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002 ついていない日

ーー早速玄関へ向かい、既にいる記録員に挨拶、体温を測ってもらう。


「鶯湊、三十六度六分と」

 科学の進歩というものは素晴らしく、額に機械を当てるだけで体温を測ることができる。しかも所要時間(わず)か数秒だ。

 学校の共有ファイルに入っている文書にそれぞれの表があり、それの鶯湊の欄に三十六・六と打ち込むーー


 情報化のお陰で時間効率は紙に書き写すより随分と良い、機械音痴からしてみれば苦行だろうが。


 打ち込んだ後は、登校してくる生徒一人ひとりに挨拶を交わし、体温を測る単調な作業だ。


 記録員の中に面識のある人はいないため、記録員同士で話すことはなく気が楽である。


 続々と記録員を務める生徒が登校し、俺の番が終わったころ、中学からの友達が登校してきた。


「記録員お疲れ様」

 青のシャープウルフのヘアスタイルのこの男は坂上(さかがみ)塔矢(とうや)、中性的な顔と高めの声質であり、女装すれば絶対に可愛い。そう断言できる自信がある。


「おはよう、普段は早いのに今日は遅いんだな」

 いつもなら教室にちょこんと座って読書をしているはずなのだが。


「トウヤは昨日勉強をしていてね。少し寝坊しちゃったよ」

 そう言って恥ずかしそうに頭をかく。

 みんな今日のために勉強してきたのか……凄いな。


 いや、俺だって課題が無かったら勉強をしている。課題のせいで勉強出来なかったんだ。うん、絶対そうだ。


***


 塔矢と一緒に教室へ入り、悪足掻きと言わんばかりに暗記科目の勉強を少しでもやっておく。他の奴らの様子を見てみよう。


ーー兎々はクラスメイトと話していてテストは自信があるようだ、それに関しては塔矢も同じようなのだが。教室に入るとすぐにしおりが挟んである小説を開いており、ずっと熱心に読んでいる。


ーー今のうちに差を少しでも縮めておこう、テストが始まるまで勉強だ。


***


 結果は良くなかっただろう。


 三教科だけだと思っていたのだが、まさかの五教科。ノーマークだった科目までやる羽目になった。

 テストが終わってもそれの心配が頭に残り、机に突っ伏しながら後々のことを考える。


ーーこれ、退学とかないよな……?

 そんな考えが頭をよぎる。それだけは絶対にやめてほしい。別に不登校や欠課を増やしているわけではないので大丈夫だとは思うが、もしもということがあるかもしれないので少々心配だ。


 そんな心配をしていると小学校からの付き合いである勅使川原(てしがわら)(みのる)が何かお困りか、と言いたげな顔をしてやってきた。

「どうしたんだ〜?そんな落ち込んだ顔をして」


 うむ、煽り口調だ。

「普段の俺を知っているお前ならわかるはずだろ、テストが上手くいかなかったんだよ」

 そう言うとヤツはわざとらしく驚いた。


「あれ〜?『高校では負けない!』って啖呵(たんか)切った人は誰かなぁ?」

「調子が悪かったんだ。次に期待していてくれ」

 中学一年の頃の成績は俺が良かったが、どんどん追い上げてきて二年に上がる頃にはすっかり追い越されてしまったのだ。


「ほう、では次回に期待しているぞ」

 腕を組みながらドヤ顔でそういうと稔は塔矢のところへ向かっていった。


「次回か、勉強する時間を増やさないとな」

 そろそろ本気になって勉強を始めないとやばい、進学校とはいえ企業に何かしらコネがあるわけでもないし、俺自身も親戚に大企業の社長のような存在がいる訳でもない。


***


 テストがどうのこうのと言ってザワザワとしていた教室も帰りの会で担任がやってくると途端に静かになる。余程恐れられているんだな、強面(こわもて)だからしょうがないだろうが。


