『電災都市』-3
――このまま撤退を選んだとしても、B級レヴュラのような戦闘用個体を相手に姿を曝し、無事に逃げる事など出来はしない。
真がこれまで相手にしてきたD級やC級レヴュラ等とは違い、スカラベをはじめとするB級レヴュラという存在は、人間を『狩る』事を目的としている。
様々な変化を鋭敏に検知するセンサーを搭載したキラーマシンで、狙われたら最後、その過剰とも言える武装もあり、逃げ切る事など不可能に近い。
以前にも、遭遇したハンター小隊が何人もの犠牲者を出し、やっとの思いで逃げ帰ったぐらいだ。
……たった二人しかいない真とアリスをこの場で亡き者にするぐらい、容易いだろう。
現にスカラベは、こちらを燻りだすかのように先程から掃射を断続的に繰り返している。
……生きて帰してくれるような優しさなど、微塵も持ち合わせてはいないようだ。
「くそったれ……完全に赤字だ」
愚痴を零しながら、推進剤を取り付けた弾頭を発射器へ押し込んで装填してから、先端の安全ピンを引き抜く。
RPG-7はよく『ロケットランチャー』と言われるが、以前、ねちっこい口調のミリタリーバカが「RPGをロケットランチャーと呼ぶのは誤りだ」などと、唾を飛ばしながら力説していた事を思い出す。
――正確には『携帯式対戦車擲弾発射器』であり、擲弾発射器の一種なのだが、やっぱり、RPG-7を『ロケットランチャー』と呼ぶ奴は多い。
昔のハリウッド映画で、ヘリに向けてRPG-7をぶっ放すシーンがあった事から、RPG-7が誘導機能を持つ対空兵器として運用可能だと、本気で信じ込んでいる奴もいる。
映画やゲームがきっかけで、間違った兵器の仕様などが広まったお話と言うのはよくある話だ。
はっきり言って「だからなんなんだ?」という話ではあるのだが、あまりに真剣で必死な物言いに、その時の真は面食らったことを覚えている。
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そして、全ての支度が整うと、真はヘッドセットから延びるマイクを摘んでアリスに合図を送った。
「よし、準備できた。カウント0で始めるぞ……大騒ぎになったら部屋の奥に引っ込んで姿勢を低くしてろよ?」
真の言葉にアリスは短く「了解」とだけ答える。
「このスカラベ野郎……待ってろよ、今黙らせてやるからな」
このビルは、オフィスフロアから繋がるベランダを持った、非常に珍しいデザインになっていた。
ずっしりとした発射器の重みを肩に感じつつ、真は壁に沿ってベランダへと這い寄る。
幸いスカラベの熱源センサーは、ビルの外壁を貫通してこちらを検知するほどの精度はないらしい。
真が進む方向に向けて、途中の壁ごと撃ち抜こうと、景気良く銃弾を撃ち込んでくる様子はない。
真は慎重に位置へ着くと、一度だけ深く息を吸いこむ。
「よし、やるぞ」
……そしてヘッドセットのマイクへ向けて、小さな声でカウントを開始した。
3……2……1……0!
