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第二話 流れ星を売る


 みやこまでは何日も歩かねばならない。

 近づくほどに行きかう人々は数えきれぬほどに増え、ぜいたくな着飾きかざりも多く見かけるようになる。

 やがて見渡すかぎりに家屋かおくがひしめくようになり、りっぱな屋敷やしきやさわがしい市場いちばもあちこちで見かけるようになる。

 さまざまな貴重きちょうめずらしい品物しなものであふれかえっていて、勇者が荷車にぐるまいっぱいにんできた草履ぞうり山菜さんさいの山などはずかしく思えるほどだった。

 星呼ほしよびはボロの自分など、ゴミクズのように思えてこわくなってくる。


「ぜんぶまかせてくれりゃいい」


 行商ぎょうしょうはそう言って、日も暮れはじめた大通りで呼びかける。


「お立会たちあい! これなる星呼びが、あなたがたへ幸運こううんを呼びこむ姿をどうか見届みとどけけていただきたい! ……ほれ、はよう呼んでくれ」


 はじめはだれも、行商がれているみすぼらしい村人に見向きもしなかった。

 やがて星呼びが夜空の一角いっかくを指さすと、行商もうでをふりあげて叫ぶ。


「あちらの空をごらんあれ! まもなく星が! 流れる星が! 流れ……ほれえ! あのとおり!」


 一度だけでは、だれもがバカにした顔だった。

 だが行商は得意顔とくいがおで続ける。


「まだ信じられんのも無理むりはない! だがこの草履ぞうりを買えばすぐにもわかること! 流れ星の幸運がつく草履だ! もし流れ星を呼べなければ、ぜにはすべて返してやろう!」


 ちょうど草履をつぶしかけていた酒売さかうりが、二束にそくほどもとめてきた。


「おう、二束か。では月が、あのえだへかかるまでには呼んでおこう……呼べるな?」


 行商がうかがうと、星呼びはすっと両手で別々の空を指した。


「待たんでもいい。おあつらえ向きにふたつ来る。なかなかに大きそうじゃ」


「なんと!? もうすぐ!? ふたつ!? あちらとそちら!? お立会い、見逃みのがすまいぞ!? あちら……ああっ! ほれ! そちっ、ら!? おお! おおお!」


 行商にあおられ、酒売りや見物けんぶつ野次馬やじうままでさわぎ、それがさらに大勢おおぜいの人を集めた。


「まっさきにおためしなさった酒売りどのには、天も手厚てあつくこたえてくださった! なんとありがたい幸運がこめられたことか!」


 次々と草履を求める声があがり、行商はいやみな笑顔を見せる。


「さきほどの値段ねだんは、まっさきに手を出した度胸どきょうへこたえてのやすさでなあ? 本来はその三倍は出してもらいたい貴重なもの……なあに、次も星を呼べなければ、やはりただでよいのだ。それしきの度胸もない者に、幸運をこめた草履はゆずれんなあ?」


