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6 南号作戦とその後

 1945年一月二八日から二月一〇日の下関―シンガポールの航海は石炭庫の石炭以外空荷で行われた。本土の物資不足は危険域に達していた。


 二月一二日から二月二八日のシンガポール―下関の航海では、大貨物船に重油を、小貨物庫にゴムと錫を搭載した吾妻は、米潜水艦パンパニト、ベクーナ、ブレニー、ガヴィナ、の四隻からなるウルフパックからの攻撃を受けた。

 パンパニトの魚雷のうち二発が艦底を通過したが、幸運にも不発だったため損傷はなかった。

 いつものように『山嵐』で反撃した後は逃走したが、三隻目のガヴィナだけは見張り員が先に見つけてしまったので『山嵐』で沈めた。これが吾妻が己で確認した最初の戦果となる。

 山野艦長は敵潜水艦の乗員を『今は逃走が優先』と救助しなかった。なお内心は敵潜水艦の乗員の『溺死出来る幸運』への嫉妬でまみれていたが、その歪んだ表情を部下達は『危険が去っていないからだ!』と受け取っていた。

 米軍はパンパニトのウルフパックの全滅を『何かがおかしい』と感じつつも『日本軍にろくな対潜兵器があるとは思えない』とその直感を無視した。まさか吾妻の一隻だけまともな対潜兵器(ヘッジホッグもどき)を積んでいる、なんて普通は考えないのだ。

 パンパニトのウルフパックは、史実ではヒ88D船団を壊滅させていたが、吾妻の活躍により米潜水艦のローテーションが狂ったこともあってヒ88D船団は無事本土へ到着。船は解体されて貴重な鋼材となった。


 三月一日から一二日の下関―シンガポール航海は四日に米潜水艦ブレニー、バヤの二隻の攻撃を受け、いつものように『山嵐』で反撃後逃走。ブレニーとバヤは沈没したが、吾妻はその戦果を確認しなかった。

 ブレニーとバヤは史実ではヒ88I船団を殲滅しているが、吾妻のせいでヒ88I船団は無事本土へ帰還出来た。


 この頃になると、山野艦長は気付き始めた。

「もしかしてただ逃走するだけでは敵の追撃を受けられないのでは?」

 しかし反撃せず逃走するのは、人(部下)の目があるから出来ない。山野は苦悩するも、解決策は思い浮かばなかった。




 遡って一月二四日。スマトラ島の製油施設がイギリス海軍による空襲を受けて壊滅。

 二月一八日には硫黄島の戦いが始まり、本土への空襲が激化する。

 フィリピンも三月三日にマニラが陥落するなど、重要拠点は米軍の占領下となっていた。

 そして三月二六日には沖縄戦が始まる。


 これらのことから分かるように、三月一二日時点で吾妻がシンガポールから運び出せる石油はなかったし、そもそもシーレーンが米軍の勢力下にあるので本土へ帰還出来る見込みがない。

 それでも吾妻をシンガポールに送り込んだのは、運が良ければあと一回は日本に物資を運べると連合艦隊指令部が考えたからだった。

 しかし現実は無情であり。北号作戦によりまともな艦艇が日本に帰ってしまったたシンガポールに、吾妻は留まった。




 シンガポールで暇をもて余していた吾妻は貨物船利水丸、天塩丸、第三十四号駆潜艇、第六十三号駆潜艇と共に、アダマン諸島への緊急輸送を命じられる。

 三月二〇日、緊急輸送隊はシンガポールを出港した。

 イギリス海軍はこの輸送を察知しており。『オンボード作戦』によりこの輸送隊を殲滅しようと、フォース70の駆逐艦四隻とB―24爆撃機一二機を攻撃に当たらせた。


 二六日、輸送隊はフォース70と接触した。

「何故だ!?」

 沈みゆく駆逐艦ヴィジラントの中で、乗員の誰かが怒鳴る。

「もう日本海軍にまともな艦艇はないんじゃなかったのか!?」


 戦闘は一方的なものだった。

 吾妻が初弾でヴィラーゴの艦橋を消し飛ばしたかと思うと、その後三射でヴィラーゴを爆沈させ。イギリス艦隊が動揺している間にソーマレズを。吾妻と二隻の駆潜艇の砲撃でヴォレージ、ヴィジラントと続けて沈めた。

「日本海軍は兵力が枯渇したんじゃなかったのか!?」

「まともな艦艇も水兵もいないはずなのに!」

 嘆きながら、ジョンブルは沈んでいった。


「大戦果、ですな」

 田中副長は誇らしげに胸を張った。吾妻の艦橋は初めての『まともな』戦果にそれはもう浮かれていた。

「訓練の成果が出た!」

「やったぞ!」

 航海の傍らで続けられていた訓練の成果が出たのだから、喜ぶのも当然だ。

「油断するな!」

 山野艦長は喜びつつも怒鳴る。

「敵艦隊も我々のことを打電しているはずだ! 追加の艦隊か爆撃隊が来るぞ!」

「「はっ!」」

 山野艦長の叱咤により、乗員達は気を引き締めた。

 なおこの時の山野艦長の頭の中は、『敵のお代わりがやって来たら流石に勝てないだろう。やっと溺死出来る!』という喜色一色であった。もうやだこの変態。


 そこにB―24爆撃機一二機が接近。

「何でこんなに当たるんだ!?」

 吾妻の主砲により、うち八機が爆撃姿勢に入る前に撃破され、四機は逃げ出したが背後を主砲に打ち砕かれた。

 爆撃隊の油断もあっただろうが、吾妻乗員の練度の高さが伺える。




 吾妻の活躍によってイギリス海軍のオンボード作戦は失敗し、アダマン諸島への緊急輸送は成功した。

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