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100. POTEN、はじまりの灯

本日は、第1章の完結話となります。

どうしても100話目で区切りをつけたくて、今回は少し長めのお話になってしまいました。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

 新たな道を歩み出す時、人は少なからず不安を抱える。

 それでも、一歩踏み出す勇気を持てるのは、共に進む仲間がいるからこそ。


 今日、この場所に集まったのは、ものづくりを愛し、それぞれの道を極めんとする者たちだった。

 ツムギ、ぽて、ジン、バルド、イリア、ナギ、ハル、エド、リナ、エリアス——創舎《POTEN》の名のもとに、新たな未来を築こうとする仲間たち。


 本拠地となる屋敷の広間には、すでに大きな木製の机が置かれ、契約書のための準備が整えられていた。バルドの所有していたこの場所は、もともと作業場としても使えるような造りで、これからの活動にふさわしい空間だった。

 天井には梁が走り、壁には古いけれど趣のある棚が並ぶ。まだ何も置かれていないこの部屋が、これからどんなふうに色づいていくのか——ツムギは想像するだけで胸が高鳴った。


 集まった全員が、エリアスの用意した契約書を前に、静かにその時を待っていた。

 エリアスは、書類を丁寧に並べ終えると、机の中央に淡く光る魔法印のスタンプを置く。


 「必要な書類はすべて揃えた。あとは、皆にサインしてもらえば契約成立だ」


 バルドは腕を組みながら、穏やかに頷く。

 「ふむ、久々だな。こうやって正式な契約書に印を押すのは……」

 その口調には、懐かしさが滲んでいた。


 ツムギは契約書を見つめ、改めて深く息を吸い込む。

 「……ついに、ここまで来ましたね」


 イリアが涼しげな笑みを浮かべ、軽く肩をすくめる。

 「ええ、あとはあなたたちの手でこの創舎を形にするだけよ」


 テーブルの中央に置かれた契約書。

 その横には、淡く光を帯びた魔法印のスタンプが置かれている。


 エリアスが手に取り、「では、順番に押していこう」と促した。


  まず最初に動いたのはバルドだった。


 「契約書に魔法印を押すのは、何度もやってきたが……こうして若いやつらと未来を繋ぐ契約を結ぶのは、なかなか——感慨深いもんじゃな」

 そう呟きながら、スタンプをそっと手のひらに載せる。


 この子たちが流す涙も、抱える不安も、できる限り全部、自分が受け止めてやりたい。

 継がせるのは技術だけじゃない。この先、どんなことがあっても立ち上がれるように——その土台になってやらないかん。

 バルドの魔力がじんわりとスタンプに染み込み、深い青の光が灯る。

 それを契約書に押し当てると、紙面がふわりと波紋のように光り、契約が確定したことを告げた。


 「よし、次じゃ」


 バルドがスタンプをテーブルに戻すと、次に手を伸ばしたのはジンだった。


ジンは穏やかな笑みを浮かべながら、ゆっくりとスタンプを手に取った。


 創舎の導き手として、自分は役目を果たすことになる。

 ツムギが成長し、新しい仲間と共に未来を築いていく——その支えとなれるのなら、これほど嬉しいことはない。

 深く息を整え、魔法印を押す。

 ジンの魔法印は、土のように温かみのある深いブラウンの輝きを放ち、しっかりと契約書に刻まれた。

 それはまるで、大地が新たな芽吹きを優しく受け止めるような、安定感のある光だった。


 その後、イリアが静かにスタンプを手に取る。

 ——ツムギの才能は本物。それを、理不尽な要求で潰させるわけにはいかない。

 リナが守ろうとしているのも、きっとその部分。

 ならば私は、リナが背負いすぎないように支えつつ、ツムギのまっすぐな才能を、まっすぐに未来へ導いてみせる。

 どこまでも現実的に、どこまでも誠実に。


 「こうして新しい未来をひらく契約にサインができるなんて、なかなか——誇らしいものね」

 そう言いながら押した魔法印は、透き通るような銀色の光を放った。

 その光は静かに、けれど確かな意志を帯びて、契約書へと刻まれた。


 続いて、ナギが「私のもいくよ!」と勢いよくスタンプを手に取った。

 その軽快な声とは裏腹に、手のひらに置かれたスタンプには、そっと優しさが込められていた。

 ナギの魔力がふわりと反応し、柔らかくあたたかな金色の光が灯る。


 ——生地屋として、もちろん全力で支える。でもそれ以上に、ツムギが何かを言い出せずに溜め込んでいる時、ちゃんと気づいてあげられるように。誰より近くで、あんたの味方でいられるように。

