『異形を狩る者達』-5
非常に長い文章量となっております(約15,000文字)
お時間に気を付けてお付き合いくださいませ。
――かつては都会のオアシスと呼ばれ、昼夜を問わず人の流れが絶えなかった新宿中央公園。
芝生の上では弁当を広げる家族が笑い、噴水の縁には、疲れた顔のサラリーマンが腰を下ろし、ペットボトルのお茶で喉を潤している。
――そんな記憶は、今や風化した写真の一枚に過ぎない。
現在の公園を占領しているのは、自然とは程遠い光景だった。
『都会のオアシス』等という触れ込みで、緑豊かに整備された都市公園の姿は、もはや見る影もない。
――景観を分断するように積み上げられた土嚢、踏み固められて赤黒く変色した地面、そして至るところに散らばる空薬莢。
かつての安らぎの象徴は、物言わぬ射撃場へと変貌している。
東京都庁を正面に望むこの場所は、電災によって公園設備の一部が破壊され、その役目を終えた。
子供向けの遊具は鉄屑となり、ベンチは銃架代わりに転用され、憩いを求めて足を運ぶ者は、もはや存在しない。
代わりに集うのは、それぞれの得物を携えた現代の狩人たち――レヴュラと名付けられた異形……謎の無人兵器を狩る者たちである。
尤も、彼らが足を運ばなかったとしても、クオム外の公園で、呑気に寛ごうと考える酔狂が現れるとは思えなかった。
――電災以降、この街で『安全』という言葉は、もはや辞書から削除されたも同然なのだから。
――真とアリスがこの場所を訪れたのは、先日手に入れた銃器のテストと微調整が目的だった。
新宿クオム内部では、原則として発砲は禁じられている。
そのため、実弾を用いた射撃は、必然的にクオムの外で行うほかなかった。
新宿中央公園という場所は、立地の面でも都合がいい。
クオムから程近く、万一の際には東京都庁舎へ退避できる。
その条件が多くのハンターをこの場所へ引き寄せ、必然的にここは射撃訓練場と化したのだ。
真たちが到着した時点ですでに、数組のハンターが射撃を行っており、乾いた銃声を断続的に響かせ、そのたびに空気が震える。
薬莢が地面を叩く甲高い音が、ここがもはや公園ではないという事実を、否応なく突きつけていた。
眼前に聳える東京都庁舎も、行政庁舎としての機能はとっくに喪われている。
巨大な双塔は今や無人の構造物となり、都市の死を象徴する墓標のように立ち尽くしていた。
その代わり――高層階の見晴らしの利くフロアには、新宿クオムに属するガーディアンたちが監視ポストを設け、双眼鏡越しの視線が、今も瓦礫の隙間や遠景の道路をなぞっている。
銃声に引き寄せられるレヴュラに備え、彼らは常に周囲へ神経を張り巡らせていた。
……この街には、“狩る者たち”を“狩ろう”とする存在が、確かに息づいているからだ。
一説には、この東京都庁舎から海賊放送――|『Blackout Radio』《真っ暗闇のラジオ》も発信されているらしい。
――携帯電話をはじめとするデジタル通信は、発信した瞬間にレヴュラを呼び寄せる。
それは、電災から三年余りが経過した今では、誰もが理解していることだ。
単なる移動通信機器であった携帯電話は様々な進化を遂げ、端末間のメッセージ機能を皮切りに、インターネット接続も当たり前となった。
やがてスマートフォンが登場すると、単なる電話機ではなく、持ち歩ける情報端末として、生活の必需品とまで進化を遂げる。
だが……電災が発生し、インターネットが使用不能となって以来、スマートフォンは通信・情報機器としての役割を果たせなくなった。
現在はクオム内において、スマートフォンを起動すること自体が禁止されている。
端末が発する基地局への通信や、GPS信号を辿り、レヴュラを誘引してしまう原因となるためだ。
――にもかかわらず、ラジオや無線は例外的に黙認されている。
詳細な理屈は判然としない。
ただ、通信方式の違い――レヴュラはラジオや無線のような“アナログ波を検知できない”という見解が一般的だ。
異形の知性は、未だ人類の想定通りほどには至っていないらしい。
――真が引き金を引くと、銃声はくぐもった低音となって、微かに空気を揺らした。
耳障りな破裂音はなく、腹の奥に沈み込むような鈍い響きだけが残る。
数十メートルも離れれば、その音を銃声と認識できる者は、ほとんどいないだろう。
真の新たな相棒――M4A1カービンの銃口には、最初から消音装置が装着されていた。