真のカウントダウンがちょうどゼロを口にしたところで、斜め向かいに聳えるビルから乾いた銃声が響き渡った。
二発……三発……銃声が反響し空気を震わせると、スカラベは鋭い音を立てながら向きを変え、アリスが潜むビルを目掛け近づいてゆく。
……なかなか『耳』の方もいいようだ。
尤も、こちらとしても、そうであってくれなくては困るのだが。
同時に、低く唸るようなモーター音が周囲に響き渡り、スカラベはアリスの潜む場所を狙って掃射を開始する。
〈――きゃっ!〉
無線機越しにアリスの小さな悲鳴が耳に届くが、それでも彼女は物陰に身を隠しながら拳銃を連射し続け、必死にスカラベの注意を引きつけていた。
さすがに電災から三年近く、幾多のレヴュラを共に狩って来た仲だ。
アリスの援護も今となっては頼もしく、女の子とは言っても、ここ一番でしっかりとサポートしてくれるかけがえのない相棒だ。
アリスは56式歩槍を喪った真がどうやって反撃を試みるか、言わずとも理解してくれていた。
だからこそ、B級レヴュラを相手に非力な拳銃で反撃を行うなどという愚かな選択はしていない。
最初からスカラベを照準などするつもりはなく、ひたすら身を隠し、出鱈目に発砲して銃声を響かせることがアリスの目的だ。
いかにスカラベが銃弾の嵐を浴びせようと、分厚いコンクリートの外壁材はそう簡単には貫くことはできない。
銃弾を浴びた外壁材が細かい破片を飛び散らせ、白い土煙だけを辺りに漂わせている。
とはいえ、時間はあまり残されていないのも確かだ。
ここでモタモタすれば、アリスの潜む場所に擲弾を撃ち込まれてしまう。
悠長にしている暇はない。ビルの壁が保っている間に全ての決着をつける。
スカラベがアリスに夢中になっている間に、真は壁に身を寄せ、機会を窺った。
そして肩に担いだ発射器のグリップ後端へ指をかけると、静かに撃鉄を起こす。
スカラベとの距離は然程離れていない。せいぜい130mといったところだ。
だが、一撃で確実な有効打を与えなければ、どんな手痛い反撃が待ち受けているかも分からない。
……どこだ?どこを狙えばいい?、真は懸命に考え、スカラベの姿をひたすら目で追った。
その時、スカラベの脚の付け根……間接部に目が留まる。
注意深く見てみると、多脚構造の付け根には円柱型の駆動モーターが露出し、金属の鈍い光を放っていた。
……どうやら、奴の関節部は完全に装甲化されていないらしい。
それに、いくらB級レヴュラとはいえ、対人戦闘を目的とした機体なら、装甲も戦車並みの硬さや厚さはないはずだ。
……そう強く確信した真は、狙いを定める。
「アリス! RPGを撃つ!スモークを投げろ!」
真がマイクに向かって叫ぶと数秒後、アリスが身を潜める場所から缶のようなものが放り投げられた。
投擲されたそれが地面へと転がると、発熱しつつ周囲を勢いよく白い煙を噴き出しながら覆いはじめる。
M18発煙手榴弾によって発生した煙と熱で、スカラベの熱源センサーと視覚カメラは一時的にアリスを標的喪失したはずだ。
その証拠に射撃が途絶え、砲塔だけが忙しなく動いている。
真は素早くベランダに飛び出しながら身を起こし、深く息を吸い込むと、肩に担いだ発射器の引き金を一気に引き絞った。
閃光と共に、後方噴射炎が火柱のように後方へ噴き出すと、大量の砂塵を舞い上がらせ、ゴミや瓦礫が渦を巻いて飛び散って壁に激しくぶつかる音が響く。
空気が一瞬にして逆流し、室内のものが突風のように吹き飛んでいった。
ゲームのように、RPG-7のような無反動砲を室内で撃つのはバカのやることだ。
そんな『バカ』がとった『無茶』な行動も、運良くベランダがなければ、えらい事になっていたところだ。
その証拠に後方噴射炎は部屋の端まで達して壁を焦がし、焼け焦げた掲示物が燻って揺れ、熱でその縁が歪んで変形している。
床にはゴミや破片が散乱し、他にも高温で溶けて変形した、よくわからないものをいくつも生み出した。
角度を誤れば、壁で跳ね返った後方噴射炎は、真すらもこんがりとローストしたことだろう。
発射器から勢いよく飛び出した弾頭は、一瞬の遅れを挟んでロケットモーターに点火すると、火線を引きながらスカラベへと一直線に突進してゆく。
……ほんの一秒に満たない時間がとても長く感じた。
それでも弾頭はスカラベの右前脚の付け根へと、狙い通りに命中し、成形炸薬が詰まった弾頭はその能力を一気に解放する。
