婚約破棄? 大いに結構! ドラゴン使いの王女は海を渡る
昨年黒森 冬炎様主催の「その文字列を盛り上げろ!~劇伴企画~」参加した作品です。今回、加筆して、XI氏主催の「男前ねえさん企画」に参加いたしました。婚約破棄モノというククリにはなります。
プロローグ
太陽に愛された国、エストサンは島国である。
四方を海に囲まれ、島内に平野部は少ない。
よって海運国家であり、エストサンの西方の、海の向こうに広がる大陸と交易が盛んである。
エストサンは一応王国であるが、王族も平民と一緒に、少ない田畑をせっせと耕し、あるいは一緒に漁に出る。
国王は、齢四十二。島の言い伝えでは、大いなる厄年を迎えている男性である。
なるほど、国王の頭部は額から頭頂部を抜けうなじに至るまで、ワックスがけをした床のような輝きを持ち、両耳のあたりにだけ、三角錐型に逆立つ髪を持つ。
それが厄か? 髪が?
いやいや、国王の厄と言えばただ一つ。
十六になる娘だ。名をケイトと言う。
国王には三人の息子と一人娘がいる。
通常は、王位継承権は生まれ順なのだが……。
王位を継承するには、エストサンが海運国家として成り立つための、譲れない能力がある。
その能力を持っているのが、ケイト唯一人。
となると、いずれはケイトが国王の座に就くことになってしまう。
現国王は、それが悩みの種。
それこそが、彼の大厄。
「ケイトを嫁に、出しちゃおうっかなあ」
西側の大陸と、友好関係を築ければ、「譲れない能力」がなくとも、なんとかなる、はずだ。
確か、西側大陸随一の大国、ゴーショウクには、ケイトと同年齢の息子がいたはずである。
国王はこの時点で気付くべきであった。
王位継承権を与えたくないような、国王の頭を悩ます息女が、果たして素直に、嫁に行くのであろうか、と。
◇◇大国の陰謀◇◇
「ケイト姫。いやケイト! お前を断罪する! お前は『魔女』だ!
よってお前との婚約は、ここに破棄する! ゴーショウク王太子、ローリー・ゴーショウクの名において!」
左斜めに視線を投げるローリー殿下は、甘いマスクに栗色の巻き毛。
見ようによっては端正なお顔。
しかしてその実態は……。
「やっぱりアホだ、コイツ」
断罪されたはずのケイトは、濡れた黒髪を潮風になびかせ、薄い笑いを浮かべていた。
エストサン人の体躯は、大陸人よりもやや小柄である。
そしてまだ、十六歳の小娘であるが、ケイトの存在感は妙に大きい。
ケイトは少々日に焼けているが、滑らかな肌に、引き締まった腰回りを持つ。
彼女の腹直筋も腹斜筋も、見事に鍛えられている。
腓腹筋は、短距離の記録保持者のような形。
キリっとした瞳は、黒曜石の煌めきだ。
「な、何を笑っている! お前は魔女だ! 魔女は、我が王国では断罪の対象だ。
わたしは魔女でなく、『聖女』との婚約をここに表明するぞ!」
ローリーの傍らには、全身が練乳のような、白く甘い雰囲気の女性が立っていた。
そして王太子と聖女を守るような、騎士団一個小隊。
殿下から聖女と言われ、オドオドしている女性は、ミーファとかいう名前だ。
それぞれが、マスクメロンほどの大きさのある双丘を、細く白い両の腕で、隠すような姿勢を取っている。
だが、隠しても、隠しきれない質感に、ケイトは嘆息する。
ありゃあ、破壊力あるわな。
城の一つや二つ、軽く吹っ飛ぶだろう。
アホで、なおかつ、乙肺星人の王太子様。
よくもこんなヤツとの縁談を、まとめようとしたな、親父殿。
そもそも乗り気がまったくなかった縁談だったし、破棄されたところで、髪の毛一本の未練もない。
「へえへえ、さようでございますか。じゃ、わたしは帰りますので、がんばってください」
これ以上、茶番に付き合う気がないケイトは、片手をあげて帰ろうとした。
想定範囲の婚約破棄、大いに結構!
そこで、王太子は、幕を下ろすべきだった。
いいじゃん、そのあとで、ミーファ嬢とイチャコラすれば。
だが。
知は力。
無知は無力。
さらに言えば。
バカは罪。
王太子は、言ってはいけない一言をケイトにぶつけてしまう。
殿下の、終わりがはじまった。
*******
そもそも、話は十日ほど前に遡る。
「もうイヤ! 絶対イヤイヤイヤー!!」
子どもか、お前は!