電災直後から使い続けてきた56式歩槍は、信頼性こそ高かったが、あまりにも“声”が大きすぎたのだ。
事実、先日も盛大に銃声を響かせた結果、想定外のB級レヴュラを引き寄せる羽目になっている。
命がひとつしかない以上、学習しない理由はなかった。
M4を注文した際、サプレッサーを同時に指定したのは、慎重さというより、当然の選択だ。
「……うん、悪くない。やっぱり56式より扱いやすいな」
真は独り言のように呟き、照準を再び標的へ戻す。
王明から手に入れた上物を、さらに自分好みに煮詰めたこのM4は、期待を裏切らない挙動を見せていた。
引き金の重さ、反動の戻り、照準の安定――どれもが、手の内に収まっている感覚がある。
レヴュラとの戦闘で、被弾覚悟の距離まで接近して撃ち合う状況は稀だ。
多くの場合、ビルの影や廃屋の上階に潜み、狙撃によって一方的に仕留める。
ハンターの大原則――『見敵必殺』
遭遇したレヴュラにクオムへの追尾を許してはならない。その場で確実に仕留めなくてはならない。
――そのため、銃に求められるのは、派手さよりも確実性だった。
――M4の公称射程は、およそ500m。
だが、その距離で安定して標的を射抜くなど、カタログの中だけの話だ。
銃の個体差や弾薬の質、風向きや湿度、射手の癖も影響する。
さらには地球の引力――弾道を狂わせる要素は、数え上げれば切りがない。
真は、自身の腕前も含めて、冷静に割り切っていた。
実用上の有効射程は、せいぜいその半分。
そう判断し、250m付近で集弾するよう、高度戦闘光学照準器のダイヤルを回していく。
光学照準器とは、取り付けた瞬間から狙い通りに当たるような、都合のいい代物ではない。
こうして何度も試射を繰り返し、想定距離と自分の癖をすり合わせ、ミリ単位で詰めていく。
それが、狩る側として生き残るための最低条件だった。
――レヴュラ討伐任務は、大きく分けて二種類に分類されている。
ひとつは、事前に展開しているレヴュラを破壊し、クオムへ接近させないための『邀撃戦』だ。
クオム外部で最も頻繁に遭遇するのが、D級レヴュラと呼ばれる小型種。
全高は1メートル前後で、主な役割は偵察や探索と推測されている。
電災直後からの分析により、これらの個体は、あらかじめ設定された巡回ルートをなぞるように行動していることが判明した。
発見されたD級個体は、まずスカウトによって行動経路が観察される。
その情報はいったんギルドへ持ち帰られ、情報部による精査を経て、討伐作戦依頼として整形される。
そして最終的に、それはハンターへと“販売”されるのだった。
――あとは、ハンターが最適な会敵ポイントへ出向き、直接破壊するだけ。
その一部始終はアクションカメラなどで記録され、ギルドへ提出される。
成果が認められれば、それはそのまま金に変わるというわけだ。
理屈としては、RPGなどでおなじみのクエスト受諾と大差ない。
違いがあるとすれば、失敗の代償が、ゲームオーバーでは済まない点くらいだ。
ヘタを打てば、代償に支払うのは己の命。
金を積んで教会に泣きつこうと、不思議な呪文を唱えても意味はない。
これは仮想などではない。人生にコンティニューはないのだ。
――依頼内容を“販売”する仕組みは、ギルドの運営資金を確保する目的もある。
だが、最も重要なのは、“獲物の奪い合いを未然に防ぐ”点にあった。
ハンターが購入した討伐作戦情報は、依頼を破棄しない限り、その者が独占できる。
また、購入者以外が同一目標を撃破しても、換金は認められない。
この取り決めがあるからこそ、無用な内輪揉めは抑えられていた。
討伐報告の記録映像が収められたカメラをギルドに提出する以上、複数台のカメラを持たないハンターは、必然的に新たな依頼を受けられなくなる。
それは、獲物の独占を防ぐためだけではなく、ハンター自身のオーバーワークを防ぐためでもあった。
ハンター自身の心が“壊れない”ように、強制的に休息期間を発生させているのだ。
――邀撃戦の本質は、クオムなどの拠点や人口密集地を探し、近づこうとするレヴュラを間引くための漸減戦にある。
どこからともなく湧き続ける異形を相手に、補給の見通しもないまま弾薬をばら撒く余裕など存在しない。
生き残るためには、撃つべき相手と、撃たずに済ませる相手を選り分ける必要があった。
クオムの所在を掴もうと、突出してくる個体だけを叩く。
邀撃戦において求められるのは、それ以上でも以下でもない。