 そんな心の誓いが込められた魔法印が、ふんわりと契約書に刻まれた。

 それはまるで、光が包むように寄り添い、静かに背中を押すような、やさしい輝きだった。


「ほな、あたしも」

 リナは軽く息を吐き、スタンプを手に取った。

 契約には慣れているはずなのに、今日は少しだけ緊張しているようで、魔法印を持つ指先が、ほんのわずかに震えていた。


 ——ツムギは、純粋すぎて時々心配になるくらいや。せやからこそ、あんたの代わりに、ちょっとくらいグレーなところも引き受けたる。

 商売の場で、理不尽を通そうとする相手が来た時は、きっちりあたしが押し返す。

 ツムギがまっすぐなものづくりに専念できるように——それが、あたしの役目や。

 そんな決意が込められた魔法印が契約書に押されると、雷光を帯びた鮮やかなオレンジ色が淡く揺らめき、力強く刻まれた。


 エドは、緊張した面持ちでスタンプを手に取った。

 けれど、その手元は震えておらず、瞳には静かな熱が灯っていた。


 ——この創舎で、自分は何ができるのか。ツムギのアイデアを、ちゃんと現実の形にするために、もっと技術を極めていきたい。彼女の「想い」を、確かな「かたち」にするために。

 そんな強い気持ちが、魔力となってスタンプに宿る。

 エドの魔法印は、蒼く澄んだ光を放ち、ふわりと契約書に刻まれた。

 その光は、まるで機構がゆっくりと回り出すような、静かで確かな輝きだった。


その次に動いたのはエリアスだった。

 「では、私も」

 いつもの冷静な表情を崩さぬまま、ほんの少しだけ、口元が綻ぶ。


 《POTEN》という名の船がこれから大海へ漕ぎ出すなら、自分はその羅針盤であり、時に盾となる——そんな静かな覚悟が、その瞳に宿っていた。

 スタンプを手に取ると、彼の魔力がゆっくりと染み込み、淡く澄んだ藍色の光が灯る。

 まるで静かな湖面に月光が差し込んだような、落ち着きと深さを感じさせる光だった。

 それが契約書に押された瞬間、書面に波紋のような光が広がる。

 それは、理知を武器に仲間を守ろうとする、確かな意志の証だった。


  「最後はハルくんだね」

 ツムギが微笑みながら促すと、ハルはちょっと照れながらも頷いた。

 「うん……僕も、みんなと一緒に!」

 そう言いながら、スタンプをそっと手に取る。

 小さな手のひらから魔力が流れ込み、淡い緑の光が宿った。

 その光は、そよ風のように柔らかく、けれど確かな意志を秘めていた。


 ——自分には、ものを作る力はまだない。だけど冒険者として、誰よりもたくさん歩いて、必要な素材は僕が集める。みんなが安心して創れるように。

 そんな決意を込めて、ハルは契約書に魔法印を押した。

 風がそっと吹き抜けたような、やさしくも力強い光が、ページに刻まれた。


 そして、最後にツムギが手を伸ばした。

 「これで、みんなが繋がるんですね」

 そう呟きながら、魔法印を手に取る。

 ツムギの魔力がじんわりと染み込み、やわらかく暖かな琥珀色の光を放つ。

 それを契約書に押し当てると、最後の光が広がり——


 契約書全体が、一瞬、まばゆい輝きに包まれた。

 それはまるで、これから共に歩む道が照らされたような、温かな輝きだった。


