表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電災都市  作者: あるふぁ
第三章『電脳災害』
21/24

『電脳災害』-9

暫く続いた前日譚編の締めくくりになります。

「レヴュラ」とはなんなのかについて描きました

 ――真のもとに、王明の使いを名乗る男が現れた。


 「老板ガ、篠崎サンに、歌舞伎町タワー来い言てたヨ」

 

 ――どこかカタコトで、残念な日本語。

 濁音のアクセントが妙に耳に残るが、それでも彼が日本語で話してくれるだけありがたい。

 彼らが話す台湾語や中国語とは、真にとって呪文のようにしか聞こえない、判別不能の音でしかないからだ。

 


 鉄骨の匂いと焦げた電線の臭気が漂う中、真はアリスを伴い、歌舞伎町タワーへ向かう。

 廃墟同然に静まり返るビル群を縫うように歩けば、かつてはネオンに染まっていた街が、いまは鈍い鉄色の影に沈んでいる。

 

 ――それでも、シネシティ広場周辺には、人の活気すらあった。


 広場を抜け、タワーへ到着すると、そこには大野をはじめ、揃い踏みする、歌舞伎町の顔役たち。

 

 無骨な腕に刺青を走らせた男。焼け焦げのついた皮ジャン、鉄粉まみれのワークブーツ、それに、どこか場違いなほど品のある高級腕時計――。

 いでたちもそれぞれ異なる、生き残った歌舞伎町のならず者たちが、一同に集う光景は圧巻だった。

 

 ――さながら、『歌舞伎町のおっかない男達』の見本市といったところか。


 「おう、真も呼ばれたのか?」

 大野の低い声に、真は軽く手を挙げて応じた。


 「なんか、王さんが呼んでるって話でね。理由は聞かされちゃいないけど」


 「王明(ワン・ミン)……か……」

 大野は煙草を指の間で弄びながら、目を細めた。

 「ところでお前よ、あの男――青竹聯盟の日本総監と、一体どういう関係なんだよ?」


 ――どういう関係……か。


 確かに、王明は真に対して奇妙なほど親切だった。

 時には「食事でもどうだ」と真を誘い、高層ビルの高級店で、香辛料の香りが立ちのぼる中華料理をたらふく食わせてくれる。

 食後には、見るからに高級そうな烏龍茶の包を土産に渡し、「身体に良イ、寝る前飲むいいヨ」と笑う。

 風邪をひいて寝込んだ日には、何処で聞きつけたのか……彼の使いと名乗る女性が、滋味深い薬膳粥を作りに、初台のアパートまで現れたこともあった。


 ――真のような、ただの一般人が、“青竹聯盟日本総監の庇護”を受けるなど、通常では考えられない。

 そんな話は、誰だって訝しむだろう。大野が興味を示すのも無理はなかった。


 真と王明の出会いは偶然。ある夜、襲撃に遭った王明を助けたことが縁だ。

 成り行きとはいえ、命を救った――それが、彼らの文化では絶対的な絆に変わる。

 台湾人というのは、恩義に対して徹底して礼を尽くす民族だ。

 その義理堅さは、時に日本人の感覚を越えるほど純粋で、重い。


 王明は真をただの客人ではなく、明らかに身内のように扱っている。

 真もそれを理解していた。だからこそ、軽々しく他人へ話す気にはなれない。

 

 彼なりの考えがあっての接触であり、単なる好意以上の目的があることも薄々感じてはいる。

 とはいえ、それを詮索することは、恩を踏みにじる行為に等しい。


 時には人生の先輩、そして時には父。

 真にとって王明は――気のいい初老の台湾人実業家。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 それで充分だった。



 真は肩を竦めては、軽口で答える。

 「さぁ……茶飲み友達でも欲しかったんじゃないの?」


 余計なことは言わず聞かず――軽々しく口にはしない。

 歌舞伎町では、それが何よりの処世術であり、この混沌の都で生きる者達の流儀だ。

 この街で、人の噂話に花を咲かせる奴に碌な者がいた試しはない。

 


