3 ベラ湾夜戦
八月六日に出港した、第四駆逐隊のラバウルからコロンバンガラ島への航海は、夜になった途端に不穏な空気が漂い始めたことを実感し始めた。
なお、悪天候のため日本軍による上空直衛が取り止めとなった裏で、米軍は大型爆撃機で第四駆逐隊の五隻を発見しているので、不穏な空気が漂いのは実は昼前からだったりする。
「つまりはぐれた訳ね」
第四駆逐隊に臨時で編入された封鎖突破艦『吾妻』が、本隊からはぐれた。
「なら仕方ないね。コロンバンガラ島へ全速前進!」
「合流しなくてよろしいのですか?」
山野艦長の命令に、田中副長が尋ねるも。
「我々の練度で合流出来ると思う?」
山野艦長のあまりに説得力のありすぎる言葉に、艦橋総員同意してしまったことで、『吾妻』は独自にコロンバンガラ島へ急ぐことになる。
なお、本隊たる第四駆逐隊も『探すのは時間の無駄』と『吾妻』を無視して航海を急いだ。お互いのことを良く理解出来ている。
一方、コロンバンガラ島近海では、アメリカ海軍のフレデリック・ムースブラッガー中佐率いる第12・15駆逐群の駆逐艦六隻が、新戦術を携えて待ち構えていた。
21時33分。
「レーダーに感あり。しかしこれは……」
駆逐艦『マッコール』のレーダー員は言い淀むも、すぐにムースブラッガー中佐に伝えた。
「敵の艦隊は分離して行動しています」
「何だと?」
「一隻と四隻に別れて行動しています」
「……どういうことだ?」
日本海軍といえば夜戦。夜戦といえば日本海軍。そんな認識があったから、ムースブラッガー中佐は悩んだ。
「これは日本海軍の作戦か?」
「分かりません。ただ、両者の位置からすると、どちらかと戦うともう片方を逃がします」
「フーム」
ムースブラッガー中佐は数瞬考え、決断を下した。
「本艦隊で四隻の方を殺る。一隻の方は帰路で襲おう。魚雷用意!」
戦場となったベラ湾で繰り広げられたのは、一方的な殺戮であった。
ムースブラッガー艦隊の放った二四本の魚雷は、第四駆逐隊の前方にいた萩風・嵐・江風にそれぞれ二本以上命中。江風は轟沈し、萩風・嵐は航行不能に。
悪天候による視界不良の中、第四駆逐隊は艦隊後方からの襲撃を警戒していたので、これは心理的奇襲となった訳だ。
ムースブラッガー艦隊は敵艦隊の立ち往生を確認後、艦隊の頭を抑える形で砲撃。集中砲火を浴びた萩風・嵐は瞬く間に沈没した。
第四駆逐隊に残る時雨は、敵艦隊を確認後すぐさま面舵を切って魚雷を発射したが命中せず。むしろ敵艦隊の発射した魚雷に舵を壊された。舵を壊した魚雷が爆発しなかったから助かったようなものだった。
魚雷を八本発射した時雨は煙幕を張って一時退却。
三〇分後、魚雷と砲弾を装填して戦場に戻ってきた時雨は『状況極めて不利』と判断して退却を開始。これをムースブラッガー中佐率いる駆逐艦三隻が追撃するも、時雨は逃げ切ることに成功した。
この『ベラ湾夜戦』は、アメリカ海軍のレーダー戦術が日本海軍の夜戦戦術を上回った初の戦いとして記憶されることとなる。