と、ツッコミたいところを我慢して、ジミーは尋ねた。
「何が、どう、お嫌なんでしょう、殿下」
二歳児のごとく、床上で、手足をバタバタさせているのが、時期国王のローリー殿下だと思うと、国家賢者の一人として、ジミーの眼がしらは熱くなる。
ジミー・オーナリーは、小難しい試験を突破して、王宮勤務の賢者となった、名前の通り地味な男である。中途半端な優秀さが仇となり、王太子付となってしまった。
「取り消すの! 婚約! ボクは『真実の愛』にめぐり合ったんだからあ!」
キタコレ!
真・実・の・愛!
もうさ、フラグ立ったよね。
ジミーは、内心の動揺を表情に表すことなく進言する。
「しかし殿下、勝手に婚約破棄なんて、国際問題になっちゃいますよ! 相手は小国とはいえ、二千年続く、東の海洋国家エストサン。エストサンの王族は、神様の子孫と言われています。婚約者のケイト様は、そこの王女様なんですから」
「だから、お前に何とか知恵出してもらいたいって、相談してるんじゃん! 賢者でしょ!」
現在、国王は、領土拡張のため、隣国に遠征中だ。
末端の賢者なんかが、ご成婚ごとに関して、勝手にレクチャーなんか出来ないのだが。
とはいえ、知を売るのが職。ジミーは仕方なく、ローリーに策を授けた。
「七日間? 海を渡って来いと? 王女に言うのか」
「ええ、エストサンの領土からは、最短でも五十キロはありますね」
「泳がせるのか?」
「まさか、舟はお渡しします」
「相手は海の一族だぞ。成功しちゃったらどうするんだ?」
「その場合は、こう言えばよいのです。夜の海を七日間、渡ってくるなんて人間じゃない!
よってケイト姫、お前を断罪する! お前は魔女だから、と」
「そっかあ! 断罪かあ。さすが賢者だな」
その単語が気に入ったのか、ローリーは鏡を見ながら「断罪する」を何度も繰り返した。
ジミーは遠い目をしながら、こっそり胃薬を飲んだ。
すぐさま、ゴーショウクの高速船が、エストサン国に、荷物と手紙を届けた。
エストサンの王宮についた使者は、恭しく、王女ケイトに頭を下げる。
「えーと、何しに来たの?」
背もたれのない椅子に、足を組んで座っている、ケイトが、使者に尋ねた。
たかが小娘と侮っていた大国の使者は、ケイトの持つオーラに素直に平伏する。
「は、はい。当国のお輿入れ前の儀式を、ぜひケイト様にもやっていただきたいと、はせ参じました」
「儀式なんてあったっけ? まあよい。儀式とは一体、なんだ?」
「七夜にわたり、御自分の力で、櫓をこいで、我が国までの海を、お渡りくださることでございます」
ケイトの目が縦長になる。
舐めとんのか、大国よ。
海に囲まれた、島国だぞ、ここ。
産湯の代わりに、海水に浸かった王女だぞ、わたしは。
「で、泳いで渡るのか?」
毎日五十キロくらいなら、別に泳いでもいいのだが。
使者は頭を振る。
「こちらをお使いください」
使者が持参した丸い荷を解く。
中から現れたのは、直径二メートルほどの……。
「たらい、だな、それ」
「はい、たらい、でございます」
金山でも掘りに行かせたいのか。
まあ、いい。
どうせ、夜の海を七日間も、「たらい」なんぞでは渡れない、とタカをくくっているのだろう。
アホめ。
而して、ケイトはエストサン領土内の小島から、たらいを漕ぐことになった。
対岸には漁火が焚かれるので、それを目指して辿り着け、と手紙にはあった。
たらいの最大時速は、よくて三キロである。対岸に着くには、普通は十数時間かかる。
それを毎夜毎夜、ケイトは二時間程度で辿り着き、軽くストレッチをすると、また帰っていく。
賢者ジミーの策によれば、途中ケイトがリタイアしたら、婚約はご破算という流れに持っていけるはずだった。
確かに、海洋国家の王女の力を舐めていた。
そして七日目の夜。
ゴ―ショウクの岸辺に、漁火はなかった。
たらいに乗って、暗闇の海の中、方向を見定めるのは限りなく難しい。
はずだった……
それをいつもの如く、数時間で辿り着いたケイトを見て、王太子は心底震えたのだ。
「魔女……」
*******
話は「婚約破棄」の場面に戻る。
帰ろうとするケイトに、ローリーは捨て台詞を吐いた。
「だいたいさあ、おんにゃにょ子なんだから、どっちが前か後ろか分からない、ツルッペタは、お嫁に貰ってくれる男なんて、いないんだぞ――」
ケイトの顔色が、ウミウシよりも蒼い色に変わる。
ツルッペタ……。
ツルッペタ……。
ツルッペタ!!
