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第一話 流れ星を呼ぶ


 見わたすかぎりの荒地あれちでも、夜空の星々だけはゆたかだった。

 れ木もまばらなおかの上には小さな人影がひとつ。

 ひとすじの流れ星を見つけると、あわてて口を開く。


「ぼくを……!」


 言葉の途中とちゅうで流れ星は消えていた。


「そこのチビ、なにをねがおうとした?」


 別の人影が近づいてきて、わらたばを手に岩場へこしかける。

 月明つきあかりを頼りに草履ぞうりみに来た様子だった。

 チビの手はまめだらけで、体はだいぶやせている。

 それでも指をしっかりとのばし、荒地のどまん中をさした。

 はるか遠くに、月明かりを頼りにくわをふるいつづける者がいる。


「あの勇者様ゆうしゃさまみたいな力持ちになれるように」


 荒地の畑仕事は遠目にもガツガツと小気味こぎみよい音をたてていた。

 とどめとばかりに大きくふりあげると、丘までとどく気合を入れる。


秘奥義ひおうぎ! 竜帝激震破りゅうていげきしんは!」


 直後、村中の犬猫いぬねこもふりむく地鳴じなりがとどろいた。

 草履編みは苦笑にがわらいでかぶりをふる。


腕力わんりょくだけでよくもああまでやれるものじゃ。しかし畑仕事であれほどおおげさな技の名前など……あのあつかましさこそ勇者じゃろうな?」


 荒地の人影は鍬をつるはしに持ちかえ、近くの大穴へもぐりこんだ。

 青い月がちょうど真上へさしかかっている。

 やがて「神技しんぎ! 覇王流星突はおうりゅうせいづき・かい!」の気合がひびき、地鳴りが続いた。

 チビはそれを耳と足のうらで味わい、なっとくしたようにうなずく。


「勇者様が、井戸掘いどほり最初の景気けいきづけだあ」


 しかし小さく首をかしげた。


「今日の地鳴りはやや小さいかな? やっぱり昨日きのう、クマとなぐりあったきずがまだいたむのかなあ?」


「勇者のやつなら、それしき心配するだけそんじゃ。それよりほれ、そっちを見やれ」


 指をさされて見上げた夜空には、なにもない。

 目をそらしかけたら、流れ星がけていった。


「あっ……ああ……?」


「流れ星をさがしに来たのだろ? 次はあっちだ……そっち、こっち」


 流れ星が三つも、草履編みがさした先へ次々と落ちてゆく。

 チビはおどろいて、口をあんぐりとあけた。


「勇者様が言っていた『星呼ほしよびの大賢者だいけんじゃ』さまって、あんたのことか……?」


「その名づけもおおげさじゃ。人ひとりに星空を動かせるわけもなかろ。わしはただ、どこへるかに気がつけるだけじゃ」


「それなら願いごと、かなえほうだいだね?」


「そんなわけあるか。この姿すがたを見やれ」


 星呼びは大きなためいきをついて、草履を編み続ける。

 ボロにやせた姿でひとりきり、村から遠くはなれた丘の粗末そまつな小屋でらしていた。

 チビはかなしげにうつむく。


「流れ星が消えるまでに三回、願いごとをいのればかなうって……」


 星呼びは手をとめて顔を上げた。


「だれかに『ウソだ』と言われなかったか? まあ、いずれだれかに言われるさ。ろくに願い続けられなかったやつほど、そう言いたがる」


「かなうの?」


「いつかはそういうこともありうる。わしが流れ星を探せるようになったのも、そう願ったからじゃ。だからなにを願うか、よくよく考えて決めておけ」


「勇者様の傷が早くなおりますように……ぼくがもっと早く大人になれますように……今年は豊作ほうさくになりますように……」


 チビは決めかねてまよい、星呼びはさびしそうに笑う。


「どれも悪くはない願いじゃ。バカにしていい願いではない」


「勇者様よりもかっこいい技の名前をくださいますように」


「それは考えなおせ」


「自分で考えるから楽しいんだもんな。勇者様はぼくのぶんまで考えたがってこまる」


「わしも、もっとましな願いをするべきじゃった……ほれ、そっち」


「え……あっ、勇者様が豊作になりますように……じゃなくてっ……ああ……」


 流れ星は長くとどまってくれたが、言いまちがえを待ってくれるほどではない。

 星呼びも手を合わせていのっていた。


「……次のは長そうじゃったからな」


「そんなこともわかるんだ? すごい……」


「村のやつらはみんな、わしを『星探ほしさがしのペテン』と呼んでいるさ」


「ちゃんと星を呼べるのに? ……今はなにを願ったの?」


「む……?」


 星呼びの返事が遅れ、彼方かなたからは気合と地鳴りがとどく。


「神技! 覇王流星突き・改二号!」


 星呼びはそっと、荒地のどまん中へ掘られた穴を指さした。


「あの勇者めの願いは、そろそろかなえてやってほしくてな」


「勇者様とは、むかしからの知り合いなの?」


 星呼びはいたむような顔を見せる。



 子供のころの星呼びは、ほかの子供たちが星を探して願いをわめく姿が大嫌いだった。

 そのころから勇者は、村のどの大人よりもやかましい声でわめいていた。

 腕力まで大人よりあって、畑仕事では重宝ちょうほうされる。

 村はみやこから遠い田舎いなかにあって、畑がせまいためにまずしかった。

