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電災都市  作者: あるふぁ
第三章『電脳災害』
15/20

『電脳災害』-3

今回、悩みに悩んだ末に、全話中、最も多い文字数で、長いエピソードに

なっておりますので、かなりお時間を頂くことをご了承ください。

 ――どれほどの時間が流れたのだろう。


 夜の帳が静かに街を覆い尽くし、店内もまた闇に沈んでいた。

 真はただ、黙ってその暗がりに身を潜めている。


 ……いや、正確には、それ以外にできることなどなかったのだ。


 これがアニメや映画であれば、鍛え抜かれた主人公は単身で敵を蹴散らし、逆境を華麗に覆す――そんな展開もよくある話だろう。

 だが、現実の彼に備わっていたのは、せいぜい小さな反骨心と、過去の不良じみた虚勢だけ。

 力などない。意志も、武器もない。

 

 真は、どこにでもいる、少しだけ反抗的な……ただの20歳の青年(クソガキ)でしかなかった。


 

 窓の外には、ぼんやりと橙色の光が揺れている。

 遠くで炎が燃えさかり、夜の街を血のように照らし出していた。


 通りに響くのは、不規則な足音。

 

 それは金属が地面を踏みしめる、鈍く重たい音だった。

 無慈悲な機械の群れが、倒れた人間を踏み越え、進む様は――まるで地獄絵図のごとき惨状だ。


 どうか、これが悪い夢であってほしい……神でも仏でも、なんでもいい。そう祈りたくもある。

 ――だが、目の前の現実は、どこまでも酷く明確で、容赦がなかった。


 「……あいつら、一体何なんだよ……?」


 真の脳裏に、一年ほど前の新宿反機暴動(デモ)が過る。

 あの時は、ヤケを起こした人間側が機械(AI)達に対して暴動を起こした。

 

 もしかすると、これは報復なのか? あの時の復讐……?

 ――いや、そんな都合のいい筋書きがある筈もない。

 自分に言い聞かせるように、真は頭を左右に振った。


 街を煌びやかに彩ったネオンも、派手な電飾看板も、今はすっかり沈黙している。

 ――電力は、完全に絶たれていた。

 

 点けっぱなしにしたままだったテレビの画面も、今は冷たく沈黙を貫いている。

 非常口の灯さえ、光を失っていた。


 そんな漆黒の中で、唯一ぼんやりと浮かび上がっているのは――真の腕時計に組み込まれた、発光ダイヤルだけ。

 蓄光塗料でもなく、外光を必要としないその光は、不自然なほどはっきりと、この暗闇の中で数字と針を浮かび上がらせている。

 それはまるで、時間だけが黙って寄り添うかのように、ゆっくりと時の経過を刻んでいた。


 ――スマートフォンのライトを使うわけにはいかない。

 電源を入れた瞬間、あの忌まわしき機械は、再びこちらを感知してしまうかもしれないからだ。



 「……停電ってことは……」

 真は思わず呟いた。


 バッグの中を探り、非常用の小型LEDライトを取り出す。

 無名の安物ではない。高品質なメーカー製の一本で、”なり”は小さいが光量は折り紙付きだ。

 その光は、静寂を切り裂くように店内を照らし出す。


 明かりを頼りに階段を慎重に下りると、厨房へ。

 そこには銀色に輝く、業務用の冷蔵庫が鎮座していた。

 扉を開ければ、冷凍と冷蔵のスペースに、大量の肉がぎっしりと詰まっている。


 焼肉店にとって、それはまさに命の蓄えとも言えるもの。

 ――だが、庫内の冷気は、もう既に殆ど感じることができなかった。

 この肉たちがすべて腐ってしまうのも、時間の問題だろう。


 真は一瞬だけ躊躇したが、空腹という現実がその躊躇いを力任せに押しのけた。


 どうせこのままでは無駄になる。

 このまま黙って腐らせてしまうよりは、食べてしまう方がいい。


「……親方に見つかったら、確実に殴られるな」


 そうぼやきながら、ガスコンロの元栓を捻ると、一拍遅れて、青白い炎が花開いた。


 真の胸に、ほんの僅かに安堵が生まれる。

 幸い、プロパンガスは生きていたのだ。


 プロパンガスというものは、都市ガスのように供給網が一気に止まることもなく、個別に設置されたボンベが独立して機能している。

 マイコンメーターさえ機能していれば、ボンベが空にならない限り、ガスの供給が途絶える事はない。

 過去に発生した大震災のときでさえも、プロパンガスだった家庭は火を絶やすことなく、温かい湯を沸かして乗り切ったという話を思い出した。

 

