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予兆

俺は「親友」の胸のあたりにある取っ手を引き、その中に冷凍食品のピラフを入れた。

表示通りの600W3分に設定し、スタートボタンを押す。

「ユウジ、いくら僕が好きだからと言って、冷凍食品ばかりでは良くないよ。たまには自炊しないと」

電子レンジ機能を使うたびに小言をもらうのはウンザリだ。

今は仕事も忙しいし、なかなか自炊する余裕がない。

「よく三人でバーベキューしたり、料理したじゃないか」

「ビル……。今の俺に火を起こしたり肉を焼いた後の網の焦げを取ったりする余裕があると思うか?」

「ないだろうね。君は今、絶対的権力、政府との抗争に巻き込まれたところ」

「わかってるじゃないか。さ、そろそろだろ」

俺は皿とスプーンを用意していた。

「まあ、腹が減っては戦は出来ぬ。エビピラフ一人前、僕の胸で温めてあげたよ」


何から話そうか。

とにかく、自己紹介からしておこう。

俺はユウジ・アズマ。

年齢は24歳。

出身はノースのニュー地区、工学系の大学院を卒業し、シティのニュー地区でプログラマーをしている。

趣味はオンラインゲーム。

嫌いな食べ物は生野菜、特にトマト。

この大きな騒動に巻き込まれた者として、語り部をさせてもらおう。

あと、ここから先、物語の導入として、この世界の説明も軽くしておく。

今は西暦2142年。

過去に「多様性」を求めた人々がいたおかげで、人種や言語の区別という概念がない、言うなれば生きやすく混沌とした時代だ。

国境という概念も薄れつつあり、この地球は主にノース、セントラル、サウス、という、かなりざっくりとした区分けをされている。

多様化社会、多文化社会。

これが少し前の時代の人々が求めていたものなのかと思うと首を傾げるが。

しかし、この混沌とした世界にもきっちりと線引きされたものが一つだけ存在する。

それは「ニュー地区」と「オールド地区」だ。

「ニュー地区」はいわゆるデジタル、新しいもの、何事も最も効率のよさを求める人々のための居住区だ。

反対に「オールド地区」はアナログ、古きよきを大切にする、効率より人の手のぬくもりを大切にする、そういった人々の居住区である。

ニューやオールドといった言い方も差別にあたるとして多くのデモ活動が行われているし、ニューとオールドの戦争もあちこちで起きている。

多様化を求めすぎた結果として、戦争はあちこちで起きているし、多くの人が貧困ではなく戦闘で命を落としている。

何かがどこかから間違ってしまった世界、だ。

俺はセントラルのニュー地区、その中心部である「シティ」の極東、「トーキョー」に、親友のビル・マックイーンと住んでいる。

この騒動は、ビルの死から始まったのだ。


もし僕が死んだら、このプログラムを使って。

大学院時代のビルはそう言って、俺の手にUSBメモリを握らせた。

「USBなんて、古くさいな」

俺が言うと彼は笑った。

「メールなんて政府に筒抜けさ」

その夜、ビルは消えた。

跡形もなく、まるでいなかったかのように。

教授も、ビルについて触れない。

聞いても「ビルという人物は知らない」と言われる。

大学は政府の息がかかっていて、ビルは政府の何か情報を掴んだらしく、消された……、という噂が、嫌でも耳に入ってくる。

俺は理不尽に親友を失った悲しみ、いや、悲しみというより、何もかもがわからない気持ちのまま、自宅のPCにUSBを挿した。

一応、オフラインにしておいた。

「やあ、ユウジ。僕はもういなくなってるところかな?」

彼は画面ごしに語りかける。

「これから、僕の指示通りに操作して。右下のアイコンをクリック、パスワードは0115……」

俺は言われた通りに操作する。

「データは解凍された、デスクトップに僕の顔写真のバナーが出てきているはず。そこから僕のAIデータが開ける、お疲れ様」

やれやれ。

俺はバナーをクリックした。

すると、画面にビルがSNSのアイコンに使っていた、アニメのキャラクターの画像が現れた。

「ありがとう。僕はソフトだけでも蘇生したよ。ユウジ」

「……おう」

「僕は知っているんだ。この世界の真実を。知ってしまったんだ。きっと肉体はもうこの世にないだろう。政府の人間に殺されて、きっとサメの餌になってると思う」

「そっか……、残念だよ」

俺はコーヒーをすすった。

「ユウジ。戦争は止まらないよ。じきに、この世界を覆って、すべて滅びる。それが政府の狙いだ。すべての人類を滅ぼし、文明を終わらせる」