 確かに大野とも付き合いは長い。極端な差はないが、付き合いの長さだけなら大野の方が若干長かった。

 だが、互いに踏み込まない一線というものがある。

 真が王明の素性を軽々しく話さないのは、大野が“荒神会”や“東邦会”の裏側を、真に決して語らないのと同じ理由だ。



 「まぁ……無理に聞き出すつもりはねぇんだけどな」

 大野は真がこういう時、すんなり口を割らない”ひねくれ者”であることも知っている。

 真の軽口に、警戒の匂いすらも察したのか、大野は苦笑を浮かべ、それ以上詮索することをやめた。

 


 

 ――ほどなく案内役の男が現れ、一同はタワーの内部へ足を踏み入れる。

 ちょうど、そのタイミングで、王明も姿を現した。


 「――おお、真、来たネ」

 声は柔らかいが、確かな存在感を伴っている。

 この場に呼ばれた理由も、やはり王明との縁故なのだろうと、真は思う。


 「なんか羽山サン、みんなに知って欲しい事があるらしいヨ?」

 

 ――羽山彰一。

 

 『歌舞伎町の不動産王』として知られる敏腕実業家。

 街の主たちに、縄張りを手放させ、未曾有の都市再編計画――街の要塞化を指揮する男。

 この極限状況下の歌舞伎町で、彼ほどのビジョンと決断力を持つ者は他にはおらず、この要塞居住区の代表の座に就いた。


 一同が案内されたのは、先日の会合にも使われた5階フロアではなく、4階のフロア。

 かつてアトラクション施設だった空間が、今は無数の機械装置とモニタで埋め尽くされている。

 パソコンの光が薄暗い天井に反射し、何に使うのか見当もつかない機械類が、廃材と同居するように並んでいた。


 そしてフロアの中央には……いくつも積み上げられた見覚えのある“モノ”。

 

 ――忌々しい機械兵器のスクラップ群。

 

 動かぬそれらは、歌舞伎町周辺で撃退された残骸だろう。

 破損の程度はまちまちだが、無傷のものは、どれひとつとしてない。

 

 銃弾の跡が生々しく残り、外装には、怒りと憎しみをたっぷりと込め、撃ち込まれたであろう穴がいくつも穿たれている。

 無言の怨念が、金属の焦げた匂いと混ざり合って漂っていた。


 羽山は、数名の助手と共に現れると、フロア中央に立ち、低い声で話し始める。

 「要塞化作業で多忙のところ、大変申し訳ない。だが、我々が生き残るためには、敵を知ることが不可欠だ。情報を共有するため、この場を設けさせてもらった」


 ――要するに、今日の集会は「敵を知るため」の招集だった。


 歌舞伎町の要塞化が進行する中で、周囲で撃退された機械兵器の残骸は、羽山の指示で次々集められたという。

 研究目的のために、部下たちと共に分析作業を重ねているらしい。


 手短に羽山の挨拶が終わると、本題である会話の進行役は、傍らの女性に引き継がれた。

 首にはチョーカーを着け、凛とした雰囲気を纏うその姿――メカドールであることは一目でわかる。

 

 しかし、技術者としてのメカドールは珍しい存在ではない。

 メカドールである彼女たち自身をメンテナンスする、街のサービスセンターにも、数多くのメカドール技師が勤務しているのだ。


 「これまでの解析結果をご報告します」

 メルと名乗る技術者は、手元の資料と、手描きでまとめられた検証メモを確認しながら、落ち着いた声で語り始める。

 「破壊された残骸を分析した結果、これらの機械には、やはりAIが搭載されていたことが判明しました」


 その言葉に、会場の空気が一瞬、重くなりはじめた。

 もちろん、「宇宙人が攻めてきた」などという荒唐無稽な話でない事は誰にでもわかる。

 だが、その正体が明らかに人間の手による人工物であるとわかると、それだけで場にいる者の心臓に鋭い冷気が流れた。


 「しかし、第二世代AIや、作業機械に搭載されるカスタムAIとも異なります」

 ほとんどの参加者はAI技術に詳しくないが、ざわめきは意外にも小さく、誰も軽口を挟む者はいなかった。

 皆、真剣な目で彼女の言葉に耳を傾けている。


 「通常、第二世代AIは、メカドールに搭載される第三世代AIよりも小型の電脳を使用します。量子電脳登場以前からの半導体とのハイブリッド――量子半導体、通称Q.H.P.です」


 量子半導体(Q.H.P.)(Quantum Hybrid Processor)――量子コンピューター技術のフィードバックを受け、従来半導体の性能限界を突破する形で生まれた、量子電脳の祖先的存在だ。