 冷蔵庫から肉の塊を取り出すと、表面には既に、僅かなぬめりが生じている。

 もはや、飲食店で提供していい食肉ではない。……いや、そもそも、食品としてもどうなのか、疑わしくさえあるが。


 4月――季節は春とはいえ、電力を失った冷蔵庫は、もはや食材の鮮度を長く保てはしない。


 変色している部分は、躊躇いなく包丁で切り落とし、鮮やかな赤い部分だけを贅沢に切り分けてゆく。

 もったいないなどと言ってはいられない。この状況で食中毒にでもなれば、それこそ命取りだ。


 換気扇が使えない以上、煙を出すわけにはいかない。

 真はフライパンを弱火で静かに温め、玉ねぎを一掴み、無造作に放り込む。

 じわじわと水分が抜けていく音が、やけに耳に残った。


 その上に肉を重ね、適当な調味料で味をつける。

 ただし、強火は厳禁だ。煙が立てば、排煙のできない店内は煙が充満してしまう。

 火力を抑え、ひたすら静かに、じっくりと蒸し焼きにしてゆく。

 無煙調理に徹するこの作業は、緊張感の中で思いのほか骨が折れた。4月初頭だというのに、暑くて汗が噴き出す。


 ようやく焼き上がった肉は、見た目にもパサついており、食欲を微塵にもそそらない。

 それでも真は、タレを絡めて咀嚼し、黙々と胃の中へと押し込んでいく。

 ……生きるために摂取するという言葉の方が適しているかもしれない。

 

 焦げきらない脂の香りが、くどさだけを残して鼻腔に纏わりつく。

 だが、もはや味などどうでもよかった。調理に凝る余裕など、今の自分には存在しない。

 

 もしこの光景を畜産家が見たなら……丹精込めて育てた牛の肉が、ここまで無惨に扱われる様子に、きっと怒りを露わにするだろう。

 愛情を注いだ命を、こんなにも雑に焼き、何の感動もなく噛み砕くなど、食材への冒涜だと非難されても仕方ない。


 だが、今の真には、咎めてくれる他者すらいなかった。


 ほんの僅かな罪悪感が胸を掠めるが、それでも手は止まらない。

 否、止められなかった。空腹は理屈などよりも、ずっと強い。


 ――だが、ふと昼間目にした、あの無惨な光景が脳裏に蘇る。

 

 胴を貫かれた男の臓腑が、地面に叩きつけられる音。人が人を押しのけ逃げ惑う中……突如その人々が爆ぜた。

 ぐしゃりと嫌な音を立てて広がる鮮明な赤。

 さっきまで確かにそこにいたはずの誰かが、肉の塊になって転がる。

 

 鼻の奥に、鉄錆のような、ねっとりとした血の臭いが蘇る。

 それと脂の臭いとが混じり合い、真の内臓をゆっくりと持ち上げた。


 「……う、っ……」

 

 本来なら、肉など喉を通る筈もなかった。

 それでも、生きるためには、無理にでも食わねばならないのだ。

 腹が減っていては、何もできない。恐怖に耐えることすらも難しい。


 込み上げてきた胃の内容物を喉の手前で押し戻しながら、真は、焼けた肉の端を押し込む。

 それはもはや、命を繋ぐだけの……『作業』だ。

 口の中に広がった脂の味が、さっきの“何か”と重なってしまい、喉の奥にぬめるような嫌悪を残す。

 それでも真は、涙混じりに肉を喰らい続けた。


 

 ようやく満腹を感じた頃には、身体の芯から鈍重な疲れが滲み出してきた。

 真は座敷に座布団を並べ、そこに身を横たえる。

 

 少なくとも、荒れた街の中や地べたで寝る必要がない。

 シャッターさえ無事なら、機械の襲撃に怯えることなく、安心して眠る事が出来る。

 座布団を重ねても、硬さは感じる簡易な寝床ではあったが、今はそれすら贅沢に思えた。

 


 今、彼にできることは、ただひとつ――息を潜め、この店に籠もりながら、あの機械に見つからぬよう身を伏せること。

 そして、終わりの見えないこの悪夢が、静かに過ぎ去ってくれるのを待つしかない。


 窓の外には、オレンジ色の空がゆっくりと広がっていた。火災の地域が拡大しているのだろう。

 まるで炎そのものが空に染み込んでいくような、不穏な色だ。

 

 どうやら、消防は未だ懸命に活動を続けているようだ。遠くでは、未だサイレンが鳴り響いている。

 ――この地獄は、いつまで続くのか……真には見当もつかなかった。


「……親方、無事かな……」


 ぽつりと呟いたその声は、誰に届くでもなかった。

 店の主との連絡手段も絶たれたまま、ただ案じるばかり。


 真に”この街で生きる”居場所を作ってくれた恩人だ。気にならない訳がない。


 だが、強烈な疲労は眠気へと形を変え、急激に襲いかかってくる。

 意識の灯がゆるやかに沈み込み、抵抗する間もなく、真は静かに眠りへと堕ちていった。


 無力感と疲労がすべてを覆い隠し、心もまた、闇の中へと溶けていく――。


 


 ――4月10日。


 外の喧騒は、時間の経過とともに徐々に静まり返っていった。

 あの機械が現れてから三日目になるが、あれだけ、耳をつんざいていた破裂音は、随分聞こえなくなっている。

 昨日までは、文字通り戦争さながらに、より激しい破裂音や大きな爆発音、そして銃声が嫌と言うほど木霊していた。

 

