第87話
レーゲンスの知り合いと旧交を温めた翌日、2人が高級宿に向かうと1Fのロビーには既にサムがいた。そうして3人で宿の裏手に回ると荷台からいくつか荷物を下ろしてそれを小さな台車に積んで通りを歩いてウィーナの店に向かう。
「荷物は全部持っていかなくてもいいのかい?」
台車を押しているのはダンだ。隣を歩いているデイブがサムに言った。
「代表的なのをいくつか見繕ってますからね。見る人が見ればわかりますよ」
なるほど。サムはサムでこれから会う店主の力量を測ろうとしているんだなと台車を押しながらダンは理解する。自分は常に敵対心マックスで襲ってくる魔獣相手で駆け引きなどは全く必要がないが、人間相手となるとそうもいかないんだなと。
やっぱり自分は商人には向いてないな、冒険者でよかったとダンは思っていた。
「ここだよ」
通りから入った路地の中にあるウィーナの店を見つけるとデイブが扉を開いて中に入っていく。続いてサム、最後にダンが店の中に入っていった。
「おや、久しぶりだね」
扉の鈴の音を聞いて奥からウィーナが出てきた。
「レーゲンスの未クリアダンジョンに挑戦しようと思ってやってきたんだよ」
そう言ってから
「それとこちらはサム。ラウンロイドとヴェルスで商売をしている商人だ。俺達とはツーカーの仲でね。そのサムが今度はレーゲンスで商売をしたいというんで一緒にやってきた。どこかいい客はいないかと聞かれてたのでこの店を紹介したんだよ」
そう言うとサムが前に出て自己紹介をする。それが終わるとウィーナも同じ様に自己紹介をした。サムが勧められるままに椅子に座るとデイブがウィーナを見て
「後は商売人同士でやってくれ。俺達の仕事はここまでだ」
「そうだね。後はこっちでやるよ。ありがとうね」
ウィーナがそう言ったのを聞く2人。どうやら人物鑑定でサムはウィーナのお眼鏡にかなった様だ。
「夕食は一緒にしましょう。6時に私の宿に来てください」
サムが振り返って2人に言う。わかったと言いダンとデイブはウィーナの店を出た。
外に出ると、
「どうやらサムはウィーナに気に入られた様だな」
とダンが言った。
「ああ、一安心だよ。こっちが紹介してウィーナが断ったらどうしようかと思ってたからな」
ダンとデイブはそんな話をしてギルドに顔を出すととりあえず身体を慣らそうぜと地上の乱獲クエストを受けて街の外に出ていった。
ヴェルスからの移動中はほとんど戦闘することがなかった2人はレーゲンス郊外の森の中でランクAを中心に軽く体を動かして夕刻前に街に戻るとギルドに魔石を渡して換金してもらう。酒場にいた知り合いから飲みに誘われたが
「悪い、今日は別件があるんだわ」
そう言ってギルドを出ると夕刻の街の中を歩いて時間より少し早めにサムが泊まっている宿についた。
ロビーで待っているとほどなくしてサムが階段を降りてきた。ウィーナからお勧めのレストランを聞いてきたと言って二人をそこに案内する。
「この前来た時には気が付かなかったな」
店の前に立ってデイブが言った。
「失礼ですが冒険者の人は体力を使う。安くてボリュームのある店に行くんでしょうな」
そう言って店に入った二人。サムは事前に予約をしていたらしく店に入ると個室に案内された。
「今日は私の奢りです。ウィーナさんといういい商売相手を紹介してもらった。そのお礼ということで」
そう言って料理を次々と注文するサム。ダンとデイブは黙って見ているだけだった。注文を受けた給仕が部屋から出ていくと、
「あの後の商談が上手くいったってことかな?」
聞いてきたデイブにその通りですというサム。
「彼女が欲している物と私が売れるものがほとんど同じでしてね。今回持ってきた荷台にある商品のほとんどを買い取って頂けることになりましたよ」
そうなんだと二人は黙って頷いていると、
「そして仕入れもできましてね。売り買い両方ができるなんて予想以上でしたよ」
上機嫌なサム。ダンとデイブは商売のことはわからないがサムが満足しているのでよかったと思いながら出された食事に手を伸ばす。
「正直ウィーナの店は外見からしても大きくないだろう?俺達はよくは知らないがこの街にはもっと大きな店構えのところが沢山ある。正直心配だったんだよ」
デイブがそう言って食事を口に運んでいく。その仕草を見ていたサム。
「店の大小はほとんど関係ありませんな。大事なのは相手が信用に耐えうる人かどうかということです。えてして店構えの大きい店は態度が大きかったりすることが多いんですよ。買ってやる、売ってやるという感じでね。私も自分の店の社員には絶対に威張るんじゃないっていつも言っているんですよ。売らせていただく、買わせていただく。この気持ちが大事です」
そう言ってスープを口につけたサム、再び口を開くと、
「ウィーナさんと話をして感じたのは、あの人の店は自分の利益のためにやっているんじゃないってことです。何かはわかりませんが自分よりももっと大事な事のためにあの店をやっている気がしますね」
鋭いな、一流の商人はそこまで読み切るのかとダンは感心してサムの言葉を聞いていた。デイブも流石にサムだねと言っている。
食事が進んできたところで
「それでいつまでこの街にいる予定?」
ダンが聞いた。
「明日はウィーナさんの店に行って今回の荷物を全て納品して彼女の店から仕入れた商品を引き取ります。それから今後の取引の打ち合わせですな。彼女が欲しいものを聞いて次回持ってくる段取りです」
「きて早速上手く回っていきそうじゃないの」
「そうなんですよ。お二人には良い店を紹介してもらいました」
サムはダンとデイブがあのウィーナの店を見つけて紹介してくれたことに本当に感謝している。そして食事を続けながら目の前の2人が店を出た後のウィーナとの商談がひと段落ついた時の彼女とのやりとりを思い出していた。
「あたしゃあのダンとデイブっていう2人が大好きでね。彼らは冒険者であって冒険者じゃない。わかるかい?」
「ええ。私もそう思っていますから。彼ら2人は普通の冒険者とは違います。らしくないといえばらしくない」
「その通りだよ。やさぐれているのが多い冒険者の中であの2人は素直で信義に厚い。これはあたしにとっちゃあとても大事な事でね。その上ランクSで桁違いに強い。これ以上の冒険者はいないね」
気難しそうなウィーナが2人をベタ褒めだ。もっともサムもウィーナと同じ気持ちだったので話が盛り上がった。サムが最初に2人にあった時の話をしたときには、
「そういう気遣いができる冒険者なんてほとんどいないよ。やっぱりあの2人は別格だね」
そう言って2人で納得しあっていた。