 人間のように自律思考を行うためには、単なる半導体では計算能力が不足しすぎて不可能だった。

 その欠点を補うべく誕生したのが、発熱や冷却問題を克服した量子コンピューター技術と、既存の半導体を組み合わせた最新の電脳技術が、Q.H.P.である。

 今やスマートフォンやタブレット、第二世代AIを搭載する各種デバイスには、当たり前のように搭載されている存在だ。


 「しかし、この機械に搭載されていたものは――小さすぎるのです」


 現代の自律思考型AIは、第二世代・第三世代を問わず、量子電脳による中枢演算装置を必須とする。

 だが、それは、製造コストや生産工程の複雑さから、安価で量産できるものではない。

 

 それが、目の前の機械には、従来の第二世代用量子半導体よりも小型のチップが組み込まれていた。

 ところが、フォトニックガラスコーティングされた外装には、本来記されているはずの――メーカー名や識別コードの類が……一切印字されていない。


 AI技術に精通するメルですら眉をひそめるほど、この機械の“脳”は不可解に満ちていた。


 「では、旧式のドローンの類でしょうか?」

 誰かが問いかける。


 だが、メルは首を横に振った。

 「いいえ。このQ.H.Pに似たチップ――あえてそう呼びます。このチップには、第二世代以降の電脳と同様、人間のシナプスを模した配線パターンがあります。これは、これらの機械が第二世代相当のAIで稼働していたことを示す、何よりの証拠です」