 だが、今こうして二階の窓から見下ろす街並みには、蠢いていた機械の群れも姿を消し、あれほど暴れていた異形たちの影は殆ど感じない。

 時折、まだ遠くの方で乾いた破裂音や銃声のような音が反響してくるが、それも疎らだ。


 尤も、その沈黙は安らぎなどではなかった。

 それは、どこか異様で、底の知れない静けさ。機械だけではない。人の気配までもが、街から完全に拭い去られていたのだ。


 確かに、あの襲撃で多くの命が奪われた。

 だが、それにしたって、あの雑踏と喧騒の街……歌舞伎町にいた人間たちが、全滅しているとは考えにくい。

 どこかに避難したのか。あるいは、真のように建物内に立て籠もって息を潜めているのか。

 街全体が、息を殺しているようにも感じられた。


 無人の通りが、まるで巨大な舞台装置のように不自然に広がっている。

 色彩はあるのに、生命がない。そこには、生活音も、人の熱も……視線さえも存在しない。


 窓の前に立ったまま、真は思考を巡らせ続けていた。

 ここに留まり、やり過ごすべきか。それとも、この静寂をチャンスと捉え、外に出るべきか。

 三日という時間は、想像以上に真の精神を蝕んでいた。


 仕方なしに眠り、目が覚めると、焼いた肉を無理矢理腹に押し込み、そして再び横になる……その繰り返し。

 以前であれば、好きな時に寝て、好きな時に起きるという堕落した生活に憧れさえした筈だが、今は“寝る事しかやることがない”という地獄だった。


 電力は途絶え、テレビの画面は暗黒を映し出すだけ。

 ノートパソコンも――バッテリーこそ生きていたが、インターネットには繋がらない……もはや、ただの箱でしかなかった。

 

 電話は不通のまま。スマホを起動すれば、例の機械を招き寄せる――娯楽も、情報も、何もかもが断ち切られていた。


 三日間という僅かな時間が、果てしない虚無のように感じられる。

 あまりにスローに流れる時間が濃く、重く……強く圧し掛かった。

 人間とは、ここまで『何もしない』ということに、耐えられない生き物だったのか。


 さらに問題は、食糧だ。

 冷蔵庫にあった肉は既に怪しく、開けるたびに鼻をつく嫌な臭いが濃くなっていた。冷凍されていた肉も、とっくに溶けて変色している。

 

 食べ物が尽きれば、それはすなわち命の終わり。

 このまま立て籠もり続けても、餓死という確実な結末が待っているだけだ。


 ――だから、決めた。真は脱出を決意する。


 まずはレジを開け、釣銭の入った手提げ金庫も引っ張り出す。

 そして、中身の現金を全て確認すると、その金額を付箋に書き留め、レジに貼った。

 ――親方が生きて戻ってきたとき、自分が持ち出した金額を知らせるためだ。


 この混乱の中で、現金が通用するのかは分からない。

 だが、電力が途絶えている今、ATMから現金を引き出す事はできない。カードも役には立たないだろう。

 キャッシュレス決済は、スマホの起動と引き換えに死を呼び込む可能性すらあるし、どうせあらゆる通信網は停まっている。使えるわけがない。

 