 その強面教師が翌日の予定を話す。


「明日は編入生がこの学校にやってくる。みんな仲良くするように」

 非常に無機質な声だ。もう少し生徒と仲良くしたいと考えないのだろうか。

 いや、仲良くしたいとは思っているが方法が分からないのか、それとも単純に真面目な教師なのか、個人的には前者であってほしい。


「うっちー!どんな人が来るって聞いてる〜?」

 兎々が尋ねる。なぜヤクザの大親分みたいな人にそんな態度でいられるのだろう。


「内山先生と呼びなさい」


 案外普通の返しだった。


「どんな人かはわからないが、2人来るそうだ」

 それを聞くなりクラスがざわつき始めた。転校生ともなると根も葉もない噂が飛び交うものだ。そこに新たな情報が入ってきてさらに混乱に陥ったのだろう。

 ていうかなんでわからないんだよ、説明をしたのは内山先生ではないのか?


「はい静かに。取り敢えずトラブルなどは起こさないように、もし何かあったら先生が怒られるからな」

 この学校は生徒や他の教師の評価によって弾劾(だんがい)罷免(ひめん)することができる。

 それをするためには例のフォルダに入っている報告書という文書があり、それにちゃんとした理由を書いた後、それを学校の人事部に送るための二重確認をさせられる。

 だからどの教師もトラブルが起きることに敏感になるのだ。


***


 帰りの会が終わり、放課後になった。

 いつものように塔矢、稔を誘って帰ろうとする。俺が先頭に立って教室を出ようとした時、疲れからか()()()、と大きな欠伸が出た。

 目を開けると小柄の人物が廊下をズカズカと歩き、俺の肩がその人の肩にぶつかって、俺はその拍子に尻もちをついてしまった。


「おい、廊下は周りを見て歩け!危ないだろ!」

「え、あっすみません!」


 ぶつかりざまに怒鳴り声を聞いて咄嗟(とっさ)に謝罪の言葉が出る。顔を見ると鋭い眼光でジッと睨んでいる。周りを注意してなかった俺も悪いが廊下で早歩きしていた人が言えることなのか?


「内山先生のクラスか、教え子のマナーは教える教師の技量にある。後で報告しておこう」

 そう言うと男は小さな肩を怒らせて去っていった。


「ーー大丈夫?」

 塔矢が顔を覗き込む。


「一応。しっかしあんなヤツホントに居るんだな、ぶつかった責任をそのまんま転嫁(てんか)するなんて」

 吐き捨てるように言うと、


「カラスに絡まれるなんてお前もついてないなぁ」

 男が向かった方向を見ながら稔は言った。


「ーーカラス?」

 塔矢が尋ねた。


「そうだ。隣のクラスの担任をやっている烏丸(からすまる)って名前なんだが、あまりにもずる賢いからカラスって呼んでいる」

 そう言いながら稔は手を伸ばした、立てと言ってるのだろう。


「ずる賢いか?俺にはただ短気で貧弱そうなおっさんにしか見えなかったぜ?」

「ただカラスというあだ名は良いな、今度からそう呼んでやろう」


 その手を掴んで立ち上がる、掃除したとはいえ多少の汚れは残っている。

 ズボンを払うと稔と同じように向き直る。きっと職員室へ向かったのだろう。


「どうする?見にいってみるか?」

「いや、別にいい。それよりも帰ろうぜ」

 稔はそうだなと言い三人で玄関へと向かった。


ーー途中、聞き慣れた四点チャイムが流れてきた。


「一年二組の内山先生、内山(ひろし)先生、一学年職員室へ来てください」

 カラスの声だ。恐らくさっきのことを話し合うつもりなのだろう。


「クッソ、内山先生にチクるつもりかよ」

 おっさんに怒られてあの無機質先生にも叱られると思うと怒りが込み上げてきた。さっさと帰ろう。


***


 校門を出て、稔が開発したというソフトウェアのしょうもない話を聞き流しながら転校生の事について思いを巡らせる。果たしてどんな生徒がやってくるのだろうか。


「転校生、どんな人が来るんだろうね」

 塔矢が俺の心を見透かしたように尋ねる。


「転校生?あぁそんなのが来るって言ってたな、どんなやつなんだ?」

 稔が俺に聞いてくる、お前はさっきの話を聞いていなかったのか。


「さあ、知らない。わかってることは2人来ることくらいだな」

「おぉ!二人も来るのか!楽しみだなぁ、女子はいるのか!?」

 興奮気味に尋ねてくる。お前に惚れる女がいると思っているのか?