弾頭がスカラベに命中した瞬間、爆発音が耳を劈き、辺りは一瞬、閃光に包まれた。
……スカラベから吹き上がる爆発の炎。
弾頭に充填された、たった300グラム程度の高性能炸薬は、2MJを超えるエネルギーを以て、落雷のような轟音と共にスカラベの本体装甲板をアルミ缶を押しつぶすように容易く貫いた。
普通自動車を時速150kmを超える速度で衝突させる事に匹敵するエネルギーと、弾頭が生む高温のジェットは、目に見えない刃となり、スカラベの内部に侵入してすべてを灼き尽くす。
金属の体躯を溶解させ、内部に入り込んだメタルジェットは、制御装置の数々を一瞬にしてズタズタに引き裂いた。
ショートした部品が火花を盛大に散らし、スカラベの本体が激しく揺れると、断末魔のような拉げた音が響き渡る。
そして、内部では火災を誘発し、黒煙を勢いよく噴き上げはじめた。
連鎖的な小爆発は金属の胎内に納められた部品を次々とガラクタに変え、一際大きな爆発を起こすと、スカラベの右前脚が吹き飛んだ。
前脚を一本失い、バランスを失ったスカラベは、倒れ込むように地面へ激しく激突する。
振動が地面を駆け抜け周囲の瓦礫が砂塵を勢いよく舞い上げた。
スカラベは足掻くように、悲鳴のような軋むノイズを響かせ、真が潜むビルへ向きを変えて反撃を試みようとする。
だが、右前脚が破壊されバランスを喪失した姿勢を立て直す事が出来ない。
アリスの潜むビルを向いたままで擱座してしまったスカラベは、射角の限界で真へと狙いを定める事すらも出来なかった。
旋回させた砲塔は、何度やっても真の方まで向ける事は叶わず、ガリガリと金属が擦れる音と軋むようなモーターの過負荷音だけが空しく響き渡る。
「スカラベ野郎、これで終わりだ」
真は既に次弾装填を済ませた発射器を悠々と担ぎ直し、炎と黒煙が勢いよく噴き出す、装甲が吹き飛んだ部分を狙って、もう一度成形炸薬弾を発射した。
……それはスムーズに、まるで吸い寄せられるようにスカラベの後部へと命中する。
奴にスクラップにされた56式歩槍が用いる7.62x39mm弾の10,000倍以上の破壊力が怨恨の如くスカラベに叩きつけられると、弾頭に充填された成形炸薬は閃光と共に、とどめの大爆発を引き起こした。
……金属が歪み、軋む音。
スカラベは最後の抵抗のように残った脚で動こうとする……が、もはや立ち上がる事さえもできずに力を失い、徐々に動きを止めてゆく。
……投げこまれた発煙手榴弾が煙の噴出を終える頃には、その体躯は金属の骸となり、静かにその身を曝した。
暫しの時間が経過すると、アリスが慎重に遮蔽物の陰から顔を半分だけ出して様子を窺っているのが見てとれた。
〈――スカラベ沈黙、完全停止を確認。討伐結果も記録オッケーだよ〉
真は、そのまま力が抜けたように床へとへたり込み、ハウジングに響くアリスの最終報告を聞きながら、炎と煙を上げるスカラベの骸をビルの上から見下ろしていた。
全身を貫くような虚脱感が襲い、戦闘中に過剰分泌されたアドレナリンの高揚が徐々に引いていく。
呼吸はまだ荒く、強張っていた筋肉がふっと緩み、額には冷や汗が滲んでいる。
足元がふわりと浮いたように感じ、視界が揺れていた。
頭の中に残る戦闘の残響が、未だ体を支配しているようだ。
体が重く、指先まで震えが走り、戦闘後の静けさが、逆にその疲れを深く引き立てている。
心臓の鼓動が落ち着き始め、疲労感が全身を覆い始めると、真は69式火箭筒の発射器を床に放り出し、座り込んだまま荒ぶる呼吸を鎮めた。
〈――真……大丈夫? 怪我はない?〉
「頭が痛い……」
〈――大丈夫?どこか怪我したの?すぐ行くから待ってて!〉
「いや……ライフルを喪って、RPG二発分の弾代を考えたら赤字だ……頭が痛い……それに腹も減ったし、たんこぶも出来た」
……数度の遣り取りの中、真が力なく答えると無線機越しのアリスは数秒の沈黙。
そして、スカラベを破壊したことにより、緊張も緩んだのか、アリスの噴き出す声がヘッドセットのハウジングに響く。
この討伐が開始されてから初めて耳に響くアリスの笑い声。
アリスもまた安堵の表情で床に座り込んで、真に通信を返していた。
それ程までに、この戦闘が二人の精神をギリギリまで追い詰める程の苛烈なものだった事は間違いない。
〈――じゃあ、今日は美味しいもの食べよっか? ツナバーガーで済ますのもいいけど、輸送が上手くいけば新鮮な加工肉が入るかもって話だったよ〉
