そんなもんか
読んでいただいてありがとうございます。
戦争が終わった。あくまで簡潔に。
大勢の人が死んだ。俺の家族兄弟や高校の友達も例外ではなかった。みんな死んだ…殺害の対象は無作為だった。この国の人口の10分の1が消されることは、宣戦布告の五日後にはすでに決定されていたことだった。重要なのは結果であって、過程ではない。効率的に物事を進めることに異議はない。スパコンが三日三晩計算して出た答えだ。なら、あとはその計算結果に忠実であればいい。ただ、俺の周囲の人間をこんなに消すことはなかっただろうと思う。無作為というのは、俺のような状況の人間を何人か作り出しているのだろう。すべて「運が悪い」の一言で片づけられるのは癪だが、そうとしか言えないだろう。実際、国民すべてが同じリスクを確かに背負っていたのだ。俺は今、初めて平等って言葉がクソだと思った。どうしようもなく平等。どうしようもねぇな。
どうしようもないが、動き出さなければならない。クソッタレが。まずは役所に行く必要がある。家族の死んだ人数に依って補償金がでる。大家族だったからかなりの年数は………具体的には10年くらい暮らせる分の金が手に入るはずだ。俺は家を出た。ああ、クソみたいに青い空。いますぐ落ちてしまえばいい。
俺の願いとは裏腹に、何事もなく役所につく。いっそ死んでしまえばよかったか?でも、いままで培ってきた道徳や倫理観がそれを許さない。クソ。役所に入った。
「こんにちは。本日はいかがされましたか」
「補償金を受け取りに」
「痛み入ります。身分証明のために瞳孔と指紋を確認します。機器を持って参りますので会議室Aにて少々お待ちください」
…
「では確認します。まず、名前を教えていただけますか。…元木傑さんですね。人物データベースを照合します。目を大きく開けてください。…続いて、右手の人差し指をこちらに…はい、問題ありません。では、お手数ですがなくなった家族の人数をお教えいただけますか。なお、2親等内でかつ1年以上の同居をしているか、血縁がなくとも5年以上同居している方を家族とします」
「…両親、兄が2人、妹が1人、弟が1人です」
「偽りはありませんか?」
「ありません」
「…はい、確認が取れました。問題ありません。では、こちらのカードを持って窓口のほうへお願いします」
「…わかりました」
窓口へ行きカードを提示する。さっきのように通り一遍のお悔やみの言葉のあと、口座に6000万円が振り込まれた旨を伝えられた。戦前なら(数日前のことだが)普通に暮らせば20年弱は暮らせる額だが、戦争のおかげで物価は急騰している。せいぜいが10年…いや5年くらいか…?金のことはよくわからない。だが、とりあえずしばらくは大丈夫だというのはわかった。
…大丈夫、だって?…ばかげている。家族が死んでんのに…友達も。大丈夫もクソもない。金があって生活ができたらなんだっていうんだ?俺には叶えたい夢も、家族や友人の期待もない。…ああクソ。太陽があつい。首の後ろ側がじりじりとやかれる。温暖化が止まっても、暑いのは暑いんだよ…
どうしろっていうんだ?どう生きろっていうんだ?本当に家族友人って、俺にとっては大事だったんだな。こういうとき、クソみたいな親や区祖みたいな兄弟、クソみたいな友達しかいなかったら、そいつは相対的に幸福なのか?満面の笑みで笑うのか?一つだけ言えるのは、そういうやつとは仲良くできそうもないってことだ。…だからなんだっていうんだ?家までの足取りは重い。くだらねぇクソみたいな思考がずっと頭の中をめぐっている。俺はいま、ただ歩くだけの抜け殻だ。無意味な思考を散らかすだけのかかしだ。
だから、道の端っこで泣いている子供を見つけられたことは、自分でもちょっと意外だった。
「…ぐす…ふ…ふ…ズズ…ぐす…」
押し殺すような泣き声だった。多分六歳くらいの子供なのに、誰にも助けなど求めまいとするような、それでいて…とにかく泣いていた。俺は…とりあえず声くらいはかけるべきだと思った。こんな状況だ。大方俺と同じで肉親を喪ったのだろう。
「大丈夫か」
「ぐす……」
‘大丈夫か`だって?大丈夫なわけがないってさっきひとりごちたのはお前だろう。
「すまん、大丈夫じゃないよな。名前はなんていうんだ?家族はどうしたんだ」
「ズズ……ふ…ぐす……おれ…は、たくみ…ぐす…おとおさんも、おかあさんも、いなくなっちゃった…う…うえぇぇ……ぐす」
「兄弟はいないのか?」
「…う…ぐす…いない…」
「そうか…」
家族がいなくなって途方に暮れているらしい。役所に連れてってやるべきだと思った。
「よし、いいか。お兄ちゃんについてくるんだ。」
「ぐす…おとおさんと、おかあさんの場所知ってるの…?」
「…悪い、それはお兄ちゃんしらないな」
「…ぐす…うえぇん…」
…とりあえずつれていく。話はそれからだ。
また役所に来た。さっきと同じ人が対応している。
「こんにちは。本日は…先ほどの方ですか?」
「はい、さっき道でこの子を見つけまして…家族が亡くなったと」
「なるほど…ぼく、ことばはわかるかな」
「ぐす…わかる…う…ぐす…」
「わかった。ではぼくについてきてくれるかな」
「ぐす…はい…」
子どもは職員につれられていった。金を手に入れて、そんで孤児院でもはいるだろう。俺はもうこの場には必要ない。だが、なんだか帰る気にもならない。しばらく待っていた。
「元木さん、お待たせいたしました。終わりました」
職員とさっきの子供が帰ってきた。子供はだいぶ落ち着いたようだった。
「はい。…といっても俺はその子とは赤の他人なんですけどね」
「…元木さん、一つよろしいでしょうか」
「はい?」
「この子と一緒に暮らすことはできませんか?」
「え?…俺高校生ですけど」
「承知しております。承知の上での提案です」
「ええ…それって、法律的にだいじょうぶなんですか?あと、理由を聞いても?」
「法律的には問題ないです。理由は精神衛生の観点から国から奨励されているからです」
「精神衛生…?」
「はい。家族の方を全員喪った方には、ほかのそのような方との同居を勧めております。同じ苦しみを抱えた方同士で共同生活をすると、自殺率が減ったというデータがあります」
「…はあ、そうですか」
「そういうわけですので…いかがでしょうか。もしお受けくだされば、教育などについてはこちらから支援させていただきますので、心配ありません。もちろんお断りされてもかまいません」
…子供と暮らす。俺も子供みたいなもんだ。まだ成人していない。だから懸念はある。だが、金もある。支援もあるし、教育を受けさせることは可能だ。大体、俺には身を寄せる友人も家族もない。…なら。
「…たくみ君、お兄ちゃんと一緒に来るか?」
「…うん。いいよ」
「だ、そうだ」
「元木さん、ありがとうございます。では早速手続きを…」
家族を喪い、友人を喪い、そして金となぜか赤の他人の子供を得た。釣り合わないが、生きるには十分に思えた。
「……そんなもんか。いこうか、たくみ」
「うん」
そうして、少し静かになった街を歩き始めた。相変わらず鬱陶しいくらい暑い。
「暑いな。水のむか?」
「おれジュースがいい」
「…わかったよ」
だが、今はその暑さを共有できるやつがいる。少しはましに思えた。
おわり
初投稿でした。読んでいただいてありがとうございます。右も左もわかりませんが、いろいろ書いてみます。
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