 畑を広げたいなら、村から遠い岩だらけの荒地を掘りかえすしかない。

 村の男女がみんなで岩をはこび、くわをふるって小石をのぞいても、かろうじていもが細々とできるだけだった。

 日照ひでりになると、それすらすぐにれてしまう。

 遠い村の井戸からはこべる水は少なかった。


「水さえ出れば、芋がもっと太るし、枯らさないですむ。ここにも井戸を掘るしかないな!」


 勇者がそう言いだして、畑仕事の合間あいまに穴掘りまではじめた。

 荒地の先には雪をかぶった高い山々があり、ふもとで川となっている水の流れがまっているはずだった。

 しかし星呼びははなで笑う。


「はっ、あほうが。ここよりずっとふもとに近い村の井戸でさえ、どれだけ深いか考えたらどうじゃ?」


 勇者はうなずいた。


「よほど熱心ねっしん気長きながにやるしかないな!」


 大きな体で、明るく気楽そうに笑う。


「だからこれはたのんだぞ!」


 勇者は腕力がありすぎて、草履も着物きものもすぐだめにしてしまう。

 そして手先てさき不器用ぶきようで、つくろいは星呼びをたよっていた。


「おまえのつくろいなら倍はもつからな!」


 星呼びは子供のころから体が弱く、力仕事はいきが続かない。

 すぐにすわりこんで草履や着物をつくろってばかりで、肩身かたみがせまかった。

 ただ手先は器用で、つくろいの出来できはいい。

 勇者に重宝されていたことで、ほかの子供からもバカにされないですんでいた。



 そのころから勇者は月明かりを頼れるならが暮れてもくわをふるい、つるはしをふるっている。

 まねしてほかの子供たちもはたらき者が多くなり、それにつきあわされる星呼びは体の弱さをうらみ、勇者をうらんだ。

 その帰り道はみんなで夜空に流れ星を探し、それぞれに願いをさけぶ。


「井戸をくれ! 井戸をくれ! 井戸をくれ! ……頼んだぞ!」


 勇者の大きすぎる叫びは、星呼びがはなれて歩いていても耳鳴みみなりが残るほどだった。

 とある夜には流れ星が多くて、星呼びは勇者の大声で頭まで痛くなってくる。

 うんと大きくはなれてから、鼻で笑った。


「ふんっ、あほうが。流れ星なんぞで願いがかなうものなら、わしは『流れ星がどこに降るか知らせろ』と願うがな」


 そうつぶやいた直後、夜空からものすごい勢いで光る玉が飛んでくる。


「ぶぎゃっ!?」


 頭にぶつけられて、ひっくりかえった。

 星呼びが目をまわしながらき上がると、勇者たちは遠すぎて気がついていない。

 近くの岩にはかしたぎんのような飛びちりが広がっていて、それはにゅるにゅると集まってクラゲのような形に近づく。


「な、なんじゃあ……!?」


 さらには人のような形と色合いをまねしはじめて、星呼びとた声まで出した。


「すまんな。わしをぶつけてしまったわびじゃ。さきほど願っていたとおりにしてやろ」


 そうげるや、銀の体は細い光をいくすじも夜空の彼方まで投げかけ、溶けるようにせていった。

 星呼びはポカンとしていたが、ふと夜空に気配けはいを感じる。

 間もなくそこへ、流れ星が降ってきた。

 すぐに背後はいごの空から、もっと大きく長い気配を感じる。

 その方向を指さしてみると、大きく長い流れ星が指先をかすめていった。



 翌晩よくばんは村中が大さわぎになる。

 星呼びが夜空を指さすたび、流れ星が次々と現れた。

 ほかの村人もまねしてあちこちへ指さすが、星呼びの指さす先ばかりに流れ星が落ちてゆく。


「たいしたもんだ……」


 みんなおどろいて、流れ星をもっと呼ばせようとした。

 そのためなら、かくし持っていたハチミツをなめさせてくれる者までいた。


 しかし数日もすると、星空を見上げる者はだいぶった。

 呼べた流れ星へ願っても、荒地の井戸水は出ない。

 らしは楽にならない。


「おまえが言っていたとおり、流れ星なんぞで願いはかなわんらしい。そんなことより畑をたがやせ。もっと役に立て」


 そんな風に言い捨てる大人がえて、子供まで星空を見なくなっていく。

 流れ星の落ちる先を聞きたがる者は、いつしか勇者だけになっていた。

 ほかの子供は勇者に星探しをさそわれても、返事へんじをしぶるようになった。

 まるで大人のような、暗くつかれた顔ばかり見せることが多くなった。

 星呼びのことを「星しか呼べん役立たず」と笑うようになった。

 勇者だけは「おれの願いもそのうちかなうだろ?」と言い続けたが、星呼びはひとりきりになりたがった。



 ところが村へ行商ぎょうしょうが立ち寄ってから、星呼びの暮らしは大きく変わることになる。

 星呼びの編む草履は出来がよく、いつも高めに買ってもらえたが、その時にだれかが口に出した。


「こういった手先が器用なほかは、星を呼ぶくらいしかできない役立たずだが」


 行商はおどろく。


「そんなことが本当にできるなら、そいつの草履はもっと高く買ってもいい」


 さっそく星呼びがいくつか、流れ星を指さして見せると、行商は大喜びした。


「草履は倍で買ってやろう。そのかわり、いっしょにみやこへ来てくれ。もっとかせげるようにしてやる。草履なんぞ編まずとも、星さえ呼べたらどっさりとかせげる」




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