「なぜ」

「人類は進みすぎた。人間は原始時代から変わらない、しかし、機械は日々進歩する。そんな内容の極秘メールをハッキングしてしまって、そして」

「こら。政府をハッキングしたのか?」

「僕は間違ってない。今の世界はおかしい、それでも、生きている人間を皆殺しにするなんて、あり得ない」

俺は天井を仰ぐ。

「で、どうすればいい?」

「ユウジ。僕の体を作って。人類の滅亡を、いっしょに止めるんだ」

それからは想像に容易い。

俺は大学からの親友の頼みを断れずに、素材を買い集め、3Dプリンターを駆使し、ビルのボディを作った。

カーボンを使い、なるべく軽量化と壊れにくさを実現した。

二足歩行で、頭部のカメラは、目は二つ、十字の溝を自在に動く。

その頭部にコアとなるこのAIソフトデータを搭載した。

そして、胸部には電子レンジを取り付けた。

これは俺の恋人、トレイシー・ワトスンのアイデアだ。

何事にも面白さを求めるユニークな彼女らしい。

これはビルも大喜びだったし、俺も何度もパックのライスやらパスタやらを温めるのに使っている。

そのたびに、冒頭のような小言をもらうのだが。

俺と親友の、人類滅亡を目指す政府との戦い。

ざっくりと言うと、そういうことだ……が。

「具体的に何をしたらいいか、わからない」

俺はオンラインゲームをしている。

ピラフの皿はもう空だ。

「働いているしな! 俺は!」

「うんうん、そうだよね。君は朝から晩まで忙しいね。新社会人だ」

「ビルと暮らしてそんなこんなで2ヶ月」

「夏になるね。熱中症に気をつけて」

「ん……」

俺はランクマッチを終えて、伸びをする。

「どーする会議しなきゃな」

「トレイシーもいれて、週末に?」

俺は頷いた。

日曜日に、集合する約束はもうしている。

外のカフェで……、だったけれど、ビルもいるし、仕方がない。

SNSアプリを開き、トレイシーに自宅集合に変更、とメールを送信した。


日曜日。

俺は早起きして、身支度を整え、親友を起こし(充電ケーブルから抜いて、電子レンジのスタートボタンを押す)、コーヒーを淹れた。

親友の胸でトーストを焼いてかじり、テレビの戦争が止まらないといういつものニュースを眺め、トレイシーが家に来るまでの時間をランクマッチで過ごした。

ビルはオンラインゲームもするけれど、全く上手くない。

ほどなくベルが鳴った。

「ユウジ! ビル! おはよう!」

彼女が笑顔で部屋に入ってくると、ああ、やっぱり男二人の部屋に入れてよかったんだっけ、となる。

トレイシーは茶髪と青い目の女性で、どことなく頼りない、俺より少し年上の彼女だ。

オンラインゲームのチャットで知り合い、オフ会を重ねて、つい最近交際に至った。

「おはよう」

「やあ、トレイシー。君は今日もいけてるね」

「ありがとう、ビル」

トレイシーは、生前のビルを知らない。

ただ、データの彼と会話をして「あたたかい心の持ち主」と感じ、胸に電子レンジを搭載しようと持ちかけた。

トレイシーは「オールド地区」の人間で、職業はこのあたりの「リブラ」の受付をしている。

「リブラ」は昔風の言い方をすると「図書館」で、ニューとオールドの中立を保つと宣言している公共施設だ。

紙のものも電子のものも、数多のデータベースを保有する施設で働く彼女は、もちろん本好きで、デジタル人間の俺にはないものの見方や表現の仕方をする。

そういう違いが刺激になるし、何より、トレイシーといると楽しい。

「ねえ、ユウジ。秘密の会議って言いつつ、毎回、三人で映画見たりするよね。でもさ、今日は本気で作戦会議、しない?」

トレイシーはビルからのコーヒーのマグカップを受け取りながら言った。

「極秘だけれど、リブラに来たの。政府監査」

トレイシーの言葉に、空気が少し、ひきつる。

「検閲だよ。……リブラも、公共施設、つまり、政府のものだから。自由宣言はあるけれど、もしかしたらね」

やれやれ。

俺はビルを見た。

ビルはカメラの目で、トレイシーを見ていた。

「何かを知ると、僕みたいに殺されてしまうから、深入りはしないで」

重みのある言葉に、トレイシーは頷く。

そのとき、プライベート用タブレットから小さな受信音がした。

メールボックスを開く。

「ユウジ・アズマ あなたの親友、ビル・マックイーンの現在の所在を掴みました。情報を得たければ24時間以内に返信してください」

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