「……けるな」
ケイトのくぐもった声に、一同がギョッとする。
「ふざけるな! バカ殿下!!」
海に稲妻が走った。
ケイトのターンとなった。
「そもそも、惚れたハレたで、国同士の姻戚結びなんぞ、するわきゃないだろ! ちったあ考えろよ、アホウ! お前の親父さんとウチのハゲの政略で、とりあえず婚約したんだぞ! なんでか分かるか!」
ケイトの剣幕に恐れをなして、ぷるぷる頭を振る王太子。
「ゴーショウクは海側の防衛が弱い。だから東の海を制してる、ウチを頼ったんだ。代わりに大陸の北方からの脅威を止めるってね。今、あんたの親父さんが遠征しているのも、そのためだ!」
ローリーを、一応守る態勢を取っている騎士たちも、俯いた。
ケイトの言っていることは、間違っていない。
「それを何? 胸に惑わされて、国を滅ぼすつもりか、アホが! いいか、いくらあたしが海の子でも、たらいで毎晩来ると思うか?」
ケイトは右手をすっと上げた。
大きな波が岸まで上がる。
すると、皓々と光る眼が次々と海上に現れる。
「一、二、三……十四個?」
律儀に数を数えたジミーは、その正体に腰を抜かした。
竜、である。
しかも七体。
竜たちは首から上だけ出して、睨みをきかせていた。
竜を使役出来る長がいる国。それが、エストサンである。
エストサンの現国王も、長らく竜と共にある。
しかし、七体を一気に使役できるのは、三代遡ってもケイトしかいない。
よって、王位継承に一番近いのはケイトなのである。
「もう、面倒だから、サクッとやっちゃおっかなあ」
ケイトが指を鳴らそうとした、その時である。
「お待ちください! ケイト様!」
牛乳聖女がケイトに走り寄る。
「ならば、私も、私もあなた様のお国へ、お連れ下さい!!」
ええ? この国の聖女が出奔していいの?
「もう、嫌なんです! 私は王族でも貴族でもない普通の生まれ。王太子様との婚約なんて、ありえない立場です! もちろん、聖女なんて偽りです、間違っています!」
ローリーが正気にもどってミーファに手を伸ばす。
「いやいや、ミーファ! 君こそ私の光! 真実の相手だ!」
「もう、やめてください! 『君の瞳に乾杯』とか言っておいて、あなたは、あなたは……」
ミーファの悲痛な魂の叫びが、大海原を渡った。
「私の胸しか、見てないじゃないですか!!!」
胸しか見ていない……。
胸しか見ていない……。
ミーファの必死の叫びは、ケイトの魂に届いた。
たくさんあっても、ささやかであっても、
たまに、ほとんどなくっても……。
女の胸って。
メンドイ……。
「わかったよ、ミーファ嬢。ウチの国においで」
ケイトはミーファの手を取ると、一体の竜の背に乗せた。
小柄で童女のようなケイトだが、ここにわらわらといる男どもよりも、まっこと男前であった。
すると!
「わ、我々も、お連れください! ケイト様! 我々にも、主君を選ぶ権利は、あるはずです!」
その場に居合わせた騎士たちも、竜の尻尾にしがみついた。
苦笑しながら頷くケイトに、ミーファの頬はぽうっと赤くなる。
「国を一つ潰しちゃうと、名もなき民が苦労する。よって、わたしはローリーと、彼を諫めることが出来なかった者にだけ、ちんまりお返しをするさ」
ケイトはパチンと指を鳴らす。
竜たちは、稲妻と火と水を、ローリーとジミーらに適当にぶつけた。
命までは、取らなかった。
*******
その後。
遠征から戻ったゴウショウク国王は大いに嘆き、王太子の廃嫡とジミーの解雇を決めた。
ケイトはミーファに筋トレを伝授。ミーファの身体は、胸だけが突出したものではなくなった。
今も、エストサンの砂浜で、二人はトレーニングに励んでいるという。
ひだまりのねこ様作のケイト
お読みくださいまして、ありがとうございました!!
感想、ブクマ、★、いいね、その全てに感謝です!!