一方で、もうひとつの討伐形態が存在する。
襲い来るレヴュラを、文字通り拠点で迎え撃つ――『迎撃戦』だ。
迎撃戦は必然的に大規模な作戦となり、その分、危険度も跳ね上がる。
ハンターに要求されるのは、単なる度胸ではない。
高い練度、確かな連携、そして装備の質。どれかひとつ欠けても成立しない。
主に拠点の防衛や奪還を目的として立案されるため、損耗率は常に高水準で推移する。
結果として、単独や小規模チームで挑むことは稀で、実際には複数の小隊同士を連携させ、作戦が実行される。
その大規模なものが『レイド』というわけで、語源はもちろんRPGからだ。
新宿クオムではいまだ発動されたことがなく、その性質上、一般的な討伐依頼として告示されることはない。
迎撃戦の主対象となるのは、B級レヴュラ以上の戦闘個体。
それ以下の相手に、人的資源と弾薬を注ぎ込む余裕はないのが現実だ。
――そう考えると、同時に購入したM110A2狙撃銃の方が、邀撃戦では主武装として適しているのかもしれない。
長距離から確実に仕留めるという思想において、あれ以上の選択肢はそう多くないだろう。
だが、状況は常に理想通りに進むとは限らない。
潜んでいたレヴュラに、予想外の位置から『横沸き』されれば話は別だ。
連射能力に乏しい狙撃銃では、対応が遅れる危険性を否定できなかった。
事前にスカウトが観測した通りに事が運べば、それはそれで、何の問題もない。
だが、依頼が不完全な情報を基に組み立てられていた場合、想定外は必ず起こる。
……しかも、それは往々にして最悪の形で現れてしまう。
――先日、真が味わったB級レヴュラとの遭遇が、まさにその典型だった。
経験不足のスカウトによる、いわば“いい加減な”報告。
そのツケを払わされた結果、真は文字通り、死の淵まで追い込まれている。
こうした、依頼内容に記されない不慮の事態は、『イレギュラー』と呼ばれていた。
レヴュラ討伐において、こちらの予想が覆されることは珍しい話ではない。
だからこそ、常に最悪を想定しておくことが、生き残るための最低条件となる。
不意を突かれれば、相手が最も脅威度の低いD級であっても、油断はできない。
たとえ高圧空気で金属片を飛ばすだけの簡易銃器であろうと、その威力は十分に致命的だった。
人間の肉体など、条件が揃えば紙切れ同然に引き裂かれる。
――アリスは、無骨な意匠の双眼鏡を目に当て、遥か先に立つ射撃用ターゲットを覗き込んでいた。
標的に刻まれた弾痕を追ううち、その表情がわずかに変わる。
「うん……今までの56式と比べて、すごく集弾も安定してる気がする」
銃器の専門家でも、筋金入りのガンマニアでもないアリスでさえ、そう感じ取れる性能。
その言葉に、真の口元も自然と緩む。
決して安い買い物ではない以上、そうであってくれなければ困るのだが。
「まあ、銃そのもののバランスがいいしさ。口径が落ちた分、反動もかなり素直なんだ」
56式が使用していたのは、7.62×39mm弾。
対して、このM4は5.56×45mm弾を吐き出す。
貫通力や破壊力は確かに犠牲になったが、その代わり、銃の重量は軽くなり、制御性は大きく向上していた。
高価な弾薬を景気よくフルオートでばら撒く局面など、まず訪れない。
だが、指切り点射の際の反動が抑えられるだけで、生存率は確実に上がる。
それは、経験を積んだハンターほど理解している事実だった。
そして――落ちた貫通力を補う存在が、もう一丁。
M110A2狙撃銃である。
M110A2が使用するのは、56式の弾丸に近い7.62×51mm弾。
口径だけを見れば大差はないが、その能力差は、射程という一点で明確に現れた。
狙撃銃と突撃銃――用途の違いがある以上、比較そのものが野暮だと承知している。
だが、光学装置の関係で銃本体が56式よりやや重くなった点を差し引いても、M110A2の優位は揺るがない。
射程距離という観点に限れば、完全に別次元だった。
56式のカタログ上の有効射程は、約400m。対して、M110A2は800mを誇る。
仮に実戦での適正距離をその半分と見積もったとしても、M110A2が倍の射程を持つ狙撃銃である事実は変わらない。
邀撃戦を主軸に依頼をこなすのであれば、この差は決定的だ。
気取られる前に仕留める――その選択肢が、単純に倍へと広がる。
装備のグレードは、間違いなく一段階、いや二段階は引き上げられていた。