 結局、物の価値が歪み、高騰する混乱期においては、現金こそが最も頼れる武器となるだろう。


 ――あの大震災の時も、ミネラルウォーターが高額で転売されていたという話を思い出す。

 今も、同じ事を考える奴はそこら中にいる筈だ。

 だからこそ、可能な限り現金を手にしておくに越したことはない。


 尤も、取引が現金で行えるのであれば……の話だが。


 米を炊き、握り飯を作れれば理想だったが、炊飯器が使えない以上は諦めるしかないだろう。

 鍋で炊く方法もあるとは聞くが、一度も試したことがない。

 以前ならスマホで検索すれば、あらゆる英知の詰まったインターネットが疑問を解決してくれたが、今ではそれすらも望めない。

 その代わり、米は持てるだけ持っていくために、袋へ小分けにしてゆく。


 あまりに暇を持て余していた真は、この三日の間、冷蔵庫の肉を少しでも延命させようと、薄切りにした肉へ塩と胡椒をまぶし、即席の保存処理を施した。

 軒下に吊るされたそれらは、白く乾いた表面が僅かに硬化しつつある。

 ――かつて焼肉屋の食材だったとは思えず、既に“命を繋ぐ糧”へと姿を変えつつあった。


 これが本当に正しい処理法なのかどうかは、分からない。

 本来なら低温環境で熟成させるべきなのだろうが、生憎、真はサバイバルの専門家などではない。

 キャンプなどの経験はあっても、所詮は、ただの素人にすぎないのだ。


 燻製にできれば完璧だが、その技術は勿論の事、設備だってない。

 すべては、断片的な知識と見よう見まねの自己流。

 美味さなど最初から期待できない。必要なのは、ただ“保つ”こと。それだけだ。


 バックパックには、ミネラルウォーターと、糖分補給のためのコーラを詰めていく。

 健康を害する悪しき飲料と揶揄されようが、今となってはもうそんな価値観は過去のもの。

 その甘さの源は果糖ブドウ糖液糖――すなわち、トウモロコシ由来の純粋なエネルギーの塊だ。


 僅かに含まれるカフェインは覚醒を助け、炭酸は空腹感を紛らわせる。

 今この状況で、これほど効率よくエネルギーを補給できる液体は他にない。


 健康だの、生活習慣病だの――そんな言葉が飛び交っていた日常は、既に終焉を迎えた。

 今では、コーラでさえも“飲む燃料”であり、命を繋ぐ黒い蜜だ。


 万が一に備え、真は肉切り包丁と焼き串を荷に加える。

 肉切り包丁は、その鋭い刃先を厚手の布巾で丁寧に包み、焼き串はバックパックの外側にガムテープでしっかりと固定した。

 いずれも親方がこだわって集めた堺の逸品――一流の道具だ。しかし、今の真にとっては由緒も価格も全く意味をなさない。

 ――ただ「使えるかどうか」だけが重要だった。


 そして、肉叩きと筋引き包丁も用意する。

 それらが本当に武器となるのかは疑わしい。けれど、素手よりは確実に命を守れる。

 

 どんな荒唐無稽なバイオレンス作品でも、肉叩きで人を殴る作品は皆無だ。

 でも、いざと言うとき、力任せにぶん殴れば、頬肉をごっそり削り取るほどの破壊力はあるだろう。


 ――怖いのは機械だけではないのだ。

 混乱の果てに理性を捨てた人間。良識の箍が外れた連中は、暴徒へと変わり、欲求のままに人を襲う。

 哀れな避難民を装って近づき、相手の寝首を掻く――真にとっては、そちらのほうが厄介だった。


 清掃用モップの柄から金具部分を外し、そこに筋引き包丁をガムテープで巻きつける。

 即席の槍は見るからに不格好で、あまりにも頼りない見た目だったが――人間相手であれば、これでも十分な殺傷力を持つ筈だ。

 親方の大事にしていた包丁で、人に危害を加えたくはないが、生き延びるためには、綺麗事ばかり言っていられない。


 サラダ油もバッグに詰める。燃料にはならないが、いざという時には簡易のロウソク代わりにもなるだろう。

 使える可能性があるものは、すべて持ち出すつもりだった。

 


 掃除用品の中に、でかでかと『混ぜるな危険』と書かれたボトルがある。

 塩素系と酸性洗剤の混合液――人間には猛毒の塩素ガスを生む。……だが、機械相手には、どうせ意味がない。やめておこう。


 最後の点検を終え、真は再び二階の窓から外を覗く。

 10分間、静寂の街をじっと観察し、機械の姿が見当たらないことを確認してから、ゆっくりとシャッターを開けた。

 金属の軋む音が、やけに重たく響く――まるで、何かを起こす合図のように。


 外に足を踏み出せば、そこに広がるのは地獄そのものだった。

 見慣れた筈の歌舞伎町が、まるで遺跡のように、沈黙のなかで朽ち、変わり果てた姿の骸がそこら中に転がっている。

 


 ――毎朝、店の前を掃き掃除する真に声をかける顔見知りの姿は、そこにはない。

 朝陽のまぶしさに目を細め、ふらふらと家路に向かう『夜の住民』もいなければ、シネシティ広場へ向かう未成年の男女の姿もない。

 コンビニ袋を提げたサラリーマンも、出勤前のOLも――誰ひとりとして、いない。


 ――すべてが、沈黙に凍りついていた。


 道端に砕けたガラスが散らばり、陽光を反射して鈍く光る。――まるで、ネオンの残像を冷たく揶揄するかのように。


 転がる靴、破れたバッグ……血に塗れ、千切れたTシャツが風に舞い、無数の私物が無造作に散らばっている。

 手帳、化粧品、砕けた携帯電話……コンビニ帰りだったのか、買い物袋が引き千切られたように破れ、腐ったコンビニ弁当が散乱していた。


 足元には誰かのスマホが、画面がひび割れたまま沈黙している。

 手に取ってみれば保護フィルムの奥に、最後に受信したままの通知が浮かんだままだ。

 真はそのままそっと電源を落とし、そのスマホを眠りに就かせる。

 

 乾きかけた血痕を踏まないように歩いても、どこかで踏みつぶされた眼鏡や、へし折れた傘の骨がつま先に引っかかる。


 看板の落ちたビルの影で、折れたハイヒールが片方だけ残っていた。隣に転がるトートバッグは、開いたまま中身をぶちまけ、ぬいぐるみのキーホルダーが黒ずんだアスファルトの上で、虚ろな笑顔を浮かべている。


 通りを吹き抜ける風に、ページのちぎれた文庫本がはらはらと舞い、血の混じった水たまりがぼんやりと街の景色を反射している。

  

 建物の外壁には無数に穿たれた、弾痕のような破孔。

 路上の電光看板は無残に引き千切られ、アスファルトは爆ぜたように抉れている。


 空気は乾ききっている筈なのに、そこには焦げた鉄と血、埃と薬品が混ざったような、湿った腐臭……そして風化しはじめた人間の残滓が漂っていた。


 ――無造作に倒れた人影。

 動かぬ身体。誰にも看取られず、そこに打ち捨てられた命の残りかす。それはいくつもあった。数える事すら馬鹿らしいほどに。

 