 自律思考型AIの量子電脳は、人間の脳神経網を模倣した仮想神経網――ニューロ・マトリクス配線を持つ。

 メカドールに搭載されるI.F.C.(Intelli Fusion Core)であろうと、第二世代AI用のQ.H.P.であろうと、その点に変わりはない。


 しかし今回の解析では、これらの機械兵器すべてに、簡略化された仮想神経網が搭載されていたことが判明した。


 「このシナプスパターン……どこか見覚えがあります」

 別のメカドール技術者が、資料を指しながら声を上げた。


 「ほら、この格子状のシナプス。単調でしょう? 本来のQ.H.Pなら、もっと有機的に枝分かれして複雑な網を形成するはずなんです」

 「……この形状、数年前にノヴァ・ダイナミクスが試験していた、産業用廉価モデルと酷似していますね」


 メルは小さく首を傾げた。

 「産業用?――つまり、“考えるため”ではなく、“命令を実行するための電脳”ってこと?」


 もう一人のスタッフが頷く。

 「その通りです。……でも妙です。本来、命令待機型のはずなのに、こいつらは自ら動いています」

 「勿論、何かしらの命令を受けて動いてることは否めません。でも、これだけの数のAIを一度に管理して、動かすなんて聞いたことありません」


 ノヴァ・ダイナミクス社――工場用ロボット制御の老舗として知られ、産業用作業機械の自律制御AI開発を得意としていた。

 かつては量子電脳開発にも意欲的で、メカドール向け電脳の開発に着手したが、人間の脳殻に収まるサイズの量子電脳の製造に難航し、結局、プロジェクトを断念。

 以後、得意分野である産業用ロボットの自律制御AIに軸足を戻している。


 「じゃあ、そのノヴァなんたらってところが、このガラクタを送り込んだじゃねぇのか?」

 会場から短絡的な疑念が漏れた。


 しかし、助手のメカドールは、その声をすぐに否定する。

 「それでは、人類排除を宣言する行動と矛盾します」

 そもそも、ノヴァ社は国内に製造拠点を持たず、極秘裏に多数の機械兵器を日本へ運びこむことなど、不可能に近い。

 テロ紛いの破壊活動を行う動機もわからない。――文明の恩恵を失った人類の前で、AI関連企業が商売を成り立たせることなど、現実的ではないからだ。


 「さらに不可解なのは、搭載チップに個体差があることです」

 メルは説明を続ける。

 どうやら、機械はマスターとスレイブに分かれ、マスターの指示に従ってスレイブが行動している可能性があるという。


 「命令系統が存在するのか……推測の域を出ませんが、個体ごとに短距離通信機能が確認できました」

 「人間の言葉に置き換えると、索敵・攻撃・報告といったコマンドに酷似する……ログの断片がメモリバンクに残されていました」


 会場中央に積まれた残骸の中でも、円筒型の胴体を持つ、少し大きめの個体――真も大ガード下で遭遇したやつには、探索ルートが設定されていたという。

 あらかじめ決まったルートを巡回し、小型個体に指示を出す……人間を発見すれば即座に戦闘へと移行する仕様らしい。


 真がガラスの破片を踏んだだけで、機械に銃撃されたことを思い出す。

 ――その聴覚感度、認識精度は尋常じゃない。人間を探知する能力も、かなり高いはずだ。



 そして、メルは攻撃手段の解説へと移る。


 「正確には、これらに搭載されたものは銃器ではありません」

 台車に載せられた破損機体を前に引き出す。


 「圧縮空気で金属片を飛ばす、リベットガンのような構造です。工事現場で使う鋲打ち機、ご存じですよね? 原理はそれと同じです」

 メルは外装を剥がし、内部のコンプレッサーや金属パイプを指し示す。

 「構造上、連射はできませんが……例外もあります」


 別の助手が、台車に乗せた個体を運んでくる。――円筒型の短い胴に皿のようなものを載せた機械。

 

 そして、メルがポケットから取り出したのは、半透明の樹脂ケースに整然と収められた無数の小球が僅かに青みを帯び、光を反射して――まるで“冷たい瞳”の群れを内包したかのように見える筒状のモノ。


 「おい……あれ、散弾か……? ふざけんなよ、あんなもので撃たれたら、人間なんてひとたまりもないぞ」

 会場には動揺と恐怖が一瞬に広がる。


 「はい。再装填機能はありませんが、放射状に搭載され、一斉に散弾を撒き散らす構造です」


 真はあの日の光景を鮮明に思い出す。

 逃げ込んだバイト先の窓から見た……無残に千切れ、吹き飛ぶ人々の姿を。

 

 上半身を喪ったスーツ姿の男性、人間だった事すら一瞬気付かない程に変わり果てたホスト。

 足が千切れた作業服の男や、トートバッグの中身をぶちまけ……頭だけ千切れ飛んだ女性。


 人間の尊厳すらも踏みにじるような――死屍累々の街。


 その時の事を思い出し、喉を灼くような、酸っぱいものがこみ上げてくる。

 

 ――至近距離であれば、絶大な破壊力を持つ散弾という弾薬。

 クマ相手には力不足でも、まともに当たればシカやイノシシなら十分に仕留められる威力だ。

 そんなものを放射状に撒き散らす――人間に対する明確な殺意以外、説明のしようもない。


 「他にも、自爆をするものや、脚部に鋭利な刃物を備えた個体も確認されています」

 ”人類を排除する”ために設計された機能の数々。会場の面々は言葉を失うが、メルの表情は冷静そのものだった。


 「ですが、幸いにも、現時点で飛行可能な個体は確認されていません」


 上空から飛来し、至近距離で散弾をばら撒いたり、自爆を行う……そんな最悪のシナリオはまだない。

 バリケードで街を守る意義はここにあるという――わずかでも、希望は残されているということらしい。


 だが、メルはさらに踏み込んで話を進める。

 現在の歌舞伎町――バリケードで囲まれた要塞都市――が、なぜ有効に機能しているかを説明し始めた。


 

 「これを見てください。これらの個体は、脚の構造上、急な段差を上ることができません」


 メルは無骨な金属台の上に置かれた円筒型の残骸を指さした。

 表面には焦げと傷が走り、蛍光灯に照らされている黒ずんだ外装には、油と煤の臭いがまだ残っている。

 