そして真には、もう一丁――さらに異質な銃がある。
だが、生憎と、あの化け物を気軽に射撃練習へ持ち出すわけにはいかなかった。
遥か先に立つ木製の射撃用ターゲットなど、一発で粉砕されてしまう。
加えて、弾薬代も洒落にならない。
可能な限り温存しておきたい、というのが本音だった。
――M107A1。
その射程は、およそ2km。
50口径の巨大な弾丸を撃ち出す、対物ライフルである。
その凄まじい威力は、1km先のコンクリート製遮蔽物を、まるで豆腐のように貫通してしまうほどだ。
外装が金属化されているB級以上のレヴュラに、どこまで通用するかは未知数だ。
だが、装甲の継ぎ目やセンサー類といった脆弱部を正確に撃ち抜けさえすれば、無力化は十分に狙える。
それも、相手が反撃できない距離から、一方的に。
――問題は、その代償だ。
弾薬代はべらぼうに高く、景気よくぶっ放せるものではない。
そのため、その怪物は現在、真の部屋にあるワークベンチの上で眠っている。
とはいえ、いずれは向き合わねばならない。
あの破壊力を、机上の知識ではなく肌で理解するために、なるべく早いうちに射撃訓練を行う必要がある。
――そんな時だ。
「おっ? B級キラーの篠崎くん、銃を乗り換えたのかな?」
その声に反応し、真とアリスは同時に振り向いた。
そこに立っていたのは――自衛隊仕様の迷彩服に身を包み、銃器が収められているであろう行軍嚢を背負った、精悍な男。
口元には、場違いなくらい、柔らかな笑みが浮かんでいる。
――山本 隆。
新宿クオムにおいて、屈指の戦闘能力を誇るハンター部隊――『アイアンウルフ』を率いるリーダーである。
彼は、かつて陸上自衛隊の中でも最強と謳われる、特殊作戦群に所属していた過去を持つ。
そんな彼が、どういった経緯で歌舞伎町という歓楽街へ根を下ろす事になったのかは知らない。
だが、その知識と技術、そして過酷な訓練の中で磨き上げられた力は、これまで幾度となく新宿クオムの住人たちを救ってきた。
――正義感は強く、その熱も高い。
クオム防衛における作戦立案にも積極的に関わり、確かな成果を積み上げている。
どこぞのブレイズ林のように人を見下す事もなく、誰に対しても丁寧に接するその人間性から、ファンクラブまで存在する……そんな噂さえもあった。
――実際、見た目も悪くないのだから、あながち冗談とも思えない。
「山本さん、久しぶり。この前のゲート警備以来だね」
――新宿クオムには、外部と繋がるいくつかのゲートが存在する。
本来、その警備はガーディアンの担当だが、慢性的な人手不足がすべてを狂わせていた。
結果として、一定ランク以上のハンターが、持ち回りで警備を兼任している。
真とて例外ではない。
そして、そのゲート警備を、前回共に担当した相手こそが――山本だった。
「ほう……M4か。しかも、ちゃんとカスタムしてあるな」
山本は一目で見抜いたように、銃身へと視線を走らせた。
「バレルを少し詰めて、取り回し重視に振ってる。……王さんのところだろ?」
その問いに、真は小さく頷く。
一発で改造点を言い当てるあたり、銃器に対する理解の深さは、真などとは比べるまでもなかった。
「この先、いつまで質のいい銃が手に入るか分からないからね……入手可能なうちに、いい銃を押さえるのは正解だと思うよ」
山本はそう言いながら、自分の行軍嚢を肩から下ろすと、ファスナーを引き、慣れた手つきで中身を取り出した。
――現れたのは、HK416。
真のM4と、よく似たシルエットを持つ一丁だった。
それも無理はない。
M4とHK416は、いずれもM16の祖であるAR-15を起点とした系譜に連なる銃だ。
いわば異母兄弟のような存在であり、外見が似通うのは必然だった。
だが、界隈では以前から囁かれている。
信頼性と耐久性、その総合点においては、HK416の方が一枚上だと。
「へぇ……山本さんの銃、初めて見たよ。光学照準器はホロなんだね」
真の視線は、自然と銃の上部へ吸い寄せられた。
機関部には、米国製の投影型照準器と増幅鏡の組み合わせ。
被筒には垂直に伸びるフォアグリップ、銃口には消音装置が据えられている。
高価な装備のひとつ……イルミネーターも当然のように取り付けてある。
実用一点張りのフル装備。
見栄や流行とは無縁の、徹底したプロフェッショナル仕様だった。
――真は思わず、目を奪われる。
電災の混乱に乗じて銃を手にした自分なんかとは違う。