 お前はバレていないと思っているだろうが、クラス一人ひとりの女子にランク付けをしていることを俺は知っている。


「だから知らないって」

「ちぇ、しけてんなぁ」

「まぁまぁ、別に良いでしょ。どうせ明日には知ることになるんだし」

 塔矢がたしなめる。


「そうだけどよ〜、タイプの子だったら狙わないわけにはいかないっしょ」

「転校初日に困っている子を優しくエスコートしてあげる、これで何とか連絡先まではゲット出来るはずだぜ?」


 アホか、そんな妄想が通るわけがないだろ。


「現実はそんな甘くないぞ」

「だから綿密に計画を練るのさ」

 稔がニヤッと笑いながら話を続ける。


「もし転校生に可愛い女の子がいたらこの天才的なプランの手伝いをしてもらうぞ」

「何で俺らを巻き込むんだ、一人で勝手にやってくれよ」

 俺は色恋沙汰にはあまり興味がないので反対したが、塔矢は違うようだ。


「別にトウヤは手伝っても良いよ。それで稔に恋人が出来たらトウヤも嬉しいからね」

 なんて献身的な人間なんだ。全世界の人々がこんな清い心を持っていれば争いなんてものは絶対に起きないであろう。


「言っとくが、これはお前の為にもなるんだぜ?」

「はぁ?」

 何を言ってるんだこいつは。


「湊はあまり異性に近付くチャンスがないだろ?今のうちに慣れておかないと将来苦労するぞ〜」

「大きなお世話だ、言われなくても努力はするさ」


 とは言ったものの未だに男と女の距離感が測ることができない俺がいる。

「おい、兎々のことはカウントしないのか?平日ならほぼ毎日話しているぞ」


……嫌々なのだが。


「あいつは幼なじみだろ?俺が言ってるのは他の女子、赤の他人のことだよ」

 むぅ、言われてみればそうかもしれない。兎々はただのうるさい幼なじみであり、異性として認識してはいない。


「あと、俺がもしその転校生を彼女にしたら勉強にもあまり力を入れなくなるからテストで勝ちやすくなると思うぞ?」

 くっ、嫌なところを突いてくる。


ーーしかし、勝てる可能性が少しでも上がるなら手伝うべきなのではないか?


 そんな考えが頭に浮かび、少しだけなら手伝える、とあくまで最小限の手伝いだけで済ますよう約束をした。



 帰り道は途中まで同じだが、十字路で綺麗に分かれ、それぞれ家路に就く。

「また明日」

「おう!じゃあな」

「バイバーイ」

 二人と別れ、家へ向かう。登校するときの下り坂が、登り坂という名の悪魔へと変貌を遂げ疲弊しきった足を容赦なく追い詰める。



 家へ着いた、体を預けるようにソファーに倒れ込む。

「今日は何をしようか……」

 一人っ子なので遊ぶ相手がおらず、スマホやパソコンで時間をつぶす毎日なのだ。


 しかし読書感想文が終わっていないのでそれをやらないといけない、やらないといけないのだが体が動かない、この現象が起こるのは同年代の人たちなら分かってくれるだろう。


 風呂へ入り、母が作ってくれたご飯を食べ、学習机へと向かう。


……………………


………………


…………


……


ーーだめだ、全くもって進まん。こんな時はどうする?


「明日の俺に任せる!うん、ベストアンサーだな」

 言うが早いか、寝る準備を済ませベッドに入る。


 明日は叱られる事になるんだろうか。もしそうなるならそれこそ報告書を書く用意をしておこう。

 転校生の件も考えておかないとな。いや、稔が色々と命令してくるか。果たしてどんなことになるんだろうか。

 明日についてあれこれと考えているうちに次第と意識が遠のいていった。

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