 急に値上ねあがりしたが、草履はいくつも売れた。

 ほどなく星呼びがまた小さな流れ星を当てて見せると、五倍に値上げしてもすぐに売りきれる。


「星呼びの大先生をうたがうけちな心が、さきほどの流れ星を小さくしたようだ。さあ今度は、みなでいっしょに強くねんじて……」


 次も小つぶな流れ星だったが、星呼びが指さした先へぴたりと落ちて、またも大にぎわいになった。

 山菜まで何倍もの値段で売りきれる。



 翌日。行商はかせいだ金銭きんせんで星呼びにりっぱな着物を買った。

 着物屋の主人しゅじんも、すでにうわさは聞きつけている。


「どうか今晩、知り合いの座敷ざしきへいらしてもらえまいか」


 呼ばれた屋敷はやけに大きく、奥へ通されると役人たちが集まっていわいのうたげを開いていた。

 流れ星を当てて見せると、食べたこともないごちそうをたらふくふるまわれる。


「これは縁起えんぎがよい!」


「どれほどとくを積んだ法師様ほうしさまか!?」


 宴が終わると、両手いっぱいのぜにをほうびにもらえた。

 昨晩さくばんに草履や山菜を売りきった倍もある。


「たったひと晩で、こんなに……?」


 星呼びは見なれない多さの銭を手に、何度もため息をついた。



 たちまち都では星呼びの評判ひょうばんが広まり、毎晩あちこちへ呼び出された。

 ちやほやされるたび、銭の山はずんずん大きくなってゆく。

 行商はにたにたと手をもみ続けた。


「すべて大先生のおかげさまです。どうか明日も、ひとつよろしくおねがいいたします」


 荷物持にもつもちでつきそっていた勇者も大きくうなずく。


「星呼びはたいしたもんだ! だがそろそろ村へ帰らねば、みなが心配しんぱいするぞ! おれも体がなまってきた!」


「あほうが。なぜ今、あんなしみったれた村へもどらねばならん?」


 星呼びは銭の山をばんばんとたたいて見せた。

 行商はぺこぺことうなずく。


「ええ、まったくそのとおりです。大先生ほどのかたが腕をふるうのであれば、都でなければあまりにもったいない」


「おう。村のあほうどもはみな、わしを『星しか呼べん役立たず』などと言いおったじゃろうが」


「おれは一度も言ってないぞ」


 勇者に笑顔で言いきられてしまい、星呼びは返事にこまった。


「あ……それでも、じゃ……むぐ……」


 しかしやがて、暗くひねたみをうかべる。


「まあ、いい。村の者どもへ言っておきたいこともある。少しくらいは帰ってやってもよかろ」


 行商はしぶったが、星呼びが「ほんの少し」と約束やくそくしてうなずかせた。



 勇者たちが村へもどると、村人たちは荷車にまれた土産みやげの山におどろく。

 行商が荷物を広げて、星呼びはふんぞりかえった。


「おいじいさん、なべに穴が開いていたろう? ぴかぴかの新品をくれてやる。そっちのおじきはかまれかけじゃ。この上物じょうものを持っていけ。あんたは包丁ほうちょう、そっちはかま反物たんものはみんなのぶんだけある……」


 村人たちは大さわぎになり、どうやってかせいできたのか聞きたがる。


「はんっ。言ってやれ」


 星呼びは鼻で笑い、行商にあごで指図さしずした。


「ええ、ええ。こちらの『星呼びの大先生』さまであれば、これしきはひと月もしないでかせげてしまう仕事なのです。その腕をこの村でながらく草履編みだけに使っていたとは、なんともったいないことか。あまりにおしい」


 村人たちがうめき、星呼びは鼻息を荒くする。


「おう、おう。聞いたか? それをおまえらはなんじゃ? さんざん『星しか呼べん役立たず』などと……だれが好んで役立たずでいるものか! この土産の山を見ろ! まれそだった村のためになろうという気持ちなら、わしはだれにも負けんぞ!? これより多くの土産をみなにくばった者だけ、わしを笑いやがれ!」


 村人たちは大人も子供もおろおろとうつむいてだまりこむ。

 勇者だけは笑ってうなずいた。


「星呼びは星を呼べるだけでなく、草履も見事みごとに編めるからな! 着物のつくろいもていねいだ! これらの土産を買いこむときは、みなのほしがっていたものをすべておぼえていた!」


 星呼びはいごこち悪そうに顔を赤らめる。


「あほうが。わしは別に、そんなことを言われたかったわけじゃ……ほれ、おまえには新しいくわとつるはしじゃ。そのばか力にもえられそうな名品めいひんを探しておいた」


「おう! ありがたい!」


 勇者がすなおに受けとってよろこぶと、星呼びはさびしげにうつむく。


「どうせわしはこれからも、都でざくざくかせげるからのう……おまえはこれからも畑をたがやし、井戸を掘り続けるつもりか?」


「そうしなければ、村のみながこまるからな! おれはそうしたい!」


「のう……できれば、その、わしと……その…………」


 星呼びはぼそぼそと小さくつぶやきながら、何度も首をかしげる。

 自分でもなにを言おうとしているのか、わからなかった。

 ところがそこへ、馬に乗った役人たちがやってくる。


「なんじゃ? 都のやつらはずいぶんせっかちに、わしを呼びもどしたがっておるのう?」


 星呼びは笑ってかたをすくめたが、行商はまじめな顔で考えこんでいた。


「ええ……少しばかり、待ってもらうように言ってきますので」


 そそくさと役人たちのもとへ走りよって話しはじめるが、すぐに驚いた声をあげる。


「とんでもない! わたしはただ、あの者にたのまれてきゃくを集めていただけです!」


 行商は星呼びを指さして、役人たちにぺこぺこと頭をさげはじめた。


「なにかうたがわれることでもあったなら、じつにもうしわけない……どうかこれで……ええ、では……」


 行商はだんだん小声になって役人へこっそり財布さいふをにぎらせると、そそくさとげていく。ふりむきもしない。

 役人たちは星呼びをにらみつけながらせまってきて、村人たちはじりじりとあとずさった。


「きさまが星を呼べるなどと言っていた者か!?」


 役人からどなるように聞かれて、星呼びはまゆをひそめてうなずく。


「おう。流れ星ごときは、わしの思うままに……」


 すると役人たちは、くちぐちにさわいだ。


「これは気味きみの悪い!」


「どれほど不心得ふこころえなペテンか!?」


 星呼びはあわててかぶりをふる。


「しかし都の役人さまたちにも、喜んでもらえて……」


「ばかもの! その者たちは都をさわがせたつみで、大臣だいじんにおしかりをうけておる!」


 たちまち星呼びは役人たちにかこまれ、なわでぐるぐる巻きにされた。

 わけもわからないまま、ぐいぐい引っぱられて歩かされる。

 村人たちはみな、星呼びからわたされた土産をてて逃げさった。

 勇者だけがひとり、ぴかぴかの鍬とつるはしを手にきょとんとしている。


「あほうが……土産はもうぜんぶ、おまえの好きにせい」


「わかった」


 勇者は追ってこなかった。

 星呼びはほっとするやら、やるせないやら、気持ちがさだまらない。




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