長年、実銃と共に生きてきた“本物”の男が選び抜いた一丁――そう感じさせる説得力があった。
「昔、陸自にいた頃に使っててね」
山本は軽く笑いながら続ける。
「だから、どうしてもHK416がよかったんだけど、手に入れるまで、正直かなり苦労したよ」
実銃を日常として扱ってきた人間。
山本の銃器選択には、理屈ではなく、経験が刻み込まれている。
真のように、エアガンで戦争ごっこをしていた者とは、積み重ねてきた経験がまるで違うのだ。
「じゃあ……サイドアームは、やっぱりUSP?」
「いや、そこはSFP9なんだよな」
HK416も、SFP9も、いずれも陸上自衛隊・特殊作戦群で採用されていた銃だ。
特にSFP9は、陸自のトライアルにおいて、真やアリスが使用しているM17/18のベースとなったP320を退け、正式採用を勝ち取っている。
陸上自衛隊のみならず、海上自衛隊や航空自衛隊、はたまた警視庁機動隊の一部にも配備されていたという話だ。
もちろん、その知識は、真がネットや雑誌でかき集めたものに過ぎない。
それでも――こうして、銃器について専門的な会話を交わせる相手がいる事は、素直に嬉しかった。
そして、その様子を、アリスも興味深そうに眺めている。
彼女の視線は、自然と山本のHK416へ向けられていた。
近々、アリスのもとにも、自分専用の銃が届く事になっている。
それもあってか、真と銃について話す時間は、確実に増えていた。
「アリスちゃん、ごめんね。つい篠崎くんとの話に夢中になってしまって」
山本がそう声をかけると、アリスは軽く首を横に振った。
彼女は射撃練習をしていたわけではない。真が撃った弾着を、少し離れた位置から双眼鏡で眺めていただけだ。
特にやることがなかった分、より退屈させてしまったのではないか――そんな配慮からの一言だった。
屈強でありながら、繊細な気配りもできる。
そんなところが、山本が人気を集める秘訣なのかもしれない。
「大丈夫です。今、私の銃もカスタムしてもらっているところなので……それが、HK416をベースにしているそうなんです」
そう言って、アリスは山本の手元にある銃へと視線を向けた。
「――だから、山本さんの銃を参考にしていました」
「おお、アリスちゃんもHK416にするんだ? それは嬉しいな。同志が増えた」
素直に破顔する山本を見て、真は少し前の出来事を思い出していた。
――先日、王明の使者が真の下を訪れ、アリス用の銃のベースがHK416になると告げていったのだ。
尤も、アリスは小銃を抱えて最前線を切り拓くタイプではない。
そのため、取り回しの良さや反動の扱いやすさを重視した、PDWに近いカスタムが施される予定だと聞いている。
――完成はまだ先だが、真自身も密かに楽しみにしていた。
(それにしても……)
――ただでさえ配備数も限られているHK416を、一体どこから見つけてきたのか。
米軍でもHK416は一部の部隊に少数が配備されているだけで、それは陸上自衛隊も同様だ。特戦群が少数を採用したに過ぎないとされている。
そんな“レアもの”をどうやって調達してくるのか……相変わらず、王明という男の『仕入れ』の異常さには感心させられる。
――銃に限らず、彼の手元には“あるはずのない物”が、まるで当然のように集まるのだ。
アリスがHK416を使うと聞いて気を良くしたのか、山本は自分の銃を構え直し、自然な流れで説明を始めた。
被筒の剛性、変更された機関部の構造、ガスピストン方式の信頼性、過酷な環境下での作動性。
M4との違い、AR-15系全体に共通する癖や長所短所――。
こうした話題は、カタログスペックや雑誌記事で知識を仕入れてきた真よりも、実際に使い込んできた山本の方が、圧倒的に説得力がある。
真もアリスと並び、その“レクチャー”を受ける形になった。
考えてみれば、ついこの間まで真が手にしていたのは56式歩槍だ。
AR-15系の“実銃”については、まだまだ理解が浅いと言わざるを得ない。
今の世の中、銃そのものを手に入れるだけなら、金さえあれば電災以前よりも容易に入手できるだろう。
だが、『どの銃を選ぶか』という注文は、まったく別の話になる。
王のように手広く商いをしているトレーダーと深い関係があれば話は別だが、それでも指定した銃器を名指しして、簡単に入手できるほど現実は甘くない。
――それがHK416のようなレア品なら、なおさらだ。