 「……なんだよ……なんなんだよ、これ……」


 誰に言うでもなく、真はぽつりと呟く。

 昨日まで存在していた日常が、まるで夢物語であったかのように、瓦礫と骸に姿を変え、消えてゆく。

 真は実感した。

 ――もう、あの世界は戻らない。


 だから、進むしかなかった。もう帰る場所など残されていない。


 そこかしこに変わり果てた姿の死体が転がり、血は黒ずんで地面に貼りついている。

 街はどこまでも不気味な静けさを纏っていた。

 建物が崩れているわけではない。だが、破壊の爪痕がそこら中に刻まれ、見慣れた歌舞伎町を非現実な空気が覆いつくしている。


 目を逸らしたくなる。吐き気がせり上がる。

 だが――立ち止まることは、死を意味する。


 酸っぱい胃液を何度も喉までこみ上げさせながらも、真は歩を進めた。


 

 ――やがて、角を曲がった先に、かつて人々で賑わったコンビニが姿を現わす。

 ガラス越しに覗く店内は、既に空っぽで、棚には何ひとつ残されていない。

 

 LEDライト用の乾電池を調達したかったが、その望みは泡のように消えた。

 カウンターにも人影はなく、ただ、静寂が支配している。


 当然、営業などしている筈がない。

 それでも、そこに立つと――自然と彼女の顔が浮かんでしまう。


「彼女……無事に避難できたんだろうか」


 独り言のように呟いたその言葉に、カウンターに立つ、彼女の笑顔が脳裏にぼんやりと映し出される。

 

 ――気になる存在だった。

 レジ越しに交わす何気ない会話が、いつも、真のくたびれた心にそっと灯をともしてくれていた。


 互いの名前も……連絡先だって知っている。

 何度も真の店に足を運んでくれた彼女が、あの恐怖から逃れられたのか――それは分からない。


 スマホは使えず、今はただ祈ることしかできなかった。

 ただひとつ、店内に血の痕などがなかったことだけが、真の胸にかすかな安堵を残していた。

 


 ――――――――――――――――――――

 


 ――通りを曲がろうとした刹那、乾いた破裂音が空気を裂く。

 真は反射的に身をかがめ、胸の奥が一気に冷え込む。間違いない――銃声だ。


 空間が一瞬、音を失ったかのように静まり返る。周囲の雑音は遠のき、世界が凍りつく。

 手に握った即席の槍に、無意識のうちに力がこもった。

 汗で滑りそうになるが、それすらも今は気に留められない。


 音のした方角へ、一歩、また一歩と足を運ぶ。

 そして――鼻をつく、噎せ返りそうなほどの血の臭いが濃く漂っている。


 舗装がひび割れたアスファルトの上に、一人の男が倒れていた。

 拳銃を握りしめたまま、脚から流れる鮮血が地面に広がり続けている。

 

 その傍らには、血だまりの中に崩れ落ちたふたつの影――もう息絶えているのか……ピクリとも動かない。


 男の前方には、機械――異形の存在が立ちはだかっていた。

 

 昆虫めいた姿のそれは、駆動音が低く唸りを上げ、その異様さを際立たせている。

 死体を無造作に踏み越えながら、ゆっくりと男に迫っていた。

 

 ――さながら、獲物を前に舌なめずりして近寄る魔物のように。

 

 「……大野さん!?」

 その顔を見た瞬間、真の喉がひときわ強く鳴った。


 ――大野隼人。

 焼肉店の常連。深い傷が走る顔には一見凶悪さしかないが、その実、誰よりも情に厚く、酒を酌み交わし、笑い合う間柄だった。

 真にとっては、歳の離れた兄のような存在――尤も、彼の“職業”に関してだけは、触れる事を憚れるが。


 考えるな。今は――助けるんだ。

 真は恐怖を引き裂くように振り払い、即席の槍を強く握り直すと、全力で駆け出した。


 「うおおおおッ!」

 喉が裂けるような叫びを上げ、その異形の機械に突撃する。


 渾身の一撃が機械の装甲の継ぎ目に深く食い込んだ。

 硬質な衝撃が腕を痺れさせ、刃の軋む音が耳に残る。


 機械の脚部がぐらりと沈み、痙攣のような動きを見せたあと、まるで糸が切れた操り人形のように、力なく崩れ落ちた。


 動かない。――止まった……のか?