 「脚の長さは約四十五センチ。可動域は……ここからここまで。せいぜい七十五度です」

 細い指が関節部をつまみ、関節を折り畳むと、油圧シリンダーが軋んだ音を立てた。

 「つまり、胴体を持ち上げて前に踏み出せる高さは、二十五センチ程度が限界です」


 金属の擦れる嫌な音が研究室に木霊する。

 メルは淡々とした口調のまま……しかし目の奥は鋭い光を宿していた。


 「人間の階段は一段およそ十八センチ。二段目を越えようとすると、前脚が届かない。――言い換えれば、階段は彼らにとって“壁”と同義なんです」

 「現時点で確認されている全ての個体がこの範囲内に収まります。これ以上の登坂能力を持つタイプは、未だ確認できていません」


 金属の脚を持ち上げると、内部から砂鉄混じりの油が垂れた。

 メルは手際よくレンチを回し、その関節部を解体していく。

 その動きは、まるで外科医が患部を切開するかのように正確だった。――そう、これは人類に仇為す敵を知るための解剖検分。


 「外装はFRP系の薄い被覆材。厚みは三ミリから六ミリ。軽量化を優先してますね。防弾性は皆無のようです」

 レンチが滑り、ひときわ甲高い音が響く。

 「内部は鋼板と中空の角パイプ構造。高価なチタンやアルミ合金ではありません。工業用建材に近い材質です」


 その言葉を裏付けるように、彼女は折れた部品の断面を見せた。

 黒ずんだ鋼材の中に、安価な炭素鋼特有の鈍い光沢がのぞく。

 「要するに――安物です。ボルトの規格もフランジの形状も汎用品。現場での交換や代替を想定しているか……大量生産を前提にしている設計ですね」


 分解された“脚”がテーブルの上に置かれた。油圧シリンダー、モーター、基部の軸受け。構成部品が次々と並べられてゆく。


 「脚の可動機構は電動モーターと油圧シリンダーが中心。精密なサーボや慣性制御の痕跡はなし。メカドールのような人工筋肉でもありません」

 メルは指先でモーター部を軽く叩き、乾いた金属音を響かせる。


 「電装部には最低限の防水処理はありますが、演算ユニットは小型で単純。高度な運動学を用いて細密に制御するタイプではない。要は――力任せで押し進む設計です。効率よりも、耐久と修理性を優先している」


 その言葉に、周囲の者たちの表情がわずかに変わった。

 敵を“兵器”としてではなく、“工業製品”として見てしまう違和感――そこに、どこか冷たい恐怖があった。


 「これも見てください」

 メルは外れた脚底を指で示した。油膜が薄く光り、滑らかな形状をしている。

 

 「接地面積が小さい。縁石や段差を越えるには十分ですが、未舗装地では安定を欠きます。恐らく、アスファルトやコンクリート上での運用を想定しているはずです」


 「つまり、こいつらは舗装された街を前提に作られてる……と?」

 会場の一人が問いかける。


 メルは頷き、工具を置いた。

 「はい。脚の可動域と踏み出し高さは、一般的な縁石や歩道の段差に最適化されています。階段のような連続上昇には不向き。脚長四十五センチ、七十五度の開脚角――安定を保ちながら最小限の段差を乗り越える設計です」


 光が反射する分解部品の断面を、彼女は指でなぞる。

 「その構造と摩耗の傾向から言えることもあります。――横荷重には弱い。側面からの衝撃や引き摺りには耐えられない構造です」


 メルは顔を上げ、静かに結論を告げた。

 「つまり――斜め方向から力を与えれば、転倒や機能停止を誘発できる。強靭に見えて、意外と脆いんですよ。構造的には」


 油の焼ける匂いと、鉄の冷たい光が満ちたフロアで、周囲の誰もが息を呑んだ。


 確かに、これまで真が目撃した機械も、そのどれもが平坦な場所でしか行動していなかった。

 簡素にできている脚の構造は、大きな段差を越えることを想定していない。

 ――だからこそ、歌舞伎町タワーも、大野の事務所も無事だったし……真とアリスが過ごした『童話の国』にも、あの連中は現れなかったのだ。


 「縦には強いが横には弱い。町の狭い路地と角を利用して“横”を作ればいいってことだな」

 それに反応したのは大野。直参荒神会を筆頭とする東邦会……東邦連誠会は歌舞伎町の防人として生きる事に舵を切った。

 歌舞伎町をテリトリーとし、武闘派で鳴らす荒神会は、街の防衛に関し、今や多くの立案と陣頭指揮を執っている。

 

 「ええ。加えて足裏の形状から、深い泥や柔らかい地盤での動作は想定外でしょう。側溝や段差の荒れた脇道に誘導すれば、転倒を誘えます。さらに、油圧ラインは露出箇所があり、火器や切断工具で局所的に破壊可能です――ただし安全距離を保つこと。射撃能力がある以上、動力切断だけを狙うにはリスクが高い場合もあります」

 