新宿クオムに現存する銃器の中でも、真の持つM107A1も相当だが、希少性という点では、山本の一丁はかなり上位に位置するだろう。
現時点で手に入る、より良い装備を嗅ぎ分ける感覚。
そして、質の良い装備を入手できる縁故。
それもまた、この世界で生き残るための重要なスキルなのかもしれない。
そして――銃は、持っているだけでは意味がない。
どう使うのか。
生きるために、どう使い続けるのか。
――その知識と判断こそが、本当の価値を決める。
山本は、青空の下で惜しみなく自分の経験を語り始めた。
真とアリスは、その一言一言を逃すまいと、真剣な表情で耳を傾け続ける。
「山本さん。俺、5.56mmは初めて使うんだけど、貫通力とかはどんな感じ?」
真がこれまで使用していた56式歩槍は、7.62×39mm弾を使用していた。
対して、M4A1が吐き出すのは、山本のHK416と同じ5.56×45mm弾。
小口径化による破壊力の変化は、どうしても気になるところだ。
「うん。5.56mmでも、一般的な邀撃戦なら問題はないよ。時々、装甲化個体相手には、決定打にならないことはあるけどね」
――D級やC級レヴュラの大半は、強化プラスチック製の外装を持つ。
だが、C級の一部には、防盾よろしく追加の金属板を装着した個体が存在する。
それらは装甲化個体と呼ばれ、C級の中でも比較的“硬い”相手として、ハンターたちに知られていた。
「装甲化個体に弾かれることもあるのか……それでも仕留める山本さんは、さすがだな」
5.56×45mm弾は小口径高速弾であり、弾頭が軽い。
その性質上、距離が伸びるほど風などの外乱の影響を受けやすくなる。
特に狙撃のような精密射撃では、着弾時に十分な破壊力を与えきれないケースも少なくない。
その反省から、米軍では7.62×51mm NATO弾を用いるバトルライフルの有用性が再評価され、HK417を経て、M110A1が誕生するに至った――という経緯もある。
「まぁ、うちはメンバーもいるからね」
真のさりげない賛辞に、山本は苦笑を浮かべる。
確かに、彼の率いる『アイアンウルフ』は、山本ひとりのチームではない。
前衛、メインの狙撃手、バックアップの射手――それぞれ役割の異なるメンバーが揃っている。
――真とアリスのように、フロントと射手を一人で兼ねているわけではない。
だが、そんな新宿クオム最強とさえ言われるアイアンウルフであっても、B級レヴュラとの交戦経験は、まだなかった。
真の体験談をもとに、今後、重火器の調達や戦術をどう見直すべきか。本来は、その辺りをじっくり話したかったのだという。
その場で三人は腰を下ろし、真が討伐したB級レヴュラ――『スカラベ』について、話に花を咲かせた。
同じ状況下で、アイアンウルフならどう動くか。
どうすれば、より安全性を高められるか。
山本の持論と実戦経験を軸に、スカラベ戦を再検討する――即席ながら、濃密な戦術検討会が始まっていた。
一時間ほど話しただろうか。
突発的に開かれた“山本教室”を終え、真とアリスは彼と別れ、クオムへ戻る道を歩き出す。
山本はそのまま射撃場に残り、引き続き自分の練習を続けるらしかった。
「山本さんの話、やっぱり参考になるね」
「うん……まあ、俺なんかと違って、本物のプロだからな。山本さんは」
電災後、否応なく実銃を手にし、レヴュラと戦う立場になったとはいえ——山本のような『本物』と比べれば、真の知識や経験は、まだまだ圧倒的に足りない。
ミリタリーマニアとはいえ、所詮はエアガンという非殺傷型の玩具を握り、命を失う心配もない架空の戦争ごっこに興じていただけだ。
山本たちのように、生き残り、勝利するための戦い――その術を身につけてきた者たちには、到底及ばない。
――混乱した世界を生き抜き、アリスを守り続けるためには、彼らのような人間の言葉や経験が、確かな糧になる。
それは、間違いない事実だった。
確かに真は、先日討伐したB級レヴュラの件で、『B級殺し』などと持ち上げられることはある。
――だが、真自身は、そんな称号を自分の中で誇らしく思えたことなど、一度もなかった。
銃を手にした戦いなら、山本のような“本物のプロ”がいる。
徒手空拳であれば、大野のように、冷静で場慣れした強さを持つ者もいる。
新宿クオムには、元自衛官や元警察官といった、かつて正規の訓練を受け、実際に銃を扱ってきた人間も少なくない。