 だが、その安堵も束の間、手に伝わる違和感。真は思わず顔をしかめた。


「……嘘……だろ?」

 槍の先端――筋引き包丁の刃が、真っぷたつに割れていた。


 親方の宝物、堺の逸品、筋引き包丁が見るも無残な姿になっている。


「……親方、これ見たら泣くかキレるか……まぁ、ぶん殴られるだろうなぁ」

 苦笑まじりに呟いたが、冗談に逃げていられる状況ではなかった。


「大野さん、大丈夫!?」

 真は膝をつきながら、彼の顔を覗き込む。


「……おお、真か……無事だったんだな」

 男――大野はうっすらと笑みを浮かべたものの、額からは滝のような脂汗が流れ落ち、苦痛を隠しきれていなかった。


 太腿を抉った銃創。スラックスは血に染まり、弾痕から赤黒い染みがどんどん広がっている。――これは、まずい。

 真は迷わず、肉切り包丁を包んでいた布巾を破き、彼の脚にきつく巻きつけた。


「……ッぐ……」

 大野の口から呻きが漏れるが、声を上げる余裕すら奪われているようだ。



 「なぁ……頼みがあるんだ」

 「何だよ、大野さん。こんな時に水くさいこと言うなよ……」


 真は彼の肩を抱き、そっと立たせながら歩き出した。

 その重みは肩にズシリとのしかかり、血の臭いが鼻をつく。


 「……事務所まで……頼む。すぐそこなんだ」


 その一言に、真は僅かに息を呑んだ。

 

 ――事務所。間違いない。“あの”事務所だ。

 ドアの向こうには、強面の男たちが何人もいて、壁には家紋のようなものや、「任侠」と墨書された額縁。

 木刀が壁のラックに多数並び、武者鎧が鎮座するように飾られている――そんな世界。

 普段なら、絶対に近寄りたくない場所だった。


 だが、今は躊躇っている暇などない。

 脚を引きずる大野を支えながら、真は黙ってその方向へ向かって歩き出す。


 幸い、事務所はすぐ近くだった。

 このご時世、でかでかと看板を掲げている『事務所』はない。

 表向きには平凡な会社名を掲げているため、真でさえも、こんな近くに大野の『事務所』があったなどとは思ってもみなかった。


「おう……ここの五階だ」

 ――エレベーターは当然止まっていた。

 

「……嘘だろ……?」

 真と比べ、身体もはるかに大きな大野を支え、五階までの階段。

 ……真は軽く眩暈がした。


「クソ……もっと頑張れよ、大野さん」

「言われなくても……頑張ってる……ッ」


 短く交わす皮肉交じりな言葉の裏に、互いの必死さが滲む。


 息を切らして辿り着いた扉を開ければ、そこには想像通りの光景が広がっていた。


 重厚な木の床。無骨なソファ。張り詰めた空気。

 中に入るなり、屈強そうな男たちが真っ先に駆け寄ってくる。屈強そうなだけではなく、ご丁寧に、一人一人が皆、顔まですごく怖い。

 

 事務所内は一気に騒然とする。

 救急箱が持ち出され、真と共に大野へ肩を貸す者、声を荒げて指示を飛ばす者。

 蜂の巣をつついたような騒ぎの中で、大野は手際よく運び込まれた。


 さすが、“その道の人間”だけあって、応急手当の手際も驚くほど慣れていた。


 ――――――――――――――――――――


 「おう、真。……助かった。お前がいなきゃ、本当に危なかった」


 革張りのソファには清潔なシーツが敷かれ、大野はそこに体を預けながら手当てを受けていた。

 顔には苦笑が浮かんでいたが、唇の端は震え、呼吸は荒い。全身から痛みと疲労が滲み出ていた。

 それでも笑おうとするのは、虚勢を張る”商売”の人間だからなのか。


 スラックスは血に濡れ、鋏で裂かれた布地の隙間から、赤黒い傷口が露わになる。

 銃弾は腿を貫通していた。滲む血が絨毯に滴り落ち、じわじわと深紅の染みを広げていく。

 押し当てられたガーゼはみるみるうちに真紅へと染まり、乾く間もなく取り替えられる。


 「ッ、いってぇな、この野郎!」

 大野の怒号が響き、手当てしていた若い男が思わず飛び退いた。


 「す、すみませんッ!」

 その様子に真は思わず眉をひそめた。

 慣れた手つきではあるが、怒鳴られ、どつかれる姿は少し気の毒だった――一生懸命やっているのに。

 


 ――幸いにも、動脈を傷つけてはいないようで、やがて血も止まり、新しい包帯がしっかりと巻きつけられた。

 

 しばらくして大野が息をつき、強面な男が無骨な指で差し出した湯呑みを受け取る。

 その茶を一口啜ると、大野は低く口を開いた。


 「あいつらに撃たれた時、気づいたんだがな……銃声がしねぇんだよ」


 真も同じく、出された茶に口をつけながら眉間に皴を寄せる。


「確かに……店のシャッターを破ろうとしたときも『銃声』ってのは聞こえなかったな」


「そうだ。お巡りが撃ったときは派手に響いてたのによ。けど、あいつらは……音がしねぇ」



「じゃあ、あいつらは最初から消音装置(サプレッサー)でもついてたのか?」

 

