収集冒険記 〜集めた素材で仲間がトンデモ魔道具を作り出す話〜
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⚫︎ハルの素材収集冒険記・序章 出会いの工房
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