威張れることではないが、アウトローとして銃を撃ってきた経験を持つ者だって、大勢いるだろう。
――単純な戦闘能力だけを見れば、真より優れた者はいくらでもいる。
そうした『本物の強さ』を備えた男たちと比べると、自分の未熟さや小ささに不安を覚えることは、決して珍しくなかった。
この先も、アリスを守り続けるためには——強くならなければならない。
そう頭では分かっているのに、気持ちばかりが先走り、焦りだけが募っていく。
この世界で『強くなる』ということは、性能のいい銃を手に入れ、レヴュラを倒せばそれで済む話ではない。
真はアリスを守らなければならないし、そのためには、まず自分自身が生き延びなければならない。
勇敢さと蛮勇は、似ているようで、まったく違う。
いくらレヴュラを倒せたとしても、その先で命を落としてしまっては、意味がない。
生き抜くための、本物の強さが欲しい——。
電災をきっかけに、真はそんなことを考える時間が、確実に増えていた。
「真? どうかしたの?」
「ああ、いや……大したことじゃないよ。ちょっと考え事してただけだ」
苦虫を噛み潰したかのように眉間に皴を寄せる真を、アリスは気に掛ける。
――これ以上、アリスに余計な気を遣わせるわけにはいかない。
そう思った真は、出口の見えない思考の迷路に入り込むのをやめ、彼女と並んでクオムのゲートへと足を向けた。
「お? 篠崎、アリスを連れてデートか? 楽しかったか?」
新宿クオムのメインゲート——かつての歌舞伎町一番街アーチ。
その見張り台の上から、ハンター仲間の声が飛んでくる。
「バカ言え。いつレヴュラに襲われるかも分からないクオムの外で、デートも何もないだろ?」
「いやいや、危機的状況で燃え上がる愛ってのも、案外あるかもしれないぞ?」
からかったり、からかわれたり。
そんな軽口を叩き合える程度には、ここ最近、新宿クオムには小さな平穏が続いている。
歌舞伎町が新宿クオムと名を変えて以来、邀撃戦による“間引き”が功を奏しているのか、レヴュラからの直接的な襲撃は起きていない。
経験豊富なハンターたちの顔ぶれも、ここしばらく大きく変わってはいなかった。
消えていくのは大概、討伐を甘く見た能天気な連中だ。
レヴュラ討伐の危険性を理解している者ほど、しぶとく生き残り、古株のように見慣れた顔ぶれとして定着していく。
真が常にアリスとペアで行動していることも、ハンターたちの間では、すでに周知の事実だった。
そのたびに、アリスが『嫁』だの『彼女』だのと囃し立てられるのも、もはや半ば慣例のようなものだ。
そんな冷やかしに乗るように、アリスも真の腕にそっと腕を絡め、仲睦まじげな仕草を見せながら、警備担当のハンターに笑顔で応じてみせる。
——尤も、新宿クオムでは、実際にメカドールと恋人関係になっている人間も珍しくない。
そう考えると、真たちも本気で“付き合っている”と思われている可能性は、決して低くなさそうだった。
ゲートが開き、いつもの油と埃が混じった、饐えた匂いのする新宿クオムへと足を踏み入れる。
警備担当のハンター小隊に軽く手を挙げ、別れを告げた後、真とアリスは、そのまま通りへと向かった。
「今日の晩ご飯、何にしようか?」
かつて“歌舞伎町一番街”と呼ばれていた通りを歩きながら、アリスが何気なく問いかけてくる。
通りには、大衆食としてお馴染みのツナバーガーをはじめ、「できることなら食いたくない」謎の串焼き屋や、さまざまな食料品の屋台が立ち並んでいる。
食欲を駆り立てる香ばしい匂いも、そこかしこから漂っていた。
――メカドールであるアリスは、本来なら、食事という行為そのものを必要としない。
それでもアリスは、できる限り人間と同じ生活を送ろうとしている。
その一環として、真と一緒に食卓を囲むことが、いつの間にか当たり前になっていた。
真自身も、アリスがメカドールだからといって、自分だけ食事を済ませるようなことはしない。
彼女をメカドールという”モノ”として扱うことに、どうしても強い嫌悪感があった。
もちろん、その対象はアリスだけが特別なのではない。
この街に住むすべてのメカドールに対して、真は人間と変わらない態度で接している。
元を辿れば、皆同じ——かつて歌舞伎町に暮らし、今はこの新宿クオムという、最後の楽園に生きる仲間なのだから。
そして、一度討伐依頼を受ければ、真の食生活は再びエナジーバーや簡易食に頼る、乱れたものへと戻っていく。