 ツムギは、目の前の契約書を見つめながら、じんわりと胸の奥から込み上げてくるものを感じた。

 ——ついに、自分たちの創舎が生まれたのだ。

 これまでは夢や目標だったものが、こうして形になり、新たな一歩を踏み出そうとしている。


 「……これで、正式に《POTEN》が始まりますね!」


 ツムギが言葉にすると、皆も改めてその事実を噛みしめたように、契約書に目を落とす。

 誇らしげな笑みを浮かべる者、感慨深く頷く者、わくわくした表情で未来を思い描く者——それぞれの思いが交錯し、空間に満ちていく。


 「よっしゃ! せっかくやし、景気づけに乾杯でもする?」


 リナが軽快な声を上げると、ナギもすぐに賛同した。


 「いいね! お祝いしなきゃ!」


 「僕、お茶いれる!」


 ハルがぴょこっと手を挙げ、元気よく立ち上がる。その様子に、ぽても「ぽぺっ!(手伝う!)」とふわふわと後を追いかけた。


 エリアスは満足そうに契約書を確認しながら、静かに微笑む。


 「こうして正式に創舎が設立されたわけだが……ここからが本当のスタートだな」


 バルドもニヤリとしながら頷く。


 「うむ。わしらの役目は、若いもんがしっかり飛び立てるよう、土台を作ってやることじゃ。それに、こんな面白いことが始まるんじゃ。のんびり隠居してる場合じゃないわい」


 その背を見つめながら、ジンは穏やかに笑った。

 「……ぜひ、長生きしてください。師匠」

 ふと懐かしい呼び名を口にしたその声は、どこか照れくさそうで、少年のようでもあった。


 テーブルの上に並べられたお茶やお菓子を囲みながら、《POTEN》の仲間たちは、それぞれの想いを胸に、和やかに語らい始めた。


 「ねえねえ! この屋敷、どんな感じにする?」

 ナギがわくわくした様子で問いかけると、すぐにエドが勢いよく手を挙げた。


 「その前に! まずはこの場所の名前を決めるべきだと思うんだ!」


 「確かに、呼び名がないと不便やしなぁ」

 リナも頷く。


 「ふふ、じゃあ、何か案があるの?」

 ツムギが尋ねると、ナギが「ちょっと考えてみたんだけど……」と提案した。


 「《ポテポテの館》とかどう?」


 「ぽぺっ!?」(なにそれ!)

 ぽてが驚いたように毛を逆立て、ツムギが思わず吹き出す。ナギは本当にぽてが好きらしい。


 「それ絶対ぽてが主役になってるやつ!いや、でも……ぽては可愛いからありなのかも?」

 ハルはツッコミを入れようとするが、失敗し、さらにナギに「だって、POTENってぽての名前からきてるやん?」と畳みかけられ、悩み出してしまった。


 「う、うん。確かに可愛いけど……さすがに創舎の本拠地の名前がポテポテ……お客さんにポテポテの館でお待ちしてます。っていうことに……?」

 ツムギが苦笑しながら言うと、エドが待ってましたとばかりに身を乗り出した。


 「なら! ここは——《ギアズ・オブ・バルド》と名付けよう!」


 リナは「いや、急に万能感?」と即座にツッコみ、「ぽぺぇ……(なにそれ、いたい……)」とぽては生暖かいを送り、ナギも「ギアズ……? なんかすごい歯車的ななにかが回ってそうな名前だね……」と苦笑いする。