 真の問いに、大野は僅かに首を傾げるが、すぐに否定的な視線を返す。

 ――何かが、明らかにおかしい。


 銃にサプレッサーを装着するのは、射撃音を抑えるためだ。だが、その目的は通常、発射位置を悟られないようにするためのもの。

 だとすれば、あの異形の機械には不釣り合いだった。

 やつは金属が擦れるようなモーター音を唸らせながら、堂々とこちらへ接近してきたのだ。隠密行動とは程遠い。


 すべてが噛み合わない。理屈では説明がつかない。

 その機械が、既存の常識をすべて嘲笑っているようだった。


 真は脳裏に焼きついた光景を思い出す。あの異様な機械兵器。

 ドローン? 軍用AI? そんな言葉では片付けられない“異形”だった。

 あんな”兵器”は真の知る限り、どの国でも運用されてはいない。


 しかも、自衛隊の大型輸送ヘリが、地対空ミサイルの一撃で火を噴き、墜落してゆく瞬間を真は確かに目撃していた。

 だが、その攻撃を行った兵士の姿は――どこにもなかったのだ。


 ――人間がいない。

 街を蹂躙しているのは、あくまで“機械”だけだった。


 ぞくりと、背中に冷たいものが這い上がる。

 湯気の立つ湯呑みを手に、真は黙って考え込む。

 だが、思考の糸をいくら手繰っても、答えは闇の中だった。


 ――誰もが同じだった。

 事務所の男たちも、それぞれに唇を噛みしめ、黙りこんでいる。

 やがて、その無力な沈黙を誰からともなく肩をすくめて諦めに変え――考え込むことをやめた。


「まずは知ってることを出し合おう」

 真の言葉に、大野や周囲の男たちが静かに頷いた。


 真が、“機械が携帯電話の電波を感知している可能性”について語ると、事務所内は一斉に慌ただしくなる。

 皆がポケットや机の上からスマホを掴み、慌てて電源を落としていく。

 なるほど、これまでは事務所が襲われなかったから、そんなリスクに気づけなかったのかもしれない。


 他にも、いくつかの事実が判明していた。

 街で目撃された機械の種類は複数に及ぶ。

 銃撃を加えてくる個体。突撃し、鋭利な脚部で襲い掛かって来るもの。さらには大野を襲った昆虫型のもの。

 情報が曖昧すぎて、詳細すらまったく掴めない、未確認の個体の中には、自爆してくるものまでいるとか。


 「……それと、あいつら……夜になると、動きが鈍くなるようなんだよ」


 大野が腕を組んで呟いた。

 日中の襲撃や目撃情報は多いが、日が暮れた後の報告は一気に減少しているらしい。


 つまり、夜間の活動は限定的――あるいは、何らかの理由で潜伏している可能性が高い。

 とはいえ、どこに潜んでいるかも分からぬ敵に背を向けて歩くことなど、できる筈もない。


 次に、話は警察の動向に及んだ。


 歌舞伎町の交番に詰めていた警官たちは、襲撃の初期段階で全滅。

 応援に駆けつけた警官隊も、次々と壊滅し、生存者は確認されていないという。

 逆に、機動隊のような重装備の警官隊は投入されていないらしい。

 駆けつける前に壊滅したのか、それとも……別の理由か。


 そして最も寒気を誘ったのは、機械の攻撃手段だった。


 無音の銃撃に加え、広範囲に散弾をばら撒く個体も確認されているという。

 人間相手に散弾――もはや攻撃というより、“殲滅”のための兵器、殺意の塊のようなものだ。


 「……ってことは、俺があの窓から見た“吹き飛ばされた奴”……あれって」


 真は、言葉を飲み込んだ。

 『散弾』……冗談じゃない。

 熊や猪ならまだしも、人間をあんなもので撃てば、ひとたまりもない。

 

 脳裏に焼きついた凄惨な光景。

 人間が、肉塊となって宙を舞い、臓器が空中に咲く花のように弾け飛ぶあの光景――できることなら、二度と思い出したくなかった。

 



