紫のアネモネ
登場人物
蒼 乙女座
飛鳥 獅子座
鈴 牡牛座
「おとめ座のあなたのラッキーアイテムは桃色のハンカチです!」
朝のニュースでよく見る星座占いをトーストをかじりながらぼんやり見ていると、わざとらしい明るい声でアナウンサーがそう言っていた。
「ふーん」
つまらなげな声を漏らす私の口許はニマニマと緩んでいた。なぜなら私は今日のラッキーアイテムである桃色のハンカチを持っているからだ。不思議なものだがこういうものを信じていなくても、少し気分が上がる。その後のアナウンサーの言ったことに気分の上昇具合が少しではすまなくなった。
「ラッキーアイテムを持ち歩くと、意中の人と進展があるかもしれません!」
登校中、親友の鈴と偶然会った。
「鈴、おはよ〜」
「おぉ、蒼。おはよう」
朝から光り輝く笑顔を見ることができ、私はやはり今日は運がいいのだな、と思ってしまうほどだった。そっと、ポケットに手を忍ばせればふわふわとした桃色のハンカチの感触がある。それをあらあためて確認し、そっと微笑んでしまった。
「ねぇ、聞いて! 今日の星座占いでラッキーアイテムが桃色のハンカチだって言ってたの!」
私がいつもに比べテンション高めに言ったからか、少し驚いたように目を開きすぐさま嬉しそうな顔になった。そして持ってきたハンカチを高々と見せつけた。
「まじで!? え、それってアタシがあげたやつ?」
鈴の問いかけに満面の笑みで頷くと、彼女もまた同じく嬉しそうに笑っていた。
窓側の自分の席で、ぼんやりと窓の外を眺めていると、飛鳥くんが話しかけてきた。
「蒼、おはよ」
え、嘘。早速占いの効果、発揮しちゃってる? 緩みそうになった口許と赤くなった気がする頬を隠すために思わず両手で口許を覆ってしまった。あ、やばい。絶対変だと思われた。どうしよう。とっさに私は誤魔化すため、わざとあくびをして飛鳥くんに挨拶を返した
「ふぁ〜、ん。飛鳥くん、おはよう」
「蒼、眠いの?」
くすり、と私の様子を見て微笑む彼に再び頬が赤くなったのを自覚した。廊下側の彼の席に戻る飛鳥くんの姿にわざわざ私に挨拶するためだけにこちらにきてくれたのか、と嬉しくなる。やばい。あの占いは当たるのかもしれない。
一時間目から授業の内容が、頭に入ってこなかった。成績は良いほうだから、帰って復習すればなんとかなるけれど、原因が原因だ。飛鳥くんのさっきの笑顔が頭から離れずずっとぐるぐると思考の邪魔をしてくる。窓側の後ろの席で本当に良かった。このわずかに赤くなってニヤついた顔を見られるわけにはいかない。
私が飛鳥くんのことを好きなのは言わずもがな。簡単にわかってしまうことだろう。中学1年生の頃、彼の溢れ出す優しさに触れてちょろい私は簡単に恋に落ちてしまった。
休み時間になり鈴と机を向かい合わせてお弁当を食べているときに、軽く手をふこうとポケットに手を伸ばした。……あるはずの感触が見当たらない。慌てて反対側のポケットも確認したが、ない。あるはずの、入れていたはずのものがなくなっている。ど、どうしよう。アレのおかげで飛鳥くんと話せてたのに。
「り、鈴。どうしよう……。ハンカチ落としたかもしれない」
鈴がくれたものを落としてしまったという罪悪感とともに、飛鳥くんと話せるラッキーアイテムを失ったショックが大きい。あくまでも占いだ。それを信じすぎている気がする。けれど今日の出来事的にそう考えざるを得ないだろう。
「え、まじで? まぁ、気にすんなよ。ほら、あのハンカチ、ガラスの靴の刺繍入ってるでしょ? だからさ、飛鳥が拾ってくれるといいね〜。そしたら…ね」
鈴は対して気にした素振りも見せず、ニヤニヤと笑い始めた。その意図が汲み取れず、しばらく首を傾げていたが見兼ねた鈴が顔を近づけてこちらに囁いてきた。
「ほ〜ら、シンデレラ♪」
その一言で鈴の言いたいことの大半を理解することができてしまい、顔に血が上っていくのが分かった。私のその様子を見て目の前にいる彼女が、更にニマニマし始めることが分かった。その姿に更に恥ずかしくなってしまい、軽く鈴の肩を叩いた。
昼休みの間少し、ハンカチを落とした可能性のある場所を探してみたが、どこも見当たらなかった。だからか、昼休みの後は飛鳥くんとは一言も話すことができなかった。そのまま帰りの会になってしまった。それらの内容が朝と同じく全く入ってこなかった。帰りの会が終わった後、担任にハンカチの落し物があったかを聞いてみたが、流石になかったらしい。少し落ち込みながら帰りの支度をしていると、思ってもいない人から声がかかった。
「蒼。 その、今日……一緒に帰らないか?」
少し言葉をつまらせながら、一緒に帰ろうと誘ってくれた人は――飛鳥くんだった。
帰ろうと誘ってくれたのは彼のはずなのに、二人だけの通学路には沈黙だけが広がっていた。しかし、分かれ道に差し掛かったところで飛鳥くんが沈黙を破った。
「あ、のさ。蒼、ハンカチ落としたって言ってたじゃん」
思ってもみなかった話題と、彼に相談をした覚えがなかったはずだ、という二つのことで驚いていた。
「その、さ。ハンカチ実は拾ってたんだよね。……ごめんな」
申し訳なさそうに言う飛鳥くんに私はさらに驚いた。宝物を取り出すような仕草でポケットから桃色のガラスの靴の刺繡が入ったハンカチを取り出した。そしてそっと私にひざまずいて差し出してくれた。
「落としましたよ。シンデレラ?」
私の頬も桃色になった気がした。