だからこそアリスは、平時のうちくらいはと、真に声をかけ、きちんとした食事を摂るよう促してくれるのだ。
アリスがいるからこそ、真は人間らしい生活を、かろうじて保てている。
そう言っても、決して過言ではなかった。
歌舞伎町が新宿クオムと名を変えてから、すでに三年余りの月日が流れ、混乱の時代は今もなお続いている。
それでも——戦いのないひとときくらいは、平凡な一日を笑顔で過ごせるだけの余裕を、人々はかろうじて保ち続けていた。
新宿クオムに住む者たちは皆、たとえ未来が見えない最中であっても、できる限り明るく生きることが大切なのだと、どこかで理解している。
トー横——かつてのシネシティ広場付近では、能天気な若者たちが他愛もない話題で盛り上がり、笑い声を上げていた。
誰にだって悩みのひとつやふたつはあるだろうが、少なくとも、絶望に沈みきった表情はほとんど見当たらない。
ふと気がつけば、アリスは露店に並ぶアクセサリーに目を奪われていた。
——出会った頃の彼女はツインテールだった。
彼女の名前の由来である『不思議の国のアリス』……青と白のエプロンドレスにツインテール。今も鮮明に記憶している。
だが今では、戦闘の邪魔にならないよう、ポニーテールに結んでいた。
そのポニーテールを飾るリボンも、このクオム内の露店で手に入れたものだ。
——メカドールの髪は人工素材でできており、人間のように自然に伸びることはない。
その質感は人間の毛髪とほぼ変わらず、ハサミで簡単に切る事が出来る。
邪魔だからと切ってしまえば、その後はずっと短いまま過ごすことになってしまう。
だから真は、アリスに「切るより束ねた方がいい」と勧め、アリスもそれを受け入れた。
それ以来、彼女はポニーテールにすることが増え、やがてリボンにこだわりを持つようになったのだ。
――すべてに余裕のないこの世界での、ほんのささやかなお洒落。
それでも、真がリボン好きだということに合わせてくれているのだと知ると、胸の奥が少しだけ温かくなる。
——余談だが、髪を切ったメカドールがショートヘアからロングヘアに戻す場合、頭髪部分を頭蓋プレートごと外して交換するしかないらしい。
ウィッグのように簡単に外れるものではなく、その光景だけを想像すると、なかなかにホラーだと聞く。
「アリス、何か気に入ったリボンでも見つけた?」
楽しそうに露店を眺める彼女に声をかけると、傍から見れば、やはり恋人同士のように映るのだろう。
顔馴染みが声をかけてきたり、二人連れを冷やかしたりするのも、もはや日常の一部になっていた。
2030年7月——夏の暑さが本格的に始まった季節。
レヴュラによって近代文明が破壊し尽くされてもなお、人類はしぶとく、そして強く生き延びている。
今日もまた、新宿クオムにはひとときの平穏が広がっていた。
夕方の陽射しが街を照らす中で、アリスと共に過ごすこの時間は、たとえ短くとも、確かな安らぎをもたらしてくれる。
ひとたび壁の外に出れば、そこは今なおレヴュラの脅威が続き、先の見えない混沌が支配する世界だ。
その終わりがいつ訪れるのか、誰にも分からない。
それでも——今この瞬間だけは。
戦いのことを忘れ、目の前にある小さな幸福を噛みしめていたいと、真は思った。
「新しいリボンも欲しいけど……今は、こうして穏やかな時間を楽しむのも悪くないかな」
アリスの瞳が、柔らかく微笑む。
彼女の存在そのものが、この束の間の平和を、いっそう鮮やかにしていた。
人々は、このクオムという、最後の楽園の中で、それぞれの生活を営み……少しでも心の平穏を保とうと努めている。
――戦いが終わるその日まで。
この何気ない一瞬を大切にし、希望を手放さず、また明日を迎える。
絶望が両手を広げて待ち構えているからこそ、人間らしさを最後まで捨てずに生き抜く。
希望と安らぎを求めて生きるこの世界の中で。
――真とアリスもまた、その一部として、ささやかな日常を守り続けていくのだ。
今回は対立等もなく、比較的平和で、銃に関する蘊蓄話がメインとなっております。
かれこれ一年ほど執筆させていただきましたが、ようやく世界観にご案内する
起承転結の起の部分の終わりが見えてまいりました。
今後の展開として、新宿クオムがある危機に陥り、思い切った作戦に出ます。
そして、徐々に明らかになっていく電災の真実、メカドールが抱える問題、
私利私欲に生きるサヴェージスとの対立など、物語を動かしていく予定と
なっております。