 「それに、なぜわしの名前が入っとるんだ……?」

 バルドは渋い顔をしながらも、口元は笑っていた。

 そんな中、ハルだけは、「ちょっとカッコイイかも!」と目を輝かせながらエドの肩をぽんぽんと叩いていた。


 「ちょ、ちょっと長くないかな……?」

 ツムギが、前世でいうところの厨二病めいたネーミングを本気で危惧し、慌てて口を挟む。

 すると、エリアスが穏やかに頷きながら口を開いた。

 「確かに。あまり奇をてらいすぎると、名前としての機能を失いかねない。シンプルで覚えやすいものがいい」と冷静に付け加える。


 「うぅ……せっかく考えたのに……」

 エドは少し悔しそうに肩を落としたが、すぐに「ま、いいか!」と切り替えて笑った。


 「やっぱりシンプルに——《POTENハウス》がいいんじゃないか?」


 ジンの大人な提案に、みんなが「それが一番しっくりくる!」と頷き、一瞬で決定した。


 「《POTENハウス》、ええやん!」

 リナが満足げに頷き、ナギも「シンプルで可愛いし、私も気に入った!」と笑顔を見せた。


 「よし、じゃあ次は中をどうするかだな!」

 エドがやる気満々に両手を打ち鳴らし、話題は屋敷の内部の使い方へと移った。


 「1階はお客さんが来ることもあるだろうから、ちょっとしたお店みたいにして……来客用の部屋も作ろう!」

 ツムギが提案すると、エリアスが頷きながら補足する。


 「うむ、商売をするなら最低限の接客スペースは必要だろうな。それにいずれは、遠方との取引もしたいしな、相手が宿泊できる場所があると便利だ。」


 「ほんじゃ、2階は工房メインって感じやな?」

 リナが指を折りながら確認すると、バルドが腕を組みながら頷く。


 「そうじゃな。作業場や事務スペース、それにキッチンや風呂場なんかの生活スペースも、ここにまとめた方がええじゃろう。」


 「ふむふむ、2階は工房と生活空間ね! じゃあ、3階は個室にしようよ!」

 ナギがわくわくした様子で言うと、ハルも「自分の部屋ができるの、なんか嬉しいな……!」と小さく拳を握った。


 「わしの部屋はどこでもいいが……」

 バルドがぼそりと呟くと、エドが「バルドさんあの話本気だったんですね!」と驚いたように目を丸くした。


 「何を言っとる、わしが作った場所なんじゃから、わしの部屋があるのは当然じゃろ?」

 バルドは当然のように言い、リナが「ほんま、POTENハウスの主みたいになりそうやな」と笑う。


 「どうせみんな作業に没頭したら寝食忘れるやろし、そしたらバルドさん、飯を作ってくれそうだから楽しみやわ。」

 リナがさらっと言うと、ナギが「いいね、それ! ものづくりに夢中になってるとご飯忘れちゃうし!」と大きく頷いた。


 「ほう? わしの飯を楽しみにしとるのか?」

 バルドがニヤリと笑うと、エドやハルも「ぜひ食べたいです!」と元気よく答え、場が和やかな笑いに包まれた。


 「そういえば、お父さんの部屋も考えなきゃね」

 ツムギがふと思い出して言うと、ジンが「そうだな。ノアも俺たち二人がこっちに泊まり込んでたら時々来るだろうし、少し広めにしてもらえると助かるな」と微笑んだ。


 「OK! じゃあ、ジンさん夫婦のお部屋はちょっと広めね!」

 ナギがさっそく手帳にメモを取り、こうして《POTENハウス》の大まかな間取りが決まっていった。


 その夜、《POTENハウス》には笑い声と夢の話が満ちていた。

 お菓子の甘い香りが漂うテーブルを囲み、これまでの出来事や、いつか作ってみたいアイテムの話、どんなお店にしたいか、住む部屋の壁紙の色まで——みんなの語らう声は尽きることがなかった。


 ぽてはぽてなりに、クッションの上でうとうとしながらも、時々みんなのおしゃべりに相槌をしている。


 ツムギはそんなぽての温もりを感じながら、仲間たちの笑顔を一人ひとり、静かに目に焼きつけていた。


 (こうして夢を語り合える日が、本当に来るなんて……)


 これから始まる未来が、どんな困難や冒険を連れてきたとしても、きっとこの仲間たちとなら乗り越えていける。

 そう信じられることが、ツムギにとって、何よりも幸せだった。


 いつまでも続いてほしいと願ってしまうような、あたたかな夜。

 新たな物語は、今日ここから動き始める。


 ——それは、小さな創舎そうしゃが紡ぎ出す、世界にひとつの「ものづくりの魔法」の物語。


本日は夜(21時〜22時)にお礼と第2章の新たな予告を投稿させて頂きます。

また、夜にお会いできるのを楽しみにしています。

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