 そして気づけば、話し込んでから三時間近くが経過している。

 このまま、ここに留まるべきか。それとも……。

 真は重くなった呼吸をひとつ吐き出し、意を決して椅子を引いた。


「大野さん。俺、使えそうな道具を取りに、一度初台に戻るよ」

 初台には真のアパートがある。

 建物が無事なら、サバイバルゲーム用の装備やキャンプ用品があるし、太陽光充電器もどこかに仕舞ってある。

 今となっては、そのひとつひとつが生死を分ける鍵になり得るだろう。


 もちろん、無事にたどり着ければ――の話だが。


 それに、ここは大野の“事務所”だ。

 いつまでも堅気の自分が居座るのは、場違いというものだろう。

 それに、この独特のセンスな内装は、正直、居心地が良いとはお世辞にも言いがたい。


「そうか……送って行きてぇが、そうもいかねぇ」

 大野さん腕を組み、渋い表情で唸る。


「まだ若ぇ連中と連絡が取れてねぇ。今ここを空けるわけにはいかねぇんだ」


 通信が遮断されたこの状況では、部下たちの安否を確かめる術がない。大野の懸念はもっともだった。


 しかも、あの機械どもは自衛隊のヘリすら撃ち落とすような連中だ。むしろ車より徒歩のほうが、身を隠しながら動けるぶん生存率が高いかもしれない。


「大丈夫、コソコソ逃げるのは得意だから」

 軽口を叩き、真が玄関へ足を向けたその時。


「真」


 呼び止めるような低い声が背後から響いた。


 振り返ると、強面な男たちがテーブルに何かを並べている。


 それは――鈍く輝き、重量感を醸し出している自動小銃と拳銃。そして、それぞれに対応した実弾の入った箱だった。


 真は一瞬、言葉を失う。


「……大野さん、これって……もしかして?」


 鋼鉄(スチール)の機関部に宿る青白い冷光。プラスチックのBB弾とは比べものにならない、撃たれたものに死をもたらす弾丸の無言の存在感。

 これが“本物”であることを、真の本能が否応なく悟っていた。


「おもちゃ渡してどうすんだよ」

 大野はふっと笑う。しかしその目には、冗談のかけらもなかった。


「命を救ってもらった礼だ。それに……本当は堅気にこんなもん渡すわけにはいかねぇんだが、今の外の有様を考えればな。いらなくなったら返してくれて構わねぇから、とにかく、今は黙って持ってけ」

 

 その眼差しは、何かを見通すように鋭く、しかしどこか祈るようでもあった。

 彼の目は無言ながらに訴える「銃が必要になる」と。


 真は黙って頷き、自動小銃にそっと手を伸ばした。


「使い方は分かるか?」


 低く響く問いに、真はもう一度、静かに首を縦に振った。


 実銃に触れるのは初めてだ。だが、趣味として学び続けた年月は、操作の知識を頭に刻みつけていた。

 操作方法はもちろんのこと、分解方法も、薬室の構造も、弾詰まりの対処法さえも――知識だけなら完璧だった。


 既に弾丸が装填された弾倉を手に取り、カチリと自動小銃に装填する。

 冷やりとした金属の感触が手のひらを撫で、心臓の鼓動がやや速まった。


 続けて、槓桿を引くと、ガラスを思わせる硬質な金属音が静寂を裂き、薬室に弾丸が送り込まれる。

 その音はどこか冷たく、確実な死を内包していた。

 それもそうだろう……この自動小銃から放たれる弾丸は当たれば痛いどころの騒ぎではない。

 

 ――それが人間であれば、もたらされるのは確実な死だ。


 その音は、まるで死神の息吹のように冷たく、確実に“何か”を断ち切る覚悟を含んでいた。

 ――これは道具ではない。殺すための“武器”だと。


 「大野さん、ありがとう。必要なものだけ取って、すぐ戻ってくる。……また、歌舞伎町で会おう」


 「おう、気をつけてな。無事に戻ってきたら――一杯、付き合えよ?」


 それはただの誘い文句ではない。

 それは、「生きて帰ってこい」という、彼なりの不器用なエールだった。


 真は深く頷く。

 ――必ず戻ってくる。そう決めて、背筋を伸ばす。


 

 大野たちに見送られ、ビルを出た瞬間、自動小銃の重みが両腕にのしかかってきた。


 その冷たい金属の感触は、明確に告げている。

 これはただの物体ではない。もちろんゲームなどでもない。――命を奪うために……破壊をもたらすために造られた”現実(リアル)”だと。


 ネオンの灯りが消え失せ、人影も絶えた、東洋一の歓楽街――歌舞伎町。

 今では、まるで時間の止まった迷宮のようだった。


 その沈黙を背に、真は静かに歩き出す。

 目指すは初台の我が家。

 己の命を繋ぐため、そして、再びこの場所に戻ってくるために――。

今回のエピソードは本当に悩みました。

理由は「長い」からです。文字数にして14,000文字ほど。


なろう作品、ひいてはWEB小説としては、「長すぎる」「飽きる」「読みにくい」

と忌み嫌われるタイプの長文ですが、いざ分割しようと思うと、どこか尻切れ感が

あったり、すっきりしなかったのです。


私の作品は特にSNSなどでも宣伝していませんので、読者数も疎らです。

更新頻度も隔週更新なので、それならば、一話のボリュームを落とさず、

いこうと考え、この長文のままで投稿する事にしました。

他の秀逸な作品を高頻度で更新される方が、毎日放送の30分アニメだと

すると、私のは週に一度の一時間ドラマみたいな感じですかね。

見る人は見るけど、長いのが嫌いな人は全く見ない…みたいな。

もっとも週に一度ではなく隔週ですけど。


ですが、どうしても、ディティールとか、蘊蓄とか「重たい描写」を

削りたくなかったのです。


作品冒頭で、真が失った自動小銃『56式自動歩槍』をどうやって

入手したのか、タネ明かし的エピソードとして描いています。


物語冒頭では手慣れた感じでレヴュラを狩っていた真ですが、

最初からできたわけでもなく、この日を境に、実銃を扱う術を

少しずつ経験の中で身に着けていくことになります。


余談ですが、真がつけている腕時計はルミノックスですが、

これは「私自身が好きだから」という個人的趣味です。


次回は、もう一人の主人公といっていい、「彼女」との出会いを描いていきますね。

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