 「もちろん、この欠点を克服した個体や、大型個体が出現する可能性は否定できません。ですが、現時点では、歌舞伎町要塞のバリケード化は理に適っています」


 ――こうして、機械兵器の実態を知ることで、対策方針の輪郭が浮かび上がってきた。

 防衛戦術としては、階段などで意図的に段差を作り出し“待ち伏せ”するか、逆にぬかるみや障害で足を取らせる二択が考えられる。


 「ありがとう、メル。これで街の守り方が見えてきた。次は、それをどう実行するかだ」

 羽山が会合を締め、居住区の設計は、二階以上の高さに生活空間を設け、階段を利用して身を守る構造が基本フォーマットとすることが決定される。

 ――人間の知恵と工夫で、理不尽な機械の暴力に対抗する最初の盾とするのだ。



 歌舞伎町を取り囲むバリケードにも、同様の原則が徹底されることになる。

 壁をよじ登る個体の出現も想定し、バリケードには鼠返しを設けるなど、細かな工夫も重ねられてゆく。


 計画の着手開始から5か月あまり――歌舞伎町は、住民たちの総力を結集し、要塞化された難民居住区として新たなスタートを切った。


 ――ただ、歌舞伎町を覆うバリケードは、装甲板のような気の利いたものではない。

 数で押されれば、廃材を積み上げただけの防壁など容易に破られる。

 

 だからこそ、街に近付く機械兵器に対しては、先制で敵を狩ることが、もっとも確実な防衛策となった。


 米空軍に、敵防空網制圧任務(SEAD)を課せられた部隊が存在する。

 六十年以上の歴史を持つその部隊は、幾重にも展開された敵の対空網へ自ら飛び込み、レーダーや迎撃装置を自らへ向けさせ、その反応を手掛かりに先制攻撃を仕掛ける(喧嘩を売る)

 ――日本に駐留していた第35戦闘航空団などは、その代表格だろう。航空自衛隊が開催する航空祭へも参加するなど、尾翼に記されたテールコード『WW』と共に、日本人にとっても、なじみ深い部隊のひとつだ。


 自らが真っ先に撃墜される危険を顧みず、死地へと赴く勇敢な姿――彼らは『ワイルドウィーゼル(狂暴なイタチ)』と呼ばれる。


 歌舞伎町の戦法も、本質は同じだ。

 待ち構えて迎え撃つのではなく、こちらから出向き、敵の足取りを暴き、接近を許す前に叩く。

 命の危険を伴うが、機械の定型的な巡回特性を逆手に取ることで、最も確実で冷徹な防衛構想が組み上げられていった。


 とはいえ、誰もが自由に街の外へ出て、機械を破壊して回れるわけではない。

 無秩序に動けば、逆に居住区である事が露呈し、機械を呼び寄せてしまいかねないからだ。


 そこで、作戦は分業制で運営されることとなる。

 一方は一切交戦せず、静かに機械の位置や巡回ルートを観測する者。

 もう一方は、直接交戦を行い、確実に機械兵器を破壊する者。

 作戦時の撤退方法に至るまでが徹底的に組み立てられていった。

 

 ――危険な任務に見合った報酬も用意され、同時に、秩序を保つための組織構造が整備された。

 歌舞伎町タワーの一階と二階に本部を置き、適度に作戦を分配していくことで、獲物の取り合いによる混乱も防いだのだ。


 ――こうして、発足した自治組織『歌舞伎町ユニオン』の名の下に、要塞化された歌舞伎町は、いつの頃から誰が呼んだか――『新宿クオム』と称されるようになった。


 真はアリスと共に、外部の危険地帯で、謎の機械兵器――|Rebellious AI《反逆したAI》、後に『レヴュラ』と呼ばれる存在――を“狩る者”として身を投じていく。

 


 ――人々は、2027年、この反逆したAI兵器によって引き起こされた事件を電脳災害……略して『電災』と呼んだ。


 ――――――――――――――――――――


「早いね……真と出会ってから、もう三年近く経ったんだね」

 アリスが微笑みながら話す。


 ――電災直後に真とアリスが出会い、共にしばらく暮らした『童話の国』は、今もなおその姿を残していた。

 元のオーナーが戻って来ることはなく、新しい経営者へと引き継がれてはいるが、電災で傷ついた心を癒す場所として、足繁く通う客も少なくない。


 ――何の店であるかも、あの日のまま変わってはいない。それどころか、思いのほか人気の店であるという話だ。


 

 

