歪な愛
私は、幼なじみの彼がずっと好きだった。
「彪馬、裕香さん、おめでとう!」
「ありがとう、彩羽さん」
「・・・サンキュ」
彩羽の祝福の言葉に、裕香は頬を緩め、彪馬はぼそりと礼を言う。
今日は彪馬と裕香の結婚式。彪馬の幼なじみの彩羽は、それを祝福していた。
だけど、正直この結婚は、彩羽にとって嬉しくない報せだった。
「彩羽、俺、彼女ができた」
大学を卒業して三年が経った頃、彪馬から突然そう言われて、裕香を紹介された。
「は、はじめまして。私、角南裕香と言います。彪馬くんとは会社の同僚で────・・・」
突然の彼女の紹介。呆然としていて、あまり裕香の自己紹介を聞いていなかった。というか、聞こえていなかった。
ふわっとした雰囲気の裕香。こういう人が好きなのか、とか、彪馬に彼女ができるなんて、とか、そういう考えが彩羽の頭に浮かんだ。
「・・・はじめまして。彪馬の幼なじみの大館 彩羽です」
彩羽は、笑顔を浮かべて裕香にそう言う。
本当は、心の中がぐちゃぐちゃで、笑う余裕なんてなかったけど。それを微塵も感じさせない笑顔を向ける。
彩羽はずっと、彪馬のことが好きだ。そして、その想いは片想いのまま終わってしまった。
いつか別れるかもしれない。そんなことも考えたが、期待はしていなかった。それほどに、彪馬と裕香はうまくやっていたから。
誰も、入る隙なんてない。日毎にその事実を突きつけられて、彩羽は苦しかった。
そして、この結婚式の日がやって来た。もう絶対に、彪馬に想いを告げることはできない。
だけど、逆にそんな状況に追い込まれたからこそ、彩羽は苦しさから解放された。あんなに苦しかったのが嘘のように、スッキリとした気持ちになっている。
もちろん、彪馬を好きな気持ちは変わらない。それでも、二人を祝福すると決めたから。彩羽は笑顔で二人の晴れ姿を見た。
彪馬と裕香の結婚式から五年後。高校の同級生で集まる機会があった。
集まると言っても、仕事が終わる夕方ごろから居酒屋で呑むだけだが。同級生の半分以上が集まるということで、彪馬と彩羽も行くことにはなっていた。
「悪ぃ、遅れた」
ほとんどが集まっているなか、彪馬はそう言ってやって来た。
「おう、諏訪───・・・えぇ!?おまっ、その子供って・・・」
彪馬がやって来たことに気づいた、彪馬とわりと仲がよかった短髪の男性が驚いた声をあげる。
「俺の子だ」
「いやいやいや、俺の子だ、じゃねぇだろ!お前、結婚してたんか!?」
彪馬は同級生には誰にも結婚の報告をしていなかった。わりと仲がよかったこの男性にも、だ。
「言えよ!」
他の同級生からもそう突っ込まれたことは、言うまでもないだろう。
「ごめーん、遅くなったー」
そんな中、彩羽もようやく居酒屋に到着した。
「あ、彩羽ちゃん!ねぇ、諏訪くんってさぁ────・・・」
彩羽がやって来たことで、彪馬のことを訊こうとした彩羽の友人に目もくれず、彩羽は唖然とする。
「こ────・・・」
その様子に、彩羽も知らなかったのかと同級生たちは思ったが、違った。
「宏太くん・・・!」
彩羽は一目散に、彪馬の子供、宏太に駆け寄って抱き締める。
「うわっ、もう、苦しいってば!」
このやり取りはいつものことで、彩羽は宏太を見るときつく抱き締め、宏太にそれを嫌がられるのだ。
「もう、彪馬!宏太くんが来るなら来るって言ってよ!」
宏太に嫌がられて、渋々宏太から手を離した彩羽は、彪馬にそんなふうに言う。
「言ったら、また余計な物やるだろ」
「余計じゃないわ。宏太くんへのささやかなプレゼントよ」
ささやかな、と言うが、彩羽は宏太と会う日はいつも大層なプレゼントを用意している。宏太に喜んでもらうために、彩羽はいつも奮発するのだ。
だって、宏太に気に入られなければならないから。他ならぬ、彪馬の子供である宏太に。
さっき、宏太は嫌がったが、本当のところは彩羽のことが大好きだ。彩羽の思惑通り、宏太は彩羽を気に入っている。
────このままずっと、私を好きでいてね、宏太くん
宏太は絶対に離さない。宏太にはずっと、彩羽のそばにいてもらう。
彪馬によく似た、まだ幼い宏太に、彩羽は異常な執着心を持ち続ける。