009. 新たな生地を探しに 01
ツムギは作業台の端に置かれたハルのポシェットをじっと見つめながら、次の工程を考えていた。
ぽてのクッションは無事完成したが、ポシェットの、ハルが拾ったものを入れるポケット部分は、鋭い木の実や硬い鉱石を入れても破れないような生地のポケットをつけなくてはならない。
「うーん……どんな生地を使えばいいかな」
ツムギはノートに考えを書き留めながら、ふとジンの方を振り向いた。父は作業台で大きな革袋を修理していたが、ツムギの視線に気づくと、手を止めて顔を上げる。
「どうした?」
「お父さん、丈夫でトゲトゲしたものを入れても破れない生地って、何かいいのある?」
ジンは少し考え込みながら、手元にあった道具を脇に置くと、ツムギの前まで歩いてきた。
「そうだな……それなら、『獣甲布』がいいかもしれない」
「獣甲布?」
「魔物の皮を織り込んで作られた特殊な生地でな、剣で斬っても簡単には裂けないほどの強度がある。ただ、もともとは魔物と戦う戦士や護衛隊の防具に使われるものだから、少し重いんだ」
「そっか……防具用の生地か。じゃあ、ハルくんにはちょっと負担になっちゃうかな」
ツムギはノートに「獣甲布」と書き留めながら、頭をひねる。いくら丈夫でも、小さな子どもには重すぎると使いづらい。もっと軽くて、それでいて強度のある生地はないだろうか。
「町の生地屋さんなら、何かちょうどいいものがあるかもしれないな」
ジンは腕を組みながら、ツムギの様子を見守る。
「それか、『精錬屋』に行ってみるのも手だな。ツムギ、お前も何度か行ったことがあるだろ?」
「うん、素材探しのときに何度かお世話になってるね」
ツムギはうなずきながら、精錬屋についての記憶を思い返す。
精錬屋は、魔物の素材や特殊な鉱石、珍しい繊維などを加工して、道具や装飾品の材料にする職人の店だ。
魔物の皮をなめして柔らかくしたり、鉱石を砕いて繊維に混ぜ込んだりと、一般の店では扱えないような特殊な素材を取り扱っている。
ツムギの父・ジンも時々頼る場所で、ツムギ自身も創術に使える珍しい素材を探しに訪れることがあった。
「精錬屋なら、獣甲布をもう少し軽く加工してもらえるかもしれないし、それに代わる良い生地が見つかるかもしれないな」
「そうだよね……だったら、生地屋さんと精錬屋、両方回ってみようかな。もしかしたら、ポシェットにぴったりの素材が見つかるかもしれないし……」
ツムギはノートを閉じると、エプロンを外して出かける準備を始めた。
ツムギが出かける準備を進めていると、ぽてがふわりとクッションの中に潜り込んだまま、もぞもぞと動き出した。
「ぽぺぺ……(つれてく!)」
ツムギはクッションの端をつまみ上げ、軽く揺らしてみる。すると、ぽては中でころんと転がりながら、ぴょこんと顔を出した。
「えっ、クッション持っていくの?」
「ぽぺ!(いく!)」
ツムギは苦笑しながら、どうしようかと考える。確かに、ぽてはふわふわのクッションがすっかり気に入っているみたいだし……
「じゃあ……これ、バッグに入れて持っていく?」
「ぽぺぺ!!(いれる!)」
ぽては嬉しそうに再びクッションの中に潜り込み、そのままちょこんと丸まった。
ツムギはバッグの中を整理し、空いたスペースにぽてのクッションをそっと収める。
すると、ぽては満足げに「ぽぺぇぇ……」と幸せそうな声を漏らしながら、ちょこんと顔を出した。
ツムギはクスッと笑いながら、ふと考えた。
(……もしかすると、これはポケットとしての性能確認にもなるかも?)
ちょうど、ハルのポシェットに使う予定のミストスライムウールを使っているし、クッションの中にぽてを入れて持ち運ぶことで、どれくらいの衝撃を吸収できるのか、使い勝手はどうなのかを実験できる。
「ぽてのクッションを持ち歩けば、試作品のポケット代わりにもなるし、ちょうどいいね。
ポシェットの中のものを守るには、どれくらいクッション性がいるのかって、実際に試してみれるよね」
ジンはツムギの背中を見送りながら、ぽてをまるで壊れもののように扱い、実験対象にするつもりなのか……と、なんとも言えない気持ちで苦笑した。
だが、ツムギがこうして自分で考え、素材を探しに行くようになったのは、成長の証だ。
今までは分からないことがあればすぐに頼ってきたが、最近は自分で調べ、試行錯誤しながら答えを導き出そうとしている。
「少しずつ、一人前の職人になってきたな」
ツムギが工房の扉を開け、町へと歩いていく。ジンはその後ろ姿を見送りながら、心の中でそっとエールを送った。
(頑張れよ、ツムギ)
改稿しました。
この改稿は、表現や改行などを変更するもので、物語の流れ自体を変更するものではありませんので、安心して続きをお読みください