 ――そして、あの日以来、アリスはずっと真の事を名前で呼ぶようになった。

 もちろん、初期設定次第では「ご主人様」や「あなた」といった、思わず顔が緩む呼称に変えることも可能だったはずだ。


 ――だが、真はそれを望まなかった。

 アリスの本当のオーナーではないという負い目と、彼女の境遇に付け込むような振る舞いを避けたかったのだ。


 とはいえ、メカドールは学習によって呼び方を変えることもある。

 もし嫌われれば――自分達の意志で容赦なく「お前」や「あんた」といった粗雑な呼称に変える場合もあるらしい。

 

 ――願わくば、そう呼ばれないようにしたいものだ。


 ――――――――――――――――――――


 真がコーヒーを啜りながら、これまでの出来事を思い返していると、アリスもカップを手に隣へ座る。


 この部屋のソファは、元々の用途ゆえか二人で座ると肩が触れ合うほどのサイズしかない。

 その距離感だけを見れば、まるで恋人か夫婦のように、穏やかな空気が漂っていた。


 電災の混乱の中で出会ったアリスは今日も真のそばにいて、あらゆるサポートを惜しまない。

 真にとってアリスは、電災後の世界を共に生き抜く“相棒”であり、あまりに特別な存在となっていた。


 彼女は首に装着されたチョーカー以外、見た目も人間とほぼ変わらない。


 後に判明したことだが、アリスのボディシェルはエイジアドール社という、美少女タイプの製造で定評のある日本のメーカー製で、その評判に違わぬ容姿を備えていた。

 ――尤も、彼女が発見された場所を考えれば……その容姿にもいささか納得できる面はあるが。


 だが、そんな”美少女”が隣に寄り添うと、つい心が揺らぎそうになる。

 アリスはあくまでメカドールであり、初期設定に従って振る舞っている――そう自分に言い聞かせなければ、感情が複雑に絡み合いそうだった。


 だが、距離感なく寄り添うアリスに対し、女性に免疫のあまりない真は、無意識に照れてしまうことも珍しくない。


 「ん?どうかした?」

 顔を覗き込みながら尋ねるアリスに、真は慌てて視線を逸らす。


 「な、なんでもねぇよ」


 「どうしたの?顔赤いよ?」


 「だから、なんでもないって」


 近代文明が崩れたこの世界であっても――今だけは、穏やかで平和なひとときが流れていた。


 壁を見れば、真とアリスが初めて出会った時の衣装――青と白のエプロンドレスが、大切な思い出として飾られている。

 ――もう着ることもない衣装だが、真と出会った記念だからと、彼女の強いこだわりで今もハンガーに掛けられていた。


 ラジオからは、今日も誰かが勝手に始めた海賊放送『Blackout Radio』が、軽快な音楽を流している。


 ――こんな世界だからこそ、穏やかな時間を誰もが噛みしめ、今日を生きていた。


 2030年6月。

 ――たとえ近代文明が崩壊し、正体不明の機械が街を跋扈する時代になっても……人の灯は消えてはいない。


 この壊れかけた世界の中で――人間はなお逞しく、今日を生き抜いていた。

『電災』や『レヴュラ』についての前日譚。

物語の舞台である2030年から約三年遡ってのお話はひとまずここまで。

次回からは再び舞台を2030年に戻します。


あまり戦闘シーンが出てこないと思われているかもしれませんが、

この特殊な世界のご案内的なエピソードをしっかり描きたかったのです。


謎の機械兵器『レヴュラ』がどんなものなのか。

歌舞伎町が新宿クオムと呼ばれる要塞居住区と変化するまでのお話など、

避けて通れない設定でありエピソードだと思いましたので。


なお、電脳災害編の四話で、新宿大ガード下にて、怒り狂った真が破壊したものや、

今回の検証で分解された、「円筒型で少し大きめの機械」は、電災都市編第一話で

真が狙撃した「ディテクター種」と呼ばれるタイプで、散弾を広範囲に一斉に

ぶちまけるものは「ディッシャー種」と言い、電災発生直後に多くの犠牲者を出し、

射撃後は自爆までするという極めて悪質な代物なんですよ。


今後、「頭おかしいんじゃねぇの?」とか「人間絶対○すマン」みたいなレヴュラは

いっぱい出てきますし、謎はまだ残っていますので、それに関しては追々。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