……ここ数日はまともな食事もしていない。真の胃袋もアリスの意見に賛同するように、派手な音を立てて空腹を訴えた。
ツナバーガーとは、電災後に大量に回収されたツナの缶詰を使ったハンバーガーのような何か。
バンズも代換粉を練って焼いただけの代物で、それだけならお世辞にも美味いとは言えないが、味付けによる創意工夫の結果、ボリューム感と腹持ちの良さもあって、手頃な主食のひとつとして多くの者達に食されている。
新鮮な食材が貴重なこの世界で、肉は滅多にお目にかかれないレアな食材となった。
レヴュラの侵攻が鈍い地方都市から運ばれてくる事はあるが、電災から生き残った全員の胃袋を満たすにしては、量が圧倒的に足りていない。
トランスポーター達がレヴュラの危険を顧みず、必死に物資を運んでくれてはいるのだが、電災難民たちはその物資を我先にと群がる状況で、食糧事情はいつだって修羅場のような毎日だ。
人間は腹が減ると碌な事を考えない。
極限まで腹を空かした人間というものは、普段では考えられないような行動をとることさえある。
おかげで電災直後は略奪のオンパレードで、店と言う店はことごとく荒らされ、略奪した食い物を更に難民同士が醜く争い、奪い合う……そんなメチャクチャな状態だった。
――安定した食事にありつき腹が満たされれば、心も一緒に満たされていく。心が満たされているのであれば邪な考えに至る者も減るだろう。
そう考えた多くの商人達は少ない食料を組み合わせ、代替品を数多く生み出しては、電災を生き残った難民たちの胃袋を何とか満たし続けてくれていた。
そのおかげか、飢えた者達が食い物欲しさに凶行へと及ぶ事は随分と減ったように思う。
「ツナバーガーかぁ……でも、どうせ食うなら今日は肉だな……俺は上質なタンパク質を要求するぞ」
真はアリスと話しながら、滅茶苦茶な有様のオフィスの床から、機関部が抉れて銃器としての役目を終えてしまった愛銃……56式歩槍を拾い上げる。
古びた銃器ではあるが、電災直後から今日まで共に歩んできた相棒だ。
……ここで忘れ去られたかのように朽ちさせるのは憚れた……連れて帰ろう。
弾頭を撃ち切った69式火箭筒と傷付いた56式を一緒に行軍嚢へ収めると、真はそれを背負って立ち上がった。
そして、右太腿のホルスターから拳銃を抜き、遊底を引いて薬室に弾丸を送り込む。
ここに来た時とは逆で、非常階段を足早に段飛ばしで駆け降り、細い路地からビルの前へと出ると、スカラベとの戦闘が思いの外熾烈だった事に背筋が凍る。
もとからそこら中に穴が開いた外壁ではあった。
だが、これでもかというほどに浴びせられたスカラベの弾丸は、外壁を削り取るほどの爪痕を残し、もはや何も穿たれていない場所を見つける事の方が困難なほどだ。
どこが壁でどこが弾痕なのか判別する事すら叶わない。
8階建てのビルの最上階……さっきまで真が潜んでいた場所は、スカラベの攻撃によってコンクリートの天井が崩落している。
最上階であったからいいようなものの、これが階上フロアのある中層階だったらと考えると、ゾっとした。
何度も撃ち込まれた擲弾のせいで、今後もここが観測所として利用可能なのかどうかは謎だ。
見た目こそまだしっかりしてはいそうだが、些細な攻撃をきっかけに、脆くなった建物はいつ倒壊するかもわからない。なにせ、電災以降碌なメンテナンスも受けていない建物だ。
ただ、この建物がここまで保ってくれたからこそ、真は今もこうしてピンピンとしていられるわけだから、この頑丈なビルをこの場に建てたオーナーには感謝すべきかもしれない。
「今日はお肉か……それじゃ、急いで帰らないとすぐになくなっちゃうよ?」
無線機越しではなく、すぐ近くから聞こえてくる、アリスの声。
アリスはポニーテールに結んだ髪をぴこぴこと揺らしながら、真と合流すると、にこやかに笑って話す。
「了解……じゃあ、疲れたし、さっさと帰るとするか。我が家に」
「うんっ、帰ろ!」
「帰ったら肉だ!俺は肉を食うぞ!」
未だ黒煙を噴き上げる金属の骸を尻目に、真とアリスは誰もいない街を二人、我が家を目指し歩き始めた。
できるだけ読みやすいように書こうとは思うのですが、
あれも書こう、これも書こうと欲張ったりした結果、
蘊蓄なんかも相まって長くなりがちなのが悩みの種。
ひとまず、プロローグとも言えるお話から、次回からは
舞台は「この世界」について移っていきますので、
お付き合いいただければ幸いです。




